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吸血鬼(仮)  作者:
5/11

狼少女の世界

 犬畜生にも劣る存在だと、幾度となく言われてきた。

 結果的にそれは正しかったのかもしれないけど、そんな存在を生んだのはアンタ達だ。


 引き裂いた肉の感覚を忘れられない……


 昔日の日に見た、童話の動物達が羨ましかった。

 童話の狼達に肩入れしたことを優しいと、褒めたのもアンタ達だった筈だ。

 

 嚙み砕いた骨の感触に打ち震えていた……


 夢見がちの少女だった。

 それを認めてくれたのがアンタで、


 噴き上がる血飛沫に心洗われるようで、


 その結末に涙したことさえあった。

 狼の武勇を誇らしげに語ってくれたのアンタだった。


 噎せ返る血の臭いに、生を実感した。


 人狼──狼達が勝者となってもいいと、そう教えてくれたのはどっちだったろう…………。


 あたしの心は過去に向かう──いや、向かわなければならない。

 思い出したくはなかった。

 戻りたいなどと、考えたくもなかった。

 今の家族に不満など、一切ない。畜生の果てを見たあたしがここまで──いや、先輩に出逢うまでに回復したのは、間違いなく今の家族のおかげだ。

 それでも──

「心を救われたのは、先輩に──なんだぁ」

 先輩にとっては日常の一コマ、先輩にとってはただの日常の連続──それでも、誰が何と言おうとあたしの心は救われた。

 あたしに笑顔を教えてくれた先輩、あたしに友愛を教えてくれた先輩、あたしに日常を教えてくれた先輩、あたしに未来をくれた先輩。

 そんな先輩が、泣きそうな顔で話すから──


『うん、別れちゃった』


 あたしに許せるはずがなかった。

 あの日常を羨ましいと、嫉妬の情念を燃やした私は……私を、許せそうになかった。

「それでも、これはあんまりじゃないですか? 先輩──あなたは、……それでも」


『でも、早乙女さんは分かってくれたんだよね。今こうして一緒に歩いてるんだもん──わたしは、それだけで嬉しいよ』

『……オマエ、いつか刺されろよ』

『ああ、これは……』

『二人揃って、しみじみと言ってくれるなよ』


 違うっ──! 

 おまえの隣を歩くのは先輩であって、そんな女じゃない。

 それに何だ、その女は?

 あたしは舐められない様に──成すべきことを果たす為に、自分に出来る最大限の努力を始めていた。それでも、あの日から少しずつ思いだしてきた、畜生の果てすら浅い……

「──そんなことがあってたまるかっ!」

 あたしにはこれしかないんだから、これであの男を……。


『イ、……悪戯、でしょうか?』

『色々と気を使って貰って悪いが、心当たりがない──正確に言えば、無い訳ではないが、今更こんな幼稚な真似をする連中はいない』


 あの女の邪魔立てがないように、立ち回る必要があるのかもしれない。

 畜生の果てと言っても、今や可能性がある──そんな程度にまで落ち込んだ力だ。今この手にある感触をより確かなものとするためであり、あの男の孤立を促すためでもある最善の方法を私は見出した──『汝は人狼なりや?』

 過去に立ち返ったあたしは、思い出していたから。その作法も、規則も──その本質も余すことなくだ。


『一応試してみたつもりだが、早乙女から見てどうだった?』

『少なくとも嘘を吐いてるようには見えませんでしたね』

『頼もしいな』


 なのに、あの男は揺らがない。


『そ、そうですっ、私のことより──今朝のアレは良くないのでは?』

『ん、まぁ笑えない方向に行っちまったな』

『オマエ、まさか』


 周りの連中も……先輩すら、微塵も揺らがずあの男の傍に居続けている。

 あたしはこの先、この真実の中でさえ先輩に嫌われる覚悟を決めたのに──……よりにもよって、今あたしは庇われている。

「あの男にだっ!」

 この屈辱を越えるものを、……あの日々の中でさえ見出せない。

 

