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カミノ村魔術店〜召喚事故と魔術のバイト〜  作者: 久陽灯
2-3 杖盗人VSガラスの魔王
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第15話 にわか造りの婚礼

 バルスク城内では、朝食への不満が高まっていた。

 瑛人のワイン混入事件は、魔術師全体とはいかないまでも小規模なセンセーションを巻き起こした。

 朝番で水を飲んだ魔術師が担当する泥人形が次々倒れたので、ワイン入りの水が全員に行き渡ることはなかった。城の他の人々は、湖から直接汲み上げた水を飲むことになった。

 だが、食料庫に不審者が入ったということは他の食べ物にも何かが混入されているかもしれない。

 夜遅くに寝て朝日が上る前にまたもやたたき起こされたレオナルドは、侵入者の手際に歯ぎしりをした。

 これは組織ぐるみの犯行だ。一人が上空から飛竜で侵入し、それに気を取られている間に地下からもう一人が忍び込み、魔術師にとって劇薬とも言える酒を混入していったにちがいない。

 いや、もっと酷いものを入れた可能性も捨てきれない。

 瑛人が行き当たりばったりで動いていることを知らないレオナルドは、明らかに手を付けられていないものしか食べてはいけないと厳命した。

 魔術師や兵士は、保存食として密閉されていたハチミツ漬の果物が朝食として出されたことに不満を述べ立てたが、どうしようもない。早急に倉庫の食物を破棄し、新しい食料を確保しなくては。

 ハチミツ漬への不満を報告する任務に選ばれた、不幸な魔術師がおどおどと聞いてきた。


「レオナルド様、朝食にハチミツ漬の果物をお持ち致しましょうか」

「いらん。朝からそんな甘いものを食べられるか」


 レオナルドは自分の命令とは別の返答を出し、いらいらと部屋の中を歩き回った。

 静かに過ごすのが理想だったはずだが、しばらくそれも我慢しなければならなくなりそうだ。

 幸い、ワイン入りの水を飲んで魔術が一時的に使えなくなった魔術師は十人に満たないし、その中に皇帝は入っていない。皇帝陛下は柩の中で就寝中だ。今度はそれこそ古代の王の死骸のように太い紐状にした布でぐるぐる巻きにして柩に入れたので、おそらく怪我はしないはずだ。

 水にワインを混入するメリットは、魔力出力が一時的に弱まり、魔術を使えなくなることだ。しかし、水で薄められたワインなどでは、3、4時間もすれば魔力出力は回復してしまう。向こうもそれは十分承知のはず。

 これがただの撹乱なのか、それとも作戦で今朝攻撃を仕掛けてくるつもりなのか。

 どちらにしろ用心する必要がある。

 用心といえば、あの庶民感覚が抜けない姫様もだ。

 あちらにも、早急に対応して各国に揺さぶりをかけなければならない。

 レオナルドは無駄に待つのは嫌いなほうだった。

 彼はせかせかと魔術師に告げた。


「各自、城の守りを固めるようにとの通達を出せ。

 それと、用意ができ次第、私と元ティルキア王女との結婚を執り行うこととする。

 用意は最低限で構わん」





 客室の扉が乱暴に叩かれ、返事も待たずに引き開けられた。

 イザベラとロゼは、はっとして扉の方を見た。

 白い髭の魔術師が、同じように白い布のようなものを両手で抱えている。


 「見張りのジョージはどうしたの?」


 扉の近くにいたイザベラがけだる気に言った。

 老人はげじげじ眉を片方上げた。


「色香に惑わされて鍵を失うような見張りはどうしようもないわい。

 わしならそんな心配もなかろう」

「あら残念、私好みだったのに」


 イザベラが悪びれずに答え、さりげなく話題を反らした。


「それは何?」


 姫様のドレスじゃ、と老人は答え、白い布の塊をイザベラに手渡した。


「ドレス?」


 布を広げてみて、イザベラとロゼは固まった。

 高級なレースが惜しげもなく使われた、白いウエディングドレスだ。


「式は支度ができ次第始まる。すぐに用意をするように」


 老人は淡々と言い、また扉をぴしゃりと閉めた。


「ちょっと待ちなさい、急すぎるでしょ!

 女の子にはいろいろあるのよ心の準備とか!」


 イザベラがノブを回し、扉を叩いて叫んだが、扉の向こうからは何の音もしなかった。

 鍵を閉めていってしまったに違いない。


「全く、なんて勝手なの!」


 イザベラが腰に両手をあてて怒っている。

 ロゼは、最初の衝撃から段々と目覚めてきた。


 確かに早過ぎる。

 ロゼがレオナルドの中身を見抜いたように、レオナルドもまたロゼの魂胆を見抜いていたのだ。

 なるべく話を長引かせ、結婚などしないつもりだったことを。

 だからこそ、急いでいるのだ。

 自分の思い通りにならないことなど、この世の中にはないと思っているらしい。

 そう思うと、猛烈に腹が立ってきた。


「いいわ、着るわ!」

「ロゼ、正気なの? 相手の思うつぼよ?

