閑話 「ステータス!」と叫びたい
瑛人は魔術店の作業場、兼台所のテーブル脇に真剣な表情で立っていた。
四角い透明な窓がそこにあるように、両手をかざす。
そして両手を大きく開くと同時に叫んだ。
「ステータス!」
「何やってんだ、気味悪い」
後ろからいきなりしゃがれ声が聞こえてきた。振り返ると赤いインコが冷えた鍋の縁につかまり、こっちを物珍しげに眺めている。
「うるさいなロッド! 集中できないだろ! ……ステータス!」
もう一度やってみるが、期待している透明なウィンドウが出る気配はなかった。
「エイト、どうしたの? 何そのポーズ?」
昼食の皿を洗い終わったロゼが、不思議そうに瑛人を見つめた。
ロゼにはさすがにうるさいとは言えない。逆にちょっと気恥ずかしくなってきた。
魔術師修練所が休みの日、瑛人は少し遠いカミノ村へ帰ってきて魔術店を手伝っていた。
自分が植えた苗が徐々に大きくなるさまは意外と楽しく、ときに雑草取りやアブラムシ対策に駆り出されても苦ではなかった。
それに、魔術店には魔術師見習いのロゼがいる。
瑛人と同い年になる、赤毛がチャーミングな女の子だ。
妙に大胆不敵なところがあるが、それも含めて太陽のように明るい。
ロゼの人なつっこい笑顔を、瑛人はときどき無性に見たくなるのだ。
「いやあ、俺、最初に来たときよりけっこう成長したと思うんだよ。
体力的にも魔力的にも。
で、さっき急に思い出したんだ。
俺が前住んでた世界ではさ、アニメ……いや、この世界でいう紙芝居の進化したものがあるんだけど。
こういう感じで呪文を唱えたら、俺の……なんというか今の状態が、文字でばーって出てくるみたいな」
「状態が……文字で出てくる? それって、風邪と肺炎が初期段階で区別できるということ?
だったらすごいわね!」
違う。全体的に違うが、正解を説明しづらい。
かなり考えこんでから瑛人は答えた。
「うーん。どっちかというと、自分の体内魔力、魔力出力、呪力の三大要素が数値になって出てくる感じかな? それで強さが大体わかるから」
「そんなもの見てどうする」
店長のセトが嫌そうな声で遮った。
台所の片隅で、残り少なくなった胃薬をろうとで継ぎ足している。
ちなみに、左手はちゃんとくっついていた。本人曰く、もう慣れたものらしい。
それはそれで怖い。
「そんな魔術、あっても使いどころがないだろう。
大体、自分のすてーたす? が分かっても、他人のが見えなきゃ比較できないから無用の長物だ。
魔力の強さは魔気の散り方で見当がつくだろうし」
「それじゃぜんぜんロマンがないんだよ!
俺はあの数字羅列バーン! スキル羅列バーン! ってのが欲しいんだよ!
そうじゃなくてもせめて、アルファベットで階級制になってればなあ……」
瑛人はため息をついた。
もしかしてステータス魔法が使えるかと期待していたのだが、やはりこのロマンは諦めなければならないようだ。
「おいおい、ちょっと待て!」
と、ロッドが何かを思いついたのか、ばさばさと羽ばたいた。
「俺、分かるぜ? おまえのステータス!」
「え、マジで?」
瑛人は手放しで喜んだ。
自分には見えなかったが、ロッドには見えていたのだろうか。
本当は自分だけで見てみたかったが、この際仕方がない。
ステータス! と叫んでみたかいがあったというものだ。
「じゃ、早速教えてくれよ!」
「おう、いいぜ! 心して聞けよ!」
ロッドは台所の木の椅子の背に止まると、胸をそらせ、高らかに言った。
「確か、占い学がAA! そんで薬草学がA、後はほとんどBかCで幾何学図形呪文が追試……」
「待てええええええっ!!」
瑛人は慌ててロッドの口を塞いだ。そのまま首根っこを捕まえてぶんぶんと振る。
元々ロッドはインコではなく杖の化身なのでやりたい放題しても死なない。
こういうときに重宝するが、同時になんで死なないんだと憎しみも覚える。
「おまえいつ俺の実力テストの結果表見たんだ! あれは机にしまってきたはず……イタタタ!」
インコのかぎ爪が瑛人の手に突き刺さり、彼は慌てて手を離す。赤いど派手な鳥はくるっと回転して距離をとり、勝ち誇ったように言った。
「へへーん! おまえが授業に出てる間、寮の窓開けっ放しだったときがあっただろ?
街に行ったとき暇だったから入り込んで適当に荒らしてたら見つけた」
「おまええええ!!
さては、同室のビルが隠してた傷心ポエムを掘り出して部屋の真ん中に置いてたのもロッドだったんだな!
てっきり寮の誰かが犯人だと思ってた! ビル泣いてたぞ!」
なんてことだ。しかしビルに釈明しようにも、このロッドについてどう説明すればわかってもらえるだろうか。
邪悪な喋るインコが部屋を荒らしてごめん、とでも言えばいいのだろうか。
しかし、そんなことを考えている場合ではなかった。
後ろから、がしっと肩を掴まれる。
「……ちょっと待て。占い学がAAで、薬草学がA、だと?」
嫌な汗が背中を伝う。瑛人はじわじわと振り向いた。セトが瑛人の肩を強い力で掴んでいる。
表情はさっきと変わっていないが、その眼はちっとも笑っていない。
「このカミノ村魔術店に半年いて、薬草学が占い学に負けている。そういうことか?」
「……いやさほら、占い学って基本タロットだからさ、半分趣味みたいなもので自然と覚えちゃったというかそういうことでさあ」
あせってぺらぺらと喋ってみるが、射るような視線は全く変わらない。
実際タロットは授業より居酒屋で覚えた知識の方が役立っているのだ。
多少偏った知識ではあるが。
「よし。言いたいことはよくわかった」
唐突に肩から手が離された。解放されたかと思い、ほっとした瑛人に冷水が浴びせかけられたのはそのときだった。
「午後から店はロゼに任せよう。
私はこの店のプライドをかけて、薬草学をおまえの頭にたっぷり詰め込むとしよう」
そこから先、辞典のように厚い本を延々暗唱させられた苦行についてはあまり語りたくない。
ただ次の実力テストでは薬草学でAAを取れた、という事実だけを述べておく。




