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第4話 魔術店店長の失踪

 空は青く澄み切っていて、人々の喧噪が吸い込まれていく。

 口々に叫び、何を言っているのかさっぱり分からない数千の群衆が、宮殿前の広場いっぱいにすし詰めになっている。

 ああ、またこの夢だ。

 ティルキアワインなど貰ってしまったからだろうか。

 セトは多少うんざりしながら、何とか目を覚まそうとした。

 だが、体は全く動かず、瞬きすらできない。

 数千の群衆は、一点を見つめて叫び声を上げている。

 広場の中央には木で出来た急ごしらえの処刑台があり、おりしもそこに粗末な箱馬車が着いたところだった。

 箱馬車の扉が開けられた瞬間、人々の怒号はまし、警備兵達が我を失った暴徒達を小突いて回らなければならないほどになる。

 そんな中、箱馬車から腰縄を付けられてなお、颯爽とした身のこなしで人影が飛び降りた。

 白い飾り気のない囚人服に、真っ赤な赤毛の長い髪が映える。

 あのひとはまるで舞台に上がる役者のように、背筋をまっすぐに伸ばして、処刑台への階段を登っていく。

 処刑台の上にいた役人によって、長い赤髪は手際よく切り落とされた。

 かつて王家の朱、ロイヤルレッドともてはやされた炎のような髪の毛も、既になんの価値もなくなったのだ。

 そして、いよいよあのひとが跪いた。

 広場に期待に満ちた静寂が生まれ、処刑人の斧が振り上げられる。

 やめてくれ、もう見たくない。

 そう思っても、目は閉じてくれない。

 夢だと分かっていても、彼女を助けることも出来ない。

 斧が落ちる。

 目を覚ませ!

 セトは思い切り悲鳴を上げようとしたが、出たのはか細い息だけだった。

 そして、女王の首が飛ぶ。







 セトは汗だくで目を覚ました。

 寝心地のいいソファの上で、毛布にくるまっていることを確認して、ほっとため息をつく。

 ランプをつけたまま、うとうとしてしまっていたらしい。

 正直、よく見る夢だが、それでも見た日は気分が悪いものだ。

 特に今日は、何となく首が痛い気がする。

 そう思って、セトは半身を起こし、無意識に首を撫でた。

 その途端、首がぎゅっと絞まった。

 呼吸ができなくなり、何が起きたのか一瞬分からなかった。

 だが、本棚のガラスに反射している自分の姿を見て、セトは自分の首輪が青く光っていることに気がついた。


 誰かに、支配の指輪を使われた。

 セトの首には、隷属の首輪がはまっている。

 もしもの場合の安全装置、という名目だが、一方で処罰の意味も含んでいる。

 この首輪は支配の指輪と一対になっていて、首輪を嵌めたものは、指輪をはめた人間の意思に従わなければならない。

 それに、指輪の持ち主は、呪文一つでセトの首すら飛ばせるのだ。

 しかし、支配の指輪は国際魔術師連盟のお偉方——六賢が複数人で管理しているはずだ。

 それにセトに通達もなく首輪を使用するのは協定に反する。


 一瞬でこれだけのことを考えたが、その間にも首はどんどん絞まり、視界が暗くなって頭がいうことを聞かなくなってきた。


 はやく、行かなければ。

 どこへ?

