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第9話 地下墓地と赤毛の少女

「分かれ道よ。ロッド、右か左かどっち?」

「……右」


 くぐもった声が魔女帽から聞こえた。

 せめてもの情けでこの姿を見ないでほしい、というロッドの希望により、ロゼは頭の上にロッドをのせ、その上から大きな魔女帽を被っている。

 今どの程度羽根が抜けているのかはわからないが、インコが七面鳥のように丸裸になる前に隠れ家を見つけ出さなくてはならない。


 地下はじめじめしていて暗く、瑛人は思わずランプを持っているロゼに近づきがちになりながら奥へと進んだ。

 幾何学模様を描く壁が、ところどころ崩れながらも、ずっと奥まで続いている。

 足もとにあったものを石か何かだと思って踏んだら、ぱきっといい音がして割れた。

 ぞっとして足を引くと、その拍子にからんからんと転がって隅へいってしまった。

 あの形状には見覚えがある。


「あ、足もとに骨があるんだけど!」

「それはそうよ、お墓だもの」


 そうだ、ここは墓だった。しかし骨が転がってるとはひどい墓にもほどがある。

 整理整頓しておくべきだ。

 瑛人はふと壁の上方を見て悲鳴を上げそうになった。

 何十個もの頭蓋骨がそれこそ一列に整理整頓されて、こちらをじっと見つめている。

 その層の下には、さっきの幾何学模様の横縞が入った壁がある。

 いや、これは幾何学模様ではない。おびただしい数の骨が、部位ごとに整然と積まれているのだ。

 これはキャロルが呪いがかかると怯えていたのも頷ける。


「ロゼ、ここの壁、全部骨だよ!

