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第10話 元王女の婚約

 時間は少し遡る。

 ロゼとレオナルドは、謁見の間から移動し、小さな食卓のある部屋で硬い表情をしながら会話していた。


「つまり、どうあってもバルスク城を手放して降伏する気はないということね」


 ロゼはじっと相手の目を見据えて言った。

 青髪の魔術師は、フードをとっていた。

 貴賓室であろう、豪華なシャンデリアの下で、二人は白いクロスがかけられたテーブルについていた。

 日は既に西に傾き、湖畔に赤い道を作っているのが大きな窓から見える。

 彼が人払いをかけたので、兵士達はおろか、イザベラすらこの部屋にはいない。

 そんな場所で冷静に話し合いをするのは本当に骨が折れた。

 ロゼはときに相手をひっぱたきたくなりながらも、この男がなぜセトを操って帝国などを作ろうとしたのか、慎重に探っていた。


「この城を手放す? そうだな、僕の心に聞いてくれ」


 相手は揶揄するように言った。

 やはり、手放す気はないようだ。

 ラインツからの入れ知恵も元にして、ロゼはこの新ヴィエタ帝国建国の馬鹿げたところや危険性、今降伏するなら極刑は免れることなどを一生懸命述べた。

 だが、彼はまともに取り合ってくれなかった。


「いろいろ心配してくれてありがたいが、君だって本当は分かっているんじゃないのか?

 セト・シハクがいれば、そんな危険などとるに足りない。

 現に、ここの領主は聞き分けがよかったよ」

「セト・フェニックスよ」


 ロゼは頑固に言い張った。


「今や彼は皇帝陛下だ。センスの悪い偽名など名乗らなくてもいいんだよ」


 片頬を上げてレオナルドが微笑んだ。

 ついに、ロゼの堪忍袋の緒が切れた。

 ロゼはばんと机を叩いて、思わず叫んだ。


「偽名? 偽名の方が空っぽの皇帝よりもまだましよ!

 ここは全て空っぽの城よ、皇帝も、騎士たちも!

 私が気づかないとでも思った?

