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カミノ村魔術店〜召喚事故と魔術のバイト〜  作者: 久陽灯
1-3 レニア山と奇妙な迷子
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第11話 実演・回復魔法

 二人は、飛竜の首にロープを巻きつけ、沢に連れて行った。

 膝まで水につかる場所まで竜を引っ張っていき、汚れを洗い流すと、輝く銀色の鱗があらわれた。

 飛竜は大人しく、傷口を洗っても、吠えたり暴れたりせず、黙って瑛人に水をかけられている。

 岸で見ていたロゼが、柔らかい笑顔で言った。


「助けてもらっているのが分かってるのよ。

 それに、私たちのことを仲間と思ってるみたい」

「え、どうして?」

「餌をあげたし……あとは、熊除けのせいね」


 熊が怖がって逃げるように飛竜の匂いに似せてあるのよ、とロゼは自分の頬に塗られた青い跡を指さした。

 そして、靴を脱ぎ捨て、靴下も引っ張って脱ぐと、スカートの裾をつまみ、水音をたてて瑛人と竜のいる浅瀬へ入ってきた。

 竜はすっかり懐いたらしく、甘えたようなキューッという声を出して尻尾を大きく振ったので、瑛人は思い切り水しぶきをかぶった。

 けほけほとむせ、後ずさった彼にかまわず、ロゼは飛竜に近寄り、首輪に彫られた文字をじっと見つめた。


「ジュート・リヤルト・セルマ・キリヤ。

 『ジュートは指輪の主に忠誠を誓う』

 多分、この子の名前はジュートよ」


 名前を呼ばれた途端、飛竜は一段と甘えたような声を出して鳴いた。

 どこかで聞き覚えのある名前だ。

 レストランでキャロルが話したペットの名前が、そんな感じだった気がする。

 そう話すと、ロゼはやっぱり、という表情を浮かべた。


「そうね。指輪のこともあるし、一度、キャロルさんに話を聞かないといけないわ」

「でも、キャロルは、鳥の名前だって言ってた。

 どうして、飛竜って言わなかったんだろう?」

「そりゃ、飛竜をペットにするのはご法度だからなあ」


 瑛人の肩の上に飛び乗ってきたロッドが自慢そうに言った。

「竜は、カサンじゃ東部にしか生息してない。

 軍事に転用できる飛竜は貴重で、十年前から政府命令以外の捕獲や飼育は禁止されてる。

 でも貴族にとって、飛竜持ちってのは結構なステータスだからな。

 禁止されてても裏じゃ高値で取引されてるってわけだ。


 あの金髪の村も、その類いのキナ臭い仕事をしてたんだろ」

「そうか……じゃあ、翼が切られてるのは、なんでなんだろう?」


 わざわざ生け捕りで盗んだ貴重な飛竜を傷つける意味が分からない。

 ロッドも片目をつぶって考え込んでいたが、やがて足でポンと瑛人の肩を叩いた。


「そいつがまだ幼体で首輪付きだったからだろうな。

 昔、バキールで飛竜を飼っていた奴が話していた。

 きちんと躾が出来ていない幼体には、隷属の首輪を付けて万一に備えるんだ。

 隷属の首輪を付けた竜は、支配の指輪を持った人間が呪文を唱えるだけで死んでしまう。

 幼体とはいえ躾前の飛竜に本気で噛みつかれたら死ぬからな。

 未然に事故を防げるんだ。

 それとは別に、その飛竜がどこかで死ぬと、指輪の方へ首輪の位置が伝わるようになってる。

 つまり、盗んでも殺すこともできず、逆に指輪の主に位置がばれてしまう」

「それなら、元から幼体を盗まなきゃいいんじゃないか?」

「いや、飛竜は群れの匂いを追って行動する。

 幼体とはいえ、一匹でも残しておけば、後から村の奴らが追ってこないとも限らない。

