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カミノ村魔術店〜召喚事故と魔術のバイト〜  作者: 久陽灯
1-2 サレナタリアの街
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第6話 落書きとランチ

 ロッドと別れたすぐ後。瑛人は狭い裏路地から、再び中央広場に戻ってきていた。

 観光地と化した英雄像の前を再び通りかかると、さっきと明らかに様子が違っていることに気づいた。

 空気がぴりぴりと引きつっている。

 人々はひそひそとささやき交わし、英雄像の前にはそろいの制服をきた屈強な男達が陣取り、ロープを張って野次馬を遠ざけている。

 おそらく、あれが憲兵だろう。


 ざわめく人々の視線は、英雄像ではなくその隣の石碑に向いていた。

 おそらく像の説明が掘られている石碑だ。

 しかし、皆の視線の先にある石碑には、赤い絵の具のようなもので走り書きしたような落書きが残されていた。


「俺の店はすぐ前にあるから、この広場をずっと見渡せるんだ。

 誰も触っていないのに、いきなりあの文字が浮き出てきたんだよ。

 嘘じゃねえ、タクト神に誓ってもいい」


 隣で男二人が小さな声で話しているのが聞こえた。

 二人は知り合いの商人らしい。

 何が起こっているのか知りたかった瑛人は、そのまま聞き耳をたてた。


「ひとりでに出てきたってことは、あの落書き、やっぱり造反した魔術師の仕業かねえ」

「そうだろうよ。

 初代魔王の信者ってことは、東部バキール地方の生き残りかもしれねえな。

 おっかねえ」

「そうだなあ。

 この国に魔術師のような異教徒共をのさばらせておくからこうなる。

 いっそ前時代のように全員処刑してしまえばいいんだ」

「いや、ちょっと待て!」


 あまりの極論に、瑛人はうっかり話し込んでいる商人に割り込んだ。

 二人の商人達は、きょとんとした面持ちで突然話に入ってきた彼を見た。


「えっと……まず……」


 瑛人は言いよどんでから、こう言った。


「あの石碑の落書き、なんて書いてあるんだ?」


 商人達は顔を見合わせ、そしてぷっと吹き出した。


「兄ちゃん、文字が読めねえのか! よくそれでしげしげ石碑を見ていられたもんだ!」

「俺は外国人なんだよ」


 瑛人は笑われて多少むっとした。

 召喚主もおっちょこちょいだ。

 意思疎通の魔法をかけるなら、ついでに文字解読の魔法でも入れておいてくれればよかった。


「いいか、あれはな……『初代魔王は再び来たれり』と書いてあるんだ。

 全く、馬鹿馬鹿しい。

 初代魔王はフォクセル様が八百年前に倒したというのに」


 顎髭を生やし、革の服を着た商人が自慢げに答えた。


「こりゃ、タクト神とフォクセル様への宣戦布告だぜ?

 初代魔王を敬うのは魔術師だけだ。

 魔術師のしわざに決まっている!

 あの忌々しい異教徒共め、悪魔に魂を売っているからこういう不敬な真似ができるんだ」


 もう片方の頭巾を被った商人が後に続く。

 その自信満々な物言いに、瑛人はいらだちを隠せなかった。

 瑛人はこの世界に来て日が浅い。

 タクト神が何かも知らないし、魔術師が異教徒と呼ばれる存在であったことも今知ったばかりだ。

 だが、彼の知っている魔術師達は、問答無用で処刑されるほどの悪事を働いているとは思えない。

 あれを悪と呼ぶのなら、世の農家と薬屋はみんな悪だ。


「ああ、確かに俺は文字を読めねえ馬鹿だよ。

 でも、たった一人の落書きのせいで、魔術師全員が悪人だと思い込むのはもっと馬鹿だ」

「なんだと?」


 とたんに商人の目がつり上がった。

 つばを飛ばしながらほとんど叫ぶように言う。


「お前は外国人だから知らないんだ、やつらの恐ろしさを!