『このゲームでは狼が勝っていいんだ』

『またぁ、そんなものを教えて……』


 そうだ、アンタ達がそう言った筈だ。

 

『なんだ、そのカードはっ! そんなもので遊ぶ暇があったら酒買って来いっ! ──……畜生、こんなガキさえいなけりゃ、あーーっ!』

『ちょっと、顔は止めなって。これ以上の面倒事は嫌よ、昨日だって──っ』


 思い出せたよ、青鹿センパイ…………


 あたしはこの世界の人狼だ。

 吊るすことが出来なかったから──夜が来て首を刎ねてしまったから──あたしとアンタで二人きり、だから首元から食み裂いた。

 人として食したモノを、吐瀉物として吐き捨てた──あの感覚を、臭いも食感もその味も思い出せたから……もう要らない。

 思い出せた、思い出せたよ、今なら直ぐにでも……──いや、あたしは人狼なんだ。

 規則は守らないと──村人はあと一人いるんだから。

「今日はもう休もう──こんなあたしを先輩には見せられない」

 幸せな世界で生まれて、歪な世界を壊して、忘れられた世界を生きてきた。

 今日からこの先が、どうなるかあたしにも分からない。

 ただ、こんな世界を産んでくれてありがとう。育てて、守ってくれてありがとう──そして、救ってくれてありがとうございました。あなたはきっと、すべてを知ってなお、必要ないと言ってくれるでしょう。

 それでも、あたしが認められなかったから──どうかこんなあたしを許して下さい。


「どんな形で終わってもいい──あたしは、あの男とあなたを割き繋ぐ楔となりたいのです」


 この世界を支えたあの人が、悲哀に沈んでしまうと言うのなら、この世界すら貪ろう──あぁ、あたしは確かに犬畜生に劣る大馬鹿者だ。



 結論から言ってしまえば、彼女を捕まえられなかった。

「なぁ、犬迫が休んでいるみたいなんだが知ってるか?」

「えっ? うん、昨日から体調を崩しちゃったみたいでお休み──どうしたの、優女子ちゃんに用事?」

 夜が明けて人狼側を捕まえられない──それは一種の詰みと言える。

 そもそも、今までの諸々全てを昼とした場合、では夜は? という疑問がない訳ではない。今日という日を迎えても、問題なく間違いもなく、佐藤、澤村の両名は学校に来ている。

 やはり、ゲームマスターがプレイヤーを兼ねるというその変則性が影響しているのか……。それとも、俺が何か決定的なモノを見落としているのか……

「──ねぇ、青鹿くん? 青鹿くんってばっ!」

「おぉ、済まない、聞いてなかった──話しておきたいことだったよな?」

「うん、そうだけど……もしかして、優女子ちゃんと何かあった?」

「少し話をしたし、改めて話をしたいとも思っている」

 この程度の嘘はどうか許して欲しい。

「そっか、わたしの出番はない?」

「必要になったら声をかける」

「うん。優女子ちゃんの様子がちょっと変だなぁーって、気になってたから話が聞けて良かった──……でもね、話しておきたいことは違うのだよ」

「おう」

 犬迫の様子がどのように変なのか、聞いてみたい気持ちもあるが、藪蛇になりかねない故にやめた。

「一つはあの黒板のこと──ああいう事があって、外から見える今のわたしたちの関係は、青鹿くんにとって迷惑なのかなって、そう思った」

「そうか」

「あとは……早乙女さんにも迷惑じゃないかなって。少なくとも今のわたしじゃ、早乙女さんと向き合う資格はないから」

「早乙女は別に……まぁいい、きっぱりと距離を置く気になったか?」

「ううん──わたしって、意外と面倒な女みたいなの、許してくれる?」

「ふん、……一年だ。この一年で俺達はどうしようと変わってしまう。それは進路だったり、新しい出会いだったり、辛い別れだったりするかもしれない。その中で、明確な答えが出せたなら──そして出せなかったとしても、サヨナラだ」