 まあ、盗人も扱いに困ったんだろう。

 首輪は術をかけた本人にしか外せねえし、指輪は飛竜の元の持ち主のところだ。

 他人の隷属の首輪付きで売るわけにもいかない。

 盗んだ奴の足がつかないように、できるだけ遠くにいってから死んでもらえば助かる。

 そういうわけで翼を切ったあげく捨てたんだろうな」

「ひどいわ」


 ロゼが怒ったように叫んだ。


「とにかく、一緒に連れて行きましょ。翼をセトに治してもらわなくちゃ」


 瑛人はもう一度まじまじと飛竜の背中を見た。

 元からなかったかのように、翼は付け根からばっさり切り取られている。

 どう見ても治せるような傷ではない。


「これ、治せるのか?」

「ええ。病気を魔術で治すことはできないけど、外傷なら魔術で治せるから」


 ロゼは力強く頷き、薬草がいっぱいに入った籠を背負った。


「さあ、これだけ収穫したら十分よ。山を下りて、この子の怪我を治療してもらいましょう」


 下山は、登るよりもまだ楽だった。

 背に負った薬草は重かったが、怪我をしている竜を連れてゆっくり歩いたからかもしれない。

 瑛人達が街道の分かれ道についたときには、もう夕暮れに近く、木々の影が長く長く伸びていた。

 飛竜を村の中に入れると村の人たちが怖がる、とロゼが言うので、二人はほどなく街道を逸れ、獣道に入った。

 夕暮れで木々の下はいっそう暗くなり、うっそうとした茂みはほとんど黒に近くなる。

 それに、山の森よりも気味悪さを感じて、瑛人はきょろきょろとあたりを見回した。

 先ほどの針葉樹がまっすぐ突っ立っている森と比べ、こちらの木々はぐねぐねとう曲がりくねってそびえ立っている。

 ……それに、何かがこちらをじっと伺っているような気配がする。どうにも落ち着かない。


「この森は、もうイザベラの敷地内なの。

 魔女の結界に入ると落ち着かないのは当然よ」


 気味が悪いのでロゼに訴えると、こともなげにそう答えられた。


「ここはヴィエタ帝国以前の古代魔法がまだ生きてるんだ。

 いつ来ても辛気くさい臭いがしやがる」


 肩にのったインコが顔をしかめた。


「『魔女の森』は村外れまで続いてるわ。

 この道は村を迂回して、ちょうど正門の反対側、私たちの魔術店の裏の森に出るのよ」


 なるほど、この森は、二階の寝室から見える森に続いているらしい。

 瑛人はだんだん暗くなる道を、ロゼの真っ赤な髪を頼りに足を早めて歩いた。


 と、うっそうとした森が途切れ、視界が開けた。

 木が丸く刈り取られたような草地には、これまたツタにまみれたおどろおどろしい三角屋根の小屋が建っていた。

 その隣には、納屋のようなものもあったが、それもツタがびっしりと絡みついていて、とても人のいる雰囲気には見えない。

 どちらかというとホラー映画のロケ地にぴったりだ。


「ここが森の魔女、イザベラの家よ。

 うまやを借りましょ。留守だしちょうどいいわ」


 そう言って、ロゼは鍵束を取り出して何の躊躇もなく納屋の扉を開け、飛竜を藁の敷き詰められているうまやに入れた。


「本人が留守なのに大丈夫なのか?」


 瑛人は心配したが、留守だからいいのよ、とロゼに一蹴された。


「留守で馬がいないからこそ、飛竜をここに置いておけるんじゃない。

 それに、イザベラはそんなことで怒ったりしないわ」


 立地と家のセンスが限りなく怖いので、信憑性があまり感じられなかったが、彼女がそう言うのであれば、留守中に納屋で面妖な動物を飼われても怒らない温厚な人物に違いない。

