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カミノ村魔術店〜召喚事故と魔術のバイト〜  作者: 久陽灯
1-3 レニア山と奇妙な迷子
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第15話 岩山に潜むもの

 話は少し前、瑛人とキャロルが別れたときに遡る。

 万が一にも憲兵や飛行術を使っている魔術師に気づかれないように、キャロルは竜を遥か上空まで一気に昇らせた。

 清々しい空の空気を吸い込むと、ジュートの首を撫でながら下に目をやる。

 手を振ってくれたエイトの姿はもう見えない。

 眼下には鬱蒼と繁った森と、ほとんど朽ちて崩れてしまった城壁に囲まれた小さな村がある。

 あれが、エイトの住んでいるカミノ村だろう。


 キャロルは、エイトのことを思い出して微笑むと、また厳しい表情にもどった。

 ジュートが見つかった今、盗み出された他の竜も、群れの習性で探し出せるはずだ。

 飛竜は、人間のざっと十倍もの魔力をもち、群れ同士で臭いを追って行動する。

 それならば、たとえ散り散りになっていたとしても、一匹づつ見つけることができるだろう。

 キャロルは、大きな声で言った。


「さあ、私たちの群れを見つけて!」


  ジュートは勢いよく鳴くと、ぐるぐると空を旋回しはじめた。

 その輪はどんどん大きくなり、見える範囲もだんだん広くなっていく。

 大きな二つの山、美しい青色の湖、整然と続く畑や牛の散らばった牧場。

 キャロルは目を皿のようにして竜たちの痕跡を探したが、得にこれといって目を引くものは見当たらない。


「皆、遠くへ連れていかれちゃったのかしら」


 諦めかけたそのとき、ジュートが鋭く声を上げ、急に方向を変えた。

 何か、見つけたらしい。

 彼女はジュートの体をしっかり足で挟み、落とされないように踏ん張った。

 獲物を見つけた鷲さながらに、飛竜は急下降していく。

 目の前に岩だらけの山がそびえている。目指しているのは、どうやらそこだ。

 たしかジュートは、対になった二つの山の別の方でみつかったのだったが。

 考えている前に、岩山にぶつかりそうな勢いで突っ込んでいく。ごつごつとした岩場は影があって見えにくいものの、竜がいる気配は全くない。どういうことなのだろう——


 「ジュート、下りて!」


 岩場に十分近づくと、彼女はそう命令した。

 訓練中ではあるものの、ジュートは素直に従い、ゆっくりスピードを落とすと、焦げ茶色の岩肌の裂け目に羽音を立てて下りた。


 キャロルは飛び降り、辺りを見回した。

 目の届く限り、緑のこれっぼっちもない岩場だった。

 これなら、故郷の荒れ地の方がまだ多肉植物が生えているだけましだ。


「足跡もないわね……」


 地面を見ながら、彼女は首をかしげた。

 そして、目を上げて、赤茶けた断崖を見回した。

 背の高い岩石の壁が、斜面を囲むように立っている。

 ジュートのキューッという声に、足跡探しに夢中だった彼女は振り向いた。

 飛竜は岩壁の隙間に、その鼻面を押し込んで、足の爪でがりがり土を引っかいている。


「そこに皆がいるの?」


 苦労してジュートをどけると、その壁に、人がやっと通り抜けられるぐらいの小さな穴がぽっかりと姿を表した。

 相変わらず飛竜はその穴に入りたがって、キャロルを押し戻そうとしている。