 彼女はいつかの告白の日を思い出しそうな、そんな笑顔を未だ俺へと向ける──そんな笑顔にでさえ、いや、だからこそ別れを告げなければならない。

「お別れが前提なんだね」

「そこは佐藤が頑張れ──俺は元々、碌でもない人間らしい」

 それは、いつかの別れの日に出来なかった約束。


「うん、知ってるっ!」


「……き、今日はどうする?」

 理性に空白を作るような笑顔を、新たに向けれた──この笑顔を陰らすような出来事が、この先一年間の内に起こる。

「約束は話だけだったから、今日はここまで」

「そうか」

 それを侘しいと、そう感じてしまうのは俺の独善だと戒めよう。

「優女子ちゃんのこと、よろしくね。あの子、絶対見せようとしないけど抱えているものがあるみたい──わたしじゃ無理かもしれないけど、青鹿くんなら出来るかも」

「根拠は?」

「ないよっ。今回はちょっと自信がないけど──わたしでも青鹿くんでも、切っ掛けさえあれば何とかなると思うの。わたしと優女子ちゃんだと、そんな切っ掛けが日常に埋もれてしまうから。だから、青鹿くんならって」

「了解した、善処する」

「うん、お願い」


 お願いされたものの、体調を崩したというのが本当ならどうしようもない。

 まぁ、十中八九嘘だ──だが、そう前提を踏むと、今日ここまで平穏無事でいられたことが奇異であるのは明白だ。

 今朝、当然机の上も中も黒板も確認した。昼は犬迫のクラスに行ってみた、一応教室に戻る前に下駄箱も確認した。放課後は佐藤といた訳だから、ある意味一番安全だったのかもしれない。

 後は家に帰るだけ──プレイヤーは出揃ったのか? 村人は、人狼は? 昼と夜の境目は? 俺の勝利条件は? あと一つ……早乙女は犬迫について何か気付いたことがあったのではないか? 

 思考と選択は無数に浮かぶ。だが、犬迫が休んでいる──その事実だけを見て、導き出せる一つの予想がある。だがやはり、果たして、そこまでの行動の先、求める結果が見えてこない。

 それでも、あぁ──


「こんにちは──青鹿センパイ」


 予想は当たるらしい。

「よう、後輩──今日は調子が悪いんじゃないのか?」

 夕陽が陰る家のベランダから降りかかる言葉は、悪意に満ちていて、今日この場所こそがゲームの舞台であると告げていた。

「おかげ様でこの通り、狼退治が出来る程度には回復しました」

「何だ、コレは?」

 ドス黒い赤が生々しい……鴉の死骸が、庭先に転がっていた。

「見て分かりませんか? ちなみに、追い払った時にこんなモノを落として行きましたよ」

 投げられる一冊のノート、

「──って、危ないだろっ!」

「まぁまぁ、そう言わず」

「……『早乙女 玲杏』か」

 ノートには間違いなくそう書いてあった。

「一体、何の嫌がらせなんでしょうね、ふふっ、あははは、あははははははは──」

「なぁ──場所を変えないか? もう少しで母親が帰ってくる。どうやって家に入ったか知らないが、女を連れ込んだと、面倒になる」

「──ねぇ、青鹿センパイ。青鹿センパイが気にしなきゃいけないのはそんなコト? あなたはもう少し……危機感を持った方がいいっ!」

「そう言われてもな──後は狼を吊るすだけの流れ作業だからな」

「へぇ……、いいでしょう。少なくとも、あたしがここにいる限りあなたの母親はここに辿り着けない」

「お前……」

 後輩の女は、ベランダの手摺に肘を置いたまま不遜にそう言い放つ。

「いえいえ、決して今あなたが想像した物騒なことではなく──ここは人狼というゲームの舞台なのですから、プレイヤー以外はここに来られない、ただ、それだけですよ」

 虚構と現実の区別が、といった類のものか? いや、どこかで違うと認識している自分がいる──それでも、


「意味が分かんねぇな」


 そう、分からないことが多すぎる。

「狼を吊るすんでしょう? まさか、何も聞かせてくれないままってことはないでしょう──これは『汝は人狼なりや?』、それ相応の理由が求めれる。神の手を気取る、なんてのは止めて下さいよ」

