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第7話 嘘は真実を呼ぶ

 瑛人はそわそわとしながら診療所のソファに腰掛けて、ロゼが出てくるのを待っていた。

 待合室はこぢんまりしているものの整頓されていて、布張りの二人がけソファが向かい合わせに置かれている。

 静かだった。

 三つ子は泣き疲れたのか、泣いているときと同様一斉に眠ってしまったようだ。

 さっき、産婆さんらしきお団子頭の中年女性がよろよろと病室から出てきて「悪いね、あたしゃ寝るよ」と言うなり瑛人の向かいのソファにごろっと横になり、横にあった毛布を被った。

 そして一瞬後には寝息を立て始めた。

 相当な修羅場だったに違いない。


 瑛人はもう一つの病室の方へ、気がかりな視線を向けた。

 あの女の人にナイフを突きつけられたのに、思わず助けてしまった。

 そして、怪我の具合を心配している。

 どうも自分はお人好しらしい、と瑛人は今更実感した。


 そのとき、ロゼが病室のカーテンを開けて出てきた。


「エイト、お疲れさま。もう大丈夫みたいよ」


 続いて山羊鬚の医者が足もともおぼつかない様子で瑛人の方に向かってくる。

 ため息をついて、医者は椅子に崩れるように座り込んだ。


「できることはしたわい。

 まあ、治療はある程度しておったみたいだしのう。

 じっとして傷がふさがるのを待てば、命に別状はないじゃろう。

 ……ワシはもう寝る。

 そのへんの椅子で、お前たちもお休み」


 自分の言いたいことを言い終えると、白髪の老人は疲れ果てた顔をして奥へ引き上げていった。

 お休みと言われても、女スパイがいる場所でぐうぐう寝るわけにもいかない。

 他の二人よりはしゃんとしているが、やはりロゼも徹夜だったのだろう、目が充血している。

 瑛人はソファをロゼに譲るつもりで立ち上がると、そっと病室のカーテンを開けた。

 と、すぐ後ろで声が聞こえた。


「目が覚めたの?」


 ソファを譲ったつもりだったのに、ロゼは後からついてきたようだ。

 さっとロゼが病室に入り、小さなサイドテーブルに置かれたランプを灯す。

 女の人の目が、細く開いていた。

 しかし先ほどまでの気丈な様子ではない。

 痛み止めの薬草をのんだせいだろうか。

 ぼうっとしたような調子で女は言った。


「私……また捕まったのね?」

「いいえ。あなたは助けられたのよ。このエイトにね」


 瑛人は思わず赤くなった。

 路上に放っておいて死んでしまうのはなんとなく後味が悪いので、うっかり連れてきてしまっただけとは言いづらい。

 ロゼがつと前に出て女の人の手を取った。


「心配ないわ。ここは街の診療所。

 あなたに害をなす人は誰もいないわ」


 うつろな目がロゼの魔女帽の下でちらちらしている赤毛へと移る。


「……あなたひどい赤毛ね」

「……ありがとう」


 ロゼはにっこりと笑って言った。


「私はロゼ。あなた、名前は?」


 そのとき、女が目を見開いて飛び起きようとしたので、瑛人は慌てて肩を押さえた。

 今暴れ出されたら連れてきた意味がない。

 しかし、その女は肩を押さえられながらも、ロゼの手をぎゅっと握りしめて言った。


「……ロゼですって?

 ……いいえ、なんでもないわ。そんなはずはないもの」


 そう言って女は起き上がろうとするのを止め、ぐったりとベッドに体を預けた。

 瑛人はほっとして肩を押さえる手を離した。

 と、ロゼがじっと女の人の目を見つめて話し始めた。


「あなた、ティルキアの人?」

「いいえ、カサン人よ」

「亡命してきたの?」

「違うって言ってるでしょ?」

「ティルキアの王党派についてどう思っているの?」

「あなたも私を尋問する気なの?」


 急に女がとげとげしい口調になった。


「尋問なんてしないわ。落ち着いてちょうだい」


 静かな声でロゼが続ける。


「あなたは亡命してきた元ティルキア貴族、しかも王党派ね。

 さっき、心の中であなたは私の髪色をロイヤルレッドだと思った。

 でもそうは言えないので、赤毛と言い換えたのよ。

 残念だけど、カサンで赤毛を心底素晴らしいと思う人は限られているわ」


 こういうときに、瑛人はロゼの能力の恐ろしさを思い出す。

 彼女の前に嘘は無力だ。

 どうしらばっくれようと、ロゼの感情把握能力の前には真実だけが引きずり出される。

 ラインツもロゼを呼べば無駄な尋問などせずにすんだのにと、瑛人はつくづく思った。

 女は動揺したようで、また無理矢理起き上がろうとする。


「これ以上聞くなら、暴れて死んでやるわ!」

「大切な誰かが人質にとられているのね。

 もし本拠地が突き止められてしまったら、その誰かが殺される」


 ぞっとするほど冷静な口調でロゼが言い切ったので、女はおろか、それを止めようとした瑛人までが固まってロゼを眺めた。

 どうしてそれを、という言葉を聞く前に、ロゼが優しい声で説明した。


「私、人の感情をある程度読める能力持ちギフテッドなの。

 だから私に隠し事をしても駄目。

 大丈夫、私達がきっと何とかしてあげるわ」

「何とかですって……できるわけがないじゃない!

 感情を読めても、力には勝てないのよ?

