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カミノ村魔術店〜召喚事故と魔術のバイト〜  作者: 久陽灯
1-4 杖盗人と初代魔王
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第20話 偽りのハーレム

 あまりのショックで無言になっていると、黒づくめの一人が立ち上がり、フードを取った。

 しわくちゃの顔の老人だが、その立派な白い髭と長髪の髪が、どことなく威厳を備えて見える。


「私の名は、ゼダ・レオニダス。

 我らは、古よりあなた様にお仕えしておりました一族の生き残り。

 最後の側近レオニダス将軍の子孫でございます。

 皇帝陛下のご帰還を、八百年にわたりお待ちしておりました。

 皇帝陛下は処刑されたのではなく、ヴィエタ帝国を出て異世界に旅立たれたという伝説を、我々は信じていたのです」


 初耳の情報が飛び込んできた。この世界で瑛人が知っている皇帝は、一人しかいない。

 残虐非道のヴィエタ帝国の皇帝は、初代魔王だったはずだ。

 なのに、なぜこの魔術師たちは瑛人に頭を下げているのだろうか。


「お呼び立てする形で召喚してしまった我々をどうかお許しください。

 そして、新たなるヴィエタ帝国を再建するために、私たちを教え導いてください」


 どうしてかわからないが、黒服たちは、とてつもない人違いをしているようだ。

 それだけは伝わってくる。

 そして、この話を聞くに、この魔術師たちが瑛人をこの世界に呼び出したらしい。

 彼は握りしめていた水石銃をポケットにしまった。

 魔術師たちには攻撃してくる意志はないようだ。

 ただ、それもひとえに人違いされているからだろう。


 召喚魔法は禁術だ。

 ここで、実はなんでもないただの高校生だということがばれたら……多分、よくて半殺しかもしれない。

 それに、勘違いされているうちに聞きたいことがある。

 瑛人はよく考えた末、ゆっくりと聞いた。


「おまえたちが、この家を襲ったのか?」


 その一言で、黒服の一人が誇らしげに顔を上げた。


「ははっ。そうであります」

「何で? そんなことをする必要はないだろ」


 機嫌を悪くしたのに気づいたのだろう、黒服はひいっと小さく声を出して身を引いた。

 引き継いで、レオニダス卿が瑛人をなだめるような声色で話し始めた。


「おお、お戯れに水を差した我々をお許し願いたい。

 あの魔術師でしたら今、我々の根城にて身柄を拘束しております」


 あの魔術師、というのはセトのことだろう。だが、身柄を拘束とはどういうことだ。


「あの者は、皇帝陛下の杖を持ちながら、皇帝陛下に一切の寄与をすることなく、私利私欲の限りを尽くし、一国の王女を誘拐して消えた大悪党。

 もちろん、ヴィエタ帝国の復活を願う我々にとっても天敵でございます」


 レオニダス卿が、大げさに腕を広げた。

 その目は老人とは思えないほどきらきらと輝いている。

 まるでアイドルの生ライブを見ているファンのようだ。

 だましている罪悪感はなくもないが、正直気持ち悪い。


「ですが、皇帝陛下のお力で、あの者の命も尽きかけております。

 敵方に潜入し、洗脳し、殲滅する。皇帝陛下の戦いぶりには、我々も感嘆しております。

 『皇帝が静かに手を広げたとき、誰の息の根も止まっている』というあなた様の初陣の逸話を思い出すほどの、恐ろしい魔法でございました。

 しかしこのまま奴が死んでしまうと、陛下の杖は永遠に戻らぬことになるやもしれません。

 なればこそ、この茶番劇はそろそろ終わりにすべきではないでしょうか。

 そういうわけで、無粋とは思いましたが、杖を取り戻す儀式のためにあえて奴を我々の根城へと運んだのでございます」


 レオニダス卿は、戸板に水のたとえ通り、流暢に話している。

 その言葉を聞きながら、彼はめまぐるしく頭を働かせ、知らない部分を補わなければならなかった。

 この男たちは瑛人のことをヴィエタ国の皇帝陛下だと信じている。

 人形芝居にも出てきた、初代にして最強最悪の魔王と間違えているのだ。

 そして、この黒服の男たちは初代魔王崇拝者シディスト

 逸話のことはよく分からないが、今の話からするに、セトはまだ無事らしい。

 ……何か、王女を誘拐だの物騒なことを言っていたが、とりあえずそれは保留だ。

 この老人の話より、ロゼやセトの話の方が信頼できる。

 だが、今はこの老人達の間違いを利用しない手はない。

 瑛人は、深呼吸をして、気持ちを整えた。

 そして、明朗に、一世一代の嘘をついた。


「諸君の気持ちはよくわかった。出迎えご苦労!」


 その一言だけで、黒ずくめの男たちは歓喜の叫び声をあげて再び深く頭を垂れた。

 彼の心臓はバクバクと大きな音を立てていて、冷や汗も吹き出してきたが、ここまできて引くことはできない。

 賽は投げられた、というやつだ。


「エイト! なに、その人たち!」


 家の中から金切り声がして、ロゼが走り出てきた。


「王女だ! 捕らえろ!」


 レオニダス卿の命令で、他の黒服がざっと動いた。

 悲鳴を上げて暴れるロゼの腕をつかむ。


「やめろ!」


 思わず叫んだ途端、黒服がさっと縮みあがったようにロゼの腕を離した。

 初代魔王とは、一言発するだけでこんなに人を怯えさせる人物らしい。

 間違えられているのはいい気分ではないが、これはこれでなかなか使える。

 瑛人は完全に余裕の表情で、庇うように手を広げた。


「しかし、陛下。よろしいのですかな?

