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吸血鬼(仮)  作者:
4/11

『汝は人狼なりや?』

「あー、早乙女さんだ。今日はここでお昼?」

「ええ」

「あれ? もう食べ終わっちゃった?」

「早乙女さんは遅れている授業の範囲を、昼休みの始めに教えて貰ってるんだって。その時に軽食で済ませてしまうから、今までは少し遠慮してたんだよ」

「そんなの気にしなくていいのに。そっかー、転校生も大変なんだ」

「いえ、楽しいことばかりです」

「そうだ、早乙女さんはここの制服気に入った?」

「ええ、大変可愛らしいかと」

「それは良かった、前の学校より可愛くなかったらヤダもんね。でも、もし去年の内に転校していーたーらー……」

「えーと、どうなっていたのでしょう?」

「うん、去年の学年の色はブルーグリーンとか言ってね、それはそれはこの制服に合わないの」

「あー、それはわたしも思ったかな」

「三年生の赤、最上級生の赤──だからね、感慨深いものがあるんだよ。あっ、正確には赤エンジだっけ? で、もっ! 今っ、私の中で一番の問題は、愛しの彼氏君からは何て言われたのか、かな。かなー?」

「ち、ちょっと急に、宮藤さんっ!?」


 ああしてクラスに馴染む彼女を見ていると──彼女と俺は似てはいるが、違うのだとも感じる。

「おい、アレはオマエの入れ知恵だって?」

「まぁ多少は」

 結局の所、佐藤に相談した訳だから俺がしたことなんて高が知れている。

「何だぁ? 含みのある言い方だな」

「勘繰るなよ。多少手伝うことがあっても、実働は佐藤みたいなもんだってことだ」

 俺と早乙女みたいな社会不適合者が寄り合わさった所で、状況の改善が見られる筈もなく、結局は佐藤に相談した──唯それだけだ。

「オマエ、その内佐藤に頭が上がらなくなるんじゃないか」

「目下検討中だ」

「いい心掛けだな──それにしてもアレ、嘘だろ? 本当はどこに行ってんだ」

「さぁな、そこまでは聞いてない」

「よく分かんねぇな……確かに、オマエに似てるのかもしれない」

「それは佐藤が?」

「まぁな」

「お前はどう思う?」

「……表面的には近しい部分があるのかもしれない。それでも、アレはオマエに必要ない──そうだろ?」

「理解のある友人を持てて嬉しいよ」

 アレと指されたのは歓談中のクラスメイト達──確かに俺の求める風景ではない。

「だから分かんねぇ、だ。オマエと似ている所をあえて挙げるなら、その取っつき難い性質だろ」

「違いない──一つ聞こう。お前、永遠という言葉に何を思う?」

「……付きあいは長いが、そうして直接意見を求められたのは初めてだな」

「無駄なことはしない主義なんだ」

 多少の理解があることは知っていた──だがだからこそ、その必要性を感じないということもある。

「なら、何故今、と聞く前にオレの答えを言っておかないとな──おかげ様でその言葉を聞けば、オマエを思い浮かべるようになったよ。何にせよ、言葉通りのモノは存在し得ず、日々の中に見出すモノと認識しているな」

