第23話 真相とガラス魔法
固まった瑛人の代わりに、一通り身内に対しての文句を言い終わったセトがレオニダス卿の方を向いた。
「お前の目の付け所はなかなかよかった。
飛竜の群れを生け贄に、初代魔王の杖の魔力を割り出して直接そこへ転送召喚。
確かに、初代魔王ヴィエタ皇帝ならば、自分の杖を使っている人間をそのままにはしておかないだろうしな。
放っておいても潰し合いが起こるのは目に見えていたというわけだ。
だが、お前の召喚魔法には、たった一つの致命的なミスがあった」
レオニダスは目を剥いて怒りの形相になった。
「この十年、心血を注いで完成させたこの術式がまちがっているとでもいうのか!」
セトはつと手を伸ばし、床に描かれたエイトには読めない文字の羅列を指差した。
「召喚対象の名前が、シド・ヴィエタ皇帝陛下じゃなくて、シド・ヴィエト皇帝陛下になってる」
「……」レオニダスが絶句して、その後、咆哮した。
「誰だ、この部分の担当者は!」
「ただの凡ミスねえ。
魔力が足りないからって下手に分割すると、こういう弊害が出るもんなのね」
イザベラがなぜか納得するようにうなづく。
「それではなぜ術式が作動したのだ!」
レオニダス卿は怒り狂っている。
……エイトはようやく分かった。
召喚されるはずだったのは、間違いなくヴィエタ帝国皇帝、シド・ヴィエタだったのだ。
だが、名前の語尾を間違えた結果、発音がよく似ている『椎堂日瑛人』、つまり瑛人が召喚されてしまった。
この名前以外共通点の全くない二人が、偶然や勘違いが重なった上、皇帝陛下と間違えられるという事態にまで陥ってしまったようだ。
「皇帝陛下でないならば、お前は一体誰だ!」
レオニダス卿が叫び、黒服達がざわつく中、瑛人は痛む横っ腹を押さえて立ち上がり、指を突きつけて正直に答えた。
「俺の名前は『椎堂日瑛人』、ただの一般的な高校生で、カミノ村魔術店のバイトだよ!」
広間は水を打ったように静まった。
老人も、後に控える黒服もあっけにとられている。
「いや、一般的ではないな。お前は私が戦った中で一番たちの悪い能力持ちだ」
横からセトが冷静に言った。瑛人は目を輝かせた。
「そうなのか? まさか、俺の英雄としての真の力が目覚めたのか?」
「英雄にしては姑息だと思う」
「なんだそりゃ」
こちらで話している間に、呆気にとられていた老人達も夢から覚めたように動き出した。
「うう、我々の悲願が……しかし、もう一つの願いだけなら叶えられる!」
老人は、背を曲げた状態から急にしゃんとして、こちらへ長い杖を向けた。
「現魔王よ、お前の死だ。魔法の使えぬ魔術師など、我らにとっては雑魚同然!
ものども、かかれ!
我らのことを知られた以上、一人も生かして帰すな!」
その途端、魔術師たちが動き出した。次々に杖を持ち直し、呪文を唱えはじめる。
一人の男が早くも杖を振り上げた。
何とかしなくては!
瑛人は素早く水石銃を取り出し、初めてメモなしで諳んじてみせた。
「レナ・アカルダ・アクア・ナスタ!」
足を踏ん張ったが、やはり反動が大きく、彼の体は後ろに飛ばされた。
青い光が出た瞬間、土煙がもうもうと立ち込める。
煙が消えたとき、八角形の魔法陣が瑛人と老人達を遮っていた。
直撃はしなかったらしい。
あの八角形の魔法陣は、バリアか何かだ。
かすっただけで憲兵を吹っ飛ばした水石銃が全く効いていない。
水は上に弾かれたらしく、岩の天井には人が三人手を広げて通ることができるような、恐ろしく大きな穴がぽっかりと空いていた。
そこから月の光が差し込んでくる。
固い岩山を貫通したのだ。
威力は強いが、狙えないのであれば意味がない。
「何ぼやっとしている、早く逃げろ!」
セトの声が聞こえる。
見ると、皆今の砂煙を利用して出口の方へと近付いていた。
瑛人も出口へと走りながら、もう一度銃を構え直した。次は当ててやる。
だが、向こうの魔術師もバリアを解かないままこちらを睨んでいる。
このままでは硬直状態だ。
だが、もう一人の魔術師が死角で呪文を唱えていることに瑛人は気づかなかった。
その魔術師が呪文を唱えた瞬間、バリバリと音をたてて、坑道の重い岩が落ち、扉がわりとなって広間の出口をふさいだ。
「これが、袋のネズミというわけですな」
行き止まりになった出口を見て、レオニダス卿はにやりと笑った。
「偽皇帝共々、死に場所が地下でよかったではないですか。埋める手間も省けますしな」
それでは、とレオニダスが大仰に手を広げた。
「殺れ」
魔術師の一人が杖を振り上げ、赤い炎をその杖の上に掲げた。
そのとき。
キューッという悲鳴に似た鳴き声と共に、瑛人が開けた天井の穴から、黒い影が舞い降りた。
銀色の翼を広げた竜は、黒いフードの魔術師たちを爪で薙ぎ倒す。
「早く、物理防御を!」
そう口々に言いながらも、さっきまでは統率が取れていた魔術師集団はばらばらになってしまった。
「ジュート!」
キャロルが叫ぶと、ジュートは飛びながらうれしそうに鳴いて、魔術師達の炎の攻撃を悠々とかわしながら飛び回った。
「よし金髪、あんたは飛竜に乗って、ナタリア領主と私兵を誘導しに行ってくれ!