 確かに、話をしていた人達は人間だったわ。

 でも、あの謁見の間にいた兵士は皆、鎧の内側に魔力を込めた泥を塗ってある人形じゃないの。魔術師が動かして、城内の人数を水増ししてるんでしょ?」

「へえ、前にも泥人形を見たことがあるのかい?」


 珍しいものを見るように、レオナルドが声を上げた。

 確かに、泥を使って甲冑を操る魔術は、今ではほぼ使われない古代の技なのだろう。


「ええ、魔術店にも一体置いてあったわ」


 ロゼはいらいらしながら続けた。


「それに、貴方も空っぽよ。

 私はシディストに会ったことがあるの。

 嫌な人達だったけれど、これだけは言える。

 あの人達には思想があった。

 貴方には全く感じられない」


 レオナルドがくすくすと笑った。

 ロゼを面白がっている。


「いやはや、こんなに見破られるんじゃ、駆け引きも出来ないわけだ」


 そして、やおら立ち上がり、ロゼのほうへ近付いてきた。

 あと一歩、というところで、二人はじっと見つめあった。


「では、単刀直入に言おう。

 君に一つお願いがある。

 僕と結婚してほしい」


 思わず、ロゼは相手の顔を二度見した。

 嘘か、冗談か。が、見た限り嘘はついていない。


「どうして?」

「理由は三つだ」


 当惑しきったロゼの前で、レオナルドが丁寧に指を立てて説明する。


「第一、カサン王国に対して永久的な人質が成立する。亡命より強固な関係作りだ。

 第二に、僕の家は代々貴族だが、格上とは言えない。

 君の血筋ならば、カサン王家にもひけをとらないだろう。今後の外交が有利になる。

 第三に、君と僕が夫婦になれば、ゆくゆくは支配の指輪の力がなくても、セト・シハクと利害関係が一致して、僕の戦力になる可能性が高い。

 いいことばかりだろう?」

「……あなたにとってはね」


 自分の利益ばかりではないか。

 ロゼはレオナルドをにらみつけたが、彼は涼しい顔をして続けた。


「もちろん、君にとっても益がある。

 田舎の村で魔術店などしている身分でないことは、君も承知の上だろう。

 ティルキアで革命さえ起きなければ、とっくにどこかの王族と結婚している歳だ。

 君も社交界に返り咲くチャンスなんだよ」


 教え諭すように話すレオナルドを前に、ロゼは全身総毛立った。

 恐ろしいことに、彼は本気だ。

 ロゼの利害も全て見透かし、互いの利害一致の産物として結婚を語っているのだ。

 彼の計算違いは、ロゼが社交界に戻りたいどころか、魔術店の生活にしごく満足しているという点だ。

 それに、愛の告白の一言もなく、まるで商売の取引のように、ただ利害一致というだけでほぼ初対面のおっさんと結婚する、という選択肢はあり得ない。

 お断りよ、と突っぱねようとしたそのとき、レオナルドの革の手袋が目に飛び込んできて、ロゼは言葉を飲み込んだ。


 結婚には、指輪の交換がつきものだ。

 魔術教でもタクト神教と同じく、花嫁と花婿は指輪を交わす。

 革の手袋を外す絶好の機会だ。

 それに、この要求を呑んでおくことで、相手に油断を与えられるのは確かだ。

 そう考えて、ロゼは顔に笑みを貼り付けた。

 商売人相手には、商売人になるのが一番の策だ。


「いいわ。その結婚、受けて立ちましょう」


 決闘を受けるような調子で言い、ロゼは手を差し伸べる。


「まあ、そうだろうね。君に拒否権はないのでね」


 そう言って、レオナルドがロゼの手を取った。

 彼らは微笑みながらしっかりと握手し合った。

 外交会議のように、腹に一物持つ人がよく行うパフォーマンスだ。

 ロゼはぞっとしながらも、心の中でどこか勝ち誇っていた。


 レオナルドはもう一つ計算違いをしている。

 結婚することで、セトが彼の思い通りに動くと思っていることだ。

 せいぜい鍋で煮込まれなさい、と腹立ち紛れに唇を噛みしめながら、ロゼは思った。





 会談を終えると、ロゼは兵士に付き添われ、立派な客用の寝室に通された。金銀の装飾が為されたスツールに,イザベラが退屈そうに座っていた。もはやメイドではないことを隠そうともしていない。ロゼが経緯を話すと、イザベラは口をへの字に曲げて聞いていたものの、途中からくすくす笑い出してしまった。


「なんですって、結婚するの? レオナルドと?」

「まさか。ただの時間稼ぎと情報収集のためにそう言っただけよ」


 ロゼは一刀両断して書き物机に向かった。今の状況を、城外の誰かに知らせなければ。特に、兵士の水増しの件はラインツにとってもいい情報だ。さらさらと便せんにペンを走らせながら、一体これをどういうルートで届けたらよいのか考えてこんでいた。

イザベラに尋ねると、彼女は髪をかき上げながら鷹揚に答えた。


「大体がラインツさんのいったとおりね。私たち、人質になったみたい。

 気付いてる? 私たち、この部屋に閉じ込められているのよ。

 ここは豪華な牢屋ってわけ。でも、心配は無用だけど」


 そこで、イザベラは襟元から手をつっこみ、胸元から鍵束を出して見せた。

 ロゼは眼を見張った。


「それ、どうやって手に入れたの?」

「古典的かつ的確な方法よ」


 イザベラがウインクし、ロゼは口を尖らせて眼を細めた。


「色仕掛け?」

「あら、自分の結婚を餌にしている子もそう取れるわよ」

「違うわ……いいえ、そうね」


 確かにその通りだ。そこは認めなければならない。

 どんなに冷たく愛のない言葉だったとしても、結婚という約束はそういうものだ。

 ある意味イザベラの色仕掛けのほうが、ロゼの今してきたことに比べれば遥かに人間的かもしれない。

 だが、あんな人の温度がない結婚なんて絶対するものか。

 ロゼはきっぱりと決心していた。


 幸運なことに、イザベラはロゼが不毛な会談をしている間、この城の大体の大きさ、人員の配置などに眼を配っていたらしい。

 ロゼが文章を書いている横で、立ったままペンを動かし、簡単な地図を描いている。


「この城の出口は三カ所。一カ所はもちろん正門。

 もう一つは領主専用の船着き場。

 あと、食料庫に続く廊下は、商人が出入りするために水門へと続いているみたい」

「すごいわ、イザベラ。よく調べたわね」

「この服さえいつものだったら、この倍は調べてきているわよ」


 イザベラは残念そうに言った。まだメイド服が着慣れないようだ。


「ずっと思っていたけれど、そのほうが素敵よ?」

「違うの、他人から見て素敵かどうかじゃないの。

 私のアイデンティティーに準ずるかどうかよ」


 その答えを聞いて、ロゼは微笑んだ。

 イザベラが予想どおりの言葉を返してきたからというのもあるが、別の理由もあった。

 他人からどう思われようと、自分のアイデンティティーというものは曲げられないものなのだ。

 たとえ元王女であったとしても、現魔王と呼ばれようとも、魔術店の生活が好きならば、そこで暮らしていて何の問題があるのだろう? 


「なんだか、元気が出てきたわ」


 ロゼは笑ってペンを置いた。


「後は、これをどうにかして城外のラインツさんへ渡さないと……こんなときに、ロッドがいれば便利なんだけど。

 本人は、『俺は初代魔王の杖だ! 伝書鳩じゃあないんだぜ!』って毎回怒るんだけど、律儀に届けてくれるのよね」

「機を待って、鳩小屋へ行きましょう。

 夜になれば、この鍵束である程度自由に動けると思うわ」


 イザベラがチャリン、と鍵を鳴らして言った。

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