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吸血鬼(仮)  作者:
9/11

血色の接吻

 変わらずその場所で佇む彼女に、細やかな苦情をぶつけてみたくなった。

「やってくれたな」

「何のことです? ……とは、どうやら言えないようですね」

「噂の魔眼とやらの力か?」

「協力者である貴方への裏切りだと理解していましたし、心苦しい思いもありました──それでも譲れなかった。怒っているように見えないのですが……何故です?」

 標が見えたような気がするから──

「正直に言えば、佐藤と会話するつもりはなかった。今日ここまで、俺の憧れを彼女に伝える必要性を感じずにいた。理解されず、共感も出来ないモノを、他人に求めても仕方ないとずっと思っていたよ──だが、彼女という例外を作ってしまった以上、伝えない理由もなかった。それに気付けた、礼を言う」

「え、えぇ──それは良かった」

 彼女の顔は未だ晴れない──その理由を知っている俺は、彼女に恩を返すことが出来る。

「そんなにも心苦しいと感じるなら、やらなければいい──暈さず両親か佐藤と、腹を割って話せと言えば良かった」

「それは、時間もなく……貴方もきっと」

「まぁ、そうだったわな。だが、だからといってそんな心苦しい思いを一人で抱え込む必要はない筈だ──協力者、なんだろ? 立場は対等、むしろ君の方が上の筈なのに、そんな力の使い方をする必要はない」

「はい……その、すいませんでした」

「まぁ、今はいい。この話はまた後日だ──それより君の方はどうだった、何か収穫があったか?」

「えっ、いえ……あの時の母との会話が、夢のように思える程です──ですがっ、それでも私は貴方の協力者でいます。私の命と力については、この件が片付いた後でまた話をしましょう」

「それでいいのか?」

「え、また何か私は……気付いていないんでしょうか?」

「いや、そうでもない──唯、この件は間違いなく今日中に片付く。そして明日にでも俺が、君の命と力が欲しいと懇願したらどうする?」

「そんな……でも貴方は、そんなことをしないでしょう?」

「だろうな。だが例えば、犬迫に想定以上に辛酸を嘗めさせられたら? とても日常生活に戻れない体になっているかもしれない。俺の命が瀕死寸前となっている、なんてのも無いとは言えない──そんな時、諦められるのか?」

「な、何をです?」

「この場所で甘えたいと言った、日常を──……その二つを天秤に乗せて、迷わずどちらかを選べるか?」

「そ、それは……」

 彼女の顔が苦渋の色に染められた。

「君は人間が出来ているな──それとも、そんなにも長く続いた命に飽いているのか」

「あ、貴方は、……この期に及んで何が言いたいんですっ!」

 佐藤の指摘は正しかったらしい。

 吸血鬼としてすごした三十年が、彼女にとってどれ程の重みを伴うものなのか俺は知らない。だが恐らく、三十年で初めての甘えだったのだろう。佐藤でなくとも──あの教室で感じた疎外感を、俺は覚えている。

「……諦めなければいい。この場所で過ごした日常が、その天秤に乗る程に大切なら、諦めなければいい。俺の命なんて見捨てろ──俺みたいな奴はなかなかいないだろうが、似た奴、君が気に入るような人間くらい、探さずともいずれ出会うさ」