 もっと長引かせなさいな」


 イザベラがなだめるのも構わず、ロゼは憤然として白いウエディングドレスの肩を掴んだ。豪華なレースが一面に入った華やかなドレスは、嫌なことにサイズもぴったりだ。

 おまけにベールも付いている。

 ロゼは怒りに燃えながらも、静かに言った。


「式をするなら、レオナルドも手袋を外すわ。支配の指輪を奪うには好都合じゃない」



 大体の城には、タクト神教の礼拝堂がある。

 バルスク城も例外ではなかった。

 魔術師達の手によって祭壇の女神像は早速湖に投げ捨てられ、代わりに柳の枝を縄で縛って作られた、三角形に金属の腕輪を吊したシンボルを飾り、急ごしらえの魔術教の祭壇が完成した。

 神話を元にした壁の浮き彫りは、黒い布で覆い隠された。


 白いドレス姿に着替えたロゼが連れていかれたのは、まさにその教会の準備が整おうとしているところだった。

 そのへんの花を乱雑に摘んだのであろうブーケが手に押し込まれ、あまりの早さに、ロゼは驚きを通り越して呆れてしまった。


「大丈夫?」


 イザベラが流石に心配している。

 ええ、とロゼは覚悟を決めて言った。

 やがて、礼拝堂の扉が音を立てて開いた。

 中には、黒いフードを被った魔術師達が祭壇までの道の端に立ち並び、賑やかしの泥人形がその後ろに控えている。


 大体、魔術師一人で人形三体を動かしているというところかしら。


 ロゼはこの状況でもまだ敵の動きを観察していた。

 祭壇の前には白い式典用のローブを羽織ったレオナルドがいて、こちらを見つめている。

 まさか、こんなに早いとは思わなかっただろうと勝ち誇っているのが見えて、ロゼは思わず視線を逸らした。


 そして、祭壇の前、ちょうど司祭の位置に、相変わらず何の感情も見えないセトが皇帝の格好で突っ立っていた。

 パイプオルガンの音が厳かになり響き、後ろにいた兵士が、彼女の背中を押した。

 ロゼはイザベラに腕を取られ、ゆっくりと赤い絨毯を踏みながら祭壇へと向かった。

 魔術師達は結婚の儀式にのっとり、レオナルド以外は杖を携えていた。

 セトも勿論、黄金の杖をその手に持っている。

 大きな鳥の飾りの嘴には、紐が巻かれ、話せないようになっているのが見えた。

 ロッド! と叫びたいのをぐっと我慢して、ロゼは歩きつづけた。

 精神共有のことを、何とかしてエイトに知らせたい。

 でも、エイトは果たして無事なのだろうか。


 ゆっくりと歩いたつもりだったが、祭壇はもう目の前まで近づいてきた。

 イザベラがすっと退くと、ロゼはレオナルドと祭壇の前に取り残された。


 セトが祭壇の奥から進み出た。

 黄金の杖をカツンと鳴らし、ぼそぼそとした声で告げる。


「真実にして偽りなく、確実にして神聖なり。

 レオナルド・ロンバルディア。

 汝は一なる根源において、このロゼッタ・マリアン・グレイフォン・ティルキアを妻として、健やかなるときも、病めるときも、これを愛し、これを敬い、自身が根源の一つに至るそのときまで、真心を尽くすことを誓うか?」


 誓います、とレオナルドは軽く答えた。

 なんという茶番なのだろう、とロゼは悔しくて仕方がなかった。

 ただ、この式を済ませてしまうともはや茶番では済まない。

 セトのガラスのような目が、今度はロゼの方を見た。


「ロゼッタ・マリアン・グレイフォン・ティルキア。

 汝は一なる根源において、このレオナルド・ロンバルディアを夫として、健やかなるときも、病めるときも、これを愛し、これを敬い、自身が根源の一つに至るそのときまで、真心を尽くすことを誓うか?」


 ロゼは言葉に詰まった。

 ここで誓うと言わなければ、指輪の交換で手袋を取るところまでいかない。

 どうしても言わなければならない。舌がいうことをきかないほど喉が渇いている。


 ロゼは観念して唇を動かした。


 そのとき、ガラガラと崩れ落ちる音がして、フルプレートの泥人形が次々と倒れた。

 同時に、並んでいた魔術師たちの多くが泡を吹いて倒れ込む。


「どういうことだ!」


 計画を邪魔されたレオナルドが激しい口調で叫んだ。


「やれやれ、効くのが遅すぎてひやひやしたわ」


 ほとんどの魔術師が倒れ伏した礼拝堂の中で、メイド姿のイザベラが静かに両手を広げ、不敵に笑みを浮かべた。


「私は森の魔女。

 いくら毒物を持ちこんでいないか調べたとしても、私が本気をだせばこのお城のバルコニーにある植物で無味無臭の遅効性しびれ薬くらい簡単に作れるのよ。

 貴方達が食べた果物のハチミツ漬には、それが入っていたというわけ。

 それに関しては、見張りのジョージに感謝しなくちゃねえ」

「……手なずけた見張りを使って、朝食に盛ったのか?」

「ええ。薬の名前を教えてあげましょうか?」


 イザベラは芝居がかった仕草でお辞儀をした。


「『初代魔王の初陣』よ。便利でお手軽な毒薬ね」


 レオナルドは、口の端で笑ってみせた。


「なるほど、確かに森の魔女というだけあるな。

 だが、君には誤算もある。

 誰もが皆、ハチミツ漬を食べたわけではない。

 かく言うこの私も、皇帝陛下も、朝から何も食べていない。

 城の魔術師の半数も同様だ」


 いいのよ、とイザベラがこともなげに言う。


「私は兵の殲滅じゃなく、頭数を減らしたかっただけ。

 そういう依頼なの」

「依頼主は誰だ?」


 隠し立てしても分かるわよね、とイザベラは言った。


「ナタリア領主に決まっているわ」


 その途端、バタンと扉が勢いよく開いて、礼拝堂に焦った兵士が駆け込んできた。


「敵の来襲です! 飛竜部隊が城を攻撃しています!」

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