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カミノ村魔術店〜召喚事故と魔術のバイト〜  作者: 久陽灯
1-3 レニア山と奇妙な迷子
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第10話 未知との遭遇

 カミノ村からサレナタリアへ行く街道を途中で折れ、小さな獣道に入ると、すぐに周りはうっそうと茂る森になった。

 ロゼによると、もうここはレニア山の麓になるそうだ。

 二人は、腰のベルトに鎌を差し、背に籐かごを背負ってつづら折りになった細い山道をひたすら登って行った。

 葉ずれの音の合間に、頭上から鳥のさえずりが聞こえる。

 少し街道から離れただけで、緑の葉と太い幹に囲まれて方角の見当すらつかなくなった。

 瑛人は少しでも目印を探そうと目を配りながら、まるで平地のようにさっさと進むロゼの背を追っていた。


「それにしてもすっごい森だな。ちょっと間違えば遭難しそうだ」


 ロゼの肩に乗ったロッドが、器用に首だけ百八十度回して瑛人を見た。


「キャハハ! お前の大好きな冒険ってやつじゃねえか、これ?」

「かごを背負ってる時点でもう俺の知ってる冒険じゃねーよ」

「大丈夫、道は覚えてるもの。でも、はぐれないでね」


 そういって振り向いたロゼの頬には、まるでネコのヒゲのように青い線が入っていた。

 瑛人の顔にも、同じような線が描かれているはずだ。

 思わず自分の頬を手で触ると、粘つく青い液体が指にくっついた。

 臭くはないが独特の匂いを発している。異世界の熊除けらしい。


 そうそう、遭難よりも熊に気をつけなければいけない。

 彼は右手をポケットに入れ、ロゼが持っていたのとほとんど同じの古めかしい装飾がついた銃を取り出した。


 あの銃についての失言の後、本気の全力で誤魔化した。

 ロゼも積極的にかばってくれた。

 結局、ロゼが持っていた銃に瑛人がめざとく気がつき、説明してもらっていたという完全なホラ話が出来上がり、セトは納得して引き下がった。

 もう片方のピアスがいつ炸裂するかと思い、心臓が縮み上がっていたぶんほっとした。

 命がかかっていると思えば、人はいくらでも嘘をつくことができるらしい。


 それに、雷石銃の話にはよいこともついてきた。

 それがこの銃である。

 試作品だが護身用に持って行け、とセトに渡されたのだ。

 だが扱いの難しい雷の魔石は持たせてもらえず、いつもの水の魔石が入っている。

 呪文を唱えると、すごい勢いで水が飛び出すらしい。

 要するに高圧の水鉄砲で、雷石銃よりも数段落ちるが、持っていないよりましとのことだ。

 そして、柄や銃身は一部木製で、なんだか格好いい。

 たとえ背負子つきの籐かごを背負っていても、これを見ていると、ロッドが言ったように少しは冒険という雰囲気に思える——使う機会は来て欲しくないが。

 彼は銃を慎重にしまい、既に数メートル離されてしまった揺れる赤毛の女の子の後を急いで追った。


 山道に入って三時間ほど登り続けたところで、差が露骨に現れてきた。

 ロゼが十メートルほど先でこちらを振り返って声をかける。


「エイト、大丈夫? もうすぐトリデンタータ草の群生地に着くから頑張って!」

「ああ……こんなの……朝飯前だ……」


 息を切らしながら瑛人は答えた。

 急勾配で遙かに高い位置に立っているので、見上げる格好になる。

 ロゼの肩の上でロッドが真っ赤な羽根を広げて笑っていた。


「朝飯はもう大分消化したんじゃねーの?」

「うるさいぞ、お前は人の肩に乗って歩きもしないくせに」


 いつも通りロッドのつんざくような笑い声を聞きながら、歯を食いしばって足を一歩ずつ動かした。

 しかし、いくら登山したことがあまりないとはいえ、エプロン姿の女の子に山登りで負けるとは思わなかった。

 やっと同じ場所までたどり着き、ロゼは体力があるんだな、と言うと照れたような笑みが返ってきた。


「ううん、山歩きは体力だけじゃなくて慣れもいるわ。

 地下菜園ができる前は、セトとよく薬草採りにいってたの。

 そもそも、その前から山越えはよくやってたから」

「山越え? 登山じゃなくて山越えをよくやるってどういう意味?」


 ロゼはその青い目を細め、少し遠くを見て、思い出すように言った。


「私たちは、この国の生まれじゃないの。

 小さい頃、故郷の国で政変が起こって、暮らしていけなくなったから逃げてきたのよ。

 海を越えて、山を越えて、いろんなところを旅して、カミノ村にたどり着いたの」


 瑛人は、重い話がさらっと出されたことに衝撃を受けた。

 何か気の利いた慰めを言おうとしたが何も出てこない。

 かろうじて、大変だったんだな、という月並みな言葉しか思い浮かばなかった。

 だが、言葉に出す前に、ロゼがふふ、と笑った。


「確かに大変だったんだろうけど、どうしてか楽しかったわ。

 外で眠るのも好きだったし、朝目が覚めると、いつも違った風景が見られることにわくわくしてた。

 私が小さすぎて、ことの重大さを分かってなかったからかもしれないけれど」


 役得よね、と彼女は人なつこい表情を見せた。

 その肩でロッドがヒューッと口笛を鳴らした。


「全く、嬢ちゃんの方がよっぽど冒険者に向いてるよ。

 俺は冬の山脈越えなんぞ二度とごめんだぜ?」

「あら、今の生活も好きよ?

