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第3話 舞踏会の給仕のバイト

 雲一つない空。耳元を過ぎる朝の風が心地いい。

 眼下に小さな街が見えてきた。

 いや、小さく見えているだけでこの地方でも有数の大都市、サレナタリアだ。

 オレンジ色の瓦屋根が整然と並んでいる様は、博物館のミニチュアでも見ているかのようだった。

 すぐ前に座っている長い金髪をおだんごにまとめた女の子が、ぱっと振り向く。


「もうそろそろ降りますね! エイトさん、気をつけて下さい」

「了解、キャロル! 飛竜で来ると本当にあっという間だね!」

「もちろんですよ! ジュート、降りて!」


 キャロルと瑛人を乗せた銀色の竜はキューッと鳴き、すぐにくるくると旋回しながら高度を下げ始めた。

 ジュートはもう立派な大人の竜になっていて、幼体のときの面影はあまりない。

 しかしその甘えたような鳴き声だけは変わっていなかった。


 結局、ロゼは帰ってこなかった。

 よほどの重病人が運び込まれて、診療所で泊まったのだろう。

 年に数回、そんなことがあると聞いていた。

 インコのロッドも、ロゼの帰りを待てと命令されていた手前、街中で過ごしたに違いない。

 しかし、これでよかったのかもしれないと瑛人は思っていた。


 セトが悲壮な顔で急用で発つという手紙を書き終え、台所に置いて出発する段になってから言ったのだ。


「私はこの件が終わるまで、あの子の顔は絶対見ないからな。

 ……エイト、おまえも何とか工夫しろ。

 絶対ロゼにこのことを感づかせるなよ?」


 そう言われたものの、瑛人だって隠し通せる自信は全くなかった。

 絶対にばれるに違いない、と半ば諦めていたので、逆にこれでよかったのかもしれない。


 しかし、ラインツから朝迎えが来るとは聞いていたものの、まさかキャロルが飛竜で迎えに来てくれるとは思わなかった。

 訓練の一環で、とキャロルは照れていたが瑛人はほくほくで彼女の後ろに跨がった。

 飛竜に乗るのは大好きだ。

 ……ビームに追い回されたりしなければ、

 と、遥か下の白亜の建物に降りながら、キャロルがぽつんと呟いた。


「……エイトさんも、気をつけて下さいね」

「大丈夫、だって俺は給仕の仕事をしながら見張れって言われただけだし」


 瑛人はその心配そうな声色を吹き飛ばすように請け合った。

 しかしキャロルの不安は拭えなかったようだ。


「……私達も一種の警備兵ですから、舞踏会のときは注意して巡回するよう指示が出ています。

 それでも、私達だからこそわかることがあるのです……だから、気をつけて」

「……領主の館に、裏切り者がいるっていう話?」


 直球で尋ねると、キャロルは前を向いたまま頷いた。


「既に領主様が話されていたのですね。

 そうなんです。

 今度の事件も、ラインツ様の領地にティルキアの元王女様が亡命している、という情報が漏れて起こったと考えられます。

 実際、ロゼさんがカサン王国に亡命されたことは国際的に公表していますが、普段どの地域に住んでいるのかは極秘扱いなのですよ。

 その情報を領主様がご存じなことを誰かが漏らし、女の人を使って王女様の正確な居場所を手に入れようとしたんです。

 ……まあ、館内では罠に引っかかった領主様が悪いということになっていますが」


 瑛人はため息をついた。そこは全員の意見が一致するところではある。

 話をしている間に、白い大きな館はどんどん大きくなってきた。

 やがてジュートがばさばさと羽ばたき、飛竜着陸用の芝生へ降り立つ。

 さっとキャロルが飛び降りて、瑛人はその後手を貸してもらって地面に降りた。


「私はジュートを連れて行きますので、瑛人さんは北の台所口へ入って下さいね。

 そこで今夜の説明があると思います」


 では、くれぐれも注意してくださいね、と最後にまた念を押され、瑛人は真剣に頷いて台所口へ向かって歩き出した。






 これは面倒臭い。

 瑛人は台所についた直後に、もうこのバイトを受けたことを後悔し始めていた。

 もうもうと煙が立ち上り、肉を焼く石窯や大鍋がずらっと並べられている。

 白服のシェフが何人も駆け回る台所は、まさに戦場のようだった。

 その中心で白髪のじいさんが、誰彼構わずヒステリックに叫びまくっていた。


「鍋はまっすぐに運べ! こぼすんじゃない!」

「このフォークは曇っているぞ! 今すぐ磨き直せ!」

「そのグラスはシェリー用だ! ワイン用はこっちだと何回言えば分かる!」


 とりあえず帰ろうか、と踵を返したところ、まるで超能力で察知したかのように、じいさんがぐるっとこちらを向いて叫んだ。


「来たな、おまえがエイトか?」

「……そうです」


 仕方なく答えると、不機嫌なじいさんは眉をひそめてどなった。


「遅い!