「ほう、気味の悪い言葉を除けば、存外まともな答えが返ってくる」

 つまりはこういう事だ。模範的な、最も正答に近い言葉が聞けると予想出来ていたから──短くない付き合いだ、その程度の事ならば俺でも測ることが出来る。

「どういたしまして──で、今更になってそんな事を聞いた意味は?」

「その言葉に──どちらかと問われれば、負の感情を向けた奴がいた。だから、俺はそいつを気に掛けている、それだけだ」

「結局、ソレ絡みな訳な。佐藤には?」

「言ってないな」

「まぁ難しい所だわな、伝えるべきか否か。分かった、心に留めておくし、また傍観を決め込むことにするさ」

「別にそういう意味で言った訳じゃないんだがな」

「なら──っと」


「青鹿さんっ、次、移動教室ですよ」


「ん? ああっ」

 俺が協力するのはこの程度──表面的に近しいらしい俺がいて、尚離れていかない友人探し。

「オレには難しいな、オマエ等の思惑を読むのは」

「そうか? まぁ、いずれ分かる」

 他人を篩に掛けるのは気が進まないが、さて幾ら残るのやら。



──で、結局残るのはいつものメンバーって訳か。

「どうやら青鹿さんは、随分と煙たがられているようですね」

「んー、青鹿くんだけが悪い訳じゃないんだけど」

「いや、そうでもないだろ。クラス行事に非協力的で、言葉には常に棘があって、仕舞には隠れた人気を誇っていた佐藤を持ってっちまった。女子たちには前者二つ、男子たちには主に後者で妬まれる──かといって完全な間違いを犯してる訳でもないから、最終的に敬遠される。ついでに、成績も上の方だからそっち方面で突っつくことも出来ない、な?」

「確かに、面倒な人ですね」

「おい」

「でも、早乙女さんは分かってくれたんだよね。今こうして一緒に歩いてるんだもん──わたしは、それだけで嬉しいよ」

「……オマエ、いつか刺されろよ」

「ああ、これは……」

「二人揃って、しみじみと言ってくれるなよ」

 俺だって、何も感じていない訳ではない。


「あ、先輩っ」


「あ、優女子ちゃん。こんにちは」

「はいっ」

 犬迫、か──今年度になって会うのは初めて……だな。彼女は、佐藤を随分慕っている。彼女には俺の口から佐藤との件を告げるべきではないか? それとも既に佐藤から伝え聞いただろうか? 佐藤と話しておかないといけない事柄だろう。

「えーと、こちら犬迫優女子ちゃん。わたしの部活の後輩なの──優女子ちゃん、この間話したでしょう? 転校生の早乙女さん、とってもいい人なの」

「早乙女玲杏です、どうぞ宜しく」

「犬迫優女子です」

 軽い会釈を交わす二人はどこか似ていて──いや、言葉を濁すのは止めよう。どこか相容れない、そんな距離感をもって挨拶を終えていた。

「えと、今日の部活はまた作戦会議だね」


「どうした?」

 佐藤も気付いたようで、物理的な距離を置き、話題を変えていた。

「いえ、なんでも」

「あの子はいつもあんなもんだよ、気にしないでやってくれ。ただただ、佐藤が大好きなヤツなんだ──気にしなきゃいけないのはむしろ、青鹿だよ」

「ん、ああ」

 それでも、早乙女の表情から読み取れるものはなかった。

「後ろから刺すという人材を選抜したなら、あの子がトップかな」

「笑えないな……佐藤はもう話したんだろうか?」

「さぁ。でも何も言ってこないんだ、まだなんじゃないか」

「……あの子は、唯の下級生なんですよね?」

「ん? その唯が指す範囲が分からないけど、特に今まで問題を起こしたこともないし──むしろ大人しいタイプのヤツなんじゃないかな」

「そう、ですか」

「何にせよ、俺が嫌われているのは間違いないからな……それで気が立っていたのかもしれない。気分を悪くしたなら俺のせいだ、済まない」

 早乙女はその程度で動じる奴じゃない、きっとそれ以上に何か感じたものがあったのだろう──果たしてそれを俺に伝えてくれるのか、否か。

「いえ、そんなつもりは──」

 