「仕方ない、口車に乗ろう──正直に言ってしまえば、誰が人狼かなんてのは直ぐに予想が付いた。メタ推理、でいいのか? 本来なら趣味じゃないが、俺を何らかのターゲットにした時の選択肢が少なすぎるからな。その前提の中で、佐藤、澤村と続いて答えが出た」

「ちなみにその前提を確立したのは何時でしょう?」

「ん? 初日に帰って、人狼について調べていたら浮かんだな」

「ああ、それでは確かにあの様子も納得できる──つまらなかったでしょう、このゲームは」

「いやそうでもない。佐藤の時はワクワクしたし、澤村の時もあいつには悪いが存外楽しめた──だが、良かったのか? 俺が気付いていなければ犯人探しが始まって、いずれ佐藤の耳に入るかもしれなかったんだぞ」

「……余計なお世話です」

 今日初めて感情が揺れた。

 こいつは結局、佐藤が一番なんだ──なら、この諸々もそこに収束される筈。

「佐藤との別れ話の件か?」

「──話が逸れましたね。今はそんなことよりあなたの推理を聞かせて下さい」

「そんなことって、お前──まぁ、後で話そう」

「それは是非に」

「……答えは、『色』だろ? 初めのカードが緑、次が赤で、チョークも赤、流石に笑えそうにないが今日のも赤──正式にはブルーグリーンと赤エンジだったか? 運も悪かったな、転校生が来たおかげでクラスメイト達が話していた」

「どの道、あたしの負けでしたか……」

「変則に過ぎるが、催しとしては悪くなかった──コレを除けばな。別に昨日の段階で終わっていれば良かった、何故無理に早乙女を巻き込んだ?」

 その必要性を感じない──この小さな命に見合う理由を見出せない。

「少しだけ、我慢が応えたのと……──あなた方が、疑わないからっ」

「あん?」

 深い感情を伴った二度目の変調は、その意味を理解出来なかった。

「……悪戯にしてはタチの悪い、こんなことが続けばどういう感情を抱くのが普通でしょうか?」

「何だぁ、猜疑心にでも駆られろと?」

「多くはそうでしょうっ──でも、あなたはっ!」

「悪い、今の状況と人員じゃ難しいな」

「そうだっ、あなたは恵まれているっ! それなのにあなたは手放そうとするっ、何が不満だっ、何が足りないっ!」

「『永遠』。唯──それだけだ」

「冗談……ですよね?」

「流石にこのタイミングで冗談も嘘も吐かない。それに佐藤も、後は澤村辺りは知っている」

「ふふっ……あははは、あーはっはっは──……そうやって、そうやって先輩を傷つけたのかっ!」

「否定できないな──それで、お前は俺にどうして欲しい? 何を目的としてこんなお遊びを始めた?」

 終始そこが見えてこなかった。

 色恋沙汰の仲介──それこそが真実でいい、今日ここまではそう思うことも出来た。


「あたしの世界を取り戻すため──」


 言葉の意味はまるで分からない……だがそれでも、これは命を脅かす、そういった類のものであると理解してしまった。

「世界……」

「──話を戻しましょう。ここは人狼が紛れ込んだ世界、あなたは昼の内に一人を吊らなければならない」

「なっ……?」

 現れたのは縄──吊り人を処すそれは既に彼女の首に巻かれ、その先が目の前まで垂れてくる。

「あなたは答えを出した筈だ──これでゲームは終わり。上から下へと、平時とは逆ですが、心配しないで下さい。この世界でそれを引けば、あたしは確実に吊るされて死ぬでしょう。現代の法に処されることもない…………人狼は吊られて世界は平和になりました、めでたしめでたし、と」

