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第13話 魔王城の一夜

 上へ、上へ。

 階段を見つける度、瑛人達は一階ずつ登っていった。

 一気に攻め込まれるのを避けるためだろう、この城は階段が一階分づつしか造られていないのだ。

 上へ登るためには、長い廊下を右往左往して次の階段を探さなければならず、瑛人は自分が今城のどのあたりにいるのか全然解らなくなってしまった。


「あそこです!」


 キャロルに指を指されなければ、きっと通り過ぎてしまっただろう。

 一際大きい窓の外に、月光が満ちたバルコニーがひっそりとあった。

 鉢植えの植物がぐるっと際に繁っていて、まるで空中庭園のようだ。

 このバルコニーにジュートが待っています、と言うとキャロルは窓を開け、身軽に乗り越えた。

 瑛人も慌てて後に続いた。キューッという鳴き声とともに、三日月を割るように黒く長い飛竜の首の影が見えた。

 敵に見つからないように伏せていたらしい。

 常々思ってはいたが、飛竜は意外と頭がいいのだ。


「エイトさん、後ろに座って、私に捕まってください。

 今命綱を付けますから」


 キャロルはまるで馬にでも乗るようにさっとジュートに跨がると、こちらに手を差し延べてきた。

 瑛人は頷き、わくわくしながらつるつるとした銀色の鱗をよじ登り、敷かれた薄い布に跨がって、気づいた。

 どう考えてもバイクの二人乗りのように、キャロルの腰に抱き着く格好になる。かなりの密着度だ。本当にいいんだろうか。

 だが、ベルトに綱付きのフックを付けられ、ちゃんと捕まって、ともう一度指示されると、瑛人も観念した。

 仕方がない。不可抗力だしむしろ本人がいいと言うのだから照れる必要もない。

 と思いつつも、瑛人の心拍数は上がりっぱなしだった。

 どきどきしながらキャロルの腰に手を伸ばす。

 と、飛竜がばさり、と羽根を伸ばしたとき、瑛人は変な寒気がした。

 頭の奥がちりちりとするような不安だ。

 きっと、赤い光の珠が、バルコニーの横に浮かんでいるせいに違いない。

 気付いた瞬間、瑛人は大声で叫んだ。


「早く! 見つかった!」


 驚いた飛竜は空に飛び上がった。

 それよりも一瞬遅く、バルコニー全体が光り輝き、爆裂音をたてて下の階まで崩れ落ちた。

 螺旋を描いてぐんぐん上る竜の背でキャロルにしっかり捕まりながら、瑛人は必死で攻撃した魔術師を探した。

 だが、探すまでもなく、赤い円陣のようなものが浮いている場所を見つけた。

 城の正門側、見張り台のような屋根のない搭の上だ。

 そこから、夜明けのような光が射している。

 瑛人は目を細め、その姿をみとめた。

 背丈ほどの黄金の杖を携えた少年だ。

 ひどく似合っていないマントとごてごての王冠を身につけているが、あれは間違いなくセトだ。

 嫌な汗がどっと吹き出す。


「キャロル、まずい! また攻撃が来る!」


 その言葉を待っていたかのように、複数の赤い円陣の中心から、光線が一直線に空間をつぎつぎ貫いた。

 キャロルが巧みに手綱を操り、じぐざぐにジュートを飛ばさなければ当たっていただろう。

 実際瑛人のすぐ後ろを通過したときには、熱風がどっと押し寄せてきて、もう終りかと観念したほどだった。


「何だよ、ビームが出せるなんて反則だろ!」


 瑛人は理不尽に怒りながらこわごわキャロルの腰から片手を離した。

 そのとたん、また閃光を避けてジュートががくんと高度を下げたので、瑛人は必死でしがみついた。

 ベルトの両脇に命綱がついているものの、それでもバランスを崩したら恐ろしい。

 さっきまで飛竜に乗りたがっていたはずなのに、今では固い地面に降りたくて仕方ない。

 安全装置のないジェットコースターに乗っている気分だ。

 しかもビームで狙われるというおまけつきである。


 ちくしょう、と歯ぎしりをしてもう一度右手を離し水石銃を構えたが、飛竜の動きが読めないせいもあって狙いが全然定まらない。

 瑛人は水石銃をしまった。