「うん、また放課後ねー」


 すれ違い様に会釈だけを残す彼女は、どこか凛としていて、その心情を慮るのは至難だった。

「──なぁ佐藤、犬迫には話したのか」

「え、うん……、冬休みの内にバレちゃった」

「そうか」

「うん。でも、何とか分かって貰えたと思うから」

「ああ──すまない。加えて礼も言おう、有難う」


「一つ、思うんですが」

「何をだ?」

 成果は未だ果たせず、佐藤を部活に見送れば俺と早乙女は二人になる。

 昼の件を聞いてみたかったが、先を越されたらしい。

「佐藤さんでは駄目なのでしょうか?」

「難しい問題だな」

 俺のような人間でも彼女ならと、そういう意味なんだろうな。

「少なくとも、私には彼女が眩しくて堪らない」

「だからこそ、なんだよ。友人のままでいれば、気付かなかったのかもしれない──二人に新しい役割が加わって、その光源に近づいて……佐藤の望みを推察するのは容易い。唯、それに答え続けられる自信がないんだ。例え、今一瞬の時間を誤魔化して、答えたとして何の意味がある? それこそ早乙女の言う、責任が持てないってヤツじゃないのか?」

「ええ、賛同できる考え方です──唯、佐藤さんの立場に立った時どうなのでしょう、と思わないでもないです。形成ったモノが壊れるというのは自然の成り行きとも言えます。それを無理に壊そうとしたことによって生じるものが、自然のものから外れていくのは道理なのかもしれないと。少し取り留めも無いことを考えました」

「確かに、普通ではないわな」

 無くなったものは確かにある、学園外での接触は皆無になったと言っていい。それでも学園内ではどうだ? クラスメイトの認識は未だに恋人同士で、依然と変わらず──いや、むしろ早乙女の件もあって増えているのではないか……。

「彼女もまた心の強い人と、言えるのでしょうね」

「ああ、それは保障するよ──何たって、っん? 何だぁ」

 履きなれた運動靴からの異物感。

「どうしたんです?」

「靴の中にメッセージカード的なものが入っていたな」

 靴の甲部分に這わす形で入っていたソレは、二つ折りの簡素な造りで──深い森に誘うような、くすんだ緑色をしていた。

「わ、私は席を外してますね」

「いや、恐らく──」

 少し拉げたそれを見て、彼女は勘違いをしたらしいが……、


『汝は人狼なりや?』


 一言、そんな言葉が綴られていた。

「そんな微笑ましいモノじゃないらしい──ほら、別に見てもいいぞ」

「では失礼しまして……えーと、どういった意味でしょうか?」

「確かそんなゲームがあるんだよ、知らないか?」

「いえ、そういったものに疎くて──どのようなゲームなのでしょう?」

「別に俺も詳しい訳じゃないが、パーティゲームの一種で、ある村に人狼が紛れ込んでしまった──多くはそんな舞台設定らしい。ゲームを始めるにあたって、プレイヤー達はその村の村人と人狼、他様々な役職になり切って村から人狼を排除しようとする。要は、騙し騙されを楽しむ趣味の悪いゲームだ」

「趣味が悪い──ですか?」

「未経験者の戯言だと思ってくれ。細かな違いはあるかもしれない、気になるならネットなり何なりで調べてくれ──問題は、コレがどういった意図でここにあるか? だ」

「イ、……悪戯、でしょうか?」

「色々と気を使って貰って悪いが、心当たりがない──正確に言えば、無い訳ではないが、今更こんな幼稚な真似をする連中はいない」

 本当に今更だ。

 少なくとも、進学クラスの連中にそんな真似をする奴はいなかった。それを、受験を控えた今更になって実行に移すか? 考えるまでもなく否だ──なら他のクラスか? それも否、知り合い、関係者、ことごとく皆無な俺にそれはない。

