エピローグ カミノ村魔術店の日常
「エイトさんや、胃薬の袋は二つおくれ」
「はいはい、ベリーさんとじいさんの分ね。それから、いつものリューマチの薬、と」
「ありがたいねえ」
そう言って、ベリーばあさんはほとんど歯のない口をにっと開けて笑った。
「いやあ、エイトさんも手慣れてきたねえ」
「どうも~」
ベリーさんは大体月に二度来て、胃薬とリューマチの薬を買って帰る。
瑛人はたくさんの瓶が並んだ棚から薬瓶を取り出し、手際よく黄色い粉薬を入れていった。
セトはカウンターの瑛人とは反対の端に座り、神聖ヴィエタ語で書かれた分厚い本を読みふけっている。
イザベラが王都からお土産で買ってきた大量の書物を、消化している最中なのだ。
接客中の態度とは思えないが、これがいつもの魔術店の光景である。
「でも、春には街に行ってしまうんじゃろ?
杖持ちになるのもいいけどさ、私らは寂しくなるねえ」
「いや、まあ隣町だけどね」
ベリーさんにそう言われ、瑛人は照れて頭を掻いた。
そう、瑛人は春からサレナタリアの魔術修練所に通うことになっている。
魔力増減症で倒れて三日ほど街の病院に収容されたその間に、瑛人の処遇は決まっていた。
レオニダス卿をはじめ、初代魔王信奉者は一人残らず捕らえられ、魔術師専用の拘置所に送られたらしい。
セトも危うく逮捕されかけたが、自分から村を出たわけでもなく、魔術を使った訳でもないため、今回は何事もなく返された。
そして、シディストの一掃に手を貸した瑛人は、その才能を認められ、サレナタリアで杖持ちになるための修行所——魔術修練所に、特待生入学することになったのだ。
「私に対する有効手段の一つが見つかったんだからな。
国際魔術師連盟にとっても、首に縄を付けておきたい存在なんだろ」
セトはそう言って苦い顔をしていたが、瑛人にとっては入学のペーパーテストと授業料が無くなっただけで、羽が生えたように心が軽い。
そんなことを思い出していると、横に座っているセトがぼそっと言った。
「まあ、飽きっぽいお前のことだ。案外早く帰ってくるかもな」
「そんなことねーよ!」
ひゃひゃ、相変わらず弟子に厳しいねえと老婆は笑い、杖をついて魔術店から出ていった。
入れ替わりに、ドアベルを鳴らしてロゼが配達から帰ってきた。
その肩にはいつものようにすました顔をして極彩色のインコが乗っかっている。
ロゼは上機嫌で籠から封筒を取り出し、瑛人に渡した。
「ただいま! 今日レインさんに会ったらね、エイトに手紙が来てたから届けようと思っていたところだったんだって! ねえ、差出人を見て!」
「おおっ! キャロルじゃん!」
キャロルには、あの事件から会っていない。
飛竜のジュート共々、元気にしてるのだろうか。瑛人はわくわくしながら封を切った。
小さく几帳面な字で、びっしり書かれている内容を見て、瑛人は笑みがもれた。
「ロゼ、ジュートはラインツさんが上に許可を取って買い取ったんだってさ! それで、キャロルも一人前のドラゴンテイマーになるまで雇ってもらえるんだって!」
「あら、よかったじゃない!」
ロゼもキャロルの処遇を心配していたらしく、ほっとしたように微笑んだ。
手紙にはそれだけでなく、キャロル出身の村も含め、内乱に荷担しなかった村全体が政府直轄領となったことが書かれていた。
これで、キャロル達の村も飛竜を堂々と飼育できるようになったのだ。
内乱から十年の節目を迎え、政府の措置が寛大になったのだろう。
それに、最後に大変なことが書かれていた。
『私もラインツ様から許可をもらい、立派なドラゴンテイマーになるために春から魔法修練所に行く予定です!
きっと、クラスメイトになりますね!
また、一緒にパスタでも食べましょう。 キャロルより』
キャロルも一緒に入学となると、心強い。瑛人はまだ見ぬ学園生活に思いをはせ、息巻いた。
「よーし、こうなったら、俺は世界最高の魔術師になってみせる!」
「キャハハハ! ピヨピヨのヒヨコちゃんが何だってぇ?
あのガラス化の大魔術だってセトの魔力とこの俺の出力がなくちゃあ、できなかったんだぜ?」
大体、世界最高の魔術師って具体的にどういうことをするんだよ、とインコが高らかに笑った。
「……ほら、それは……」
瑛人は首をひねって考えると、ぱんと手を打った。
「セトが世界征服をするなんて言い出したら、俺が止めるとか!」
「誰が世界征服なんて暇なことするんだ。私はこの店だけで手一杯だ」
勝手に世界征服することにされた現魔王がカウンターの隅から文句を言ってきた。
ちなみに、後できちんと聞いたら、セトがいろいろやらかした挙げ句、ロゼ王女を攫って逃げたのはやはり事実らしい。
ただ、誘拐ではなく保護者に頼まれていたそうだ。
村の人たちには明かしておらず、今は便宜上兄妹を名乗って暮らしている、とロゼが案外あっけらかんと話してくれた。
知ってしまったからといって態度を変えても今更なので、瑛人はそのままバイトを続けている。
と、台所から、不思議な音色の時計が鳴った。
セトが立ち上がって本を閉じ、彼に言う。
「馬鹿なことを言っていないで、一旦表の看板を裏返して来てくれ。
ついでに裏に吊してあるトリデンタータ草を取り入れろ。
もうそろそろ石臼で引かないと干している内に粉になる」
そう促され、瑛人は渋々外に出た。
太陽は中天にあり、涼しい風が吹きながらもあたりの家や崩れかけた城壁にくっきりとした短い影を付けていた。
西に目をやると、大きな山が二つ、双子のようにそびえている。
一つは緑色の木々が茂った山、もう一つは岩だらけのごつごつとした山。
その山の一角が、この時間になるといつもきらっと光り輝く。
大量のガラスが反射しているのだ。瑛人はそれを見て、満足げに笑った。
そして、玄関の看板をくるりと回し、『閉店中』を表に出した。