 きっと、この中に違いない。

 しかし、その大きさではどう考えても通り抜けられない。


「ここで待って」


 そう命令すると、納得はしていないようだったが、ジュートはぐるぐるとのどを鳴らして引き下がった。

 深呼吸をして、キャロルは狭い岩の隙間に身を入れた。

 洞窟の奥深くに進むにしたがって、道幅はどんどん広くなった。

 薄暗いなかを手探りで進みながら、彼女は風が前から吹いてくるのを感じた。

 おそらく、この裂け目には別の出口があるはずだ。

 そうでなけば、風など吹くはずがない。

 一足一足慎重に進む。

 入り口の光はもう届かない。


 一回戻って、松明でも作ってきたほうがいいかもしれない。

 そう思いだしたとき、前方に微かに光が見えた。

 出口だ。

 はやる気持ちを抑え、一粒の光に向かって、じりじりと近づいて行った。

 光は徐々に大きくなり、正方形をしているのがわかるようになってきた。


 と、キャロルは触っている壁がさきほどのごつごつした表面ではなく、ある程度まっすぐに均された岩の壁に変わってきたことに気づいた。


 ここは廃坑のようだ。

 サレナタリアの職業紹介所で学んだ中に、鉱山の歴史があったことを思い出した。

 今では南の地区の炭鉱しかなくなってしまったが、最盛期はこのサレナタリア周辺だけで金銀や石炭など三十以上の鉱山があり、職業紹介所は鉱山夫、またの名を一発当てにきた山師で連日大盛況だったそうだ。

 おそらくここも、昔掘り返された鉱山の成れの果てなのだろう。


 考えているうちに、明かりははっきりと、四角い坑道の形に見えてきた。

 キャロルは、はっとして立ち止まった。先に見えていた光は、太陽の光ではなかった。

 ゆらゆらと揺れる松明が、坑道の壁面に掲げられていた。

 廃坑になったはずなのに、誰かがここにいるのだ。彼女は痺れた頭で考えた。


 もちろん決まっている。

 飛竜泥棒。村でパッジョサーカスとか名乗っていた一団だ。


 ここからは、よほど注意して進まなければならない。

 キャロルは深呼吸して上がった脈を落とそうとした。

 ふと、エイトの屈託ない笑顔が胸によぎった。

 こんなことに協力しても何の得にもならないのに、何の疑問ももたず、手伝おうか? と聞いてきた彼の声が蘇る。

 手伝ってもらえるのなら、どんなに心強いだろう。


 でも、と彼女は頭をふった。

 頼ってはいけない。巻き込んでしまえば、今以上に迷惑をかけてしまう。

 一人で行って、皆を助けださなくては。


 おそるおそる坑道の中を覗くと、正面には岩壁があり、左右どちらにも長く暗い通路が続いている。松明が等間隔に灯されていて、奥がどうなっているかは分からない。

 人の気配はなさそうだった。


 とりあえず、今手をついている右側へと、キャロルは歩みを進めた。

 これだけ松明を灯している地下でも、空気は綺麗だ。さっきの狭い穴は、換気用に作られたものなのだろうか。

 彼女は、あることを思いついて松明を見上げた。

 炎がゆらゆらと揺れている。

 だが、なんの煙もなく、松ヤニや、木の燃える臭いもしない。

 これは、魔術で作られた松明だ。


 寒気がした。

 なんの騒ぎも起こさず飛竜を盗んだ手口といい、十台の馬車の痕跡を隠して追ってきたキャロルを騙したことといい、敵の中に腕のいいドラゴンテイマー、つまりは杖持ち(ロダー)がいるということは、わかっていたつもりだった。