「それだと貴方は……」

「だから、だ。約束をしてくれ──この一年間、二人で協力して君が望んでいた青春を謳歌しよう。そして一年経ったなら、また考えさせてくれ……命の在り方を」

「……貴方は、それでいいのですか?」

 この一年の内に果たすべき約束がまた一つ出来ただけのこと──

「君も認めてたろ? この出会いに恐怖する──と。俺も同じだと答えたし、そして何よりも俺が、公平な取引とは思えない」

「ですが、それは」

 澤村辺りに聞かせれば、軟派者と謗るだろうな。

「協力者となった君と信頼関係を築くのに、少なくとも一年は欲しいと──そう言っている。こちらの都合で悪いが、呑んでくれ」

「貴方という人は……──ふふっ、佐藤さんと余程有意義な話が出来たようですね」

「ぐぬ……、否定出来ないのが悲しいな」

「佐藤さんは、凄いですよね。私達──いえ、私のことなんて何も知らなかった筈なのに。青鹿さんからこんなにも素敵な言葉を引き出せてしまう」

「ああ、全くもって同意見だ──俺は恵まれているよ」

「命を狙われているのに?」

「自業自得だな」

「ええ、きっとそうなんでしょう……──でもだからこそ、貴方と出会えた」

 微笑む姿は早乙女の名が示す通りのソレで、吸血鬼という言葉は欠片も浮かばない。

「そ、そういう恥ずかしいのはいい──佐藤にでも言ってやれ」

「では、最後の確認です──……人の営みと器、諸々全てを置き去りにしてでも欲しい……命がありますか?」

「後生まで変わらぬ欲求だと、断じよう」

「ええ、貴方ならきっと──ですから、これからこの一年を吸血鬼として生きて下さい。余程のことが無い限り、貴方に分けた力を剥奪することはしません。一年という期間では、その片鱗を覗く程度にすぎないのかもしれません──……それでも、貴方に経験をして貰いたい。それでもしも、望まないモノだったならば……」

 だからこそ、俺の天秤へと乗り得た──自身の命を、この吸血鬼に預けてもいいと。

「条件は呑むと言った以上、異論はないが──今の言葉の先にあるのは、君という命の継続だ。いいのか?」

「ええ。この身に母がいて、いずれ私も誰かの身に収まるのなら、そこに後悔と嘆きは必要ない──その程度の意地は、通したい」

 あの時交わした視線には、吸血鬼の思惑が潜んでいた──それでも、その瞳の輝きに嘘偽りはなかったらしい。

「委細承知した」

「この時、この場所に来てよかった──貴方が初めてでよかった」

「おま、急に、言葉をだな──」

「ものの例え、ですよ」

 その割に少しだけ赤面して見えるのは、俺の気のせいなのだろうか……、

「お、おう……?」

「では、今日ここまでの日々に最大の感謝を込めて、ここに約束します──貴方達と共に青春を謳歌したなら、この命を貴方に預けましょう」

「……ふん、いいのか、そんな約束をしてしまって?」

「そちらこそ──私の青春を軽視していませんか?」

 佐藤と同じ、その悪戯心と慕情とを、二対一で混ぜ合わせたような笑顔に──俺はもう、後悔にも罪悪感にも浸らない。

「おお、怖い怖い。佐藤に丸投げしてしまいそうだ」

「それではまた犬迫さんに襲われそうですね?」

 ここから先、ただ誠実にこの二つの約束を果たしていけばいいのだから。

「ふんっ──冗談だ」

「ええ──……ですから、必ず大事なく今日を終えましょう」

「ああ、そのつもりだ」

「急ぎましょうか、決着は近いのでしょう?」

 交わる視線が一歩、また一歩と近付く──いよいよという事らしい。

「ん、あぁ、そうだな──俺はどうしていればいい?」

「そうですね──膝立ち状態になって目を瞑っていて下さい」

 セオリーで言えば、俺は血を吸われて同族になる。

「やっぱり噛まれたりする訳か?」

「いえ、痛みはないと思いますよ」

「ん? ならどうやって、」

「条件は無条件で呑むんですよね?」

 惜しみない笑顔に、後悔にも罪悪感にも浸ることはないが、苦手とすることに変わりはないらしい。

「お、おう」

「なら、私を受け入れて下さいね──はいはい、目を瞑って瞑って」

 そもそも、この手の女の笑顔は狡いのだ──何かを投げ打ってでも叶えたいと、自身の憧れと相反していたモノだから……、

「……承知した」

「では、いきますよ」

 近くで歯と歯とが噛み合う音がした──


「んんっ──!?」

「ん、……ぅん」


 血を──飲まされているらしい。

「んぅっ──んく」

「ん、ぅん……」

 噎せ返る血臭と子供の泣き声が、頭を──自分のものではない記憶が、経験が、殴り付けるように刻まれる。

「むぅ──ぅ」

「んー……ちゅ」

 求めたモノは忠誠、いや献身……だったのか?