 諦めたわけではない。

 今こそ、あの力を使うときだ。杖盗人ロッドスティーラーという、瑛人の能力を。

 瑛人は拳をにぎりしめ、右手を上に上げて唱えた。


『真の心よ、いでよ我が手に!』


 手から魔力の光が溢れ、杖の形を取り出す。

 よし、勝った。瑛人はほっとした。

 ロッドさえこちらに取り込んでしまえば、セトの攻撃も止む。

 だが、その光が消え、出てきたのは初代魔王の杖とは似ても似つかない銀色の杖だった。

 上にはごつごつした人間の顔に角が付いたよくわからない装飾が施されている。

 まじまじと杖を眺めた後、瑛人は思い当たった。これはディル魔導師の杖なのだろう。

 セトに階段から落とされてから、まだ三日しかたっていない。

 ロッド、つまり初代魔王の杖を奪うには、まだ吸収した魔力が足りないのだ。

 力ずくで奪う、という選択肢はあるが、今の状態ではもっと無理に決まっている。


 全身が総毛立ち、瑛人は目の前が真っ暗になるような衝撃を覚えた。

 今までは、なんだかんだ言っても無意識で余裕があった。

 いざとなれば、初代魔王の杖が使えると思っていたからだ。

 だが、使えないことがこの土壇場で分かってしまった。

 万事休すとはこのことだ。


 その絶望が形になったように、セトの周りに赤い魔法陣がいくつも浮かび上がった。

 さっきと数が違う。せいぜい十個ぐらいだった魔法陣が、今度は次々と増殖している。

 十、二十、三十、数え切れない。

 セトの周りに張り巡らされた魔法陣が、大きな球体になり、搭の上部を包んでいる。もう彼の姿も見えない。


「キャロル、今度は数が多い!」


 瑛人は悲鳴をあげるように叫んだ。


「出来るだけ避けて逃げます!」


 シンプルな答えか帰ってきたが、とてもじゃないが避けきれる数ではない。


 このディル魔導師の杖を使って、魔術修練所で習いたての魔法防御の呪文を唱えるしかない。

 瑛人は、必死で杖を右手でかざし、魔法防御の呪文を唱えた。


『見えざる手、犯すべからざる聖域、我とともにあり、悪しき魔から遠ざけよ!』


 轟音とともに、赤い球体から幾筋もの閃光がこちらへ向けて一斉に放たれた。

 瑛人は思わず目をつぶった。

 防御が効いているかどうかも怖くて確認できない。

 だが、ジュートの上下動はずっと続き、みぞおちがふっと上がって気持ち悪くなってきた。

 どうやらまだ無事のようだ、と瑛人は薄目を開けた。

 目の前に、白い魔方陣が出現し、飛竜ごと瑛人達を包んでいる。

 魔法防御は、どうやら成功したようだ。

 だが、すぐにキャロルが叫んだ。


「エイトさん、防御が解けます!」


 はっとして手元を見ると、杖が消えかかっている。

 杖盗人ロッドスティーラーの能力では、魔力を全部使ってしまうと杖自体が消えてしまうようだ。

 やけくそで唱えた魔法防御の呪文はなんとか作用し、ジュートを包むように丸くシールドが張られてはいる。

 しかし、ぞっとすることに、ビームがシールドを掠めると、ぱきっという音とともにシールドにヒビが入った。


 相変わらず塔からは執拗にビームが撃たれ、ときに爆風が水面を霞め飛んで水音を響かせた。

 勝負にもなんにもならない。あまりに一方的すぎる。

 瑛人はめぐるましく頭を働かせて、何とか逃げきる方法を考えた。


「これ以上、魔法防御を使うのは無理だ!

 水面ぎりぎりまで高度を下げて、防御が消えた瞬間に水石銃を水面に向けて撃ってくれ!

 うまくいけば、水飛沫で逃げ切れる!

 水石銃の呪文は分かる?」

「大丈夫、呪文はさっき聞いてましたから! その銃貸して下さい!」


 一回聞いただけで覚えてしまうのは、才能のある証拠だ。心強い味方がいて助かった。

 キャロルが片手を離し、後ろ手で瑛人のポケットを探り当て、水石銃を取り出す。

 瑛人は急降下に備えて黙った。

 杖はどんどん薄くなり、それと同時に魔法防御のシールドにも亀裂があちこちに入りはじめる。

 熱風が押し寄せ、瑛人の肌をちりちりと焼く。

 はたして上手くいくのだろうか?