 その者は、髪色からして、ティルキア王国のロゼッタ王女ではございませんか。

 例の魔術師の味方でしょうに」


 レオニダス卿にそう言われ、瑛人は言葉に詰まる。

 ロゼが王女?

 セトが誘拐したというのは本当なのか?

 知らないことだらけだ。


 そういえば、ロゼのいた国は政変があって、逃げてきたと言っていた。

 そこで追っ手を倒したからこそ、セトは隷属の首輪を付けられている。

 そう考えれば、辻褄は合う。

 そもそも、兄妹にしては性格も外見もまるっきり似ていない。


「黙っていてごめんなさい、エイト」


 耳元で、ロゼが囁いた。


「でも、私はもう王女じゃない。王国は滅びたのよ。

 今の私はただの魔術師見習い」


 だからこそお願いするわ、と声は続く。


「私を、そしてセトを助けて」

「……もちろん、お安いご用だ」


 なんてかっこつけてささやき返してはみたものの、都合よく勘違いされている状況を利用するということしかできない。

 ここでばれては、元も子もない。

 この芝居に、ロゼも巻き込まなければ。

 瑛人は、ロゼをまっすぐに見つめながら言った。


「ち……違う。そう、彼女は協力者だ!

 彼女には、私が初代魔王、ヴィエタ国皇帝であるということを打ち明けた。

 悪い魔術師を懲らしめるために、力になってくれたのだ」

「なんと……」


 レオニダス卿が、少し考え込むように黙った。

 さすがに、その設定には無理があるだろうか。

 まあ、異世界から来てまだ一月もたっていない瑛人に、何年もセトと一緒に暮らしていたロゼが協力するという方がおかしい。


「そうよ」と、ロゼが、瑛人の方へ近づいてにっこりと笑い、腕をからませた。

「エイト、いいえ、皇帝陛下。

 私の身の潔白を証明してくださり、光栄に存じます。

 それでは、この方たちが召喚主なのですね」


 よかった。ロゼが心を読める能力を持っていて本当に助かった。

 瑛人はほっとしつつ、この姿がセトに見られたら間違いなく殺されるだろうなと憂鬱な気持ちになった。


「なるほど、流石は一夫多妻制を提唱したと伝えられる皇帝陛下!

 さしずめ第一夫人といったところでしょうかな!」


 レオニダス卿ががたがたの前歯を見せて笑った。

 何とかごまかせた。

 初代魔王の知識がないのは痛いが、今のところは想像通り、女に不自由しなかった人物らしい。


「ところで、私どもの根城に第二夫人をお預かりしておりましてな」

「え?」


 思いもしなかったことを言われ、瑛人は思わず素の声を上げてしまった。


「私どもの根城に入り、召喚魔法の陣を見てしまいましたが故、お帰りいただくわけにはいきませんので。

 いや、貴方様に来ていただき、説得していただければよいのです。

 貴方様の言うことならば、あの者も耳を貸すでしょう」

「いや、誰のことだ?」

「サレナタリアの就職紹介所の受付嬢でございます。いや、なかなかよいご趣味で……」


 キャロルだ!

 知らないところで人質が二人に増えていた。

 まさか、キャロルまで捕らえられているとは。

 つまりこの魔術師たちが、飛竜をさらった犯人なのだ。


「まさか、お前達、キャロルに何もしてないだろうな!」

「そんな、皇帝陛下のお気に入りに手をかけるなど恐れおおい。

 閉じこめてはおりますが、その他は不自由をさせてはおりません。

 ささ、ここで話しているよりも、そろそろ根城へと向かいましょう」


 レオニダス卿がそう促すので、瑛人は四人乗りの黒い箱馬車へと乗り込もうとした。

 と、反対側から乗ろうとしているロゼと目があった。

 ロゼも行く気なのだろうか?

 確かに一人よりは心強いが、女の子を危ない目に合わせるのには抵抗がある。


「ロゼはここで……」

「私も参ります」


 きっぱりと言われ、瑛人はもごもごとしゃべった。


「いや、だってさ」

「私も、参ります」


 有無を言わせない、といった感じで、ロゼが馬車に乗り込んだ。

 仕方ない。瑛人も乗ろうと段に足をかけたとき、腕を何者かにがしっと掴まれた。


「何者だ!?」


 レオニダス卿がどなり、また場に緊張が走った。


「あらあ、今の話の流れで分からないの? いやねえ」


 瑛人の頭が、後ろから犬のようにわさわさとなでられ、それと同時に柔らかいものが背中に押しつけられる。

 どういう状況になっているのか、手に取るように分かった。

 後ろからあのダイナマイトバディに抱きつかれている。

 頭の処理が追いつかなくて破裂しそうだ。慌てて後ろを見ると、すぐ横にイザベラの赤い唇があった。

 瑛人を見てにやっと笑うと、彼女はレオニダス卿の方を向いて猫なで声で自己紹介した。


「どうも。第三夫人よ、よろしくねぇ」

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