第14話 戦いの朝
塔の上から、赤いビームが槍のように降ってくる。
避けきれない!
瑛人の視界が真っ赤に染まった。不思議と痛みはない。
ただふわふわした感覚だけが残り、次第に目の前が暗くなる。
これが死ぬってことなのだろうか、とぼんやり考えた。
生きているのとあまり変わらない気がして、瑛人は試しにごろっと寝返りをうった。
……寝返り?
自分の行動に疑問を感じて、目をぱっと開ける。
ごわごわした毛布、麻袋の枕、そして白い天幕と草を切り払った地面。
現実的なものが一気に目に入り、瑛人はやっと理解した。
さっきのはどうやら夢だったようだ。
いや、昨晩ビームに追われたのは間違いなく夢ではないのだが。
深呼吸して死んでいないのをはっきり確かめると、瑛人は目をこすりながら、くるまった毛布からもぞもぞと起き出した。
ここはバルスク城下街から反対側の野営地だ。
昨日の夜中、命からがらキャロルとここへ逃げ帰り、早々に城での騒ぎを見ていたのであろうラインツに捕まった。
領主のラインツには最初こそ大声で単独行動をとるなと叱られたものの、敵の水瓶にワインを入れた挙げ句、ロゼの情報を携え、無事で帰ってきたことに対しては手放しで褒められた。
湖で対空砲火の魔術が飛び交っていたときには、半ばもう無理だと諦めていたらしい。
瑛人はロゼとイザベラの書いた手紙を領主に渡すと、早々に眠気が襲ってきたので、テントの一つで少し仮眠していた。
そういえば、今は何時くらいなのだろう。
天幕から出ると、太陽がちょうど湖の向こう岸に見える丘陵から出てくるところだった。
ぐっすり眠ったと思っていたが、案外早く目覚めたようだ。
床が地面だったせいもあるが、やはり一番はロゼ達のことが気にかかっているからだろう。
しかし、夜が開けたばかりにもかかわらず、テントの周りでははすでに魔術師達が忙しく動き回っている。今日の攻撃に備えているのだろう。
若い兵士が籠を持ち、籠に入ったパンを次々手渡していた。どうやら朝食らしい。
瑛人は朝食のパンを受け取り、それを囓りながら野営地をうろついた。
あわよくばキャロルに会えないか、と思ったからだ。
しかし、キャロルの姿はなかった。飛竜の世話でもしているのだろうか。
しばらく森をうろうろしているうちに、瑛人は湖に張り出した崖の端まで出てきてしまった。
バルスク城は昨日から何事もなかったように、朝の光に照らされて穏やかな姿を見せていた。
昨日の戦闘が本当のことなのか、瑛人にもあまり実感が湧かないくらいだ。
「木の陰から出るな。見つかると厄介だ」
唐突に声がして、瑛人は慌てて振り返った。
ナタリア領主のラインツが、顔をしかめてすぐ後ろの茂みから手で合図をしていた。
城からこんな遠いところまで見えるのだろうか、と疑問に思ったが、ロッドのことを思い出し、瑛人は真っ青になって木のある場所に引き返した。
ロッドを鳥として使えば、偵察など思いのままだ。
現に、街に行くときにはいつも盗賊対策として街道の上を旋回している。
ラインツは、護衛もなく、金属の古びた双眼鏡で城の方を一心に覗いている。
領主がするには地味だが、見張りの仕事だろうか。
「よく眠れたか?」
ラインツが聞いてきた。
瑛人がはいと答えて頷くと、彼は双眼鏡を見たままにやっと笑った。
「そうか、ディル魔導師はお休み中だ。
お前が杖を使ったから魔力が戻ってきたらしいが、それでも老体に増減症は辛いようだ」
瑛人はそれを聞いて申し訳ない気持ちになった。
ここぞという場面で使うつもりだった魔力を、仕方がないことだとはいえ無駄遣いしてしまった気分だ。
「ま、そうしょげるな。
奴とやり合って怪我がないだけでも奇跡的だ」
ラインツはそう言って、双眼鏡から目を離して瑛人に向き合った。
「そういえば、お前は王女が書いた手紙の中身を見たか?」
見てない、と瑛人が答えると、ラインツは突然くすくすと笑い出した。
「お前も大概だが、あの娘の独断も酷いぞ。
何でも、レオナルドと結婚するそうだ」
「え?」
頭のてっぺんから声が出た。
言っている意味がわからない。
なぜ、ロゼが敵と結婚する必要があるのだろう。
「油断を誘って指輪をとりあげる気らしい。
大人しくしてればいいのに、そういう無駄に突っ込んでいくところは親にそっくりだ」
そんなことなら、ロゼやイザベラも一緒に逃げればよかった。
瑛人は今更後悔した。
レオナルドとの結婚など、何としてでも阻止しなければ。
だが、ロッドを出せない状態の瑛人は、正直何もできないただの魔術師見習いだ。
せめて、城のワイン入りの水瓶が出来るだけ多くの魔術師の口に入ればいいのだが。
「おい、聞いてるか杖盗人?」
ラインツが何か話していたようだが、瑛人は上の空だったので聞きそびれた。
「エイト、お前、魔力増減症が出ていないな。
つまり、ディル魔導師の魔力は使い果たしたとはいえ、まだセトの魔力は吸収しているということだ」
「でも、だめだった。まだ魔力の吸収が足りなくて、俺じゃ杖を出すことすらできなかったんだ。
初代魔王の杖は、相当魔力を吸収した後じゃないと使えないみたいだ。
前は、セトも死にかけたってくらい俺が魔力を吸収していたから何とかなったけど。
あと三週間なんて、とても待っていられない」
「ああ、だからさっき言っただろう」
ラインツがぽかんとしている瑛人の肩を叩いた。
「つまり、奴から杖を分捕ればいいわけだ」
「分捕る?」
瑛人は驚きすぎて繰り返した。
近付くことすら難しいのに、杖を分捕ることなどできそうもない。
そんな沈黙の意味を理解したのか、ラインツは得意そうに笑った。
「簡単に言うなってか? 安心しろ、杖を分捕るのは私だ。
お前の話を聞く限り、操られていても奴の戦い方の癖は前と変わっちゃいない。
俺は奴の戦術を知り尽くしているからな。勝機は十分にある。
腐れ縁も意外なところで役に立つものだ」
「いや前もビーム出してたの?」
だったらバルスク出発前に一言注意してほしかった。
それに、今の話からするとラインツも前衛に出る気だろうか。
「ビーム? 熱線のことか?