 もうすでに飛竜を中に繋いでしまった以上そうでなくては困る。


 しかし、と瑛人は納屋の中を見回した。

 手入れされていないように見えた外観とは違い、納屋の中は結構整理されている。

 ただ、壁に掛かっている大鎌や鋤、それに数種類の鞭。

 馬を飼っているのなら、そんなものが置かれてあって当然、というのは瑛人にも分かっている。

 しかし、外観がアレな以上、絵的にも心理的にも怖さに拍車が掛かってくる。


 瑛人が壁の武器類を見て硬直している間に、ロゼは隅に積んであった藁を足し、竜の寝床を作っていた。

 怪我で長い道を歩いて疲れたのか、藁の上にうずくまってしまった飛竜の鼻を撫でながら、ロゼは憂鬱そうにぶつぶつ言い始めた。


「次は薬草を置きがてら、セトを呼びに行かないと

 ……ねえ、ロッド、もう少し前に連絡しておけばよかったわね」


 ロッドが慰めるように言う。


「日が落ちたのが魔女の森に入った後だったんだから、連絡もしようがねえよ。

 ここは外部からの魔力が遮断されてるからな。

 それに、飛竜を連れてくるって先に言ったところで絶対反対されるに決まってるぜ」

「それにしても帰るのが遅くなっちゃったし……飛竜も連れてきちゃったし。

 ああ、考えていても仕方ないわ!」


 彼女はすまなそうに笑いながら親指を立てた。


「ねえ、一緒に怒られてくれる?」


 瑛人の肩にばさっと舞い降りたロッドが、耳元で笑った。


「嬢ちゃんは大丈夫だろうが……怒られる程度で済めばいいなぁ、俺たち」


 ある意味インコの発言の方が核心を突いている。

 背負っている薬草のかごが、いっそう重くなったような気がした。




 納屋に横たわった飛竜の背中を見た瞬間、セトの目がつり上がった。


「……で、この飛竜を治せと?」

「そうよ」

「治した後はどうするんだ? 家じゃ飼えないのはわかってるだろう?」

「だから、さっき言った飼い主のキャロルさんに引き取ってもらうしかないわ」

「飼い主? 飛竜をうろつかせた元凶の娘だろ?

 大体引き取るって言ったって、このあたりじゃ飛竜なんて珍しい。

 その子に渡したところで、すぐ憲兵に捕まるだろう」

「でも、探してるって話してたらしいし、私は会わせてあげたいの」


 ロゼが自信満々に質問に答えている。

 瑛人は矛先がこちらへ向かないかびくびくしながらも、まるで捨て猫を拾ってきたときのような会話に少し懐かしさを覚えていた。


 正直、セトをこの納屋まで連れてくるだけでも大変だった。

 カミノ村魔術店は本当に森を抜けたすぐそばにあり、瑛人は心の準備をする暇も無かった。

 セトは店の外で、看板を裏返して閉店にしているところだったが、森の小道から二人が出てきたと気付いた瞬間から、荷物を下ろす間もなく淡々とした尋問が始まった。

 ロゼが怪我をしていないかの心配から始まり、なぜ帰りが遅れたのか、なぜ村の街道を使わずに魔女の森を抜けたのか、なぜ血の臭いがするのか等々を矢継ぎ早に詰問してきて、瑛人はそれに単純かつ的確に答えるロゼに舌をまいた。

 彼女は、尋問されるのにも慣れているらしい。

 流石に今回は、同じ質問が何回も繰り返されることはなかったが。


 瑛人も大体分かってきたが、セトは淡々としているように見えるだけで、内心かなり怒っている。

 ただ、怒っている対象が瑛人ではないらしい。

 仮にそうだとすれば、きっと目立たず後ろに立っていたとしても、爆発する魔石の一つや二つ飛んでくるに違いない。

 飛竜を撃退しようとして水石銃を撃ったが、失敗して桶一杯の水を出してしまったというエピソードが出たときに「真にどうしようもないな」と言葉でぐさっと刺されたくらいだ。


 結局、実物を見た方が早いから、とロゼが半ば強引に話を切り上げ、ひっぱるようにして魔女の納屋に連れてきた。

 そして、彼女は説得の仕上げにかかりだした。


「それに、こんな怪我のままひとりぼっちで山に置いておくなんて可哀想じゃない!

