第8話 飛竜乗りと古代の遺跡
ジュートが瑛人達三人を乗せて夜空へ飛び上がった。
夏とはいえ、上空の夜風は冷たく頬をなぶる。
キャロルが先頭で手綱を持ち、瑛人とロゼはその後ろに乗っている。
瑛人は女の子二人に挟まれるという、ビルに後々自慢できるような位置についたが、正直喜びよりも焦りの方が強かった。
インコは瑛人の肩に爪を立てて掴まり、クチバシをカチカチと合わせている。
さっきからセトに精神共有を試みているのだが、どうも上手くいかないようだ。
ロゼが不安げに問う。
「どう? 精神共有できそう?」
「まってくれ、今チャネルを合わせてるんだが応答しねえ」
インコは目を半分つむりながらカチカチとクチバシを鳴らしていたが、やがて悪態をついた。
「ちくしょう、駄目だ!
さっぱり連絡がつかねえ。眠っているか、酒でも飲まされたか。
あるいはそのどちらかだな」
瑛人は素朴な疑問を口にした。
「待って、酒を飲まされたとしたら、ロッドも消えるんじゃないのか?
お前だってセトの魔力で動いてるんだろう? 泥人形みたいに」
「俺を泥人形みたいな低級魔術と一緒にするな!」
インコが耳元でうるさく叫び散らした。
「俺は一定の魔力さえ供給されていたら、自力である程度動けるんだよ!
だからこその唯一の独立杖って呼ばれてるんだろうが!
二、三日に一回は魔力供給してもらわなくちゃならねえが、それまでは大丈夫なんだよ!
マスターが死んでも自動魔力供給機関さえ残してもらえれば八百年は持つんだからな!」
「セトは死んでないに決まってるでしょ!」
急にロゼが大きな声で怒鳴ったので、鳥と瑛人は思わず黙った。
ごめんなさい、とロゼは言い、深呼吸をしてから今度は静かに話し始めた。
「わざわざセトをさらったのには、何か理由があるはずよ。
だから絶対に殺されるなんてことないわ」
「私もそう思います。だから安心して下さい、ロゼさん」
落ち着いた口調のキャロルの言葉に、瑛人は少し冷静になれた。
瑛人の腰に回されたロゼの手が小刻みに震えている。
きっと不安でたまらないから、大声を出したのだろう。
と、ひゅっと翼が風を切る音がして、後ろからもう一匹の飛竜が飛んできて横に並んだ。
瑛人より少し年上に見えるぱっつん黒髪の女の人が乗っていた。
キャロルと同じ紺の制服を着ている。ラインツの私兵だ。
飛竜乗りは軽い方が有利なので、女の人の比率が高い、と前にキャロルが言っていたのを瑛人は思いだした。
女の人は身を乗り出してこちらに話しかけてきた。
「キャロル、どうしたの? あなた待機組だったでしょ? 何かあったの?」
「ええ、アリー先輩。
あの後、エイトさんと女スパイが行方不明になって、私はそっちの捜索に。
でも大丈夫、エイトさんは見つけ出して一緒に乗っていますし、スパイは街の病院で保護されているようですから!」
キャロルはそう返してから、気付いたように不安げな声で叫んだ。
「それよりアリー先輩、あなたは死に神の馬車を追っていたはずでは?」
「そうよ、ただしこっちはまずいことになったわ」
困ったような顔をしてアリーが続ける。
「馬車はサレナタリア郊外のレンク丘で停まったの。
ただ神殿遺跡に入られてしまって!
今地上部隊に連絡を入れたところだけど、もう上からは追えないわ!
では、また領主様の館で!」
並進していた飛竜は身をさっと翻して領主の館へと降りていった。
瑛人は不思議に思ってキャロルに尋ねた。
「なんであんなに慌てているんだ?
