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カミノ村魔術店〜召喚事故と魔術のバイト〜  作者: 久陽灯
2-3 杖盗人VSガラスの魔王
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エピローグ 後始末と休暇の終わり

 大量のガラスは数日のうちに大河を流れ下り、湖はさざ波の上を無数の船が行き交ういつもの姿を取り戻した。

 今回は吸収した魔力が低かったせいだろう、瑛人にはそこまで酷い魔力増減症は出なかった。だがやはり身体がだるく、しかもバルスクの治安維持のために戒厳令が出されていたので、三日くらいは宿屋から出ることはできなかった。

 やっと戒厳令も解かれたその日、瑛人は、バルスクの湖畔の街道をぶらぶら歩いて、やっと宿屋へと帰り着こうかと思っていたところだった。

 魚をごろごろと転がしてある店先が並ぶ街は、以前と何も変わってはいない。


「よう、兄ちゃん!」


 知った声をかけられ、瑛人は笑顔で振り向いた。

 筋肉のてかりが眩しい漁師のおっさんが瑛人の後ろに立って、肩を痛いほどばんばん叩いた。


「生きてたか、にいちゃん! よかったよかった!

 俺は上でピカピカやってたときは生きた心地がしなかったぜ!」


 瑛人はあの夜の逃避行を思い出して引きつり笑いをした。

 生きた心地がしなかったのはこっちもだ。


「おっさんも無事で何よりだよ!

 城下町は変わったようにみえないけど、実際どうなんだ?」


 おっさんの話によれば、夜明けに、大勢の兵士が湖への立ち入りを禁止した。

 そして、自治領の話をしていた触れ役と舌戦を交え、それが幻の話だと住人達に痛感させた。自治領の約束は、バルスクの住人にとっては要だった。

 何事もなければ、街の人々もラインツの兵士達の話に納得しなかっただろう。

 だが、城が半壊して巨大な三つの頭を持つ魔物が飛び出てくると、住人は手の平を返した。そんなものがほいほい出てくる新ヴィエタ帝国などとんでもないというわけだ。

 そして投降してきた魔術師達はめでたく城下街にいたラインツの私兵に捕まり、ここに領地の奪取は完了したという。あの城下街までついて来た私兵は、ただ単に暇してたわけじゃなかったんだな、と瑛人は今更思った。


 とにかく、魚を買っていけと聞かないおっさんを体よくいなし、瑛人はゆっくりと宿屋への道を戻っていった。


 安宿への入り口で、ちょうど立派な鞍を乗せた白い毛並みの馬を駆り、ラインツが宿屋の入り口へ止まったところに行きあわせた。


「よう、エイト。お前はすっかり元気なようだな」


 領主はあの飛竜に乗って生き生きしていた姿はどこへやらで、また目の下にクマをつくって不健康そうな顔をしていた。それもそうだろう。バルスクの治安維持から残党の始末、中央への報告書や、はてはバルスク城の復興計画などで、この三日ほど出ずっぱりだというのは同じ宿に泊まっている兵士から聞いて知っていた。


「ちょうどいい。馬を繋いでおいてくれないか」


 投げやりに手綱を渡されて、瑛人は戸惑った。馬を繋ぐなんて生きていてこのかたやったことがない。


「繋ぐって、どこに?」

「そのへんの柵に適当につないどけ」


 とりつくしまもなく、ラインツは宿に入っていった。

 本当に馬を繋いだことがないなんて、考えもつかないに違いない。

 瑛人は途方にくれながらも、早速うろうろしだした白馬の手綱を慌てて引き締めた。





 ラインツが最初に遭遇してしまったのは、不幸にもタライを持って階段を降りてきた赤毛の少女だった。姫様の装束は、いつものエプロンドレスに取って代わられている。

 こうすると田舎娘にしか見えないな、とラインツは心の中で失礼なことを考えそうになり、慌ててその考えを捨て去ろうとした。


「別にいいわよ、田舎娘で」


 ロゼが、つんけんしながらラインツに言った。


「それより、ラインツさん。

 貴方には感謝しているけど、あえて言うわ。

 セトの腕を切るより他に解決策はなかったの?

 そのせいでひっどい貧血になってるし、高熱は引かないし、大変なのよ!

 確かにセトは回復魔法が使えるけど、体調が万全に戻るまでは無理なの!

 だいたい、後で綺麗に治るからっていっても、腕を斬られたらとっても痛いのよ!

 ぽんぽん斬ってもいいものじゃないの!」

「すまん」


 彼の腕を切らなければ、こちらがやられていたかもしれない。

 だが、ロゼのいうことも一理ある。

 ここは素直に謝るしかない。


「セトは二階の一番奥の部屋よ。会いに来たんでしょ?