 しかし、ここまで来てそれが確信に変わってしまった。

 杖のない山野フィールダーでは、絶対に勝てない相手だろう。

 そう思うのに、足は少しづつ前に進んでいく。

 もしかしたら、気づかれずに、飛竜達のところへたどり着けるかもしれない。

 村の飛竜ならば、キャロルのことも覚えているはずだ。

 きっと、命令に従ってくれるだろう。魔術師に対抗するには、飛竜を味方につけるしかない。


 と、脇道に逸れる廊下の先に、大きな部屋が見えた。

 きちんとした石畳がしかれ、天井は光が届かないほど高い。

 彼女は慎重にその入り口に近付き——そして、思わず悲鳴を上げた。


 等間隔の松明に照らされて、巨大な禍々しい魔方陣が描かれていた。

 人が百人は入るであろう広間一杯に整然と石灰で描かれた細かい文様は、見ていて目眩がしてくる。

 何より、これがよい魔術でないことは、その魔方陣の周りにあるもので明白だった。

 まるで彫刻のように、整然としかるべき位置に置かれた、飛竜の白骨。

 その数は一つや二つではなかった。

 およそ十匹……村で育てていた、全ての飛竜。


「誰だ!」


 後ろから声をかけられ、キャロルは反射的に逃げようとした。

 だが、肩を乱暴に掴まれて地面に引き倒される。

 彼女は悲鳴を上げて敵を振り払った。

 襲ってきた男の恰好を見て、確信した。

 つば広の黒い帽子に首の上まである衿。魔術師に間違いない。


「お前は誰だ! どこから忍び込んできた!」


 かまわず、立ち上がって出口の方へ駆けだした。

 しかし、途中でぴたり、と足が止まり、つんのめって派手に転んだ。

 手をついて起き上がろうとしても膝と地面がくっついたように動かない。

 男が杖を出し、呪文を唱えたのだ。キャロルは歯噛みした。

 足止めの魔術を使われた。もう少し魔力耐性があれば、抜け出せるのだが。


「おいおい、女の子じゃないか」


 騒ぎを聞き付けたのだろう、いつの間にか数人の男が、部屋の中に入ってきていた。

 皆黒ずくめで、目だけがぎらぎらしたやせ細った顔をしている。


「おい、この装束は東部の出身だろ。まさか、飛竜を追ってここまできたのか」


 キャロルはむすっとした顔のまま黙り込んでいた。

 こんな泥棒達に、一言でも情報を与えたくはない。


「東部の竜飼いの魔術師だな。

 いや、足止めの魔術が効いてるってことは、どうせろくに魔力もない山野フィールダーだろう」

「同胞殺しか、気はすすまんな」

「しかし、仕方がないだろ。ここを見られたからには、生きて帰すわけにはいかない」


 口々に話す男達を、キャロルは恐怖の眼差しで見つめた。

 この人達は、飛竜を贄に使い、何かとんでもない禁術を使ったのだ。

 そして、その証拠を見たキャロルを殺す気だ。


「ちょっと待て!」


 キャロルと男達は振り返った。部屋の入り口に、フードを被った、幾分若い男が蒼白で立っていた。

 彼女は目を細めてその男を見たが、知った顔ではなかった。

 その男はつかつかと部屋へ入ってくると、金切り声で叫んで周りの黒服を牽制した。


「その女を絶対に殺すな! むしろ傷一つ付けるんじゃない!」

「なんだ、お前、サレナタリアの斥候じゃないか。

 不用意に落書きなんぞして師に大目玉喰らってたな。

 怒られすぎておかしくなっちまったのか?

 この女を始末しなきゃ、俺達が危ないんだぞ?」


 最初に彼女を捕らえた男が、驚いた声を出した。

 そうだそうだ、と周りの男達も同調する。

 だが、彼は真っ青な顔のまま、繰り返した。


「もう一度言う! その女を殺したら、俺達は憲兵に逮捕されるぐらいじゃすまない!

 丁重に扱って、一番いい部屋へ入れて軟禁しろ! そうでなければ、俺達の命はない!」

「おいおい……どうしちまったんだよ」


 足止めの魔法をかけている男は、途方に暮れたように頭をかいた。

 が、若い男の次の言葉で、彼を含む全員が凍り付いたように固まった。


「俺は、サレナタリアで見たんだよ!

 腕を絡めて街を歩き、一緒に飯を食べてたのをな!

 その女は、皇帝陛下のお気に入りだぞ!」


 一同の中で一番驚いたのは、おそらくキャロルだった。

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