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カミノ村魔術店〜召喚事故と魔術のバイト〜  作者: 久陽灯
2-3 杖盗人VSガラスの魔王
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第20話 魔王の最期

「うわっ!」


 いきなり身体ががくんと揺れて、瑛人は思わず悲鳴を上げた。

 瞬きする間に、瑛人は飛竜の背中に戻っていた。


「エイト、気がついた? 大丈夫?」


 飛竜の足を持ち、鋭い爪の上に立っているロゼが叫ぶ。

 他の人には、さっきまで気を失っていたように見えたらしい。

 実際はひどい場所にたたき込まれていたわけだが。


「どうやら、奴の精神を起こすのには成功したみたいだな。

 動きがさっきから遅くなっている」


 領主がそう言い、眉間に皺を寄せて裏手の湖の方を向いた。

 瑛人もつられてそちらを振り向く。

 三つの頭を持った魔王は、湖に膝まで入り込んで、周りをうるさく飛び回る飛竜に吠え立てていた。

 しかし、あの氷柱のようなガラスの柱は、もう出せていない。


 セトは、魔物を内部から破壊すると言っていた。

 はたして、うまくいくのだろうか?


 と、今まで首を振り立てていた魔王の動きが突然止まった。

 その身体の鱗の隙間から、突然金色の光が外へと湧き出てくる。

 精霊の唱和、と呼ばれている魔気が出るときの音が、まるで審判のラッパのように鳴り響いた。

 魔王の体が、いっそう透明になった。

 そして、一瞬後。がらがらと音を立てて、ガラスの鱗が崩れ始めた。

 三つの頭は、抗議でもするように遠吠えをし、尾を振り回した。

 しかし精巧な細工が壊れていくように、鱗がどんどんはがれ落ちていく。

 透明な鱗、透明な肉、そして透明な骨がぱきぱきと音を立てて崩れる。

 ついに、三つの首がシャンデリアが墜落するような音を立てて湖に落ちていった。

 前足が欠けた胴体はそれにつられ、つんのめるようにして湖へと音を立てて沈んでいく。

 氷河から落ちていく氷の崖を見ているような、圧巻の風景だった。

 一抹の寂しさを覚えながら、瑛人たちは魔王がどんどん自滅していくのを固唾をのんで見守っていた。


 やがて波立つ湖面は静まった。

 ここで魔王がさっきまで暴れていたとは思えないほど、空気がしんと静まっている。

 ガラスの破片がやたらと浮いていることと、バルスク城の半分がガラスで粉々になっていることを除けばの話だが。

 いつの間にか、太陽も普通の黄色に戻っている。

 ガラスの魔王は湖の中に去ったのだ。


 飛竜部隊が飛び交って各自の無事を確認する中、ラインツがふーっと息をつき、静寂を破って叫んだ。


「飛竜部隊、湖面に降りて、セトを捜せ!」


 部隊の間で伝言が繰り返され、飛竜達が次々と光る湖面に降りていく。

 瑛人達の乗ったジュートも、ピンク色の皮膜を広げて、まるで流氷が流れて来たようにガラスの破片が浮いている湖へ降りていった。





 足を引きずりながらも、レオナルドはカンテラを片手に、懸命に地下の領主専用の船着き場へと歩き続けていた。

 魔王があんなにも制御できないものだとは思わなかった。

 地上は壊滅的な被害を受けてしまったが、地下にまではガラス化の力は届いていないようで、この階段も何ともない。

 レオナルドも、床が一段落ちたときにひねった足以外は、なんとか無事だ。

 東の塔でラインツの飛竜部隊に囲まれたときは全てを捨ててもいいと思ったが、やはりここまで逃げ延びると現世に未練が出てくる。

 バルスク城を失ったのは痛手だが、即刻地下の船着き場からどさくさにまぎれて船で脱出できるかもしれない。

 何よりこのまま逮捕されるなど、元六賢のプライドが許さない。

 魔力は魔王の制御ですでに尽きてしまったが、まだ知識は残っている。

 カサン王国ではもう活躍はできないだろうが、西大陸——それこそカサン王国と敵対しているティルキア共和国やヴェルナース王国に行き着くことができれば、レオナルドの持っている知識と情報は手放しで迎え入れられるだろう。

