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吸血鬼(仮)  作者:
3/11

約束と願い

「いや、全然待ってないよ」

「だから何故お前が答える」

「じゃっ、後は任せたわ──早乙女、学校、早く馴染めるといいな。こいつは少し変人だが、リハビリには丁度いい筈だ、扱き使ってくれ」

「ええ、お気遣い有難うございます」

「ああ、じゃあな──でだ、早乙女。学校は早く一番乗りで来るタイプか? あ、その逆もか」

 相槌は適当に済ませ、俺はこれからの予定を告げるべく言葉を紡ぐ──

「いえ、そんなことはないと思いますが……」

「なら、上手く立ち回れば必要ないかもしれないが、少なくとも今日は教室の戸締りをしないといけない。荷物も多くないみたいだし、このまま職員室に鍵を返して学校案内、後その場で解散──てな流れでいいか?」

「ええ、問題ありません」

「ふん、なら行くか」

 この言葉の積み重ねが少しでも早く、彼女の奥底に届くように。

「──その前に一つだけ、お昼は食べなくていいのですか?」

「あー、お腹空いてたのか?」

「いえ、私は特に」

「なら俺もいい、一時間と掛けるつもりもないしな」

「では、お願いします」

「なぁ──その変に気取ったみたいな丁寧な言葉、癖か? 別に同い年なん……」

 話題の選択を間違えたかもしれない。

 常識と、彼女の見た目だけで語れば同級生の範囲の内だ。それでも、その理由を聞いてしまえば、どうしても彼女に踏み込んだ言葉になる。いずれ求める結果だったとしても、こんな野次馬染みた真似は本意ではない。

「別に気にしませんよ──今日は委員長の計らいで、大勢に囲まれるということはありませんでしたが、いずれは誰かに伝えることです」

「いや、それでもいい。いずれ聞く話なら、今じゃなくてもいいだろう──それよりも、今は学校案内だ。余計なこと言った」

「いえ」


 気にした様子など露も見せずに微笑み返す彼女──どこか愁いすら思わせる微笑みは、作られたモノで覇気を感じられない。そして俺は、この表情を知っている。

 それは一種の、


「……諦観、か」

「え、何ですか?」

「いや──こうして戸締りを確認して、鍵を閉めて鍵を返す。鍵の場所さえ分かればどこも大差ない筈だ」

 漏れ出た言葉を誤魔化し、今は成すべきことを成そう。

「はい、問題ないです」

「まぁ、それを言ってしまえば学園なんてモノ、全てに当て嵌まることになるがな」

「そうかもしれませんね」



「なぁ、ここまでで何か分からない部分とかないか?」

 教室棟、特別教室棟は歩き終えた。体育を除けば、主に授業で使われる教室は周ったことになる。後は特別教室棟から渡り廊下を渡った先、職員室から保健室まで、多くは授業とは縁の無いものばかりとなる。

「いえ、合理的で分かり易い案内でした。細かい部分で理解が足りていない部分があるかもしれませんが、明日から不便なく授業に取り組むことが出来そうです」

「そうかい──残すは向うの棟と校舎の外になる訳だが、保健室が一階、三階に図書室くらいか……当面で頭に入れておくことは。どうする? キリとしてはここでも悪くない。後は帰り際に、体育館と部室棟を指さすだけで事足りる」

 最低限という意味でならここでいい。

「そうですか。では、少し話をしませんか? ──そうですね、一階の保健室を周って、帰り際に体育館と部室棟を指すまでで構いません」

「何だ、改まって?」

「いえ、明日からのことで少し。あ、どうぞ足を進めて下さい」

「ああ」

 当然、ここまでも無言でいた訳ではない。ウチの学園の授業への取り組み方、各教室の設備の程度、教科毎の担当教諭について──主に俺が発し、彼女は相槌を打つ。それがここまでの全てであり、彼女が積極的に発した言葉など皆無だった故、少し驚いた。

 一体何が聞きたいのか? 一体彼女は何に興味を示すのか? それが聞けるだけでも、この話を承けただけの価値がある。

「正直、助かったと思っています。あのまま何人もの生徒に囲まれて私は上手く話すことが出来たのか……いえ、きっとどこかで失策を演じていたでしょう──だから、貴方達には感謝しているし最低限の礼は尽くすべきだと思っています。では、具体的にどういった行動を取ればいいのか決め兼ねています」