本拠地が遺跡って分かったんだから、それでいいじゃないか?」
「遺跡が問題なのですよ……あそこには、古代のカタコンベが残っているんです」
真剣な声色で言うキャロルには悪いが、今瑛人の頭の中には古代の人々ががっちがちの乾燥コンブをがりがりかみ砕いている様子が展開されている。
「古代の固昆布? 昆布ってお湯で戻さない限りそもそも大体固いよね?」
「じゃなくて……カタコンベは地下墓地よ。
レンク丘には古代の神殿遺跡とお墓があるんだけれど……地下迷宮になっていることで有名なの。
出口だってたくさんあるに違いないし、厄介なことになったわね」
瑛人の後ろにしがみついたロゼが説明してくれて、やっと瑛人にもことの重大性が分かってきた。
つまり、まかれたということだ。
飛竜の追跡を知ってか知らずか、死に神はまんまと領主の手から逃げおおせてしまった。
地下に墓があるというところまではわかる。
しかし迷宮になっているというのは墓地としていかがなものか。
まるで死者を閉じ込めているようじゃないか、と思ってから瑛人は背筋がぞっとした。
それにたたみかけるように、ロゼが驚くようなことを言った。
「わかったわ。キャロルさん、領主の館に行く前に、私達をレンク丘の神殿跡に下ろして。
カタコンベに入るわ」
「ロゼさん、無茶です! 警備兵が到着してからにしてください!」
ぎょっとしたようにキャロルが言ったが、ロゼが頭を振った。
「待っていたら遅くなるもの。早くしないと追えなくなるわ」
「冷静に考えてください。あなたたちが地下墓地で迷えば、最悪なことになってしまいます」
「大丈夫、私は迷わないわ」
きっぱりと断言したので、瑛人は驚いた。
地下迷宮になっているのだったら、普通迷うのではないだろうか。
どうしてロゼがそう言えるのか、根拠が分からない。
キャロルは言いにくそうに、なおも抵抗した。
「でも、古代人のお墓に入ると呪われるって……」
「私達は魔術師なのよ? 呪いなんて気にしないわ」
ロゼがいとも簡単にそう言ったので、キャロルが渋々飛竜を街の光がない闇へと向けた。
瑛人はキャロルの腰につかまりながら、私達、と言ったロゼの言葉を噛みしめていた。
つまり、瑛人も墓に入る要員の一人になっているということだ。
やがて飛竜は高度を下げ、ばさばさと羽音をさせながら暗い丘の上へとおりたった。
ロゼと瑛人は銀色の飛竜から身軽に飛び降りる。
月影でうっすらとしか見えないが、大きな石柱が何本も傾ぎながら立っている。
完全に折れているものもあった。
ロゼがごそごそと鞄をあさり、携帯用の小さなランプを取り出す。
火の魔石を付ける呪文を唱えると、ランプがぼうっと灯った。
「キャロルさんは、私達がここに入ったということを領主様に知らせてくれる?」
「わかりました。
私も、伝令をすませたらすぐに警備兵と一緒にここを包囲します。
くれぐれも、危険だと思ったら引き返して下さいね!」
そう言うと、キャロルは飛竜を駆り、すぐに闇に紛れて見えなくなってしまった。
すたすたと歩き出すロゼの前に、地下に降りる階段が口を開けていた。
瑛人はそれを追いつつ、ロゼに声をかける。
「俺からも言わせてもらえば、本当に無茶だよ!」
「そうね、でも行きましょう」
半分崩れた階段に向かって、彼女はさっさと歩きながら答えた。
駄目だ、頑固すぎて説得すらできない。
「どうやって探すんだ? 中は迷宮なんだろう?」
「今からロッドに消えてもらうのよ」
いとも簡単にロゼが言い、瑛人はびくっとした。
「あ、消えてもらうって言うのは変な話ね。
ゆっくりと部分部分を消していってもらえれば」
「いや、それはそれでビジュアルが怖いんだけど!
どうしてそんなことを?」
「魔気の痕跡を辿るの。
ロッドは当然、セトの魔気でできているわ。
そして一部分が消えるとその部分はセトのところへ返る。
その僅かな痕跡を辿ればいいのよ。
ロッドなら、大体どの方角へ魔気が向かったか分かるはず」
「さらっと難しいこと要求してくるな、嬢ちゃんは」
瑛人の肩にとまったロッドがため息をついて言った。
「分かれ道につくたびに俺の一部だけを消してセトに流せばいいわけか?
言っておくが全部一度に消えるより、めちゃくちゃ魔力を喰うと思うぜ?
俺、最後まで持つのかな」
「最悪、こちらにロッドの口さえ残っていればいいわ」
目的を遂げるためには手段をいとわないロゼに、さすがに瑛人はツッコミを入れた。
「いやそれもビジュアル的には最悪だからね?
というかそんなこと可能なんだろうな、ロッド?」
「やったことねえよ! だがなあ」
インコはため息をついた後、背筋をしゃんと伸ばした。
「羽根を一枚一枚むしられて七面鳥みたいな有様になるとしても、やんなきゃならねえことがあるってことよ!」