多分近くにいるはずだ!」
セトの言葉に、キャロルは一瞬戸惑ったようだが、素直にはい、といって短い口笛を吹いた。
そして、地面すれすれに飛んできた飛竜にひらりと跨がった。
「助けを呼ぶまで、みんな無事でいてください!」
そう叫ぶと、キャロルは開いた天窓のような丸い穴から外へと飛び出して行った。
それを追うように魔術師の一人が炎の玉を打ち上げたが、さっとかわしたのか、なんの音もしなかった。
「くそう! 逃がしたか!」とレオニダス卿がはがみした。
考えたわねえ、とイザベラがセトに向かって言ったのを、エイトは聞き逃さなかった。
「ああ、これで心おきなく奥の手が出せるというものだ」
「奥の手だと?」
老人があざ笑うように言った。
「どうあがこうと、今のお前は、そこの女共にすら魔力では勝てぬ!」
そして、杖を振り上げる。
瑛人は水石銃をもう一度撃とうと構えたが、ロゼの「目をつぶって!」という言葉にはっとして目を閉じた。
目を閉じていてもわかるくらいの白い光が、岩の広間全面を煌々と照らした。
「今の光で、領主様に私たちがどこにいるか正確にわかるはずよ!」
いつの間にか雷石銃を持っていたロゼが、不思議に落ち着いた様子で言った。
魔術師たちは思い思いの格好で目を覆ったり、こすったりしている。
意外と目潰しは有効らしい。
そんなことを考えていると、ぼやぼやするな、とまたセトに怒られた。
「唱えろ、『アル・エルタ・セリア』と!」
「アル・エルタ・セリア?」
疑問系で聞き返しただけだったが、突然、右手が熱くなった。
驚いて見ると、手のひらが淡く光っている。
その光が急に強くなり、手の平を中心に、瑛人の身長より少し低めの、黄金の鳥を模した杖が現れた。
そして、もう一本、妙な茶色の杖も。
茶色い杖はふわふわとしたシルエットのようだった。
瑛人が見ている内にそのシルエットが完全に重なって、黄金の杖はいっそう光り輝いた。
その途端、金色の鳥部分が陽気に叫んだ。
「ゴールデンアルティメット俺、ロッド杖バージョンリターンズ!」
いろいろと突っ込みどころはあるが、すべてを許してエイトは杖をぐっと握りこんだ。
ロッドがいて、こんなに心強いのは初めてだ。
「そんな、馬鹿な! そいつに初代魔王の杖が使えるはずが……!」
やっと目が見えるようになったレオニダス卿が、愕然として呟いている。
正直瑛人にも使える理由は分からないが、今そんなことは問題ではない。
これがただのラッキーだとしても、ありがたい話だ。
「全員、魔力障壁! 攻撃に備えよ!」
レオニダス卿が叫んだ。瑛人の側で座ったままのセトが、レオニダス卿に向かって冷たい視線を投げた。
「さあ、今度はこちらの番だ。お前が魔王として召喚した者の力を受けてみるがいい」
「挑発するのはいいけどさ、こっからどうするんだよ! さっぱりだよ!」
瑛人は慌てて助けを求めた。セトはちらっと瑛人を見上げて言った。
「続けて唱えろ。エル、メリネロ」
「エル、メリネロ!」
セトの声に続いて、瑛人は唱えた。
その言葉を紡いだとたん、周りからざわめきのような小さな音が聞こえてくる。精霊の唱和だ。
「サトル、セルケリエス」
「サトル、セルケリエス!」
急に、周りの音が大きくなった。
全ての詠唱が秩序を持ち、まるでオーケストラの演奏が始まったかのような錯覚にとらえられる。
「さあ、やってやろうじゃねえか」
杖の先で、ロッドの声がする。
「アモルファス。最後の呪文の言葉だ。そのまま、地面に杖を叩き付けろ」
「アモルファス!」
その言葉で、ざわめきだった魔力の声が集約され、瑛人を中心に、竜巻のように風が吹き荒れる。
瑛人は渾身の力を込め、長い杖を床に叩き付けるつもりで振り下ろした。
そのとたん、杖からカッと光が走り、振り下ろした床がピキピキと細かくひび割れる。
耳をつんざくような悲鳴に似た轟音が鳴り響き、床の色が石の色から、まるでガラスのような無色透明に変わっていく。杖から出る光と、ガラスの反射で、瑛人は思わず目を細めた。
レオニダス卿達が青白い顔をして、防護障壁を張っているのが、光のせいで霞んだ視界に映った。
が、その刹那。周りを取り囲んでいた全ての岩という岩が、恐ろしい音を立てて崩れ落ちた。
ぎゃっと言う声とともに、レオニダス卿の姿が見えなくなった。
瑛人達がいる場所は、竜巻のような風のおかげで守られているらしく、上から降ってくるガラスをすべて弾き飛ばしている。
轟音とともに降り注ぐガラスの破片。
まるで巨大な滝壺から上を見上げているかのような、不思議な光景だった。




