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カミノ村魔術店〜召喚事故と魔術のバイト〜  作者: 久陽灯
1-3 レニア山と奇妙な迷子
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第12話 竜と指輪と作戦会議

 朝から干し草を街に届ける馬車に揺られ、瑛人はサレナタリアについた。

 今日はロゼもインコもいないので少し心細かったが、無事中央広場にたどり着くことが出来た。

 職業紹介所には相変わらず沢山の人が並んでいたので、瑛人もその列に入り、順番を待った。

 キャロルの前の列だけ妙に長いのは、気のせいではないだろう。

 やはり人気らしい。


「次の方……あら」


 散々待ってようやく瑛人の番になり、窓口に顔を見せると、キャロルの顔がほころんだ。


「エイトさん、また求人を見ます?」

「いや。今日は話があってさ。探していた『鳥』、見つけちゃった」


 他の人もいる手前、そう告げると、彼女はとたんに顔を蒼白にして、持っていた羽根ペンを取り落とした。


「……そんな、きっと、勘違いです!」

「でも、間違いじゃなさそうなんだ。ジュートって名前が書いてある『首輪』もしてたし」


 キャロルは真っ白い顔をしたまま、低い声で囁いた。


「……憲兵に引き渡しますか?」

「まさか!」


 瑛人は驚いて叫んだ。

 そう言えば、そういう選択肢もあった、と今言われて思い出したくらいだ。

 憲兵に引き渡すことなど、魔術店の誰も考えていないに違いない。


「でさ、もしできたら、今から『鳥』を引き取りに、俺と一緒に来てほしいんだ」


 キャロルは、瑛人の顔をじっと見つめた。

 そして、赤い縁の眼鏡を胸ポケットにしまい、瑛人の顔にその形のよい唇を近づけた。


「東の裏口で待っていて」


 そして、机の脇から休憩中の札をパン、と立てると、慌ただしく別のドアから出て行ってしまった。


「おい、そこの馬鹿野郎!

 キャロルちゃんがいつもより早めに休憩しちまったじゃねえか!

 もうすぐ俺の番だったのに!」

「あいつ……! 何言ってキャロルちゃんの機嫌を損ねたんだ!」


 前回とはうってかわって罵声を浴びせられ、瑛人は後ろに並んでいた人々の怒りを背中に嫌というほど感じながら、職業紹介所を飛び出した。


 職業紹介所の東の裏口は、裏路地に面していて、人の気配もなかった。

 瑛人が何の気なしに壁面の石の飾りや階段の手すりについた真鍮の模様を見ているうちに、バタン、と木の扉が開いて、キャロルが現れた。

 いつもの役所の制服だろう白ブラウスと紺色のスカートではなく、白地に色とりどりの民族的な刺繍が施してある乗馬服に着替えている。


「やあ……」


 改めて挨拶しようと片手を上げた瑛人は、あっという間に暖かい腕に包まれていた。


「ありがとう! エイトさん、本当にありがとう!」


 耳元でキャロルの声が聞こえる。

 そこまできて、瑛人は痺れたような頭で、今自分がキャロルに抱きしめられていることに気づいた。


「……い、いやあそれほどでも……」


 胸に思いっきり当たっている膨らみのことから出来るだけ気をそらそう。

 そうしよう。

 瑛人は気力を振り絞ってキャロルを引き離した。


「今、村外れの森で飼ってるんだ。引き取りにきてもらえる?」

「もちろんです!

 役所には今日の午後休む届けを出してきましたから。

 ところで瑛人さん、どうやってジュートを見つけたんですか?」

「……ああ、レニア山で偶然会ったんだ」


 捨てられていた、と言うのはためらわれたので、瑛人はそう言った。


「それで、ロゼが首輪の文字を見てくれて……」


 キャロルは、表情をほんの少し曇らせた。


「やっぱり、あの赤毛の子、気付いていたんですね。

 『支配の指輪』なんて古くて珍しい魔道具、中部では誰もわからないと思っていたのですが……」


 そう言いながら、すっと衿の間から革紐を取り出す。

 銀色の指輪が革紐にぶら下がり、鈍い光を放っている。

 よく見ると、首輪と同じように、こちらにも細かい文字が入っていた。

 ちょうどそんな首輪だった、と瑛人が言うと、キャロルはどこか悲しそうに頷いた。

 その仕草から、どこか湿っぽい気配が漂ってきたので、瑛人はそれを打ち破ろうと明るく言った。


「そうだ、俺の住んでるカミノ村って、結構遠いんだ。馬車とか貸してもらえるかな?

 あと、馬の運転とかできる? 俺、実は無理なんだ」


 乗ったことすらほとんどなくてさ、と冗談混じりに言うと、キャロルは悲しそうな顔をやめ、案の定笑い出した。

 本当のことなのだが、やはりこれもこの世界では常識とは言い難いようだ。


「乗ったことがほとんどないっていうのは言い過ぎですよ!