 これ墓じゃないだろ? 絶対悪魔崇拝かなんかだろ?」

「残念ながらお墓よ。あまり趣味はよくないけれど。

 昔、骨で聖堂を飾るとその骨の主は天国に行けるって伝説があったらしくて、希望者が殺到した挙げ句こうなったんだって」


 骨に囲まれているにしては冷静すぎるだろうと瑛人は思ったが、そう言えばロゼは医者の手伝いもしていることを思い出した。

 骨など見飽きているのかもしれない。

 暗い骨の道を通り抜け、分かれ道にたどり着くたび、ロッドにどちらへ魔力が流れるか尋ねる。

 それを延々繰り返していくうちに洞窟は狭くなり、また骨の数も時代に応じて減ったらしく、ところどころに積み上げられているだけになった。


 そのとき、ロゼが声を上げてランプを掲げた。

 壁際に縦穴が伸びているのを見つけたのだ。

 古代の壁には不釣り合いな木の梯子が立て掛けてある。

 木を縄でつなぎ合わせた簡単なものだが、古代人が作ったにしては持ちがよすぎる。

 最近作られたものに違いない。


「ロッド、そのままか、上か、どっち?」

「……上! つーか、左右以外にも道があるのか?」


 帽子から声が聞こえた。


「梯子があるの。上った先に誘拐犯の本拠地があるかもしれないわ」


 そう言ったときには、ロゼはランプを地面に置き、もう梯子の段に手をかけていた。


「ロゼ、危ないから慎重に……」

「わかったわ!」


 まったく分かっていないようにロゼががつがつと梯子を上りだした。

 瑛人は慌ててぐらつく梯子を支え、落ちないようにする。

 ロゼが一番上の段でとまった。

 声が反響して木霊になって聞こえてくる。


「上に木蓋があるわ」

「ちょっとは落ち着いて……」

「鍵はついてないみたい!」


 気にもかけずにロゼがばん、と蓋を開けて無鉄砲に飛び出していったので、瑛人はランプをひっつかんで口にくわえ、不安定な足場にもめげず梯子を駆け上った。


 木の床に躍り上がって、瑛人は油断なく周囲を見渡した。

 しかし、ロゼが魔女帽から赤毛をはみ出させて立っている姿以外、人影はない。

 そこはもぬけのからのぼろ小屋だった。


 しかし、確かに人がいた形跡はあった。

 暖炉には火を焚いた跡が残っている。

 ここで食事をしたのだろう。

 瑛人達は秘密の入り口がないかと、このぼろ小屋を調べ回った。

 しかし、壁際の白い爪痕以外、何も見つけることが出来なかった。

 白い爪痕は天地逆で書かれていたので、瑛人は苦労して頭をひんまげながら読んだ。


「『たすけてお姉ちゃん』。

 お姉ちゃんって……あの女の人のことかな?」

「きっと、そうでしょうね。あの女の人の妹もここにいたのよ」


 そう言いながらぼろ小屋の扉を開けて、ロゼがぽつんと呟いた。


「西街道だわ」


 確かに彼女の言うとおり、星空の下、僅かに光る街道の敷石が小屋の前を通っていた。

 その一方は黒々としたサレナタリアの城壁の影から出ていて、もう一方は林の中の闇に溶け込んでいる。


「洞窟はカムフラージュ。きっとここに馬車を待たせていたに違いないわ」


 ロゼが悔しそうに言い、ふらふらと外に出てから青草の上にどさっと倒れたので、瑛人は慌てて駆け寄った。


「ロゼ、大丈夫?」

「うん……ちょっと、眠いだけ。せっかく……ここまで来たのに……」


 そうだ、瑛人はともかく、ロゼは昨日徹夜だったのだ。

 ここまで精神力だけで来て、とうとう力尽きてしまったらしい。


「俺も大丈夫じゃねえ……」


 弱々しい声がロゼの頭から転げ落ちた魔女帽から聞こえる。

 こちらも相当魔力を使ったのだろう。

 どのくらい羽根が抜けているのか確認したかったが、漢の約束のため堪えた。


「キャロルさんに、合図しないと……」


 ロゼが雷石銃を取り出したが、眠そうに頭を振っていてとても撃てそうには思えない。


「わかった、俺がやるよ。任せてくれ!」


 瑛人はそっと雷石銃をロゼの手から取り上げる。

 そして片耳を塞ぎ、両目をつぶって神聖ヴィエタ語で雷石銃の文句を唱えた。


『空駆ける閃光よ、闇を切り裂け!』


 鼓膜がびりびりと震えるような音を立てて、澄み切った星空に雷が輝いた。






「その娘か」

「そうだ」

「どう説得するつもりだ?」

「切り札はある。それにこの子の将来を考えれば、当然こちらを選ぶはずだ」

「しかし、本当に欺せるんだろうな?」

「あれだけティルキアンステップを踏めるのであれば、十分だろう」

「しかし髪色は赤毛じゃないぞ」

「瞳は妹の言うとおり青だ。髪色のことも事前に聞いていて手を打ってある」


 誰かと誰かが話している。

 セトは半分目覚めかけたが、まだ半分頭がぼうっとしていた。

 と、後ろ手に縛られたまま乱暴に放り投げられる。

 ごろごろと転がり、セトは呻いた。

 息苦しいし、体に力が入らない。

 がしゃんと扉を閉める音がして、足音が遠ざかっていく。

 その音がなくなると、がたがたと部屋自体が振動し始めた。

 ありったけの力をふりしぼって、ようようまぶたを開けると、ゆらゆら揺れている天井の小さなランプが木板の床を照らし出していた。

 セトが転がっているその床はひっきりなしに揺れている。

 恐らく荷物用の馬車かなにかに入れられているようだ。


 頭が重い。あの眠り薬には、やはり酒が入っていたのだろう。

 魔力出力がほぼなくなっている。

 あと、息苦しい理由を思い出した。

 いまいましいコルセットのせいだ。


「お姉ちゃんじゃなかった」


 相変わらずぼうっとした視界に、突然赤毛が映り込んだ。

 セトは驚いて身を引き、うっかり口走った。


「ロゼ?」

「あなた、だれ?」


 かわいらしい声で答える人影は、ロゼではなかった。

 十歳くらいだろうか。

 真っ赤な髪をお下げにした女の子が向かいに座って、こちらを心配そうにのぞき込んでいた。


「私、リリスっていうの。あなたは?」

「セトだ」

「まあ、おかしなお名前」

「だろうな、今は特に」


 そう答えて起き上がろうとしたものの、あまりの揺れと後ろ手に縛られたせいで無駄に転がるだけだった。

 ふわふわしたスカートが邪魔で、反動を付けても起き上がりにくいのだ。

 手を貸してもらおうと赤毛の子を見れば、そちらも後ろ手に縛られている。

 どちらもとらわれの身というわけだ。


「かわいそう。あなたもさらわれたのね」


 さらわれた、という言葉に情けない響きを感じる。

 何しろ敵の罠にうっかりはまってしまったのだ。

 今頃ラインツの館でいい笑いものになっていることだろう。

 女の子は首を傾げながら続けた。


「でも、あなた黒髪なのに」

「髪の色が関係あるのか?」


 セトはぞっとしながらきいた。

 この子の髪色は、紛れもなくロイヤルレッドだ。

 リリスは無邪気な顔で続けた。


「私が赤毛だからさらったんだって。

 でも、私じゃ小さすぎるって皆が言うの。

 私にお姉ちゃんがいるって聞いたら、皆がよろこんだの。

 それで、おとなしくしてたら連れてきてくれるって言われて、木の小屋で待ってたの。

 でも来たのはお姉ちゃんじゃなくて、あなただったの」


 ティルキアンステップを踏める女をさらう理由。

 そして、赤毛の女の子をさらう理由。

 『小さすぎる』という言葉。


 セトは曖昧模糊とした今度の事件に、急に光が差したような気がした。


 死に神は、ロゼをさらう気だったのか。

 ……いや、セトをさらったのだから、それは違う。

 ロゼによく似た——ティルキアの元王女に見せかけられるような女の子をさらう気だったのだ。


「ねえ、お姉ちゃんはどこ?

 あなた知ってる?」


 女の子は悪気もなく尋ねてくる。

 純真無垢な瞳を前に、姉は領主の館に窃盗容疑で拘束中だとはさすがに言えない。

 結局セトは首を横に振り、話題を変えることにした。


「リリス、姉さんの名前は?」

「ノーラよ」

「わかった。

 私は今から君の姉さんとして行動する。

 誘拐犯を騙すためだ。だから今から私を姉さんと呼ぶように」

「騙すの? 嘘つくのは駄目って言われてるの」


 そう、正直なことは美徳だ。

 こんな有事でなければ立派でもある。

 ただ十歳相手にくどくど善悪を説明するつもりも暇もない。

 子供の相手なら今まで散々やってきたので手慣れたものだ。

 セトは素早く頭を切り替えた。


「……お姉さんごっこだ。それなら問題ないだろう」

「ごっこ遊びなら大丈夫! じゃあ、『お姉ちゃん』って呼ぶね!」


 満面の笑みを浮かべてお姉ちゃんを連呼するリリスを見て、案外上手くいったことに安堵した。

 コルセットに締め付けられた肺に息を吸い込み、セトは折を見て話を続けた。


「じゃあ、今度はリリスのことを教えて。

 できるだけ詳しく」

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