 痛みを堪えて、レオナルドは領主の船着き場へたどり着いた。

 小さいが豪華な屋根付きの帆船が停泊していた。その舟は無事なようだったが、やはり建物の一部、水門だった場所はガラス化の被害を受けて、崩れ落ちていた。

 外部からの侵入を避ける金属の柵があったはずだが、それもなくなっている。

 しかし一刻も早くここから出たいレオナルドにはむしろ好都合だった。

 彼は舟に歩み寄ろうとして、そして気付いた。

 暗がりに、誰かがいる。


「誰だ、そこにいるのは?」


 逃げずにレオナルドを待っていた、たった一人の忠臣だろうか。

 レオナルドは明かりを向け、そして戦慄した。


「お前が、なぜ、ここにいる!」

「お前だと? 躾がなっていないな。

 皇帝陛下には敬意を払え」


 全身ずぶ濡れで、幽霊のような出で立ちのセトが、壁に寄りかかって立っていた。

 左腕を壁で押さえているが、その腕の先はなくなり、血だまりができている。

 右手には黒いナイフを握りしめ、青い瞳を爛々と光らせていた。


「お前が逃げるのにこの船着き場を通ることは分かっていた。

 難しい魔術に成功したことだし、気が大きくなったから先回りさせてもらったんだ。

 どうしても一言いっておきたいことがあって」

「あははははは、死に損ないの魔物に何ができる。

 もう魔力も体力も残っていないのは分かっているんだからな!」


 そう言いながら、レオナルドはじりじりと後退し、カンテラを船着き場に投げ捨て、こちらも護身用の短剣を取り出した。

 相手は既に隻腕で、どう見ても瀕死だ。こっちも足を捻ってはいるが、どちらが勝つかは明白だろう。

 セトはずるずると壁伝いに近付いてくる。

 黒曜石のナイフがぎらりと光った。


「お前をあるじと呼ばなきゃいけないことが、私にとっては一番の苦痛だったよ。

 他の誰かの影に隠れて、旨い汁だけ吸おうだと?

 いくら支配の指輪を使えたところで、そんな人間が主の器か?

 本物の主とは、自ら矢面に立ち、全ての責任を肩に担いで、その命がなくなる最後の時まで、笑ってそれを背負い続けられる人だ!

 私が真の主だと認めるのは、たった一人、あのひとだけだ!」


 その一言を言い終えた瞬間、セトが壁から腕を離し、こちらへ黒曜石のナイフを振り上げて迫ってきた。

 あまりの速度で詰め寄られたレオナルドは、ひっと声を上げてナイフを取り落とし、腰を抜かして尻餅をついた。

 殺気が違う。場数が違う。圧倒的に有利な状況でさえ、気圧される気迫があった。


 と、ゴン、と嫌な音がして、セトがぱたり、と倒れた。


「はい、暴れるのはそこまでね」


 大きな壺を持ったイザベラが、いつの間にかセトの横に立っていた。

 どうも、その壺で思うさまセトの後頭部を殴ったらしい。

 レオナルドは目を丸くしてその光景を見た。

 牢屋に入れたはずなのだが、この魔女はどうしてここにいるのだろう。

 いや、その前にどうして敵のはずの女が助けてくれたのだろう。

 レオナルドに向かって、森の魔女はにこりと笑った。


「牢番がけっこういい人でね。

 城が壊されて、牢も危なくなったときに出してくれたのよ。

 ここなら、いざというときに湖から逃げ出せると思って、ずっと隠れていたの」

「しかしどうして……僕を助けてくれたんだ?」


 彼は、呆然としてそう言った。


「そうねえ。今朝はごめんなさいね。

 依頼だから毒を盛ったけど、私は私情で仕事はしない主義なのよ。

 でも、こうなってちょっと後悔しちゃった。

 貴方、見た目結構いい男だし。

 頭もいいし、決断力もあるし、なかなか私好みなのよねえ」


 最後の最後で、幸運の女神が微笑んだ。

 レオナルドは、少し感動すら覚えてしまった。

 こんな状況でさえも、味方になってくれる人間が一人はいるのだ。

 魔女は、悠然と髪をかき上げ、そして、壺を高々と持ち上げた。

 その意図にレオナルドが気付く前に、ゴン、ともう一撃、鈍い音が響いた。

 レオナルドの脳天に星がちらつき、世界が真っ暗闇になる。

 彼が意識を失う少し前に、イザベラが朗らかに笑う声が聞こえてきた。


「でも、ごめんなさいねえ。貴方を助けた訳じゃないの。

 あの子が貴方を殺しちゃったら、せっかくの減刑嘆願書がご破算になるのよねえ」

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