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第8話 皇帝陛下との謁見

 城下街は、意外にも活気に溢れていた。

 全面降伏した街とは思えないほど、商店や露店がひしめき合っている。

 外から見た清廉さとは違い、中から見るとサレナタリアよりよほど雑多だ。

 イザベラが漁村と称したことからもわかるように、魚がごろごろ転がっている店が多い。


「国が変わったっていうのに、この人達はどうして逃げ出したりしないんだろう?」


 外から聞こえる威勢のよい商人達の声を聞きながら、瑛人は疑問を抱いた。


「多分、国が変わったという認識はないと思うわ。

 頭が変わっただけと思っているのよ」


 カーテンの隙間からそっとのぞき見をしているロゼが言った。

 瑛人は首を傾げた。頭が変わるとは、それなりに大変なことだと思うのだが。


 確かに普通の土地じゃあ暴動の一つも起きるわよねえ、とイザベラがけだるげに言う。


「帝都にバルスクを選んだのは、この街にそれなりの理由があるからよ。

 ずっと昔から、この街はカサン王国に属してはいても、独自の政治が認められていた。

 その名残が税率にも出てるのよ。

 十年前の反乱の教訓で、国内の自治領が全面廃止され、全土地にカサン王国直属の領主が配属されたの。

 今まで自分たちで築き上げた政治体制を、ぽっと出の領主にとられてごらんなさい。

 多分、すごい反発だったでしょうね。

 だから、領主が逃げ出したくらいでここの人達は動じないのよ。

 外国からの移民も多いし、カサン王国に属そうが、新ヴィエタ帝国に属そうが、商売ができればそれでいいと思っているのじゃないかしら」


 バルスクの人となりはわかったが、それにしても危機感が薄いと瑛人は思った。

 だが、前領主が領民を守ることなく、自分の保身だけを考えて逃げ出したというのもひどい。前領主は領民とよっぽど距離があったのだろう。


 外から、叫ぶように話す人の声が聞こえた。


「ふれ役よ! 一旦馬車を止めて!」


 ロゼが御者台に続く小さな窓を開け、指示した。

 カーテンの隙間から覗くと、小さな泉のある広場に人だかりができているのが見えた。

 人々のざわめきよりひときわよく通るふれ役の声に、エイト達は耳を傾けた。


「諸君、バルスクの民よ!

 十年前から自治権を取り上げられた、哀れな人々よ!

 我等帝国は、バルスク領に再び自治を取り戻しにきた!

 バルスク城に毎年税を納めれば、後は諸君の自治に任せる!

 我等はこの地に君臨するが、統治は全て諸君、良識あるバルスクの民に任せよう!

