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カミノ村魔術店〜召喚事故と魔術のバイト〜  作者: 久陽灯
1-4 杖盗人と初代魔王
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第18話 魔女の留守宅

 金属製の湯たんぽを持って入ってきたロゼが、冷静に言った。


「見たのね」

「……どうしてなんだ? なんで隷属の首輪をしてるんだ?」

「つまり、人間扱いされていないのよ」


 ロゼが乱暴に湯たんぽを布団に入れた。明らかに怒っている。


「ほら、私たちの国が政変に巻き込まれて、逃げてきたって話をしたでしょう?

 そのとき、セトが追っ手を倒した。ずいぶんね。この首輪はその刑罰の一部よ」

「指輪の持ち主は誰なんだ?」

「知らないわ。たぶん、王都の魔術師連盟の導師の誰かが持っているんでしょ。

 支配の指輪を持つ誰かは、王都にいたまま、呪文一つでセトの首を飛ばせるってわけ。

 このひどい首輪と、村から外に出ないというのが、亡命許可とカミノ村永住の条件なんですって」


 潮が引くように、いろいろなことがすとんと腑に落ちた。

 なぜ、普段は温厚なロゼが飛竜の首輪の口論で激高したのか。

 それに、山へ行くというセトを無理矢理止めていたのか。


「でもね、私、腹が立っているのはそこだけじゃないのよ」


 毛布をボンと叩いて、彼女は辛そうに言う。


「一番腹が立つのは、私に何の相談もせずに勝手に自分一人で刑を受けてきたことよ。

 三年ほど前だったかしら。

 何か隠してるな、と思ってはいたのよ。

 でも、ある朝伝言だけ残してふらっと街まで出かけてしまって。

 私が知ったときには首輪をはめた後だったわ。

 もう、本当に信じられない! 私をなんだと思ってるのかしら。

 こういう重要なことって、普通相談するものでしょ!