「人狼、……ですか」

「……あぁ、そうだな」

 唯、──佐藤絡みとなると……可能性は広がるのかもしれない。

「どうしたんです、急に考え込んで?」

「いや、なんでもない──悪い、俺も帰って調べてみる」


「あのっ!」


 いつかの日と同じように呼びとめられた。

「何だ?」

「いえ、……あの」

「言ったろ、気を使って貰う必要はない。心配もまぁ──そこまではしなくていい。佐藤や澤村の馬鹿にも伝えなくていい、必要になったら俺から伝える」

「──ええ、分かりました。お気をつけて」

「ああ」



 概要としては、俺の認識に間違いはなかったらしい。

 補完すべきところを挙げれば、昼と夜とのターン制による進行、ゲームの決着条件、進行にはゲームマスターと呼ばれる進行役が必要なこと、少数の人数で行うよりある程度の人数を集めた方がゲームとしては面白いこと──くらいか? 存外面白そうである、というのも加えてもいいかもしれない。第三勢力の役など、是非ともやってみたいと思う。

「趣味が悪いってのは、覆らなかったな」

 吊る、騙る、咬むやら襲撃やら、不穏な言葉が多すぎる。加えて多数決による排斥の法──いや、ゲームとしては面白そうなんだがな。

 現状──そう、現状に当て嵌めてみてどうか? まずはプレイヤーの不在、最低でも四人は必要なゲームで、現状俺とメッセージカードの送り主のみ──これではゲームにならない。送り主が人狼だとすれば俺は既に負けている状態であるし、村人だとすれば人狼は誰なのかと話になる。ゲームマスターをメッセージカードの送り主とした場合、既にゲームは始まっており、プレイヤー達は俺のように人狼について理解を深めている段階である……、

「ないな」

 邪道で邪推とも言える、一つの予想があるにはあるが……、ん? 何だぁ?

「赤いメッセージカード、か」

 朝一番の教室は、既に賑わいの中にある。

 そんな中、俺の机の中にある筈のノートが机の上にあり、昨日のメッセージカードと色違いであろうモノが挟まれていた。

「読むしかないわな」


『あなたをゆるさない さとうおあい』


 切り抜きで記された不穏な言葉に、心を抉られたように思う。

「普通に怖い。……いっそ本人にこの通りに言われれば、ある意味楽だったんだが」


「何が楽なのかな?」


「どぅっ、佐藤!? お、──お早う!」

「うん、青鹿くん、おはよう」

「急に声をかけるから驚いた──ほら、これだ」

 慌てる心を落ち着かせ、一度は隠した筈の例のカードを公開する。

「なんじは人狼なりや?」

「そういうゲームがあるんだよ、知ってるか?」

 どうやら上手くいったらしく安心した。

「ううん──わたしも知ってた方がいい?」

「いや、まぁどっちでもいい」

「……青鹿さん」

「よう、早乙女」

「──ええ、お早うございます」

「青鹿くん、ちなみにどんななの?」

「騙して騙されて、それを楽しめるゲームだ」

 自然と、昨日と変わらぬ認識が口から零れていた。


「結局、何と書かれてあったのですか?」

 相も変わらず、今日も二人の放課後──そんな言葉をかけられた。

 理解していただろうし、この機会を待っていてくれてもいたんだろう。

「あなたを許さない、佐藤葵──白だわな」

「彼女がこの様なことはしないと、この短期間の付き合いで確信を持って言えるのが不思議です」

「一応試してみたつもりだが、早乙女から見てどうだった?」

「少なくとも、嘘を吐いているようには見えませんでしたね」

「頼もしいな」

 思想と試行を、別のモノとして見聞出来る人材は有り難い。

「人狼、というゲームが始まったということでしょうか?」

「難しいな。決着、勝利条件と言えばいいのか? ──明確なそれが見えてこない」

「確か村人側は人狼側をゼロに、人狼側は村人側と同数になれば勝利ですよね」

「第三勢力を考慮しない場合はな」

「吸血鬼……ですね」

「ん? まぁ、ハムスターだったり狐だったりするらしいが、今回に関して言えば考慮しなくていい筈だ」

「それは何故です?」

「俺にこうして吹っ掛けて来てるんだ──なら、プレイヤーが限られる」

 第三勢力が役職として登場する場合、最低五人のプレイヤーがいる。予想では、俺と送り主、佐藤と澤村を入れて四人──もしも、もう一人加わることがあっても早乙女くらいだ。その場合も結局、第三勢力が勝つという状況は起こらない。

