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カミノ村魔術店〜召喚事故と魔術のバイト〜  作者: 久陽灯
1-4 杖盗人と初代魔王
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第21話 召喚主の根城

 壁越しにいる御者に聞こえないよう、ひそひそ声で話す。


「ロゼ、あのじいさん、気づいてなかった?」

「全然よ。私も不思議だけど。多分自分が信じたいものを信じるタイプなんだと思うわ」

「あれでよくばれなかったよな! 特にイザベラ、突然出てきて第三夫人って、寿命縮んだよ!」

「あら、一番信憑性が高いじゃないの」


 馬車の中がようやく三人だけになり、瑛人たちはほっと息をついていた。

 さっきまでは、レオニダス卿が同乗していたので、ぴりぴりとした空気がどうしても抜けなかった。

 しかし老人はそんなものにお構いなく、馬車に乗るなり先ほどの魔石銃を見せてほしいとせがんできた。

 嫌々渡すと、老人は感激して魔石銃をまるで宝石か何かのようにうやうやしく捧げ持って眺めた。


「これこそ古代の英知、滅びた伝説の魔石銃ではございませんか!

 素晴らしい……何という精巧な細工でしょう!」


 あんたが言う天敵が作ったレプリカだけどな、と思いながら、彼は引きつり笑いでごまかし、粗が見つからないうちに早めに取り上げ、また大事にしまいこんだ。

 この老人さえこの馬車に乗っていなければ、三人で打ち合わせが出来るのだが。

 そのとき、救いの手が差しのべられた。


「おじさん、邪魔よぉ。

 皇帝陛下が、私たちといちゃいちゃしたがってることが分からないの?」


 臆面もなく言い放ったイザベラを前に、瑛人は茹で蛸のように真っ赤になった。

 しかし、そのおかげでレオニダス卿が、これは気がききませんことで、とそそくさ別の馬車に移ってくれたのだ。

 ありがたい反面、変な気の使われ方が恥ずかしかったが仕方ない。


「それにしても、どうしてイザベラも一緒に来たんだ?」


 そもそも最初から不思議だった。

 旅から帰って、ろくに説明も聞かず、しれっと危険な場所への移動に参加している。

 正面に座っているイザベラは、足を組みかえて朗らかに言った。


「だって、ロゼは私の一番弟子だからよ。何かあったら困るでしょ?」

「それにしては楽しんでるわね」


 瑛人の隣に乗っているロゼは、頬を膨らませてすねている。


「あらあ、いけない?

 退屈な村でこんなことが起こってるなんて思わなかったわ。

 商品が早めに捌けたから、予定より早く帰ってきてよかった。

 それに、私がいなければ、二人ともまだ私の家で栄養剤作ってたのよ? 感謝して欲しいわ」

「それはそうだけど……」

「それに、途中から話を聞いてたんだけど、貴方、初代魔王として召喚されたんですって?」


 興味深々、という様子でイザベラは尋ねる。


「……そうみたいなんだ」


 全く心当たりないんだけど、というとイザベラがぷっと吹き出した。


「何よそれ。さあ、私が交易に出てる間にどんな面白いことが起こっていたの?」


 かくして、風呂から直送された召喚事故から、薬草作りのバイト、ギルドの受付嬢キャロルと飛竜騒動のことを、瑛人とロゼはひそひそ声で話した。

 飛竜のことが出たとき、瑛人は思わずロゼに目配せをした。

 話してしまって大丈夫だろうか?


「イザベラなら大丈夫、違法飼育よりもまずいことをいっぱいしてるから」


 その視線に気づいたロゼが、太鼓判を押して話を続けた。

 まずいことの中身が気になったが、今は黙っておこうと思った。


「なるほどねえ」 


 話を聞き、魔女は妖艶に微笑んだ。彼女の心を読んだのか、ロゼが慌てたように言う。


「まって、イザベラ。エイトは悪い人じゃないわ。

 事故でうちに来たけれど、ずっと収穫や煮込みを手伝ってくれていたし、村の人たちの間でもよく頑張ってるって評判だったのよ?