 今、ちょうど目を覚ましたところよ」


 冷たい目を向け、口を尖らせながら、ロゼはタライを運んで行った。

 ラインツはやれやれと思いながら、ぎしぎしと階段を登り、古びた木の廊下を通って一番奥の部屋の扉を開けた。


 小さなテーブルセットの奥の窓際に、白いベッドが置いてあり、そこにセトがいた。背には枕と大きなクッションが当てられていて、半身を起こしている。

 扉の音で、彼はこちらをぼんやりと見た。

 額には布が当てられ、左手は包帯でぐるぐる巻にされている。

 だが、意識はしっかりしているようで、ラインツを見て顔をしかめた。

 またお説教がくると思っているに違いない。

 ラインツは粗末な木の椅子に腰掛けて聞いた。


「具合はどうだ?」

「ああ、心配するな。

 うっかり左手を斬られた上に、ハチミツ漬の入ってた壺で頭を殴られただけだ。

 魔力と体調が戻ったら治す。しかし、斬った奴が見舞いとはね」


 なんだ、皮肉が言えるくらいなら案外平気そうだ。

 ラインツは安堵した。


「……よかった。早く治してくれよ、王女様の俺に対する視線の冷たさったらないぜ」

「私は感謝してる」


 セトの青い目が、ラインツの緋色の目をじっと見つめた。


「お前が私の腕を斬らなければ、私は大切なもの全てを自分の手で壊すところだった。

 約束してくれないか。私が自分の意思を捨て、感情のままに魔力を暴走させてしまうことがまたあったなら……遠慮するな、今度は首を斬れ」

「で、一生あの王女様の恨みをかえってか。損な役回りだな」

「あのひとは引き受けたよ。ただ、あのひとの方が先に死んでしまった」


 『あのひと』という、素っ気ない呼び方に圧倒的な寂しさが込められているのを感じ取り、ラインツは黙った。

 と、春の風と共に白いカーテンが舞い上がり、窓の外から声が入ってきた。


「なんだよ、じっとしてろよ! 手綱が結べないだろ!

 ああ—、ちょっとはこっちの言うことを聞け!」


 ラインツがベッド越しに窓から見下ろすと、気ままに動き回る馬の手綱を柵に結ぼうと四苦八苦しているエイトが見えた。

 死線をくぐり抜け、誰もが驚くような離れ業をやり遂げたはずの少年は、まるでそれと同じような困難だと言いたげに苦労して馬の手綱を結んでいる。


「……で、何なんだろうな、あいつは」


 ラインツが小さく呟くと、セトは口の端に笑みを浮かべて即答した。


「私にもさっぱりわからん」


 そしてクッションに身をもたせかけ、目を閉じた。


「だが、給料くらいは上げてやらないとな。

 何せ、人の精神にまで入り込んできて要求してきたんだから」









「お前マジかよ! バルスクでラインツ領主様に会って、なんでサインの一つも貰ってこねえんだよおお!」


 寮の部屋でビルが大げさに嘆いているのを、瑛人は呆然として見ていた。

 一週間後、瑛人はやっと魔術師修練所へと戻ってきた。セトの腕が使い物にならないので、植え付けの仕事にも結構な時間がかかったからだ。

 だが、バルスクの戒厳令のおかげで帰れなかった学生は結構いたらしく、瑛人の休暇延長もそこまで問題にはならなかった。

 領主の命令でバルスクに足止めされていた、というところまでばらした結果、ビルがすごい勢いで突っ込んできたのだ。魔術師志望なのに、よっぼど剣士が好きなようだ。


「俺が王都の魔術修練所じゃなくて、こっちの修練所を選んだのも、元はといえばラインツ領主様の領地だからなんだぞ!」

「あー、俺剣士とかそういうのあんまり知らないから」


 中部地方にいるなら知っとけよ、とビルが当然のように言った。


「ラインツ様といえば、今は領主になったから大人しくしてるらしいが、俺が子供のときは『剣技大会荒らし』で有名だったんだからな!

 あまりに一人勝ちするから『ラインツ様特別枠』とか『決勝戦まで自動で不戦勝』とか『ラインツ様のみ出場禁止』とかすげえ扱い受けてたんだぞ!」


 最後のそれは逆の意味でひどくないか、と思ったが、そういえばラインツは飛竜に乗って剣を振り回していたときが一番生き生きしていた。こんなに有名ならサインくらい貰っておけばよかった。


「そういえば、お前ジェーンとの旅行はどうだったんだ?」


 瑛人は前から気になっていたことを聞いてみた。

 そして、ビルの顔を見た途端、聞かなきゃよかったと後悔した。


「……あのさあ。女ってわかんねえよな」


 そこから入られても困る。瑛人は黙って続きを待った。

 ほどなく、ビルはもたつきながら話し始めた。


「だから、俺は山まで歩いて行こうとしたわけよ。

 待ち合わせ場所にジェーンがきたとき、驚いて腰抜かしそうになったよ。

 だって、今から山登りするってのに、ハイヒール履いてるんだぜ?

 おかしいだろ? しかも履き替えて来いって言っても聞かないんだ。

 仕方ないからそのまま街道を歩いたよ?

 そしたらさ、二刻ぐらいしたら足が痛いって愚痴をこぼすんだ。

 まだ山にもついてない段階でだぜ?

 わかってたことじゃないか、ってこっちも言うよな。

 それで、喧嘩になっちゃってさ。

 で、ついにジェーンがもう帰る! って言い出したんだ」


「……それから、どうなったんだ?」


 ビルの顔で大体想像がついてはいたが、やはり結構な修羅場だったようだ。

 固唾を呑んで、瑛人は尋ねた。


「荷物の中からヒールのない靴を取りだして、履いて帰って行ったんだよ!

 もう女ってマジでわかんねえよ!」


 ビルが机に突っ伏して嘆いている。

 いやその行動は本当にわからない。瑛人も納得してしまった。

 とりあえず、一旦ビルを慰めなくては。


「ま、まあ。逆にさあ、俺達よりめちゃくちゃ健脚で、こっちがへばってるのに山とかすいすい登っちゃってさ、ギャンブルだって自分よりめちゃくちゃ強い彼女とかがいたら……ちょっと引け目に思うだろ? そう考えれば」

「何だよその女神様みたいな女は! いるんだったら紹介してくれ!」


 喰い気味にビルに言われ、瑛人はあはは、と笑った。


「そんなのいるわけないじゃないか」


 たとえビルが寮の同室で、いい悪友だとしても、絶対にロゼを紹介したりなんてするものか。瑛人は密かにそう思った。

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