 このゲームは結局、俺と送り主との一騎討ち──俺が何をもって勝って、負けたことになるのかは分からないが……。

「……、もしかしてですが、楽しんでいませんか?」

「ん? そうだな、こういう非日常は嫌いじゃない。こういった類のゲーム自体、一種のビジネスや、それ等の教材となり得る側面もあるからな」

 ゲームマスターを兼ねたプレイヤーがいる時点で、その効果は半減だが──これはこれで面白い。

「呆れました、心配していた私が馬鹿みたいじゃないですか……」

「どうも──まぁ、本当は村人ではなく、第三勢力として動くのが個人的には好みだがな」

「……私は、第三勢力にはなりたくないですね」

「何にせよ、勝利条件を明確にしない限りなんとも言えないことだ。現状の不満を言えば、俺から起こせるアクションが皆無な所だな」

「村人は怪しいと思われる村人を……糾弾するんですよね?」

「そうだな」

「人狼は村人を──」

「心配しなくていい、それはゲームの中での話だ」

「ですが、」

「それに──少なくとも夜はまだ来ない」

 プレイヤーが、あと一人は必要なのだから。



「あん?」

 今日は一段と騒がしいと、廊下でいてさえ判断できた教室が、一瞬でしかないが静寂に包まれた──俺が教室に入った瞬間に。

「おい、バカッ、アオッ! ──ちょっと来い、なぁー」

「おいっ、何だってんだ」

「いいから、来いって」

 急かされ、肩もとられた俺は、否応にもついていかされた先でそれを見せられた。


『青鹿は佐藤に対して最低の裏切りをした 澤村』


 赤いチョークで書かれたそれは、教室の後ろ側の黒板──写真に収められた場所は、間違いなく俺達のクラスだった。

「そう来たか……」

 今日もメッセージカードがあるだろう、くらいにしか考えていなかった。

「おいっ、心当たりがあるのかっ?」

「ん、まぁな」

 これだと澤村はもちろん、佐藤にも伝えずにはいられない──どうしたものか。

「一応言っとくが、オレじゃないぞ」

「そんなことは分かってる、ほら」

「『汝は人狼なりや?』と……、『あなたをゆるさない さとうおあい』──おいっ、オマエ、コレ」

「先に読んだのが一昨日下駄箱、後が昨日の朝机の上だ」

 鞄から取り出したモノに、目を見開いたままでいた澤村に補足を加える。

「そういう事じゃなくてだな。何故相談しなかった? 前のはともかく──後のには悪意がある」

「少なくとも、真実あるべき感情だ」

「オマエッ、それ本気で言ってるのかっ」

「佐藤にはそんな感情がないと? それこそあり得ない。あいつは聖女でも天使でもない、普通の女だ──唯それを口にしないだけ。だから、代弁者の言葉に耳を傾けるのも悪くない、そう思っただけだ」

「……代弁者と言うからには、佐藤を疑っている訳じゃないんだな?」

「そりゃそうだ、佐藤はこういうやり方はしない。故に、伝えてもいない」

「オマエ……」

「無駄に心配させるのは趣味じゃないからな──唯、今回のをどうするか」

「まだ佐藤には知られていない筈だ。朝の早い段階で俺にこれが送られてきたことを確認したから、慌てて緘口令を引いた。もちろん、説明はしないといけないが、兎に角オマエと話をしないことに始まらなかった」