「と言うと?」

「そもそも三人の関係性を知らない私に、正しい判断など出来る筈もなく窮している──それが現状です」

「それを当事者に聞くというのもどうかと思うが?」

 存外に思い切った性質らしい。

「……確かに、否定できませんが貴方ならと。貴方ならきっと、誰よりも客観的視点で自身の状況を語れると思うのです」

「それは佐藤を含めるのか?」

「出来れば」

「そもそも、唯感謝の言葉を伝えればいいってのは無しなんだよな?」

「私は学友に恵まれた。出来得るなら貴方達の助力が──少なくとも、邪魔になるようなことはしたくない」

「義理堅い奴──……そうだな。まずはあの馬鹿、澤村だが正直分からない。あれで軽薄に見えて身持ちが固い奴でな、浮ついた話一つない。モテない訳ではないが、そういう奴だ。善意だと言ってたろ? まぁ概ねその言葉の通りだ。こうして用事を押し付けられる日が来るかもしれないから、その時は快く引き受ける──それくらいでいいんじゃないか」

「貴方もそうであるように?」

「まぁ概ねな。で、……佐藤だがこればっかりはなー」

 当事者しか知り得ない感情をもって断ずることを、果たして客観的と言えるのか。唯の自惚れや希望的観測ではないと証明できるのか──まして、それを他人に伝えてしまっていいものか?

「貴方の口からは答えづらいですか?」

「──……この話を聞いたなら、綺麗さっぱり忘れるか、検討に値するか、この場で答えてくれ。いいか?」

 元々澤村以外に当てがなかったんだ。これも一つの縁だと──佐藤にとっては、有難迷惑以外の何物でもないのかもしれないが、許せ。

「ええ、約束します」

「佐藤はいい奴だ、これは疑いようがない。その望みだって君が予想した以上のものはないだろう──だからこそ、これを機に俺との距離を置くべきだと、俺は思っている。明日から、彼女はどうすると思う? 隣にいたいと言った彼女が、昔いた女子グループ戻るか? 新たに親しい異性を探そうとするか? ……否だ、それくらいは分かる。恐らく、出会って友人になった一年より、恋人として過ごした一年に近い立ち位置で過ごしていく──そしてそれは、彼女にとって決してプラスに働かないと、俺は結している」

「そこまで相手のことを理解していて何故……、あっ──」

「構わない、話したのはこちらだ…………ずっと一緒ではいられない、唯それだけだ」

「それは……」

「分かっている。そんなことを気にしていては、生きていけない。それでも、佐藤と付き合って気付いてしまった。こうした学生間の恋愛において、それを貫き通せた者が何人いるのか? そして自身はどうか? とな──身勝手な男だと、失望しただろ」

「……いえ、少し分かります。それは一種の至言だと、それに気付いたことが幸か不幸かは分かりませんが──……佐藤さんからすれば、確実に不幸なことでしょう」

「あ、ああ……そうだな。それをせめて軽減してやりたい。そう思うのは俺の身勝手か?」

 まさか、この話題で共感の言葉を得られるなどと思ってもいなかった。

「気持ちは変わらないのでしょう?」

「少なくとも今は」

 一種の至言とは、彼女にとってどういった意味を示す? その思想の根源は?

「では、身勝手な優しさですね」

「ふんっ、ああ──そういう訳で、礼を尽くすと言っても、現状俺と佐藤の望みは両立しない。どうする?」

 不味いな、この女は嫌いじゃない──この心地いい距離感は今だけの特別のものなのか、それとも彼女の資質なのか……。

「少なくとも忘れるわけにはいかないでしょう──佐藤さんの気持ちがどうあれ、貴方の気持ちが変わらないのであれば、佐藤さんの望みは果たされない。それならば、より良い形での離別を……そうした演出する必要も出てくるかもしれません」

「そうかもしれない」

「但し、大きな期待はしないで下さいよ。正直に言ってしまえば、人との付き合いは苦手です。そういった指針の下で、行動する時が来るかもしれない──助力と、その程度の認識でいて下さい」

「ああ、充分だ」

 馬鹿か俺は、昨日の今日で何を考えてるんだか……。

「ふふっ、いいんですか? 彼女のような理解者は得難いと思いますよ」

「あの馬鹿にも言われたよ。この段階でそれを言えるというのことは、なかなかに豊富な人生を送って来たらしい」

 余計な思考を挟んだ故の、何気ない言葉だった。

「ええ……なかなか、ですよ」

「そうか──それならば、この先の学園生活にも活かせるかもしれないな」

 寂寞感と言えばいいのか? 