「ん……あぁ」

「む、ん──」

 唯一、……確と掴めた光景が──酸鼻の極まった、人という残骸で作られた血の海で沈む吸血鬼。

「ぁ──んぅ」

「ふっ……んん」

 そこに比喩など一切ない──……あぁ、コレこそ吸血鬼だとも。

 薄暗い一室で血に濡れなかった箇所を探す方が困難であり、幾度となく繰り返された血の宴に、その全てが咽び泣いているようだった──だが、それなら何故早乙女は……、

「ぷ、はっ──」

「はぅ──……もういいと思うんですが、えー、どうでしょうか? ……あ、青鹿さーん、私が分かりますかー」

 痛い程に押さえられた頬の手は無事に離された。

 奪われた唇も優しく解放された。

 思っていた以上に精神を侵された訳でもない。

 体調もすこぶる良好──だのに、この言い表せない焦燥は何だ?

「…………まさかとは思うが、『貴方が初めてでよかった』とはこういうことか?」

「あ、あれ、……えーと、いきなりソコですか……?」

 目を丸くして、漸くといった具合で問い掛けられた──どうやら驚きのことらしい。

「他に聞くべきことはないな」

「体に異常はない……ですか?」

 全身を隈なく観察され、質疑も加わる。

「ないな」

「青鹿さんの心は青鹿さんの……まま?」

 その心配は心からのものに違いなく、 

「今の所、変わりない」

「──……、……ひゃぁー」

 だからこそ──俺の態度は、彼女に赤恥を体現させたらしい。

「おい、馬鹿っ、ここで逃げ出す奴があるかっ!?」

「は、離して下さい──ど、ど、どうしてそんなにも平気でいられるんですっ?」

「それはどっちの意味でだ?」

「ど、どっちの意味ででもですっ──そ、それを私に言わせるのは……セ、セクハラですよ」

「比較的に言えば、先程の──」

「あーー──聞こえません、聞こえませんよー」

「それ程取り乱すのなら、もっと方法があったろうに」

「それは、ママがっ──……くぅぅ」

 些か、度が過ぎた意趣返しになってしまったのかもしれない──こちらの焦燥など、疾うに消えていた。

「分かった、分かった、もう不問としよう」

「……はい、すいません」

「それにしても何だ──こう実感みたいなものがないな」

「……あの、本当に大丈夫なんでしょうか──私の時と状況が違うのは分かります。それでも他人の記憶を見るような、多少の変化はあったと思うんですが」

 確かに見た──だが確実に、君の見たモノとは違う筈だ。

「ん、あぁ、吸血鬼の記憶みたいなのは見たな」

「吸血鬼の、記憶……ですか──私の記憶でもなく、私の母親の記憶でもなく?」

 あの光景を俯瞰して、『今でも母を尊敬していられる』とは語れない──彼女に伝えるべきではないのだろう。古い時代、古の場所で、そういった事実があったという知識だけがあればいい。

「君に伝えられる程鮮明ではなかったから、それ以上は聞かれても困る」

「そう……ですか、私の時とは随分と違う様ですね──どうです、力は何か使えそうですか?」

 起因も、その結末すら不確かなもので心悩ます必要はない──そして何より、今は目的ではなく手段を求めているのだから。

「何とも言えないな。やたらと試す訳にも──っ!?」

「青鹿さんっ!」

「……ああ、その程度は俺も分かるらしい」


 歌声が──この歌こそが世界の真実だと黄昏時の屋上を侵す。


【私の飢餓は貴方が満たしてくれたから──故に食みましょう──私の孤独は貴方が埋めてくれたから──故に裂きましょう────徒人が紡いだ夢想と、徒人(いたずらびと)が描いた夢想の邂逅こそ……貴女と私を繋いだ楔】


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