深夜に飛竜乗りが襲ってきたら、照明や敵の数の把握も兼ねて熱線で落としにかかる。
それで倒せなかった場合は、飛行魔法で直接とどめをさしに行く。
熱線対策で疲弊した魔術師をガラス化するのが奴の常策だ。
正直、おまえたちが帰ってきたときは驚いたよ。
恐らく、何か問題があってとどめをさせなかったんだろうな」
領主に軽く言われたが、瑛人はぞっとした。
あのビームだけでも大事だったのに、その後直接来られていたら確実にやられていた。
何が起こったのかは分からないが、その何かに感謝したい気分だ。
しかし、ラインツは魔術師ではない。どうやって杖を奪う気なのだろう。
まだ不安そうな顔をしているのに気付いたらしく、ラインツはばん、と瑛人の肩を励ますように叩いた。
「おいおい、私はこれでも名の知れた剣士なんだがな。
剣で魔術師に勝てるだろうか、なんて考えるなよ。
むしろ、魔力のごり押しで奴に勝てる魔術師はほぼいない。
だが俺なら奴の戦術を知りつくしている分、なんとかなるかもしれないってことだ」
そういうと、ラインツは双眼鏡を再び覗き、何かを見つけたらしく、すぐに目を離し、戻るぞ、と言って走り始めた。
瑛人は目を細めたが、何も見えなかったので仕方なく、領主の後を追って駆けていった。
ラインツは走って戻りながら野営地まで通るような大声で告げた。
「城の魔力が減ったぞ! 地上部隊、各自用意!」
おう、というかけ声で、魔術師達は体列を整え、一斉に杖を取り出す呪文を唱えた。
百人以上はいる魔術師の手が輝き、いろいろな杖が何もない空間から出される様は壮観だった。
杖持ちを目指す身としては、わくわくしてくる。
「飛竜部隊! 前へ!」
ラインツの号令で、飛竜が十数匹前へ進み出た。
右端にジュートの手綱を持ったキャロルがいて、瑛人は思わず笑顔になった。
「テイマーを前へ、後へ戦闘魔術師を乗せろ! 今回は守備重視だ!」
その声で、飛竜にテイマーがまたがった後、後ろに比較的短いマントを羽織った軽装の魔術師が飛び乗った。
瑛人は飛竜がペアを組んで乗るものだと初めて知った。
してみると、瑛人達が昨日無我夢中でやったことはあながち間違いではないらしい。
だが、一番端にいるジュートには、キャロルしか乗っていなかった。
と、その後ろにラインツがひらりと飛び乗った。
お前もこの後ろに乗れ、と促され、三人も乗って大丈夫かと思いながらも瑛人も銀色の鱗をよじ登った。
「本当に、私でいいのですか?」
と、キャロルが領主に尋ねる。
「もう少し経験を積んだ先輩の飛竜のほうがいいのでは?」
「お前達は一度経験を積んでる。
しかも今からあたる相手との実戦という好都合な経験だ。
それに、俺は験を担ぐんだ。
戦争で生き残るのは歴戦の勇者じゃない。
臆病者か運のいい奴だよ」
そう言うと、ラインツは号令をかけた。
「飛竜部隊、全員に告ぐ!
対空砲火は後衛が防げ!
前衛は回避に集中!
なるべく正門側に飛んで奴の注意をそらせ!
以上、全員、散開!」
その合図で、銀色の身体の両脇から薄く血管が見える皮膜が、一斉に広がった。
ライトバンの大きさぐらいの飛竜がバタバタと音を立てて次々と飛び去る。
「さて、行くか!」
二人が命綱を付けたのを確認した領主が、まるで店にでも行くかのような気軽な感じで言った。その言葉を合図に、キャロルがジュートの手綱をその首に当てると、ジュートは昨日と同じように、再び放たれた矢のように飛び上がった。