 それに、冒険者なんかになったら、セトが今以上に心配しすぎて病気になっちゃうわ」

「違いねえな!」


 キャキャ、とロッドが笑い、それにつられて瑛人も笑った。

 よかった、と胸をなで下ろす。

 ロゼにとって、国を追われたのは、もう過去のことらしかった。


 群生地に着いたときには、もう太陽が空の真上にさしかかっていた。

 少し傾斜の緩い場所で、木の合間に巨大なシダのような草が至る所に生えている。

 これが地下菜園で収穫しそびれたトリデンタータ草らしい。


 群生地から少し離れたところに小さな沢があり、水が流れとなってわき出ている場所でロゼが持ってきた昼食のパンとチーズを食べてから、瑛人達は収穫にかかりだした。


 好き放題に伸びた草を、鎌で刈り取り、籠へ入れていく。登山でばてていたものの、昼飯で少し英気を養った瑛人は、思ったより順調に収穫が済んでいくので、少しほっとした。

 ロゼの話によると、これがこの秋最後の収穫物だそうだ。

 後は加工が残っているだけで、繁忙期はほとんど終わりらしい。

 やっとこの半農家生活からクラスチェンジ出来そうだ。


 と、瑛人の目の前の草むらから何かが弾丸のようにに飛び出したので、一瞬鎌を落っことしそうになった。

 薄茶色のウサギがぱたぱたと走っていく。

 瑛人が草を刈り取っている真下にいたので、驚いて飛び出したのだろう。

 ロゼもてきぱきと薬草を刈り取っていたが、ウサギの足音に気付くやいなや、「ロッド!」と叫んだ。


「ラジャー!」


 羽音を響かせてロッドがロゼの肩から飛び降り、ウサギの眼前に猛スピードで迫った。 

 ウサギはキーッと声を上げて方向を変え、茂みに逃げ込む。

 ロッドはうまく木々の間をすり抜け、瑛人の目の前から消えた。

 そして、一瞬後、茂みの奥でがさがさと音がしたかと思うと、すぐに静まった。

 次にロッドが木々の間から姿を現したときには、その爪に茶色いウサギを捕まえていた。


「とったぞー」


 ロッドは得意そうにロゼの眼前にウサギをぶら下げた。

 ウサギはまだ生きていて、後ろ足を暴れさせている。


「やったわね!」


 ロゼがウサギを受け取ると、きゅっと声をあげてぐったりと動かなくなった。

 ロゼが素早くウサギの首を捻り上げたのだ。

 瑛人は完全に、収穫のことを忘れてしまった。口をぱくぱくさせているだけで精一杯だ。

 あんなかわいい動物を?

 かわいい女の子が殺した?

 どうして?