 と、飛竜が翼を畳んだ。重力に逆らわず、落下していく。

 水面がどんどん迫り、胃が持ち上がってくる。

 瑛人はぎりぎりまで堪え、ビームが途切れたときを逃さず、杖を空に放り捨てた。

 一気に、魔法防御のシールドが消える。


「今だ!」


 叫んだと同時に、キャロルが呪文を唱え、水面に向けて水石銃の引き金を引いた。

 水と水がぶつかり合い、城の5階まで達するであろう盛大な水飛沫が上がった。

 その飛沫にまぎれて、ジュートは森がすぐそばまで張り出している岸辺へと全速力で水面すれすれに飛んでいった。






 ロゼは、靴を脱ぎ捨て、スカートの裾を持ち上げて、階段を駆け上がっていた。

 エイトには部屋でじっとしていろと言われたが、さっきから恐ろしい音が次々と聞こえてくるので我慢ができなくなり、イザベラも振り切って部屋から駆けだしたのだ。

 この魔気は、セトのものに違いない。

 きっと、エイトが襲われているのだ。

 少し道に迷ってしまったが、間に合うだろうか。

 ロゼが行って止められるものでないことは分かっている。

 それでも行かずにはいられない。


 搭に至る階段の下に兵士がいて止めようと両手を伸ばしていたが、ロゼはその腕をかいくぐり、螺旋階段を上り続けた。

 跳ね上げ戸を押し上げ、塔の屋上へ飛び出したとき、ロゼは一瞬足を止めた。

 幾重にも魔法陣が連なり、そこから次々に赤い光線が放たれている。

 一撃当たると火傷では済まない熱線の魔術だ。

 それをぎりぎりで舞うようにかわす、一匹の飛竜の姿が見えた。

 瑛人とキャロルは、きっとあの竜に乗っている。

 塔の中心には、魔法陣に照らされて、マントを羽織ったセトの姿が見えた。


「やめて!」


 ロゼは叫び、セトの腕に取り縋った。

 彼は驚いた様子も見せず、手を振り払った。

 ぬるっとした感触がして、手が滑り、そしてロゼは石の床に倒れ込んだ。

 痛みに歯を食いしばり、起き上がる。


 そのとき、ドンと一際大きな音がして湖に巨大な水しぶきが上がった。

 セトの周りから、魔法陣が次々と消えていき、ロゼは蒼白になって湖に目をこらした。

 だが、熱線が消えた湖は暗く、月明かりでは飛竜に乗ったエイト達は探せない。

 熱線に当たってしまったのだろうか。


 と、セトが口の中で呪文を唱えた。

 風が渦巻き、女の叫びのような金属質な音と同時に、セトの背中に黒い羽根が出現する。

 直接飛竜が落とされたかを見届け、そうでなければ追ってとどめを刺す気なのだろう。

 ロゼは夢中でまたセトの腕を掴んだ。

 そして、やっと手が滑る理由に気づいた。


「セト、貴方怪我してるわ! お願い、待って!」

「邪魔しないでいただきたい」


 そっけなく言われたが、今度は振り払われる前にロゼはドレスの裾で血を拭った。

 そして、傷口をじっと眺めた。




「深追いするな。どうせ死んでる」


 後ろから不機嫌な声が聞こえ、ロゼは声の主をきっとにらみつけた。

 いつの間にか、兵士と魔術師を従えたレオナルドが塔の出口に立っていた。


「仰せのままに」


 セトがそう言い、翼が黒い粒子となって夜の闇に溶けた。


「姫様も、戯れはほどほどにして頂きたい。

 もはや薬屋の娘ではございませんからな」


 レオナルドの慇懃無礼な調子に、ロゼは怒りに震えてつかみかかろうとしたが、兵士達に取り押さえられた。


「さて、夜も更けたし、侵入者も無事排除した。

 そろそろ皇帝も休まなければ」

「仰せのままに」


 からくり人形のように同じ台詞を繰り返すセトを見ながら、ロゼは言った。


「せめて、腕の傷を手当てさせて。そのくらいはいいでしょう?」

「言ったろう。すでにそんなことをする身分ではないと」


 レオナルドは全く興味がなさそうに言い、ロゼを捕まえている兵士に合図をした。

 ロゼは引きずられるように、兵士に部屋へと連れ戻された。

 扉を閉められ、がちゃっと鍵の音がする。

 イザベラが心配そうな顔をして、ロゼを出迎えた。


「……あの子達は?」

「わからないわ。でも、きっと無事よ。エイトは意外とピンチに強いの」


 そう言いつつ、ロゼは心配でたまらなかった。

 だが、この状況でもこちらに有利な事実はあった。

 レオナルドがセトを止めたのは、エイト達が確実に死んでいると思ったからではないし、あえて見逃した訳でもない。

 あの表情には、絶対的な疲れが見えた。

 指輪で制御する自信がなかったからこそ、セトを城の外に出したくなかったのだ。

 おそらく、支配の指輪は、持ち主が思った以上に魔力を使うらしい。


 そしてもう一つ。

 セトの血を拭ったとき、腕の傷痕がはっきり見えた。

 無数の直線が重なったひっかき傷に紛れて、辛うじて読めるようなくさび形の文字の羅列が見えたのだ。


『エイト セイシン キョウユウ』


 きっと、指輪の力が弱まったとき、必死で腕に書いたに違いない。

 精神共有は、杖であるロッドと、セトの精神を繋ぐ魔術だ。

 普通の杖ならば、自分の精神そのものなのでそんな行為は必要ない。

 だが、別々に意思を持っている『初代魔王の杖』であれば、インコの形にして遠くへ飛ばしたりできる反面、チャネルを合わせて精神を繋ぐという荒技をセトはときどき使っていた。

 ロゼは賭け事のことで、精神共有したセトにしこたま怒られたときを思い出した。あれからいろいろなことが起こりすぎて、本当に昔のことのようだ。

 瑛人がロッドと精神共有できれば、ロッドを介してセトの精神にも働きかけることができるかもしれない、というのは都合よく考えすぎだろうか。


 ただ一つ、問題がある。

 ロゼは精神共有に使う呪文を知っている。

 長年一緒に暮らしているうちに、覚えてしまった呪文の一つだ。

 だが、『初代魔王の杖』を持てるエイトでなければ、その呪文を唱えても意味がない。

 そして彼は飛竜で飛んで行ってしまい、その安否も分からなくなってしまった。

 ロゼは格子の入った窓から暗い湖畔を眺め、呟いた。


「どうか無事でいて、エイト」

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