エピローグ 姉妹の行く末
あの『マルク城爆発事件』から一週間が経った。
日差しが眩しい午後、瑛人はリリスの手を握り、医者の家の玄関に立っていた。
ノックして中に入ると、革張りのソファが並ぶ待合室に客は誰もおらずがらんとしていた。
が、ひょこっとロゼが廊下の奥の小部屋から顔を出し、二人を見つけて笑顔になる。
「あらエイト、早かったわね。リリスちゃんもついてきたの?」
「うん! お姉ちゃんが今日退院できるっていうから、お迎えに来たの!」
瑛人が返事する前に、リリスが元気はつらつと答える。
馬車組が街に帰り着いてから、ロゼと瑛人はカミノ村に戻り、行き場のないリリスは領主の館で保護されていた。
今日は朝早くから街に出て、ロゼは病院に向かい、瑛人は領主の館へリリスの様子を見に行った。
この後一緒にノーラ達を見送った後、ドタキャンになっていた薬草園へやっと行く予定なのだ。
そのときパタンと扉がひらき、小部屋から黒髪の少女が出てきた。
普通の村娘の格好をして、両手に大きな鞄を持っている。
「あ、お姉ちゃんだ!」
リリスがきゃっきゃと笑いながら走りよって飛びついた。
「だめよリリス、お姉ちゃんまだ痛むんだから」
そう言いながらもノーラはすっかり優しい顔つきになっていて、瑛人がいることに気付くとにこっと微笑んで近寄ってきた。
「エイトさん、ごめんなさい。そしてありがとう。
ナイフで脅したりしたのに、あなたは私と妹の両方を助けてくれたわ。
どうお礼をしたらいいか……」
「いやあ、そう言われると困るなあ」
瑛人は気恥ずかしくなって頭を掻いた。特に何をした記憶もない。
しいて言えば酒場のはやし歌を教えたくらいだ。
「じゃあお礼に私がエイトお兄ちゃんをぎゅってしてあげるね!」
沈黙を打ち破るようにリリスが言い、瑛人に飛びついてきた。
女の子に抱きしめられた、というのは寮の皆に自慢できる内容だ。
……年齢さえ教えなければ。
鞄を持つわよ、とロゼがノーラに手を差し出した。
瑛人もふざけて足にしがみついてくるリリスを引きずりながら、もう一方の鞄を取り上げて玄関の扉を開けた。
強い日差しが病院の待合室に入り込んだ。
と、ノーラが真剣な表情でロゼを見つめた。
「……あなたは、やはりロゼッタ王女様なのでは?」
「言ったでしょう? 私はロゼ・フェニックスよ」
「今住んでいる村の名前は?」
「カミノ村よ? それがどうかしたの?」
その途端、ノーラが突然地面に跪いた。
「申し訳ありません……私は、領主様の密書の中身を見てしまいました。
そこに、カミノ村の名が」
「……それでも、私はロゼ・フェニックス。カミノ村魔術店の見習い魔術師よ」
静かなロゼの言葉に、ノーラが下から見上げるようにして食い下がった。
「王女様、あなたはもはや国に戻る気はないのですか?
政権さえ取り戻せば……」
「私が王位を取り返したところで、あなたの幸せな日々は返らないわ。
あなたの両親も、わたしの両親もね」
その一言で、ノーラがはっとたじろいだが、すぐに気を取り直したように続けた。
「それでも、王政復古は私の夢だったんです。そのために私は戦ってきたんです!」
「違うわ、それはあなたのご両親の夢よ。少なくとも今、あなたはそう思っていないもの」
じっと彼女の瞳を見つめていたロゼは、ふと笑って肩を持って立たせた。
呆然としたような顔で、ノーラがぽつりと呟く。
「本当は……私、これからなんのために生きていけばいいのかわかりません」
「あら、あなたにはわかっているはずだわ」
ロゼが瑛人の足にへばりついて邪魔をしているリリスをそっと指さした。
「あなた自身とあの子のためよ」
こくり、と頷いたノーラは、身を翻して玄関の敷居をまたいだ。
外は夏真っ盛りで通りの煉瓦が眩しく照り映えている。
通りに踏み出すのを怖れるようにノーラが足を止め、瑛人に囁いた。
「私……不安なの。領主様の諜報部隊に入るなんて荷が重すぎるわ。
本当にとんでもないことをしたのに」
瑛人は励まそうと、にっと笑って親指を立てた。
「大丈夫、領主様も君が脅されてたってことはもう知っているし。
