クリスマス短編② それは赤? それとも黒?
赤いサンタはお腹がぽっこり太っちょサンタ。
ご飯を食べ過ぎて幸せだから。
黒いサンタはやせっぽっちのガリガリサンタ。
好き嫌いが多いのかな?
赤いサンタの大きな袋は、夢やおもちゃがいっぱい詰まっている。
黒いサンタの袋の中には何が入っているのかな?
黒いサンタの袋はぺったんこ。
中身は空っぽ、何も入っていないんだ。
どうしてだろう?
暗闇で赤いサンタと出会ったら、見てない知らない気づいてないと、寝たフリをして。
枕もとにそうっと素敵な贈り物を置いていってくれるから。
じゃあ暗闇で黒いサンタに出会ったら?
すぐ逃げて! 捕まっちゃうよ!!
黒いサンタの袋がぺったんこな理由……
それはね、袋の中に絶望と小さな子を入れるためなんだ。
黒いサンタがやせている理由は、ご飯を食べていないから。
赤いサンタは幸せを呼び。
黒いサンタは不幸せを呼ぶ。
一年のうちで一番楽しいこのお祭り。
今年も二人のサンタが街にやって来る。
*
*
*
見ているだけで幸せだった。
友達と楽しそうに笑っている顔や、先生にイタズラを仕掛けている時の顔。
リレーでいつもと違う真剣な表情で走る姿。
通りすがるとそれだけで鼓動が早くなる。
話しかけられて嬉しいのに、緊張してうまく口が回らない。
だから彼から告白された時にはすごく驚いた。
『俺とつきあわない?』
『わたしで良いの?』
『君が良い。ダメかな?』
『ううん』
それなのにわたしはいつも短い返事しか返せなかった。
『今日は寒いね』
『そうだね』
『映画楽しかったね?』
『うん』
『どんなケーキが好き?』
『なんでも好き』
『どこに行こうか?』
『う〜ん……』
目を見て話なんて無理だから。
真っ赤な顔を隠すようにいつもうつむいていた。
素っ気なさすぎる返事だけれど、これが今のわたしの精一杯。
一緒にいるとすごく緊張して心臓が破裂しそうになる。
でも、とても満たされていた。
少なくともわたしはそう思っていた。
今年も賑やかな季節がやってきた。
街は赤や緑、黄色に青のイルミネーションで華やかに飾られ、どこからか楽しげな鈴の音のする音楽が流れている。
駅前のメインストリートにある広場には大きなモミの木が設置され、飾り付けられたモミの木の下にはプレゼントが積まれてあった。
その前で母親に手を引かれた小さな子供が、立ち止まっている。
「ねえ、あのプレゼントが欲しい!」
「アレは飾りよ」
「じゃあ、今からプレゼント買って」
「今、買ったらサンタが来なくなっちゃうよ。それでも良いの?」
「どうせ、サンタなんていないんでしょ! 友達が言ってたもん」
「サンタを信じなかったらサンタが悲しむと思うな。サンタは良い子の所には平等に来てくれるのに」
サンタクロースの存在に不信感を抱く男の子に、サンタはいると言い張る母親。
赤い服を着たサンタは本当にいるのだろうか?
ねえ、サンタ。
いるならわたしの願いを聞いてよ。
空に光る星に向かって祈ってみる。
もう一度、もう一度だけ彼と会わせて下さい。お願いします、サンタクロース様。
ツリーがある広場から路地に繋がる入り口には仕掛け時計がある。
土蔵造りで黒いとんがり屋根が特徴的な塔。
上部には時計の文字盤が設置され、真ん中あたりに閉じられた木の扉。
その下に目線を移動させると、路地の向こうにわたしは見つけた。
ああ、彼だ。
ずっとずっと会いたかった人。
紺のコートにダークグレーのマフラーを首に巻いてこっちに歩いて来る。
わたしは仕掛け時計の向かいに設置された、ビニールサンタの大きなオブジェの背後に隠れた。
わたしが会いたかった人は、わたしが知っている彼の顔と少し違った。
髪が長く背が伸びて大人っぽくなっている。
どこに行くの?