 そうですね、貸し馬車を借りて、一緒に乗っていきましょう。馬の扱いなら任せてください」


 東部の荒れ野育ちで、小さい頃から馬に乗っていますから、と彼女は胸を張った。




「……聞かないんですね、瑛人さんは」

「え?」


 ごとごとと小気味よい音を立てながら、荷馬車とは段違いのスピードで進む馬車は、すでにサレナタリアの街からずいぶん遠ざかっていた。


 その馬車の手綱を取りながら、キャロルは静かに言った。

 馬って何もしなくても意外と足並みが揃うんだな、と二頭の馬の尻尾が同じように揺れるのを見ながらぼうっと考えていた瑛人は、慌てて隣の御者席にいるキャロルに目をやった。


「ほら、どうして、私の村が竜の飼育をしていたかとか」

「うーん。正直、ぴんと来てないんだ」


 瑛人は首を捻り、ついでに伸びをした。


「竜を飼っちゃいけないってのは聞いたけど、キャロルが悪い人には見えないし」


 ありがとう、とキャロルが微笑み、また真面目な顔に戻った。

 そして、淡々と話し始めた。


「何もかも、十年前の反乱のせいなんです。

 もっとも私は十七歳なので、私の記憶ではなく、ほとんどは聞いた話になるんですが。

 私は、東部の小さな集落、クレリア村の村長の娘です。

 クレリア村の一族は、そもそもドラゴンテイマー、飛竜使いの魔術師として、何百年も飛竜飼いを生業として暮らしてきました。

 十年前、魔術師の反乱が起こったとき、私たちの一族は、中立を選び、戦地になってしまった峡谷の村を竜とともに引き払いました。

 村長の父は、同じ魔術師同士で戦いなどしたくなかったんです。

 戦争は連合軍の勝利で終わり、私たちもようやく元通りの暮らしができる、と喜んで峡谷の村に帰ってみると、村は破壊しつくされた後でした。


 それでも飛竜さえ育てて売れば、村を再建できる。

 そう考えた矢先、飛竜捕獲売買規制法が作られたのです。

 政府直轄下でしか、飛竜は育てられない、売り買いもできない。

 東部の一部の村は、政府直轄領になり、竜飼いを続けています。

 もちろん、すべて連合軍の傘下に入っていた村です。

 反乱側に組した村の竜は、殺されるか、押収されました。

 中立を保った私たちの村でも、ほとんどただ同然の値段で買い取られていきました。

 今、育てていたのは、危険を犯して山から採ってきた卵から出てきた子達です。


 ……私たちの村が、よくないことをしてるのはわかっています。

 でも、東部の荒れ地ではよい作物も出来ないし、他に食べていける仕事もありません。

 家畜を飼えば、野生の飛竜に食べられる始末です。

 私たちには、飛竜飼いしか道が残されていないんです」


 瑛人は、その話を聞いて胸がむかむかしてきた。

 だから、飛竜を盗まれても、誰に訴えることもできなかったのだ。

 これは飛竜を泥棒した、という話ではない。

 キャロル達の生活の糧そのものを、ごっそり盗んでいったのだ。

 しかも、憲兵にも言えない理由につけ込んで。


 瑛人の目線の先に、すんなりした白い手が差し出された。

 その手には、革紐が通された銀色の指輪がのっている。


 「この指輪は、そもそも父のものです。

 父は飛竜が全て盗まれたと知ったとき、支配の指輪を操って、居場所を見つけようとしました。

 でも、うまくいかなくて。

 ジュートも馬車に閉じ込められたまま、身動きが取れなかったのでしょう。

 その日の夕御飯のときに、父がこう言ったんです。

 『明日、もし見つけられなければ、ジュートを諦めてくれ。

 この指輪でジュートを殺せば、命を落とした場所がわかる。

 そして他の飛竜を取り戻す』と」

「それで、その指輪を持って竜達を探しに出たわけだ」


 瑛人の言葉に、キャロルは肯いた。


「ジュートを犠牲にするなんて、絶対に嫌でした。

 飛竜の特性や価値が分かっている泥棒なら、むざむざ殺すような真似はしないでしょうし。

 私なら追いつけると思ったんです。こう見えても、馬の早駆けなら村の誰にも劣りません。

 だから、父が寝ている隙に指輪を抜き取って、馬車を追うことにしました。

 すぐに見つけて、戻って来られるはず、と思って………」

「……でも見つからなかったんだ」


 キャロルは悲しそうに目を伏せた。


「何かの魔術で隠されていたのかもしれません。

 そうでなければ、飛竜を乗せた馬車の一団なんて見落とすわけがないのです。

 でも、あちこち手探りで捜した結果、サレナタリアでサーカスの馬車から、普通の箱形の荷馬車に買い換えたのを見かけた人がいて………それからはお話した通りです」


 瑛人は目をぱちくりさせて、しげしげとキャロルの顔を見た。

 少しきつい眼差しの美人な女の子だが、それだけだ。

 そんな普通の女の子が、何日も飛竜泥棒を追って荒れ地を馬で疾走し、ついに中部地方までたどり着いて、職業紹介所の受付の仕事をしながら、そのときの泥棒が来ないか淡々と見張っている。


 むやみに壮大な魔術と共に異世界に召喚された挙げ句、放置されっぱなしでだらだら魔術店の仕事をこなしている瑛人とは雲泥の差だ。


「すごいなあ」


 素直に感嘆の言葉が出てきた。キャロルが怪訝そうな顔をした。


「すごいのはエイトさんの方です。

 私のちょっとした愚痴だけで、ジュートを見つけだしてくれたんですから。

 本当によかった……ありがとうございます」


 喜ぶキャロルを前に、瑛人は今から待っていることを想像して憂鬱になった。


「それなんだけどさ、ジュートを渡す前に、ちょっとした嫌なイベントがあるんだよ」

「何ですか?」

「うちの店長の説教」


 それはそうでしょうね、とキャロルは頷いた。


「ジュートを返してもらえるなら、説教の一つや二つどうってことありません」


 うん、と瑛人は渇いた笑いを返した。


「とりあえず、今の話をもっと湿っぽく、感動的な感じに説明してみよう。

 そして、年齢に関する話題は避けよう」

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