「そうか、有難い──この諸々に当てはあるんだ、何とか誤魔化せないか」

 今回に限って言えば、こいつの人望に助けられたらしい。

「それは佐藤に伝えるなと、いうことか?」

「いや、今日のソレについては何らかの形で伝えるべきだ。人の口には、ってのがあるだろ? 変な形で伝わるくらいなら、お前の口から捻じ曲げた事実を伝えて欲しい」

「捻じ曲げるって、オマエ……簡単に言うけどな」

「俺を悪役にしてくれればいい──だが、この人狼に関しては黙っていて欲しい」

 無駄な心配と、無駄な心労を抱かなくて済むようにしたい。

「……──なら、不在の犯人Aを仕立てますか」

「お前に任せる──あと、ついでに一つ頼めないか」

「ああ?」


 澤村の捻じ曲げた真実とは中々に良く出来ていて、俺と澤村、佐藤の仲を分断させようとした犯人Aがいたが、俺が現場を押さえて解決したと──その際、俺が黒板の処理を忘れていたというオチがついて、今回の一件は日常に埋もれていく……筈だった。

「ねぇ青鹿くん、久しぶりに一緒に帰れない? 話しておきたいことがあるの」

「お、おう」

 騙しきれるとは思っていなかった。

「自分から言っておいて申し訳ないんだけど、明日の放課後でいいかな?」

「ああ、問題ない」

 それでも、こんなにも真剣な面持ちで迫られるとは思ってもいなかった。

「ごめんね、今日の部活は抜けられそうになくて──時間がある時に、落ち着いてゆっくり話そう」

「ああ」

「早乙女さんも、ごめんね……ちょっと、」

「いえ、分かっていますから。それに彼と私は校門までで別れてしまいますから、元より問題ないですよ」

「そうなんだ。でも──うん、ありがとう」

「じゃぁな、また明日」

 この帰り方が始まって三回目──未だ隣人は増えないが、それぞれの親交は違う形で深まっているようだった。


「うんっ、またね」


 親交が深まるのはいいことだが、昨日一昨日とはいなかった隣人が騒ぎ立てる未来が目に見えていて憂鬱でもある。

「説明をしろ、説明を」

「何のだよ」

「全部だ、全部。誰もが羨むような状況があって、どう控えめに見積もってもなかなかの厄介事も抱えている──オマエ、死ぬのか」

「馬鹿、中途半端に笑いを取ろうとするな」

「いやいや、本人を目の前にアレだが、早乙女は結構人気だぞ。それはもう、オマエの寿命がまた縮む程度には」

「またか……」

「私が……ですか?」

「だから、心配してんだ。早乙女は、もう?」

「ああ、知っている。最初の分は現場にいたからな」

 この会話も必然か……実際、巻き込んだことには変わらない訳だしな。

「そ、そうですっ、私のことより──今朝のアレは良くないのでは?」

「ん、まぁ笑えない方向に行っちまったな」

「オマエ、まさか」

「ええ、澤村さんの想像通り──ちなみに、注意は既にしましたよ」

「だから笑えない方向にって言ったろ──まぁ、それでも俺に一任してほしい。今日は多分もうない、明日何らかの形で進展か決着がある筈だ。少なくとも、それまでは見守っていて欲しい」

 それで丸く収まる──収めてみせるから。

「いいんだな、それで」

「ああ」

「私は……何も出来そうにありませんから」

「ああ、それでいい──じゃあな、早乙女、また明日」

「ええ、さようなら」


「おい、早乙女は違うんだよな?」


 早乙女の背中を見送った澤村が問い掛けてくる。

「当たり前だろ」

「ならコレは……まぁいい、オマエを信じよう」

「済まないな、お前はこれからどうする? 別に一緒に来てくれても構わないぞ」

「バカ、戻って仕事だ。この時期は色々と忙しいんだよ」

「そうか、時間を取らせた」

「ああ、じゃあな──無茶はするなよ」


 それは一体、何に対しての言葉なのか?


 小走りで去る友人を見送りながら、手にしたメモ用紙を広げ始める。

「両方なんだろうな──……まぁ、行きますか」

 これはこれで、進めていかない訳にはいかない。


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