 皆、このことを他の人々にも伝えて欲しい!」


 ざわめきが陽気な盛り上がりに変わるまで、さほど時間を要しなかった。

 既に、群衆の中には黒一色の旗を振っている者までいる。

 なるほど、領民が一番欲しかったものを餌に、城だけを乗っ取ったわけだ。

 普通は混乱が起きたりしそうなものだが、流血沙汰がなかったせいか、不思議すぎるほど落ち着いている。

 敵はバルスク領民の不満を知り抜いて、ここを帝都にすると宣言したのだ。


 ふれ役が去ってから、小さな広場ではお祭り騒ぎが始まった。

 それを避けるように、馬車と騎馬の一隊は進み始めた。

 瑛人は、あまりに楽しそうなバルスクの人々の光景に、このままで何の問題もなければ、それでいいじゃないかとさえ思った。

 そして一瞬のち、多いに問題があることに気づいた。

 カミノ村魔術店に店長がいなくなる。

 バイト代ももらえない。

 何よりセトの意思を無視して新ヴィエタ帝国皇帝にしてしまうというところが、瑛人にはいまいち納得がいかなかった。

 自分自身が皇帝になるというのならまだ理解できる。

 だが、それが出来ないからといって他人を無理矢理持ち上げるというのは、何か違う気がするのだ。

 ちょうど半年前、瑛人がうっかり間違えられて初代魔王として持ち上げられたときのように。





 馬車はそこから二つの城門を抜け、城へ伸びる橋へとさしかかった。石英で作られた白亜の城が、優雅にそびえ立っている。

 とてもじゃないが新ヴィエタ帝国というイメージに合わない。おとぎ話の王子様でも出てきそうな気配だ。

 イザベラの趣味を肯定するわけではないが、やはり『っぽさ』は重要だな、と敵のど真ん中に飛び込んでいくのに、瑛人はわりとどうでもいいことを考えていた。

 大きな城門は閉ざされていて、鎧を着た衛兵が両脇に立ち、こちらが近付くと長い槍を扉の前で交差して阻んだ。


 と、一人の衛兵がつかつかとこちらの隊列に歩み寄ってきた。

 窓を開けて、ロゼが尋ねる。


「何事なの?」

「城内へお通しするのは、姫様と侍女のみと仰せつかっています。

 他の方は、城下街でお待ちくださいますよう」


 衛兵は突き放すように言った。

 そして、こちらの制止も待たずに馬車の扉を乱暴に開けられた。

 瑛人は半ば驚きながら、ロゼと顔を見合わせた。


「俺はどうすればいい?」

「中へお通しできるのはお二人のみと申し上げたはず。

 貴方がだれであろうと通せません」


 他の騎士ならまだしも、丸腰のエイトすら入れてもらえないらしい。


「ロゼ……」


 彼女に問い掛けるとロゼはにっこりと笑って小さく頷いた。


「大丈夫よ。イザベラもいてくれるし」


 そして、衛兵の手を借りて軽やかな足取りで敷石に降り立つ。

 イザベラも後に続き、諦めきれない瑛人も慌てて後を追った。

 だが、衛兵に睨まれ、足を止める。


 大きな扉の脇にある通用口の扉が開き、ロゼとイザベラはゆっくり歩きだした。


「ロゼ!イザベラ!」


  エイトが叫ぶと、ロゼは前を向いたまま手を振り、イザベラは振り返ってウインクをして扉の中へと入っていった。

 ぴしゃりと扉が閉められ、衛兵は何事もなかったかのように槍を掲げた。

 瑛人はうなだれて騎士達と一緒に橋を戻っていった。


 たった二人で敵陣に残してきて、大丈夫なのだろうか。

 瑛人が不安げな顔をしているのを見兼ねてか、隣の騎士が話しかけてきた。


「心配するな。奴らにとって、彼女達は重要な国賓だ。

 それに、私たちを見ろ。

 全員ただの剣士だ。城に入ったところで魔術師からは守れんよ」

「なんだって?」


 そういえば、本当にこの護衛には魔術師が一人もいない。

 どうして、ラインツ領主はこんな人選をしたのだろう。

 だが、瑛人は少しほっとした。

 帰らされたのは、まだ杖盗人ロッドスティーラーの能力が敵に見つかっていない証拠だ。

 城外にいれば城外にいたで、できることもあるだろう。

 まずは、この状況をラインツに伝えるところからだ。

 そんなことを考えながら、エイトは後ろを振り返りつつ、橋を城下街のほうへ渡っていった。




 ヒールをカツカツと鳴らしながら、ロゼとイザベラは広い廊下を歩いていった。

 すぐ前と後には甲冑姿の衛兵が付き、逃げようとしても逃げられないようになっている。

 大理石で出来た床は磨き上げられ、壁にはタペストリーや油絵が豪華な枠に入れられ飾られている。天井には流行のシャンデリアが延々と続いていた。

 当世風の素敵なお城だわ、とロゼは緊張しつつどこか頭の隅で考えていた。

 城と呼ばれる場所にいたのはもうずいぶん昔のことになり、すでに思い出にも霞がかかっている。

 それでも、ここまで綺麗な城でないことは幼心ながらに感じていた。

 代々の国王が増改築を繰り返し、もはやどこに何の部屋があるかすら分からなくなってくる、迷宮のような廊下。時代遅れの小さい灯り取り窓と、最先端のステンドグラスが寄り添っている、古くさい臭いがずっとこびりついているような城だった。

 そうだ、この城は、ロゼの知っている城より断然新しいのだ。


 背筋が少し伸び、ロゼは胸を張った。

 気後れなど、どこかへ飛んでいってしまった。

 ロゼッタ・マリアン・グレイフォン・ティルキア。

 もし王政が倒されなければ、八百年前から続くティルキアの女王になったかもしれない。

 そんな誇りともいえる何かが、ロゼを後押ししてくれているようだった。


 長い廊下の先の扉が、音を立てて開いた。

 ロゼ達は、臆すことなく甲冑兵に続いて踏みいった。

 謁見の間だ。

 赤い絨毯がしかれ、両脇には剣を帯びた騎士と、杖を持った魔導師が交互に並んでいる。  

 部屋の奥側、数段高くなっている場所に、豪華な赤い椅子が置かれている。

 そこに座っているのは、金の冠をつけた、黒髪の少年だった。

 いつもの黒服の上に白テンの毛皮のついたけばけばしい赤マントを羽織っている。

 ロゼは唇をかんだ。彼本人ならば、絶対にするはずのない格好だ。


「長旅ご苦労」


 セトがなんの感情もない目でこちらを見下ろしながら言った。

 ロゼは、とたんに猛烈に腹が立ってきた。

 何かまずいものを感じたイザベラが、制止しようと手を繋いできたが振り払う。

 ヒールで絨毯を踏みしだきながら、ロゼはセトに向かって歩いていった。

 ちょうど部屋の真ん中あたりで、じろっと周りの騎士や魔術師を見渡した。

 そして、つかつかと歩き、奥から三番目の魔術師の前まで距離を詰める。

 同じようなフードを被った魔術師の一人に、ロゼは優雅に頭を下げた。


「ごきげんよう、元六賢のレオナルド・ロンバルディア様」

「これはこれは」


 相手がフードを取った。意外に若い青年が、微笑んでロゼを見ている。

 ロゼは笑顔を崩さないように気をつけて、ちらっと彼の手に視線をやった。

 だが、相手は白い手袋をしていた。

 『支配の指輪』は、どの指にはまっているのだろうか。


「皇帝を介してではなく、直接挨拶をしてくださるとは、さすが感情把握の能力持ちギフテッド

 これまで見破られたことはなかったのですが」


 やはり、こちらの能力も知っている。

 ロゼは内心冷や汗をかいた。

 六賢には、セトやロゼの機密資料を見る機会がある。それを利用したに違いない。

 そもそも、セトを人間としてではなく魔物として裁き、首輪の刑罰を下したのも元はといえば六賢だ。

 ロゼは笑顔が引きつらないよう注意しながら、レオナルドに嫌みたっぷりに言った。


「私、お人形遊びはもう卒業しましたの」

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