「シチューに入れると絶品なのよ。こういうおまけがついてくるところが山で収穫する醍醐味よね」


 振り向いたロゼに笑顔で言われ、瑛人は引き攣った笑みを返した。

 ロゼも瑛人が思ったことに気付いたのだろう。はっとした後、ばつが悪そうな顔で言った。


「そっか、瑛人は野ウサギなんて食べたりしないの?」

「うん、まあ……ウサギは大体がペットだから」


 瑛人の答えを聞いて、ロゼは少し寂しそうな顔になった。


「そうね、瑛人は進んだ文明世界から来たんだものね。山で狩りなんてしないわよね」

「何だよ、ベーコンは毎朝食ってるくせに、俺が捕った獲物は食えねえだと? 笑わせやがる」


 ロッドがぷいと横を向いて吐き捨てたが、ロゼはその背を撫でながら言った。


「……とにかく、私は沢で血抜きしてくるわ。

 食べたくなかったら、食べなくもいいから」


 ロゼはロッドを肩に乗せたまま、とぼとぼとした足取りで昼ご飯を食べた沢へ降りて行ってしまった。


 半ばロボットのように無意識に周囲の薬草を刈りながら、彼はさっき起こったことを考え続けた。

 ここが異世界であることをこんなにも意識したのは、魔石を初めて使ったとき以来だ。

 ロゼは親切で優しい。が、違う世界の人なのだと、さっきの出来事で改めて理解した気がする。

 彼にはかわいいペットに見えるものが、ロゼにはシチューの具に見えるのだ。

 そういう小さな価値観の違いが、一体どのくらいあるのだろう。


 瑛人にしては難しいことで頭を一杯にしていたので、近くの茂みががさがさとなったのも、妙なうめき声も、耳を素通りしていた。

 ふと、何か視線を感じて目を上げると、木々に挟まれた茂みの奥から、緑色に光る大きな丸い瞳がこちらを見ていた。

 ひっと声を上げて後ずさった。

 目の位置は彼の背より上だ。

 ずいぶん大きい動物だ。

 まさか、熊が二本足で立っているのだろうか。

 がさがさと音を立てて茂みから現れたのは、熊ではなかった。

 だが、あまりの衝撃に瑛人は目を見張った。


 ぬめっとしたは虫類特有の黒光りしている鱗に、ぎざぎざの歯が見える大きな口。

 巨大なシダ植物の奥から現れたその動物は、恐竜を思い起こさせた。

 馬ほどの大きさで二足歩行している恐竜が、こちらをぎらぎらした目で見据えて立っていた。


 モンスターだ。


 そこまで考えて、やっとポケットに銃があったことを思い出した。

 ゆっくり後ずさりしながら、震える指でポケットの中の銃を取り出す。

 モンスターは、ヒョコヒョコと首を動かしながら、じわじわと近付いてくる。

 瑛人は、銃口をモンスターに向け、撃鉄を上げた。

 そして、空いた手でポケットから紙を取り出し、一気に詠唱した。


「ナクア・アクア・レニ・メタルナ・アルアリメ・セラム!」


 同時に、引き金を引く。

 雷石銃のように、派手な閃光は出なかった。

 ただ、小川のせせらぎのようなさわやかな音と共に、水がアーチ状に噴き出した。

 木漏れ日に水が煌めき、小さな虹がかかる。

 モンスターは驚いたように少しの間吹き出す水を眺めていたが、やがてその大きな口を開けて、弧を描く水を飲み始めた。


「なんだよこの銃! 役立たずじゃ……」


 そう言いかけて、大変なことに気づいた。

 今の呪文は、いつも言い慣れた言葉だった。

 そうだ、今日教えてもらった水石銃用の呪文は、右のポケットに入れていた気がする。

 右手で銃を持っているから、左手で紙を取り出したのだ。

 つまり、桶に一杯の水を出す呪文を唱えてしまった。


 ……これからどうしよう。

 銃から出ている水をモンスターが飲んでいるというある意味牧歌的な状況で、瑛人は混乱しながら次の手を考えようとした。


「何しているの?」


 のん気な声が聞こえ、瑛人はそちらを振り向いた。

 ロゼが、不思議そうな顔をして立っている。

 肩には相変わらずロッドが乗っていた。

 間の悪いタイミングで沢から戻ってきたのだ。


「来るな、逃げろ!」


 声を張り上げたが、そのおかげでモンスターもロゼに気づいてしまった。

 彼女も同時にその異形の怪物に気づき、はっとする。

 水を出し続ける銃に興味がなくなったのか、モンスターはまっすぐロゼの方へ歩き始めた。

 ロッドが肩から飛び上がり、啖呵を切った。


「よし、来るなら来やがれ!」

「待って、ロッド!」


 驚いたことに、ロゼはロッドを制した。


「この子、お腹がすいているのよ」


 そう言うと、彼女は手に持った赤い肉をポンと放り投げた。

 モンスターはひょこひょことその肉が落ちた地点まで行くと、もぐもぐ食べ始めた。

 彼女は恐れ気もなく、その怪物に近づいていく。


「そいつ、危なくないか?」


 瑛人は恐る恐る近付きながら尋ねた。


「大丈夫よ。でも、とっても痛くて、とっても寂しいって」

「動物の感情まで読めるの?」

「体内魔力の大きな動物なら、人間よりも読みやすいわ」


 もう既にロゼは、夢中で肉を食べている怪物の体をそっと撫でている。


「私も本でしか見たことがないし、こんな姿になっちゃってるから、最初は何かよく分からなかったんだけど。

 この子、どうも飛竜みたいね」


 この妙に現実的な異世界で、飛竜なんてファンタジーなものがいたのか、と逆に感動すら覚えた。

 だが、その見た目とネーミングに違和感がある。


「翼がないけど……本当に飛ぶのか?」


 ロゼが渋い顔で、見て、と瑛人を促した。

 と、そこへロッドがばさばさと割り込んできた。


「翼が付け根からすっぱり切り取られてる。こりゃ痛えはずだぜ」


 背中の傷跡を見て、瑛人は顔をしかめた。

 確かに、ひどい傷だ。

 最初黒っぽいと思っていた飛竜だが、近くで見ると所々鈍い銀色の鱗をしている。

 黒く見えたのは、全身に血が流れた跡だった。


「……それに、この竜。どこかで飼われていたみたいね」


 ロゼは、満足そうに喉をならす飛竜の首を指さした。

 汚れて気づかなかったが、確かに黒い金属の首輪をつけている。

 瑛人は、何げなくその首輪を指ですっとぬぐった。

 汚れがとれて、銀色の地が見えた。

 首輪の表面に丸と線で彫られた奇妙な文字が書かれている。

 これが共通文字でないことは、基礎を一通り学んだ瑛人も分かった。神聖ヴィエタ文字に違いない。


「何か、書いてあるな……読める?」


 ひょっとしたら、飼い主の住所が書いてあるのかもしれない。

 しかし、彼女は驚くほど固い表情で言った。


「読めるかどうかは重要じゃないわ。

 重要なのは、これが隷属の首輪だということよ」

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