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第7話 湖畔の古都バルスク

 バルスクは、サレナタリアの南方に位置する古都である。

 湖の街と呼ばれるとおり、街はバルスク湖に面した肥沃な地に広がった城塞都市となっている。

 湖から湧き出る川は大河となって王都まで続いており、古くから中部地方の物流拠点として栄えてきた。

 また、湖の小島に建造されたバルスク城は、その湖へとうつりこむ景観の美しさと、一つの橋で城下街と繋がっているのみという守りの堅さで、名城の一つと謳われている。


 その橋を、城下街の方から奇妙な隊列が渡りはじめた。

 五十人ほどの黒いフードを被った人々と、これも黒い鎧を着た騎士が馬に乗り、ゆっくりと歩みを進める。

 部隊の中心には黒い、何も装飾がない馬車があった。

 と、馬車の窓が半分ほど開き、白い手がぬっと出てきた。

 中指には、銀色の指輪がはまっている。

 その手がゆっくりと上げられると、部隊は橋の真ん中で静止した。


 手が窓から引っ込み、御者が降りて馬車の扉を開ける。

 そこから優雅に降り立ったのは、まだ青年といっていいほどの顔をした、青髪の男だった。

 手には銀色の装飾過多な杖が握られていて、白いローブが湖の強い風にたなびいている。

 昨日まではローブに六賢の証である金色のメダルが付けられていたのだが、彼はそれを自宅の窓から放り捨ててきた。

 もう必要ないからだ。

 レオナルド・ロンバルディア。

 国際魔術師連盟で天才の名を欲しいままにした最年少の六賢は、今顔をしかめてバルスク城の白い城壁を眺めた。


「やはり、扉が開いてますな」


 隣にいる御者が不思議そうに言った。

 確かに、人間が横に十人並んでも入れるであろう正門が全開になっている。

 そして、城を守る守衛の姿も見当たらない。

 街にしてもそうだった。

 ここに来るまでに、三つの城壁を通らねばならなかったが、全ての門が開けっ放しになっており、誰一人レオナルドの行軍を止めなかったのだ。

 街に入っても、連隊に対して反対している様子は何一つ見せなかった。

 ただ、少しいつもより港の活気がないことと、街の人々のじろりとにらむような目、そして時折窓に出してある黒い布。変わったことはそれだけだった。

 だからこそ、レオナルドは危惧しているのだ。


「早すぎる。罠かもしれん」


 セトにバルスク攻略を命じたのは、今日の早朝だ。

 カサン国王に文書を送りつけた手前、急務だとは言ったが、それにしてもこれはおかしい。

 レオナルドは目を細めた。城の窓が、ちかっと光った気がしたからだ。

 そして、城の窓から一陣の黒い煙が巻き上がるように何かがものすごいスピードで飛び出すと、こちらへ弾丸のように飛び込んできた。

 馬が怯え隊列が崩れる中、強風と共にやってきた黒い翼を背負った魔術師は、レオナルドの前に砂煙を上げて着陸した。

 背からふっと翼が消えると、黄金の杖を持った黒髪の少年は片膝をついてレオナルドに頭を下げた。


「わがあるじよ、任務完了致しました」

「……バルスクの前領主はどうした? いくら何でも降伏が早すぎる」

「彼は全権を私、即ちあるじ様に委任しました。

 そして即刻バルスク城を明け渡し、亡命致しました」


 そう言って、鳥の形がついた黄金の杖で、湖の一点を差した。

 すでに城から遠ざかりつつある豪華な帆船が浮かんでいた。

 だが、なお腑に落ちないレオナルドは、続けて尋ねた。


「どうやって城を乗っ取ったのだ? 見たところ、城を破壊した跡はないようだが」


 セトは青いガラス玉のような魂のこもっていない目でこちらを見つめ、淡々と答えた。


「私は、ただ執務室に侵入して前領主と直談判しただけです。

 ただ、バルスクの前領主は、先の内乱に連合軍として参加していました。

 こちらの優位性を十分に知っていたと思われます」


 前領主のあまりの怯えように、レオナルドは笑いだしたくなった。

 そして少々ぞっとした。

 レオナルドは内乱には参加していないので、セトのことは六賢の機密資料で調べただけだ。

 東部の魔術師の内乱を抑えるため、参戦した連合軍側の外国人魔術師の一人、と資料には記されていた。

 そして、初代魔王の杖という、唯一国際魔術師連盟から認められていない杖を持つ者だとも。

 しかし、味方にすらそこまで恐れられるとは。

 相当な化け物だとは聞いていたが、正直笑いが出るほどだ。

 この調子でいけば、世界征服などあっという間かもしれない。

 しかし、だ。

 あの杖には少々ではすまない欠点があった。


「……杖は、しゃべらないようにしただろうな」

「もちろん」


 整った顔を微動だにせず、セトが言った。


「口を縛りましたので、もう主を煩わせることはないかと」

「一生そうしておいてくれ」

「仰せのままに」


 フン、とレオナルドは鼻をならした。

 セトとバルスクの郊外で今朝落ち合ったのだが、そのとき杖にたっぷり1ダースの罵詈雑言を投げかけられたのだ。

 元々初代魔王のものであり、意思を持つという不思議な杖に、レオナルドも最初は興味を示していたのだが、ここまで口汚い杖だとは思わなかった。

 相当機嫌を損ねたのだが、当のセトは涼しい顔をしていた。

 杖のしつけがなっていないな、と叱ったのだが、