その手に持っている花の鉢植えは誰にあげるの?
目で追っていると、彼の先には女性と小さな子供。
さっきの親子だ。
ツリーの近くにあるベンチに座って手をふっている。
二人に向かって手をふる彼。
目を細くした柔らかい表情から今の彼の暮らしが見えた。
幸せそう……。
彼と女性そして小さな男の子。
彼がツリーのプレゼントの横に鉢植えを置いた。
あの花は……。
オフホワイトのクリスマスローズの花。
頭の上でカチッと音が鳴り。
澄みきったオルゴールの音色が辺りに響く。
仕掛け時計の扉が開き、中から台に乗ったうさぎが出てきた。
音色に合わせて台の上でお餅をつくうさぎと、その周りを跳ねまわるうさぎ。
周りを歩く人々には見慣れているのか、足を止めて眺める人はいない。
足早にその場を通り過ぎて家路に急ぐ。
小さな男の子が食い入るように見つめているだけ。
ツリーに向かって手を合わせる二人の事など誰も気にしていなかった。
わたしの視界がゆがむ。
瞬きをすると、頬に何かがすべり落ちて行った。
その頬にふわりと柔らかく冷たいものが触れ、それもまたすーっとすべって、二つは顎のあたりで一つに混ざり塊となる。
空からいくつもの白い物が鳥の羽根のようにふわふわ漂い、地上に舞い降りる。
風が一つになった雫をさらって行った。
雫は宙を舞って姿を変え真っ白な小さな花びらとなり、彼の頬に張り付いた。
彼が目を開け花びらを手に取ると、それはあっと言う間に姿を消し、彼の手には何も残らなかった。
手のひらをじっと見つめる彼。
わたしは彼から目が離せなかった。
わたしはここにいるよ。ねえ、気づいて。
そんな願いが届いたのか、彼がふっと仕掛け時計の方に顔を向けてきた。
こっちを見てる?
まさかそんな事はないはず。
わたしの肩に誰かの手が置かれ。
「そろそろ時間だ」
わたしは彼から目を離さずに声の主に聞いた。
「わたしの姿は彼に見えてるの?」
「それはないな。たとえ見えていたとしても、姿の変わったお前を見て誰がお前だと気づく?」
そうだね。今のわたしは彼の知っているわたしじゃないから。
わたしの時は止まり、十六歳のまま今を過ごしている。
背格好は昔と変わらず、変わったのは見た目だけ。
髪の色と瞳の色、肌の色素も薄くなった。
それだけで人は別人となる。
それならなぜ、彼はこっちを見ているの?
「何か伝えたい事があるなら言え」
「良いの?」
「貸しだぞ」
わたしはコートの内ポケットから一枚のカードを取り出した。
「じゃあ、コレを彼に渡して」
声の主はカードを風に乗せ、指で器用に風を操るようにして彼の元までカードを運んで行く。
わたしはカードの行方を見守った。
けれど途中でカードに気づいた小さな男の子にカードを取られてしまった。
男の子が不思議そうな顔でこっちを見てきた。
カードは……わたしの思いはやっぱり届かないらしい。
あきらめようとした時、彼が小さな男の子を抱き上げていた。
彼が優しく話しかけると、男の子がカードを彼に渡した。
「サンタからもらった」
「そうか良かったな。何か書いてあるぞ?」
カードを広げた彼は驚いた様子で瞳を大きくしている。
そして、辺りを見回す。
「そのカードどうしたの?」
女性がやって来て、どこか気落ちした彼には気づかず手元のカードを覗き込む。
「優しさをありがとう。毎日が幸福でありますように……素敵なカードね」
彼女は気づかなかったけれど、彼にはわかった。
わたしの字を覚えていてくれた。
わたしはそれだけで充分。
「時間切れだ」
「わかってるってば!」
わたしは急かす声の主の足を思いっきり踏んづけた。