 大体、町医者の手伝い人に何ができるっていうの!」


 瑛人に肩を再び押さえつけられながらも叫びだした女を前にして、ロゼは聖母のような微笑みを浮かべている。


「私がだけがやるんじゃないわ、皆に手伝ってもらうのよ」

「駄目、そんなことをしたら、妹が……」

「大丈夫。私を信じて、あなたはゆっくり眠っていて。

 あなたは、幹部の本拠地を知らないんでしょう?

 知っていたら、自分で助け出しに行くはずだもの。

 すぐにあなたの妹さんを連れ出してくるわ。

 あなたは安心して寝てちょうだい。最近眠っていないんでしょう?」


 落ち着いた物言いに、女の人はだんだん気が静まってきたのだろう。

 弱々しい声で一言尋ねる。


「どうしてあなたはそこまでしてくれるの?」

「そうね、同郷のよしみとだけ言っておくわ」

「……ありがとう。あなたもティルキア人なのね。

 全部信じたわけじゃないけれど、あなたの気持ちは嬉しいわ」


 言うなり、女はことんと落ちるように眠りだした。

 安心したと同時に、薬が本格的に効いてきたこともあるだろう。


 出ましょう、と促され、瑛人はロゼと共に病室を後にした。

 片方のソファは産婆さんが占領しているため、二人で一つのソファに腰掛ける。

 と、ロゼがこちらを見てにっこりと笑いながら言った。


「さて、次は瑛人の番ね」

「え?」


 面食らう瑛人に、彼女は圧をかけるように顔を近づけてきた。


「話して。知っていること、全部」


 ごめん、セト。

 ロゼにばれないようにと散々釘を刺されたが、やはり無理だった。

 心の中でセトに謝りながら、瑛人は知っていることを洗いざらい話した。

 最初はうんうんと相づちを打っていたロゼが、黙りがちになり、ついに何も反応が返ってこなくなる。

 どきどきしながら瑛人は、ラインツの来訪からティルキアンステップ、そして仮面舞踏会のことをあまさず話してしまった。


「……というわけで、俺はこの病院へたどり着いたんだけど……ロゼ、聞いてる?」

「……そうなの」


 と、ロゼは魔女帽をさっと取り去った。長い赤髪がばさっと翻る。

 ばっと立ち上がり、彼女はきっぱりと言った。


「乗り込みましょう、ラインツさんの館に!

 セトったら、また私を騙そうとしていたのね!

 何回失敗すれば気付くのかしら。

 私に隠し事をしても無駄だってことに!」






 手早く身支度をして二人は外に出た。

 もう夜も大分更けて、巨大な半月が沈もうとしていた。

 ロゼは玄関に立て掛けてある物干し竿で、いきなり隣の木をつついた。

 と、ぼとり、と水滴が垂れるようにして木の上から赤い毛玉が落ちてきた。


「そりゃあ、帰るときには起こしてくれとは言ってるけどさあ、

 さすがにその起こしかたはひどいぜ!」


 ぎゃあぎゃあとうるさい声を立てて赤い毛玉もといロッドが叫ぶ。


「さっき瑛人が呼び鈴ガンガン鳴らしたので起きちまってよ。やっとまた寝付いたとこだったのに!」

「おい、起きてたなら何とか言ってくれたらよかったじゃないか!」


 瑛人は大変なときに二度寝を決め込んでいたインコにむっとした。


「ねーちゃん連れた奴に話しかける暇はねーの!」

「時と場合を考えろよ! 病院のドアを叩いてんだよ?

 どう考えても急患じゃないか!」

「もう、話は止めにして! ここからならラインツさんの屋敷は近いわ。走るわよ!」


 見かねたのだろうロゼが間に入った。

 確かに、ここでインコとやりあっている時間はない。

 少なくともラインツには今までのことを報告しないといけない。

 駆け出そうとした途端、月の光が陰った。

 ばさばさと音がして、狭い路地いっぱいに銀色の鱗が光る飛竜が舞い降りる。

 その飛竜から聞き慣れた声がした。


「エイトさん! 無事だったんですね!」

「キャロル! どうして?」


 金髪の女の子、キャロルは身軽に飛び降りて、駆け寄ってくると瑛人の手を取った。


「あなたが女スパイと一緒にいるらしい、と連絡があって、飛竜で探していたんです!」 


 何事もなさそうでよかった、と既に涙ぐんでいる。


「それで、女スパイはどこへ行ったのですか?」

「心配ないわ。ぐっすり眠っているもの。

 今起こしては駄目よ、傷にさわるわ」


 ロゼがきびきびと言った。


「それじゃあ、仕掛け人のラインツさんとセトのところへ連れて行ってもらえるかしら?

 飛竜なら検問がない分早いでしょう」

「あの、領主様なら大丈夫なのですが……そのう、セトさんは……」


 キャロルが言いよどみ、ロゼがぎょっとしたように立ち尽くした。


「いったい何が起こったの? お願い、はっきり言って!」

「……死に神の仮装をした男にさらわれました」


 瑛人もあっけにとられて、ぽかんと口を開けてしまった。

 どおりで水を持っていこうとしても見つからないわけだ。

 いつの間にそんなことになっていたのだろう。

 しかしさらわれるなんて、セトも不用心にもほどがある。

 キャロルが息をするのも忘れているようなロゼを安心させるように言った。


「大丈夫、先輩達の飛竜が死に神の馬車を追っています。

 彼らの本拠地もすぐに分かるでしょう。

 とにかく、ラインツ様の元へ行き、女スパイの情報を知らせましょう!」

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