 私はローゼンバーグ、このお屋敷の執事だ!

 この仮面舞踏会は絶対成功させねばならぬ!

 事件など関係ない!

 すべて、完璧に、パーフェクトにだ!」

「はあ、そうですか」


 気の抜けた返事しか出来なかった瑛人に、彼はますますヒートアップした。


「いいからすぐに隣の部屋へ行って、給仕の服に着替えてこい!

 時間がないんだ!

 給仕の仕事がなんたるか、二刻で叩きこんでやる!」

「……はーい」


 たしか、給仕の格好をした警備の仕事だったはずなのだが、完全にヘルプの給仕だと見なされている。

 この老人はどうやら宴を取り仕切る執事らしい。

 大きな宴を前にして、相当気が立っているようだ。

 瑛人はそう思いながら、渋々返事をして隣の部屋へ向かった。

 その後、瑛人の想像以上の駄目出し地獄が待っているとも知らずに。






 窓から差す西日に、ラインツは目を細めて従者にカーテンを閉めるよう指示した。

 もう少しで夜の帳がおり、舞踏会の参加者達がやってくる。

 警備主任が館の地図にピンをがつがつと貼っていた。

 身分を問わない仮面舞踏会とはいえ、きちんと招待状を持っている人間しか入れないよう、幾つも関門を設けている。

 警備兵を配置する予定の場所は、いつもの二倍だ。


「……このように、警備体制は万全です。

 警備の目をくぐって、出入りすることはできません」


 自慢げに語る警備主任に礼を言いつつ、ラインツは心の中で愚痴をこぼした。

 ここまで警備を増やしたが、絶対どこかに綻びが出る。

 しかし裏切り者が誰だか分からない以上、どうすることもできない。

 どさくさにまぎれて警備兵のナイフを奪い、自分で腹を刺した女スパイは相変わらず眠っていて、新情報も引き出せないらしい。

 しかし、この仮面舞踏会を中止すれば、敵をみすみす逃がすことになる。

 仮面舞踏会に参加できるということは、貴族連中にもスパイの手は伸びているということだ。

 放っておけば、必ず厄介なことになるに違いない。

 いや、今でも十分に厄介だが。

 そのとき、コンコンとノックの音が聞こえた。

 従者が扉を開けると、困ったような顔の警備兵が顔を出した。


「ラインツ様。

 舞踏会には少々早いのですが、森の魔女様とお連れ様が馬車でお着きになりました」

「……そうか。まあいい、通せ」


 ラインツは鷹揚に言って、自ら玄関ホールへと向かった。

 イザベラのことは呼んでいないが、来る予感はしていた。

 セトが協力を要請できる人間は少ない。

 荒稼ぎしていることや男あさりが酷いといった悪い噂しか聞かないが、イザベラはこちらの味方だと言える一人だ。

 しかし、お連れ様とはいったい誰のことだろう。

 そう思いながら階段を降りていった領主は、玄関ホールで立ち尽くし、目をしばたたかせた。

 いつもの妙な格好をした森の魔女と、その隣りにもう一人、小柄な少女が立っていた。

 イザベラが芝居がかった仕草で一礼した。


「ご所望の者を連れてきたわよ? 領主様」


 ラインツは目の前の人物を凝視した。

 長い黒髪の一部を頭の上で結い、残りの髪は下にふんわりと下ろされている。

 ティルキアの宮廷でよく見かけた髪型だ。

 薄く華奢な身体には、大きな瞳と同じ青色の豪華なドレスを纏っている。

 胸には詰め物でも入っているのか、ちゃんと膨らんでいる。

 薄く化粧を施された顔は、羞恥で染まった頬も相まって、いつもの険が見当たらない。

 まごうことなき美少女がそこにいた。


 ……女装しても違和感はないだろうとは思っていたが、これほどとは。

 万一駄目だった場合は思うさま笑ってやろうと身構えていたラインツは、かける言葉もなかった。


「じろじろ見るな」


 少女が可愛らしい声で言った。

 が、どことなく聞き覚えのある声でもあった。

 その瞬間、ラインツは夢から覚めたような気分になった。

 外見は美少女だが、中身は無愛想で精神不安定な魔術師だ。

 そして男だ。


「残念。中身がお前でなければ口説いてるところだ」

「やめろ。怖気がする」

「お互いにな」


 ラインツはそう軽口を叩き、ポケットから黒いレースでできた布の仮面を出してセトに手渡した。


「これは、女スパイが持っていたものだ。

 今夜は仮面舞踏会なんだからな。

 せいぜい本性も隠してくれよ」

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