全ての元凶は赤い服を着たこの似非サンタにあるから。
「つ〜〜っ……俺が何をした。願いを叶えてやっただろ!?」
足を抱えて仕掛け時計のうさぎのように飛び回る似非サンタ。
「あんたが着るのは赤じゃないわ、こっちよ黒でしょ!」
わたしは白い袋の中から黒い塊を引っ張り出し、それを似非サンタに押し付ける。
「黒って陰気臭くて嫌いなんだよ。せめて紺か紫にしてくれ」
「赤はダメ。子供達にとって赤いサンタは神聖なの!」
「暗闇じゃ、赤も黒に見えるだろう? 現にお前だって」
「騙されたわ。サンタかと思って近づいてみたらね。この人攫い!」
「人聞きの悪い事を言うな。仕事で落とし子のお前を元の世界に戻しただけだろ」
この世界に双子が生まれると何組かに一組は、生まれてくる世界を間違えて誕生する双子の片割れがいる。
それを神の落とし子と言う。
この世界とあっちの世界を行き来して、落とし子を見つけてはあっちの世界へ。
本来生まれてくる親の元に戻すのが、この似非サンタの仕事。
生まれてすぐ小さなうちから見つけて、あっちの世界の親の元に返すのが仕事のはず。
しかしこの似非サンタ。仕事が雑で落とし子を時々拾い忘れる。
それがわたし。
十六歳のクリスマス。
わたしはここで似非サンタに攫われた。
あっちの世界からこの世界に来たのは今日が初めて。
彼と彼女がツリーの前で手を合わせていたのは、きっとわたしはこの世界ではいない者として認知されているから。
あっちの世界とこの世界では時間の流れが違うから。彼は大人になりわたしは十六の姿のまま。
わたしはあっちの世界に移った時に、見た目が少し変わっただけ。
この世界での十数年、彼はわたしと同じ顔の彼女、片割れの妹と結ばれた。
わたしと妹の立場が違ったら、彼の隣にいるのはわたしだったのかもしれない。
彼にはきっともう過去だけど、わたしにはまだ過去になりきれていない。
カードはわたしがあの日のクリスマス、彼に渡すはずだったカード。
そしてあのクリスマスローズの鉢植えは、彼からわたしへのクリスマスプレゼント。
そう思ったら図々しいかな?
だって、クリスマスローズはわたしが好きな花だから。
『どんな花が好き?』
『クリスマスに咲く白い花かな』
『そんな花があるんだね。どんな花か今度図書館へ行って教えてよ?』
『良いよ』
あの時の会話、覚えていてくれてたの?
わたしの声は彼には届かない。
彼と彼女そして小さな男の子は、手をつないでメインストリートを駅と反対方向に歩いて行く。
後に残されたのは軽快な鈴の音響く明るい音楽、そして通りを歩く人々の騒めきと車の音。
霞むイルミネーションと、風に舞う冷たい羽毛のよう風花。
そしてツリーの前に置かれたままの、クリスマスローズの鉢植えだけ。
サンタクロースの格好に、うさぎの耳を付けたとんがり帽を被ったうさぎ堂の店員が、忙しなく鳴らすベルの音と、タイムセールを告げる声がどこか遠くに感じた。
メインストリートの交差点では信号機の色が一斉に変わり、赤から青へと人々を先へと進めさせる。
わたしもいつかはこの流れに乗っていけるのだろうか?
今はまだツリーの下に置かれたクリスマスローズの鉢植えのように立ち止まっていたい。
この花が咲き続けるまではあなたを思っていても良いですか?
クリスマスの夜には気をつけて。
黒いサンタがやって来る。
空っぽの白い袋を担いでやって来る。
彼に見つかったら寝たふりはダメ。
全力疾走で逃げきって。
でないと今までの自分を奪われちゃう。
だから黒いサンタには気をつけて。
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