 さっき初代魔王の態度も演技で……」

「そんなこと分かってるわよ。ロゼが一緒に暮らしていて、こんなに信用出来るんだものね」


 イザベラの笑みが片頬にひきつり、にやっとした笑いに変わる。


「ただ、悪い人じゃなかったところで、何もしていない人とは限らないってこと。

 私が交易に出てから、帰ってくるまでに何があったのかしら?

 初代魔王崇拝者シディストがはびこり、地下菜園が消え、セトが魔力増減症でさらわれた。

 全部、貴方が召喚されて、手伝い人になってからよ」


 ロゼが黙った。瑛人も、何も言えない。

 これを言ったのがもしロッドだったなら、「俺のせいじゃねえよ!」と軽くつっぱねただろう。

 だが、イザベラの言葉には、謎の説得力があった。

 彼自身が元凶かもしれない。

 ずっと目を背けてきた事実を、突然突きつけられたようだった。


「現に、初代魔王と間違えられてる状況を考えなさいな。貴方、何かとんでもないものを持っているのかもね」

「とんでもないものって?」

「さあ、私も分からないわ。ただ、召喚を成功させるには、高度な魔術の知識と、恐ろしい数の犠牲……」

「待って、エイトはまだそれを知らないの」


 ロゼが、慌ててイザベラと瑛人の会話に入ってきたが、遅かった。


「恐ろしい数の犠牲って、どういうことだ?」


 本当に、知らないことだらけだ。

 だからこそ、聞かなければならない。

 それがどんなにショックなことであったにしても。


にえよ」


 答えたのは、イザベラだった。


「少なくとも百人。確実性を求めるならもっと多く。

 貴方を召喚するために、それぐらいの魔力の贄が必要なの。

 だから召喚魔法は禁術指定なのよ」


 頭を殴られたような衝撃が襲った。

 そんな残酷なことを、あの黒服達が行っていたというのだろうか。

 瑛人は頭を押さえ、どうにか声を絞り出した。


「じゃあ、俺のせいで……百人もの人が犠牲になったってことか?」

「違うわ! エイトのせいじゃない!

 それに、贄になったのは人じゃないわ。私、分かったの!」


 ロゼが、語気鋭く言った。


「セトが探しても、百人もの行方不明者は見つからなかった。

 でも、キャロルさんが身をもって教えてくれたわ。

 あの人たち、東部で飛竜を十数匹盗んだのよ。

 飛竜の魔力は、人間の約十倍。人の贄でなくても、魔力の量は十分だわ」

「じゃあ、キャロルの村の飛竜は、俺を召喚するために……」


 殺されたんだ、とはどうしても言えなかった。

 確かに飛竜は人ではない。

 百人を犠牲にするよりは、数も少ない。

 だからといって、そんなことが許されるだろうか。

 皇帝陛下、と持ち上げられて、少しいい気になっていた自分が恥ずかしい。

 やはり、この黒服達は犯罪者なのだ。

 人質を全員助け出したら、絶対に倒すべき存在だ。

 瑛人は、決意の表情を浮かべて顔を上げた。


「よし、今のうちに武器を確認しておこう。

 俺には、水石銃。ロゼが、雷石銃。イザベラは杖があるよな」

「嫌ね。杖なんて野暮なもの持っていないわよ」

「え、魔女なのに?」

「私は山野で代々薬作ってきた家系なのよ。あんな杖に頼るなんてまねはしない主義なの」

「じゃあ、どうやって戦うんだ?」

「戦わないわよ。あなたが私のために戦ってくれるんでしょ?」


 しれっとついてきた挙げ句、戦えないと公言する魔女。

 にやっと笑うイザベラに、この魔女、絶対割り勘など通じないタイプだと瑛人は悟った。






 どのくらい馬車に揺られているだろう。緊張しているからか、時間がたつのが遅く感じる。

 瑛人は箱馬車のカーテンをめくって隙間から覗いたが、辺りは暗闇に包まれていた。

 だが、スピードも出ていないのにがたがたと揺れるし、どうも坂を上がっているらしい。


「どのあたりだと思う?」

「多分、カミノ村と街の間の峠くらいじゃないかしら」


 ロゼが不安そうに答える。

 と、馬車が止まった。

 あの老人の言う根城に着いたのか?