「……それに、何の意味がある?」

「あたしの目的は楔となることです──知ってますか? 楔というのは、あるモノとモノを裂き割るために使われ、あるモノとモノを固く繋ぐ為にも使われるんですよ」

「俺と佐藤の関係を終わらせろと、そう言いたい訳か?」

「違うっ──あなたは何も分かっていない。先輩の気持ちは本物です。あなたに向けた言葉も信頼も、未だ変わらずその胸にある。いずれ癒える傷かもしれない……だけどあたしは認めない。先輩が、今悲しんでる──だったらあたしは、あたしのやり方で先輩を救いたいっ!」

「今回の件で被る責め苦は、俺が負うものだと理解している──それでも、これはやり過ぎなんじゃないか」

 彼女の言葉一つ一つが本気であると理解出来て尚、こんな言葉しか用意できない自分が情けない。

 その動機も思考も理解が出来る──むしろ賛同すらしたい。だが、今ここにある手段とその先だけは想像すら出来ない。

「いえ、先輩の幸せを願うのならこの程度は当然──時間もありませんし、もっと単純な話をしましょう。日が沈むまでにその縄を引くことが出来れば、青鹿センパイの勝ちです。もし引けなかったならあたしの勝ち…………ねぇ、こんなにも分かりやすい」

「……その結果の先に何がある?」

「ある意味、あなたが望んだ『永遠』の話ですよ」

「あん?」

「前者を選んだ場合、あたしという世界が終わり、真実に戻ったあなたは、あたしの存在が掻き消えたことを知るでしょう。後者を選んだ場合、あたしは躊躇いなくあなたの首を刎ねて、あなたが存在し得ない真実に戻ります──……こちらは上手くいくか分かりませんが、少なくとも先輩は、あなたのことを忘れられる」

「どちらを選んだとしても禍根が残り続けると、そういう意味か?」

 前者を選んだなら俺は、佐藤と犬迫に対して一種の罪と負い目を背負う形となる。後者は逆に、犬迫が佐藤に対してそれらを負ってしまう。勿論、犬迫の話を全て信じた場合だが、

「禍根とは言葉が悪いし、主を取り違えている──前者ならば、あなたは先輩に対して消えることのない罪を負う。それが身を結ぶかと言われれば、確実ではないとしか言えない。でもあたしは、今このまま何もしないでいるよりはマシだと判断した。後者は言うまでもなく、あなたという存在を忘れた、新たな先輩の人生が始まる。あたしはあなたを……先輩を泣かしたあなたを、絶対に認めない」

「それがお前の言う楔か?」

「──はい」

「そうか──……ちなみに逃げ出そうしたらどうなる」

 その、多幸感さえ窺える笑顔を前に──どうにも信じてしまいそうだ。

「刎ねます」

「だろうな──確かに、佐藤にはそれだけの価値があるのかもしれない」

「引かないんですか?」

「俺もこんな所で終わるつもりはなかったんだが、どうにも詰みらしい……俺が望んだ『永遠』の考察、見事だった。後は、全部夢か何かだったってのを願うしかない」

「先輩に誓って真実です」

「そうかい──それは残念だ」

「日が、沈みますね」

「……ああ」


「貴女と朝を迎えることは出来ないから──吊りましょう──貴女と夜を越えられないから──食みましょう────平和なる邂逅と無残たる血色の日々こそ……貴女と私を繋いだ楔」


 きっとこの歌こそが彼女の愛した世界。


狼少女(ワーウルフ )


 整えられた短髪は所逆立ち、耳が現れ、人類の捕食者たる顎と牙が形どられていく。未だ人だったその両腕さえも毛に覆われ、上半身はしなやかでありながら、要所において筋肉が盛り上がるのが見て取れた。

 正しく、その姿は人狼──

「夢でも、現実であっても……悪くない」

 それがその神秘に対する解答で、今際の際の言葉となった。

「さようなら……青鹿センパイ」


 ベランダからの跳躍を、今更心配するまでもない──着地と供に、俺の首は刎ねられるのだろう……。


 肉を裂く音が聞こえた。


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