 いいか、このカサン王国じゃ、十年前に魔術師共が反乱を起こして、大変なことになったんだからな!」

「そうですね、グリュートさん。

 ですが、反乱を鎮圧したのも魔術師を含む連合軍ですわ。お忘れなく」


 答えたのは、商人の剣幕にあっけに取られていた瑛人ではなかった。

 後ろからかかった鈴ふるようなその声に、瑛人は振り向き、思わず呟いた。


「……ハロワのおねーさん?」


 そのとおり、先ほど受付でさんざん笑っていたブロンドの受付嬢が腕組みをして立っていた。

 かけていた眼鏡は外され、豊満な胸で形が引き延ばされたポケットに刺さっている。

 よく見ると、最初の印象より幼く、同じ年頃かもしれないと瑛人は思った。

 澄み切った赤い瞳が眩しいが、まとめたブロンドの下の端正な顔は厳しい表情を浮かべている。


「いやあ、キャロルちゃん。待ってたよ」


 商人達は急ににたにたと取り繕ったような笑いを浮かべた。


「今休憩に入ったのかい? どうだい、俺たちと一緒に飯でも」

「ごめんなさい。先約があるので」


 キャロルと呼ばれたその受付嬢は、商人達の申し出をにべもなく断った。

 そしてつかつかと瑛人の方へ歩みより、腕に白い手を絡ませる。


「へ?」


 瑛人は訳もわからず、間抜けな声を上げた。

 と、キャロルが耳元で低く囁いた。


「……すみませんが、適当に合わせてください」

「キャ、キャロルちゃん……まさか、そいつと?」


 ひげの商人は目を見開いて瑛人に向かって指を突きつけた。


「そうよ」キャロルは冷ややかに答え、蜂蜜のような金髪の頭を軽く下げた。

「それでは、ごきげんよう」


 あっけにとられた顔をしている商人達に背を向けると、キャロルは、瑛人に寄り添って腕を引っ張るようにして歩き始めた。


「……ありがとうございます」


 中央広場を抜け、裏路地に入ったあたりで、彼女はぽつりと話し始めた。


「あの人達、いつも私の休憩時間を見計らってうろうろしているんです。

 今のところは食事に誘われるくらいで特に害はないのですが、毎回断るのも面倒になってしまって」


 蜂蜜色の金髪に白い肌、赤い瞳は少しつり目がちで厳しそうな顔立ちに見えるが、笑うと険が消えたように可愛らしい。

 確かに、彼女は美人だ。

 受付にいた時から人気者なことは想像はついていたが、出待ちがあるほどの人気だとは思っていなかった。

 ようは、ていのいい虫除けに使われたということか。

 まさかの逆ナンかとどきどきして損した。

 そんな気持ちが瑛人の顔に出たのか、キャロルが慌てた様子で続けた。


「それだけじゃないんですよ。私、お礼を言いたくて」

「俺に?」


 ハロワのお姉さんに礼を言われるようなことがあっただろうか?

 瑛人は首を捻ったが、思い至らなかった。

 せいぜいロッドとの攻防で呼吸困難になるまで笑わせたぐらいだ。

 だが、彼女は真面目な顔をで話す。


「そう言えば、自己紹介もまだでしたね。

 私は、キャロル。今は職業紹介所の仕事をしていますが、それは短期の手伝い人としてなんです。

 本当は、山野フィールダーの魔術師です。

 私、後ろでずっと貴方たちの話を聞いていたんです。

 悔しかったんですが、私はあの場で何も言えませんでした。

 この街では、私は魔術師であることを隠して生活していますし、それに、十年前の魔術師の反乱で一般の人々との溝が深まってしまいましたから……正直、怖かったんです。

 私がここで議論すれば、魔術師だとばれて、この受付の仕事もできなくなってしまうんじゃないかって。

 でも貴方は、魔術師全体を悪と呼ばれて、私の代わりに怒ってくれました。

 それが嬉しかったんです」

「まあ、俺も魔術師の端くれの仕事してるからな」


 瑛人は少し照れくさくなって目をそらした。


 と、キャロルは、何かに気づいたようにきょろきょろと周囲を見渡した。

 そして、眉をひそめて尋ねた。


「そうだ、あの鳥さん、ロッドちゃんはどうしたんですか?