 それとも、何か問題でもあったのだろうか。


「皇帝陛下、扉をあけてよろしいですかな?」


 レオニダス卿の声が聞こえ、瑛人は緊張しつつ、よろしい、と偉そうに言った。

 ニセ皇帝陛下、再びである。

 扉が開けられても、魔術師達が持っているランプと馬車の明かりしか見えない。

 確か、月が空に昇っていたはずなのだが。

 それに、靴音や話し声がやけに反響するのが気になった。

 老人がエコーがかかったような声で言った。


「馬車が入れるのはここまでなのです。

 輿こしを用意しましたので、ここからはそれで参りましょう」


 見ると、馬車の隣に、立派な一人用のソファが置かれていた。

 下に小さな板が付き、さらに四隅から担ぎやすいように棒が出ている。


 祭で担ぐ神輿か!

 と喉元まで出かかったツッコミを飲み込んで、彼は日常茶飯事だといった身振りで、ゆったりと椅子に腰掛けた。

 すぐに、魔術師達が駆け寄って来て、地面から持ち上げられる。

 それこそ神様扱いだ。

 馬車から輿に乗り換えた理由は、すぐにわかった。

 少し進むと、大きな階段が目の前に現れた。


 そうか、と瑛人は気づいた。

 ここは、地下なのだ。

 いつの間にか、洞窟の中に馬車ごと入ってしまったようだ。

 洞窟の中の反響する足音を聞きながら、瑛人はレオニダス卿に尋ねた。


「で、ここはどこだ?」

「ボローゼ山の中腹の廃鉱跡でございます」


 隣を歩くレオニダス卿が答える。


「この地には昔掘られた廃鉱がたくさんありますので。

 陛下が旅立ってからというもの、魔術師は迫害されるばかり。

 ついには魔術師の中でも、普通の人間に迎合する輩が出る始末。

 陛下の思想を伝えようとした私どもは、このようにひっそりと、隠れて生き延びるしかなかったのでございます。

 ですが、今ここに、私たちたちは誇りを取り戻したのでございます!」


 めちゃくちゃ喜んでるけど、ばれたときの反動が怖い。

 そう思いつつ輿に揺られて階段を下っていった。

 しばらく進むうち、前方に明かりが点々と灯っている広い通路が見えてきた。

 輿とともに近づくうち、彼はぞっとした。

 四、五十人はいるだろうか。

 黒い服の集団が、手に松明と長い杖を持ち、瑛人が通り過ぎるとには膝をついて頭を下げる。

「皇帝陛下万歳!」と叫ぶ者もいれば、感涙にむせぶ者もいた。


「皆、我らの召喚成功を聞きつけて、全国から集まってきたあなた様の信奉者でございます。

 ぜひ、手を振ってやってもらえませんか」


 レオニダス卿は鷹揚に言った。

 その通りにすると、黒服集団からよりいっそう歓声がわき起こった。

 瑛人は複雑な気持ちになった。


 今はまだいい。

 が、この人数が、全員敵に回るのだ。

 魔石銃を持っているとはいえ、魔術師見習いの二人でかなうわけがない。

 イザベラは未知数だが、やはり薬でどうにかなるとは思えない。

 ……あのとき、なりすましはいい作戦だと思ったが、敵に囲まれてしまった。

 それも、こんな地下で。

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