 明日にはキャロルさんに引き取ってもらうから、一日だけ納屋で休ませてあげてもいいでしょ?」


 セトがさっきから黙っている。瑛人はこの話術に少し感心していた。

 彼女は、操縦の仕方を心得ているようだ。

 ここで下手に口を出すと、今までの説得がぶちこわしになるのはおろか、こちらにとばっちりがくる可能性もある。

 ロッドもそう思っているらしく、瑛人の肩に乗ったまま、剥製のように一言もしゃべらない。


 ロゼは最後のお願い、とばかりに寝ている飛竜の首をなで、きらきらとした目でセトを見上げている。


「この子の怪我を治してくれるだけでいいんだから。ね、お願い!」


 セトは盛大にため息をつき、ぐるっと納屋を見渡して言った。


「治療なら外でやろう。

 帰ったとき納屋が藁まみれじゃ、さすがにイザベラも怒る」

「わーい、ありがとう!」


 ロゼが手を打って満面の笑みを見せた。

 瑛人は思わずロッドとハイタッチをし、セトにじろっと冷めた視線を向けられ、あわてて竜を繋いでいるロープを納屋の柱から外しはじめた。


 外に出ると、すっかり夜になっているのに、なぜか薄明るい光が森に満ちていた。

 頭上を見て瑛人は納得した。

 異様に大きな満月が、空にかかっている。

 月のまわりには、宝石箱をぶちまけたような銀河が幾筋も広がっている。

 どおりで明るいはずだ。

 寝ていたところを引き出された飛竜は、やはりぐったりとしていて、ふらふらと納屋から数歩出たところでとぐろをまいて横になってしまった。

 セトはしばらく飛竜の背中をじっと見ていたが、やがて、つと手を伸ばした。


「ロッド。本来の仕事に戻れ」

「ラジャー!」


 ロッドは瑛人の肩の上で羽ばたいた。そして、ぼそっと呟いた。


「見ておいて損はねえぜ。最高の魔術ショーってやつだ」


 セトが何か口の中で唱えると、ロッドの姿がふっと消えた。

 それと同時に、セトの手には鳥の紋章がついた黄金の杖が収まった。

 声が小さすぎて瑛人には聞き取れないが、魔法の詠唱は続いているようだ。

 ふいに杖が光り輝き、ごうっと風が渦を巻いた。

 そのとたん、わーん、という耳鳴りのような金属音が聞こえてきて、瑛人は思わずきょろきょろと周りを見回した。


「『精霊の唱和』よ」


 いつの間にかそばにいたロゼが、そうささやいた。


「正確には、魔気が空気と混ざり合うときに出る音なんだけど。

 まるで目に見えない精霊が歌っているみたいに聞こえるの」


 確かにロゼのいうとおり、その耳鳴りはどんどん大きく強くなっていった。

 もはや耳鳴りではなく、完全にメロディーを奏でている。

 言葉はさっぱり聞き取れない。

 が、召喚のときに聞いた単調なお経のようなリズムではなく、ゆったりとした音楽が重なり合い、響きあっている。

 力強いのに、どこか懐かしくやさしい。ロゼがほほえみながら言った。


「セトが使う魔術の中で、私はこれが一番好き。だって、とても優しい気持ちになるから」


 ひときわ音が大きくなったかと思うと、セトが飛竜に向かって杖を振り上げた。

 閃光が散り、飛竜を中心に、光で描かれた複雑な魔法陣が幾重にも現れる。

 風が強まり、周りの木々が枝をしならせる。

 と、飛竜の背中から一際明るい光の粒子が立ち上った。

 瑛人は思わず手をかざし、目を細めて飛竜を見た。

 一瞬のち、飛竜の背中から、鱗と同じ銀色の翼が飛び出した。


 瑛人は口をぽかんと開けて、今起こっている出来事を理解しようとした。

 魔術店のバイトとはいえ、実際に見た魔法と言えば、魔石や電話(?)など、思えば地味なものばかりだった。

 ここにきて初めて、この世界の『魔術』の神髄を見せつけられた気がする。


 やがて、竜の周りから金色の光が消え、聞こえていた合唱のような声も小さく風に散らされていった。

 銀色の翼を羽ばたかせて、名の通りの姿になった飛竜はキューッと声を出して鳴いた。

 ロゼが駆け寄って首を撫でてやると、尾をぶんぶん振って喜びを表しているようだ。


「まだ治ってすぐだから、休ませたほうがいい。

 ロゼ、その竜を厩に連れて行ってくれ」


 セトはそう言うと、その場にしゃがみ込み、ひらひらと手を振ってまた別の呪文を唱えた。

 途端、瑛人の肩がずしっと重くなった。しゃがれ声が耳元で陽気にしゃべる。


「どーよ、俺のショーは?

 久久にど派手な魔術をぶちかましてやったぜ」

「ロッド……てか、今のはお前のショーじゃない気がするけど」


 瑛人は肩に留まったインコを胡散臭そうに見た。


「細かいこと言うなよ!

 ありゃ、俺だって相当力使うんだから」


 いい機会なので、ふと生じた疑問を聞いてみた。


「俺、思うんだけどさ。あの回復魔法があれば、薬いらなくないか?」


 その場で座り込んでいたセトが、責めるようにきっとこちらを向いた。


「何言ってる。私を過労死させる気か。

 この魔術はかなり魔力を喰う。それに、外傷にしか効かない」

「わかってるわかってる。俺だってこんなの毎日やってちゃ身が持たねえし。

 さて、帰って飯でも喰おうぜ」


 ロッドが欠伸をしながらいなした。セトは立ち上がり、瑛人に向かって言った。


「そうだな……エイト、明日は街まで行って、飛竜を野放しにした馬鹿を連れてこい。

 竜と共に東部へお帰り願おう。説教つきで」

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