 まさか、迷子に?」

「ああ違う違う、野暮用だってさ……!」


 考える前に口から言葉が飛び出していた。

 気づいた瑛人の背中に汗がじっとりとにじむ。

 キャロルは内心焦っている瑛人をまじまじと見つめたかと思うと、とたんに笑い始めた。


「もう、不意打ちの冗談は止めてください!」


 際限なく笑って息も絶え絶えになったキャロルを見て、彼は胸をなで下ろした。




 大きなパラソルの下にあるテーブルに、湯気のたつスパゲッティを乗せた皿が置かれている。

 肉団子以外何が入っているのかは不明だが、なかなかうまい。

 路地に面した小さなレストランのテラス席で、瑛人とキャロルは料理に舌鼓を打っていた。

 だしに使ったお詫びとお礼に、お昼でも奢らせてくださいと言われ、ついて行った先がここだった。

 キャロルは相当ロッドに興味があるようで、年齢や餌についていろいろ質問してきた。

 瑛人は後ろ暗い気持ちを抱えつつ、昔文鳥を飼っていた記憶を頼りに適当に答えていた。


「いいですよね。ペットと心が通い合うというのは」


 キャロルはそう言って、少しさみしそうな表情を浮かべた。

 通い合うというより、ロッドが恐ろしいほど主張してくるといった方が正しい。

 だがさすがにそうは言えないので、瑛人は肉の味がよく染みたパスタを吸い込みながら生返事をする。


「ああ、うん。キャロルもペットを飼ってるのか?」


 そうですね、と彼女は囁くように言った。


「私のいた村は、鳥の飼育と調教を生業とする集落だったんです。

 私の家でも、二年前から幼体を育てることになって。

 ジュートという名前でした。

 身体は大きいのに妙に臆病だったりして……でも、いい子でした」


 キャロルの手が止まっている。

 怪訝な顔で見返して、瑛人はさっきの彼女の台詞が過去形なことに気づいた。


「悪いこと聞いちゃったか、ごめん」

「いいえ。私、誰かに聞いて欲しかったんです」


 なかなか話せる人がいなくって、とキャロルは泣きそうな顔で続けた。


「ジュートは……いなくなってしまったんです」

「いなくなった?」


 聞き返すと彼女は頷き、どうにも不可思議な話を始めた。


「二ヶ月ほど前、私たちの村に移動サーカスが来たんです。

 十台ぐらいの派手な馬車が村はずれに止まって、テントの設営をしたり、道化師が木刷りのチラシをまいたりしていました。

 東部の荒れ地にある私たちの村には娯楽はほとんどありません。

 なので、最初は喜んでいたんです。

 でも、開演する前の日に、サーカスは忽然といなくなったんです。

 そして、その日鳥が皆いなくなっていることが分かりました。

 サーカスの人達は、鳥泥棒だったんです。

 テントもそのままに、放し飼いにされていた鳥を馬車に詰め込んでどこかへ

 ……その中に、ジュートも入っていたんだと思います。

 あの子は、村でただ一つの幼体だったのに……」


 キャロルはそのときのことを思い出したのか、目を伏せて言葉に詰まった。

 しかし、すぐに顔を上げて、話を続けた。


「私、盗まれた鳥たちを探しに来たんです。

 苦労して足取りを掴み、ここサレナタリアまでは追って来れました。

 でも、ここに来て、まるで手がかりがつかめなくって。

 結局、路銀がつきる方が先でした。

 それで、短期で受付のバイトをすることにしたんです。

 職業紹介所なら、泥棒たちの情報がつかめるかもしれないと思って」

「ふーん、大変だなあ。俺も探すの手伝おうか」


 何の気なしに瑛人が言うと、キャロルは寂しそうに微笑んだ。


「いいえ、大丈夫。愚痴を聞いてもらえただけで十分です。

 でも、もし……村で何か噂になっていることがあれば、教えてください」

「ああ、俺が魔術店の手伝い人になったってことが今噂になってるらしい。

 鳥泥棒どころか、村人じゃない人間が歩いてると噂になるような村だ。

 だから、カミノ村には泥棒は来てないんじゃないかな」

「そうですか……ところで、瑛人さんの魔術の専門は何ですか?」


 金髪から覗く赤い瞳に上目遣いに見つめられて、瑛人はどきっとした。


「専門? いや、今は手伝い人だから、収穫と鍋のかき混ぜぐらいしかしてないんだ。

 他のことなら……水の魔石で顔を洗う水を出すぐらいならなんとかできるんだけどな。

 まだいまいち要領が掴めなくて……って、どうしたんだ?」


 いつの間にかまた笑い転げているキャロルをみて、瑛人はいぶかしんだ。

 特に妙なことを言った覚えはないはずなのだが。


「あははは、ま、魔石で水汲みって……王侯貴族みたいなことを言わないでください!

 魔石なんて高価なもの、金貨で顔を洗ってるのと同じじゃないですか!」


 いったん落ち着こう。そして整理しよう。

 そう考えて、瑛人は深呼吸をした。

 何かがおかしい。

 街に来てキャロルと話し、ちょくちょくそう思うことがあった。

 こちらは真面目に話しているつもりなのに、ことごとくかみ合わない。

 しかし、おかしいのは街に来てからではないことに今ようやく思い当たったのだ。

 話してはいけない召喚、おしゃべりインコ杖、そして魔石での水汲み。

 むしろ、今までの魔術店での生活がイレギュラーだらけなのではないか。

 瑛人は、慎重に質問を続けた。


「あー、魔石って、そんなに高いの?」

「それはそうですよ。

 作る手間や難易度のわりに全体的な出力が弱いので、杖持ち(ロダー)でも使う人の少ない魔法ですから。

 魔術師でなくても水を出せたりするのがいい点ですが、大抵一滴くらいですしね。

 魔術師以外は魔石なんて使おうとも思いませんし、大体は貴族のお守り代わりのアクセサリーです」


 魔石を作るより井戸から水汲みをした方が早いですよ、とキャロルにばっさり言われ、桶に水をためるのに苦労した日々は一体何だったのかと瑛人は空しい気持ちになった。


「瑛人さんの働いているところでは、魔石も取り扱っているんですか?」

「うん、多分」

「そうですか。てっきり山野フィールダーの魔術店だと思っていました。

 薬草作りもする杖持ち(ロダー)なんて珍しいですね。

 普通杖持ち(ロダー)であれば薬草作りなどしなくても、ギルドや魔術師組織に入れば十分稼げるのに」


 そこまで話して、キャロルは遠い目をして呟いた。


「私も、杖持ち(ロダー)になりたかったです。そうしたら……」

「どうして? 今からでもなればいいじゃないか」


 瑛人の問いに、キャロルはまた寂しそうな目をして笑い、首を振った。


「もう諦めました。ごめんなさい、私ばかり話をしてしまって」


 食べ終わりましたし、そろそろ出ましょう、とキャロルは言って、そそくさと席を立った。

 目の前の皿は確かに空っぽになっていたが瑛人は話が急に打ち切られたことが不思議だった。

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