 だって、セトが追っ手を殺したのは私を守った結果でもあるもの!」


 うん、と肯いた瑛人だったが、セトの気持ちも分からないでもなかった。

 彼女がそれを知ってしまったら、それこそ話がまとまらなかっただろう。

 刑罰とはいえ、隷属の首輪をはめるということは、自分で自分を人間と認めないということらしいからだ。

 ロゼは、少し落ち着いて言った。


「だから、今減刑嘆願書を出してるの。

 ここの領主のラインツさんは、昔戦争でセトと一緒の部隊だったらしいのよ。

 そのつてで何とかしてもらおうとしてるんだけど……なかなか難しいみたい。

 嘆願書の提出中は特に大人しくしていてもらわないといけないって言われたわ。

 それもあってセトは下手に村から出たり出来ないのよ」


 ロゼは寝ているセトの顔をじっと見下ろすと、ふいに瑛人の方を向いた。


「で、肝心の薬ね。……いったい、どんな材料なの?」


 彼がくしゃくしゃの紙に書かれた文字を読み上げるにつれ、ロゼの顔が青くなっていった。


「そんな難しい調合、私にできるかしら。

 それに、高い材料や難しい機材ばっかり。

 これじゃイザベラの家で作るしかないわ」

「うん、セトもそう言ってた」


 そう告げると、彼女は少し考え込んだが、きっぱり言った。


「分かったわ。セトはここに寝かせておいて、私たちは薬造りに専念しましょう。

 大丈夫、必ず助けてみせるわ」





 魔女の家の鍵を持っているからか、ロゼは堂々と留守中の魔女の家に入っていった。

 納屋に入るのにも抵抗があった瑛人は、大丈夫かと思いながらそれに続く。

 カミノ村魔術店とは違い、魔女の家の中は窓が打ち付けられていて、燭台の魔石に光を点した後も、妙に暗かった。

 しかし、発光している布や窓を止めている木の節穴から漏れてくる明かりで、ぼんやりと周りの様子がわかる。

 ロゼはとっくに次の部屋に入ってしまっていたが、瑛人はその怪しげな雰囲気に呑まれて立ち尽くしていた。

 燐光を発している室内用のカーテンといい、妙に捻れた木をそのまま使ったテーブルにびっしり置かれた一つとして同じ形のない小瓶といい、まさに魔女の家という感じだ。


 カラン、と瑛人の頭に何かぶつかった、と思ったら、金色の豪華な鳥かごだった。

 やれやれ、と鳥かごを見上げると、シューッというため息のような音とともにぬめっとした鱗のついた頭が鳥かごの出てきた。


「うわあ!」

「イザベラのペットのシャルルよ。大人しい蛇だから大丈夫」


 大声を出したので、ロゼが戻ってきて扉から顔を出して言った。

 蛇はじっと瑛人を見つめると、またしゅるしゅると鳥かごの中の止まり木にとぐろをまいて丸まった。

 こんなペットを飼っているなんてますます魔女っぽい。

 その感想は次の部屋に行ったところで、もっと大きくなった。


 壁がみっしり薬瓶で埋まり、古いがきちんと手入れされている天秤や何に使うのかが不明な機材が、所狭しと大きなテーブルに置かれている。

 大きな釜があるところからみて台所には違いないが、魔術店よりも相当物が多かった。


「薬作りにかけては、この辺じゃイザベラが一番よ。

 セトは、常備薬や安いものしか作らないから。

 交易のない冬に、珍しい薬の作り方や機械の使い方を教わってるの」


 今だって、居てくれたら助かったのに、とロゼはため息をつきながら、フラスコやシリンダー、手鍋を手際よく用意する。


「エイトは、そのメモを翻訳してくれないかしら。

 そうすれば、分からなくなったときに私が見られるでしょ?」


 そう言われたので、隅の椅子に腰掛け、翻訳を始めた。

 ここまで必死に翻訳をしたのは初めてかもしれない。

 何しろ、ロゼが言うには一言一句間違えると薬が完成しないどころか、毒薬にもなる成分が入っているらしいからだ。

 ほどなく、出来上がったものを渡し、音読をしてもらう。

 そして、日本語で書いたメモと内容が合っているかを確かめた。


「……大丈夫みたいね」


 二回目で、やっとお墨付きをもらった。


「にしても、どうして先にロゼを捕まえてメモを書かせなかったんだろう。

 そうすればこの時間のロスを防げたのに」

「確かにね。でも、病院はペット禁止だもの。

 遠慮したのかもしれないわ」


 そういうものかな、と瑛人は納得した。


「じゃあ、早速あの棚から黄色い大瓶を出して」


 ロゼがきびきびと制作に取りかかった。

 その顔は真剣そのもので、出来るかしら、と言ったときの不安そうな表情は既に消え去っていた。

 それを見て、瑛人も気を引き締めた。

 出来るかどうかではなく、これはやらねばならないことなのだ。






「師よ、お尋ねしたいことが」


 洞穴にはところどころに松明を灯してあるとはいえ、やはり隅まで明かりは届かない。

 煙草の臭いが充満した暗闇に向かって、黒い服を着た男が呼びかけた。

 この臭い、男は実は嫌いである。

 だがこの換気の悪い秘密基地では、否が応でも我慢しなければならない。


 そういえば、あの金髪の女も「あの臭いはどうにかならないの?」としきりに不満がっていた。

 監禁はしているが、殺されないと分かったからか、ずいぶん図太い物言いになりつつある。


「カミノ村にかけられた、全ての結界が消えました。どう思われますか?」


 しわがれた重々しい言葉がそれに応える。


「……あのお方がいる以上、罠ではなかろう。奴も、既に虫の息ということだ」

「しかし、奴が死んでしまえば、中央に知らせが届いてしまうのでは?

 奴は『隷属の首輪』をつけています」

「もちろん、そうであろう。だが、そのときは儂たちの方が強い。

 魔王の杖を持った初代魔王。何者にも負けることのない、恐ろしいお方だ」


 かつん、杖をつく音がした。

 暗闇から杖をついて現れたのは、厳しい顔をし、長い白髪と白髭を蓄えた老人だった。

 老人はゆっくりと手にした煙管から煙を吸うと、白い息とともに厳かに命令を告げた。


「馬車の用意を。ついに、我らが相見える日が来た」






 睡眠薬は、思ったとおりに効いてくれた。

 目覚めたのはついさっきだ。

 眠りに落ちてから数刻は立っているようで、もうすでに窓の外は西日がさしている。

 セトは知らない間に心地のよいベッドに寝かされていた。

 周りには湯たんぽが置かれ、まだほんのり暖かい。ロゼが置いてくれたのだろう。


 皆には心配をかけて悪いとは思っている。

 しかし、とセトは身を起こして頬杖をついた。

 魔力が完全になくなるまで、もって三日というところだろうか。

 このままいけば、確実に奴らの思うままだ。

 そうなる前に、罠に引っかかってくれるといいが。


 と、セトの耳にバリン、とガラスを割る音が聞こえた。

 ついで、ドン、という衝撃があり、誰かがどかどかと踏み入る足音が聞こえてきた。

 足音は家中を駆け回り、ついに鍵のかかった寝室のドアノブが狂ったように回り出した。

 そして、またドアを破壊する音。

 黒づくめの男達が、二、三人、杖とナイフを携えてセトの元へ突進してきた。

 あまりの勢いに思わず枕の下の短剣を取ろうとしたが、既に遅かった。


「おとなしく来てもらおう! 皇帝陛下に杖を引き渡すのだ!」


 こちらが魔術を使わない、いや使えないことに気づいたのだろう。

 黒いフードの男が、自信たっぷりに、のど元にナイフを突きつけた。


「……ここは借家だ。ちょっとは気をつかえ」


 セトは侵入者に向かって不機嫌にそう呟いた。

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