あの人はちゃっかりしてるから、いいスパイを拾ったって程度に思っているよ」
「誰がちゃっかりだ」
後ろから不機嫌そうな声が聞こえ、瑛人はびくっとして振り向いた。
仏頂面の領主が腕組みをしながら通りに立っている。
「館はすぐそこだからな。散歩がてら新人を迎えに来た」
ノーラが領主に膝を折ってお辞儀をした。
「ありがとうございます……ですが、私などを雇って後悔なさいませんか」
「それはお前次第だ。だが機密事項を知られた手前、仲間に引き込むほうが得策だろう」
最後に病院から出てきたロゼがノーラの肩を後ろから叩いた。
「安心して、ラインツさんはいい人よ。
手当たり次第に女の人に声をかける悪癖はあるけれど、脈がなければすぐ諦めるし醒めるのも早いの。
ただ格好いい姿をできるだけ沢山の女の人に見て欲しいと思っているだけなのよ」
「……王女様にかかっちゃ形無しだな。セトが怖れるわけだ」
引きつった笑顔でラインツが瑛人にぼそっと言った。
男同士の意見として、瑛人はうんうんと頷いた。
ロゼの能力は便利な反面、見てほしくないというところまで容赦なくえぐられるのは確かだ。
「ところで、エイト。セトはどうしてる? 反省してるか?」
「反省しているのかは知らないけど、二日くらい部屋にこもって出てこなかったから相当効いたみたいだよ」
「……そうか。とりあえず、こっちのかたはついたと言っておいてくれ。
王都のマルク城爆破事件は連中の内輪もめということで解決したし、給仕に化けていた協力者もこちらの兵が捕らえた。
残った問題は些細なことだ。
とげとげが全面についた上着が出来上がってきたり、なぜか男からの恋文が三通も届いたり、長兄から『仮面舞踏会ということで今回は大目にみるが、品位を失うような真似はよせ』というお叱りの手紙が来たりしただけで」
いったいイザベラは何をしてくれたんだろうな、とラインツは遠い目で語った。
瑛人は若干同情気味にその話題を聞いていた。
イザベラに館を任せてしまった代償は思ったより大きかったらしい。
領主のお屋敷の裏門までは、歩いて十分もかからなかった。
主人の帰還に気付いた門番が慌ただしく鉄柵を開け、領主達三人はその中に入る。
「ばいばーい!」
門の中へ入る前にリリスがぱたぱたと手を振り、両手に鞄を持ったノーラが静かにお辞儀をした。
三人が奥に入るまで手を振って見送った後、病院へと戻りながらロゼはポケットをごそごそあさり始めた。
「そうそう、街の酒場にエイト宛の手紙が届いていたらしいわ。
さっきレインさんが病院に持ってきてくれたの」
はい、と渡されたのは、無骨で不揃いな文字で書かれた封筒だった。
差出人はビルだ。夏休みが始まったばかりだが、もう手紙を書くような出来事が起こったらしい。
瑛人はわくわくしながら封を切り、汚い文字の走り書きをざっと読み通して思わず叫んだ。
「ビルの奴……うらやましい!」
「何が書いてあったの?」
「べ、別に何も! ただ友達が休暇を楽しんでるって」
一行目から見せられない内容だったので、瑛人は慌てて手紙をしまい込んでごまかした。
気付いただろうか、と恐る恐るロゼを見ると、彼女は複雑な笑みを浮かべている。
「……うん、あの、言わなくてもいいわ……男の子ってそういうとこあるわよね」
「うわあああああああっ! ビルの馬鹿ああああっ!」
人の感情を読む能力に、瑛人は見事に撃墜されて公道に座り込む。
と、エイトの頭にずしっと衝撃が走り、耳障りな声が響いた。
「キャーハハハ! デートブレイカーの俺様がいなくても、きちっと潰れてくれて助かったぜ!」
「いや俺は絶対薬草園には行くからな! 大体、どうして俺の頭の上に落ちてくるんだよ!」
空から降りてきた真っ赤なインコはまだ馬鹿笑いを続けながら言った。
「どうして? そこにお前の頭があるからだよ!」
カミノ村魔術店、無事完結しました!
読んでくださった皆様、ありがとうございました!
また感想・ブクマ・評価・レビューくださった皆様、心から感謝いたします!
完結までもってこれるか毎回ひやひやしますが今回もおかげさまで何とかなりました。
それでは、ここまで読んで下さって本当にありがとうございました!