 「彼は唯一の独立杖ですから、隷属の首輪の範疇外にあります」と、セトは主人が罵倒されても何の関係もないような顔をしていた。

 仕方なく、レオナルドは杖についた鳥の口を縛るように命じた。


「とんでもない杖だったな。お前はうるさいと思わないのか」

「私は私の意思を持つことを許されておりません。

 よって、うるさいとは思いません」


 こういう融通が利かないところが、隷属の首輪の弱点だ。

 レオナルドはため息をついた。

 だが、まあいいと思い直した。

 バルスク攻略という目的は果たされたのだ。

 それも、思ったよりずっと早く。

 バルスク城を足がかりに、世界は魔術師のものとなる。

 タクト神教を信仰しない異教徒を排斥する今の差別的社会においては、それもまた一興だろう。


 それよりすばらしいことは、この美しい城の中で、じいさん方のご機嫌も取らず、煩わしい雑事などからは無縁の生活を営み、ありあまる金で遊び暮らせることだ。

 同じような書類にひたすら目を通し、判子を押すだけの簡単な仕事や、半ば頭が凝り固まった老人たちの議論につきあわされることもない。

 自身の素晴らしい頭脳と、目の前で控えている首輪付きの圧倒的な力。

 二つ揃えば、この世界で恐れるものはないのだ。


 レオナルドは、初代皇帝信奉者シディストでも、選民思想家でもない。

 ただ、自分の技術でできる最高の暮らしを実現したいだけだ。

 傀儡の皇帝の陰で、レオナルドは巨万の富と平穏を得て過ごす。

 それこそ、魔術師連盟の最高峰である六賢まで登りつめ、同時に絶望した彼が望んだことだった。







 瑛人達がバルスク湖のほとりに巡らされた馬車街道に着いたのは、サレナタリアを出発して三日後のことだった。

 宿場町では嫌な噂を散々聞かされた。

 バルスク城占領のことで、話題は持ちきりだった。

 領主は領民を守ることなく逃げ出しただとか、初代魔王の杖を持つ王位継承者が支配する暗黒の街になるだとか、そういうことだ。

 そういう話題が出る度、瑛人達は耳をそばだてたが、どうも街では領主の交代劇以外の殺戮や圧政などが何一つ行われていないということが分かるにつれ、安心はできないまでも息をついていた。

 どうやら指輪の持ち主は、戦争をしたい訳ではないらしい。

 だが、バルスクは東西の交易の要所だ。

 きっと何か魂胆があってここに帝国を構えることに決めたのだろう。


 湖上の城が見えたとき、瑛人は思わず窓にはりついた。

 まるで絵はがきのような美しい景色だ。

 青い空を映した湖に、華奢な橋一本で岸へ繋がっている巨大な城は、まるで空中に浮いているようだ。岸には煉瓦色の城壁が取り巻いた城下町があり、その周りは緑の牧草地が延々となだらかな起伏を描きながら続いている。


「いいところだなあ」


 思わず、口をついて言葉が出てしまう。


「そうね。こんなことで来たんじゃなければ、数日観光していきたいくらいね」


 ロゼがうんうんと頷いた。相変わらず姫様の格好をしていて、ときに瑛人はまだ誰だか分からなくなる錯覚に陥っている。


「私は行ったことがあるわ。見てくれのいいただの漁村よ」


 イザベラが、珍しく辛辣な意見を言った。


「あそこじゃ、バルスク領民でなきゃ、商売するのにすごく徴税されるのよ。

 税率だけ見ればサレナタリアの倍はするんじゃないかしら。

 だから私の好きなファッションブランドの支店が全くないの。

 ナタリア地方じゃちょっと有名な街のくせに、あり得ないわ」


 そういうことか、と瑛人は納得した。

 イザベラは、夏から秋にかけて王都までの道筋で交易をする。もっとも、目当ては王都の王侯貴族へ薬を売りつけることなのだが、道中でも少しは売り歩いているらしい。

 だからこそ、このバルスクの税率が腹立たしいのだろう。

 そして、何がいいかといわれれば「露出度」としか言いようのない服が売っていないこともマイナス評価の一因のようだ。


「……ただ、楽しいだけの旅も終わりのようね」


 窓の外を眺めながら、イザベラが言った。

 瑛人も、窓の外を眺め、城門が余りに近くなっていることに気付く。

 街に入る第一の城門の前に、黒い服を着てフードを被った、明らかに怪しげな人物が立っている。

 城門の上には大抵、この街の領主の家紋が彫られているはずなのだが、この城門の上には黒一色の布が掲げられていた。


 馬車が、城門脇に止められる。

 おつきの私兵たちががっちりと守りを固め、ことの成り行きを見守る中、黒衣のフードは膝をついて頭を垂れ、口上をのべた。


「お話は伺っております。

 元ティルキア王国第一王位継承者、ロゼッタ・マリアン・グレイフォン・ティルキア様。

 ようこそ、新ヴィエタ帝国へ。皇帝陛下がお待ちかねです。どうぞ城までお進み下さい」


 予想外の反応に、瑛人は面食らった。

 相手は、瑛人達が来ることをまるで予想していたようではないか。

 本当にこんなことで指輪が取り返せるのだろうか。

 ロゼも、馬車の中で聞いていてさすがに硬い表情をしている。


「……進む、しかないよな」

「そうね。もともとそのために来たんだもの。

 こんなに早くばれているとは思わなかったけれど」


 馬に鞭が打たれ、馬車は再び動き出した。

 風光明媚な湖の城下町に、瑛人達は飛び込んでいった。

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