 わがあるじのところへ。


 頭に響く声に逆らうように、セトは無理矢理立ち上がった。水の中にいるように動きにくい足を、もがきながら動かし、寝室として使っている居間からずるずると出る。

 大変なことが起きている、というのは頭の隅でわかってはいるのだが、もう息が続かず、考えることさえ放棄してしまいそうだ。

 廊下をよろめきながら歩き、何とかロゼに連絡を、と考えたところで、頭の上から脳天気な声が降ってきた。


「あれ? セトもトイレか?」


 寝ぼけ眼をこすりながら起きてきた瑛人が、階段の数段上に立ってセトを見下ろしている。

 セトはぱくぱくと口を動かした。

 説明しようにも、声が出ないのだ。

 それに、頭の芯がどんどん塗りつぶされていく。

 自分の意思で動ける時間はもう無い。

 後は、全てをこの飽きっぼくて流されやすいお人好しの瑛人に委ねなければならない。

 余りに細い、蜘蛛の糸のような望みの綱だが、頼るしかないのだ。

 セトはのろのろと階段に近付いた。

 そして、瑛人のパジャマの裾を掴み、何が起きたのか瑛人が理解しないうちに渾身の力を込めて引っ張った。

 ぼーっと立っていた瑛人は、バランスを崩されて初めて声を上げた。


「おおっ?」


 ゴン、ゴン、ゴンと立て続けに嫌な音がして、瑛人の後頭部が階段にぶつかり、そのまま数段転がり落ちた。

 よっぽどの衝撃だったのか、瑛人は目を回している。


 セトはそれを見て、薄笑いした。

 瑛人には悪いが、これで隷属の首輪を使った人間にも一泡拭かせられるというものだ。

 そして、それきりセトの意識は途絶えた。









「エイト、大丈夫?」


 瑛人はロゼの心配そうな声で目を覚ました。

 何が起こったのかわからず、ただ後頭部が恐ろしく痛い。

 黙っていると、ロゼがぱたぱたと走っていく音がした。

 そして、額に濡れタオルがあてられる。


 朝日が階段の窓から入り、高い木枠の天井を照らしている。

 どうして、階段の下で寝ているんだろう、と瑛人はまだ痛む頭で考えた。


「朝ご飯を作ろうと思って早めに起きてきたら、エイトが階段下に倒れてたのよ。

 足を滑らせて落ちたの?」


 そう優しくロゼに聞かれたとき、一気に記憶が戻ってきた。

 そうだ。

 寝ぼけてトイレに行こうとふらふら階段を下りていたら、下の廊下にセトがいるのが見えた。

 声をかけたものの、いまいち反応が悪い。

 何かを言おうとしているようにも見えたが、声が聞こえなかった。

 そして、いきなりズボンの裾を掴まれて、思い切り下へ引っ張られた。

 どうもそれで頭を打ったらしい。


 いたた、とエイトは後ろ頭を押さえて起き上がった。

 と、ロゼの顔が近づき、頭が優しく支えられる。


「大変、後ろに大きなコブが出来てる」


 ロゼが急ぎ足で店の方に歩いていき、しばらくしてハッカ入りの練り薬を持ってきた。

 青臭い湿布を貼ってもらい、ターバンのように包帯が巻かれたころには、瑛人も大分人心地がついてきた。

 まだ話したり、身動きするとずきずきするが、さっきよりも頭は鮮明だ。

 早速ロゼに、なぜかわからないけどセトに階段から落とされた話をすると、ロゼは首を傾げて言った。


「変ね。

 昨日は普通だったし、大体エイトを攻撃したら自分の魔力が減っていくってことも分かっているのに。

 まあいいわ。

 ちょっと聞いてくる」


 ロゼは口を尖らせて、セトの寝室の扉を叩いた。

 だが、ノックしたつもりだった扉は、ふわっと何の抵抗もなく開いた。


「いないわ」


 中を覗き込んでいたロゼが、眉を寄せてエイトに報告した。


「エイトにこんな怪我をさせて、自分はどこへいったのかしら?」


 瑛人はまだ痛む頭で考えてみたが、思い付かなかった。

 地下菜園かしらね、とロゼは言い、また階段の方へ戻ってきた。

 階段の下にある物置小屋のような扉を開け、セト!と叫ぶ。

 だが、何も起こらなかった。

 エイトが座っている場所からは見えなかったが、せいぜい鶏がときのこえを上げているのが聞こえただけだ。


「まあいいわ。

 とりあえず、エイトは痛みが治まるまで少し休んで。

 自分で立てる? 」


 そう言われ、エイトは痛みを堪えて立ち上がった。

 立ってみると、腰も痛いし脇腹も痛い。

 全身まんべんなく打っているようだ。

 情けないながら、階段の上まではロゼの肩を借りた。

 こんなときにインコに笑われたら最悪だろうな、と思う。

 きっと瑛人の部屋の扉を開けた途端、キャハハハ、と脳天に響くような笑い声がきこえてくるに違いない。

 そう思っていたが、瑛人の寝室にあるいつもの止まり木には、ロッドの姿はなかった。

 瑛人は痛む頭を抱えてベッドに横になり、安心してため息をついた。

 だが——何かおかしい。

 何のメッセージもなく、セトとロッドが朝ご飯前に消えている。


「……そうね、おかしいわよね」


 瑛人の不安を見透かしたのか、ロゼも肯いた。


「私、村中を探してくるわ」



 瑛人が何も出来ずに寝ている間、ロゼはほとんどの家を尋ね、探し回ったらしかった。

 しかし、何の手がかりも得られなかったようだ。

 お昼には帰ってきて瑛人にオートミールを作ってくれたが、その顔は沈んでいた。


「そもそも、今日は全部の苗を植えるんだって張り切っていたんだから。

 どこにもいく予定はなかったのよ?

 それに、急ぎの用があったにしてもメモぐらい残していくべきじゃないかしら。

 セトは村から出られないから、絶対にどこかの家にお邪魔してると思うのよね」

「言うに言えない女のところじゃなあい?」

「そんなことないわよ!

 イザベラったら、当てずっぽう言わないでちょうだい」


 部屋にはもう一人、客人が腰掛けていた。

 緑色のうねった髪と浅黒い肌がエキゾチックな妙齢の女性だ。

 彼女は森の魔女、イザベラといい、この植え付けを手伝いがてら、新しい地下菜園を見学にする予定だったらしい。

 それにしても、いつにもましてすごい服装だ。

 ロゼや他の村の人々と比べてしまうからかもしれないが、中世にガガを放り込んだらこんな格好をするのじゃないかという、グラマラスな身体に際どい布を巻いただけのスタイルだ。


 イザベラが重湯をもそもそと食べている瑛人のベッド脇に座り、瑛人の顔をのぞき込みながら言った。


「ねえ、セトに最後にあったのは貴方なんでしょう?

 何か、変わったことはなかったの?

 お姉さんに話してみなさいよ。スリーサイズ教えてあげるから」


 瑛人は、首を傾げて真剣に考えこんだ。

 いや、スリーサイズのためでは断じてないことをこの場で誓っておくが、それでも朝よりは頭痛も収まり、頭もクリアになっている。


「……そうだ、首が光ってた」


 寝ぼけていたが、確かにセトの首が青く光っていたのは覚えている。

 かしゃん、と音がした。

 そっちに目をやると、丁度鍋を片付けようとしていたロゼが、オートミールでベトベトのしゃもじを床に落としていた。

 ロゼの顔が蒼白になっている。

 沈黙がつづき、瑛人はやっと自分の言葉の本質に気づき、ぞっとした。


 誰かが、セトの『隷属の首輪』を発動させたのだ。

 呪文一つで、セトを死に至らしめることができる首輪を。

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