 ここまでで、距離感が心地いいと評する程度には、彼女と親交を深められたと思う。だが今のを含めて二回、最初のアレを入れれば三回──その距離感が、遥か果てまで遠のく場面がある。

「──保健室、ですね」

「ん? ああ、実はここらは詳しいだろ?」

「ええ、実は。転校手続き、その他諸々の事情で何度か通っていますから」

「だろうな、わざわざ手間をかけさせた」

 この棟は事務室から応接室、職員室から生徒指導室まで、転校生と言うのであれば必然と利用していただろうと容易に想像出来ていた。即ち彼女は、別途に時間を割いてまで、俺達に気遣いが出来る精神状態なのだ。

 その状態すら覆す程、その闇は深いということなのだろうか。

「いえ、有意義な御話を聞けました」

「そうかい──そうだ、部活はどうするんだ? モノによれば伝えられるが?」

──その源泉と、今に至る過程を知りたい。

「いえ、私にはとても」

「……なら帰るか。今日は俺にとっても有意義な時間だった──何か困ったことがあれば相談してくれてもいい。善処だけはしよう」

 その言葉には嘘があると、直感した。そして、俺の言葉が果たされることがないのも理解した。何かの機を見て、別途接触する必要があると──それが分かっただけでも確かに有意義な時間だ。

「ふふっ、その時はお願いします」



 簡単に言えば帰国子女というものらしい。

 中学時代に家庭の事情で渡仏、これまた家庭の事情で、地元であるこの地の叔父を頼って帰国、現在に至る。この家庭の事情というのが厄介で、それは恐らく彼女にとっての禁忌──対一の会話であれだったのだ、それが多対一になった時どうなるか? 答えは簡単だ……距離感が生ずるよりも先に、隔絶が生まれる。

 それが数日経った彼女の立ち位置であり、少なくともクラスメイトと良好な関係を築けているとは言えなかった。


「佐藤さん、早乙女さんがまたいないの、知らない?」

「え、うん。昼ご飯は一人にして欲しいって……」

「そっかー、佐藤さん達でそれじゃ仕方ないか」


 それでもこうして気に掛ける連中も一定数いて、彼女の人間性が認められないと言う訳ではない。唯、ふとした瞬間にどこか遠い存在になる──綱渡りを常に見送るような、そんな関係性を続けたいと、そう思う人間は多くないというだけだ。

 実際、これがあと数カ月続いたらどうなるか……、

「青鹿くん、どう思うかな?」

「ん? あぁ、このままだといずれ孤立するかもしれないな」

 少なくとも佐藤と澤村は、その事実に抗うべく行動するだろう。事実、彼女に最も近い隣人は佐藤及び澤村──端的に言ってしまえば、青鹿と佐藤のカップル組には懐いたペットと、そう言われる程度には親しくやっている。逆に言えば、どういった意味をどこまで含んだ言葉なのかは知らないが、そう陰口を叩く奴も出る程度には侵攻しているということだ。

「……うん、そうだね。早乙女さんはこれでいいのかな?」

「それを俺に聞かれてもな」

「ううん、早乙女さんと青鹿くんって──どこか似てるの。だからね、青鹿くんみたいに一人でも大丈夫な人なのかなって」

「あー、そういうことか。理解があって助かるんだが、早乙女は違うと思うぞ」

 似ている、か……。

「そうなの?」

「何て言えばいいかな──悲しいことがあって、もしくは未だ続いてるのかもしれない。そんな中で、比較的平和な日常に馴染めない、遠慮をしているといった具合かな。根拠は俺の考察だけで、もし事実であっても俺達にはどうしようもないことだ」

 堂に入り過ぎているのが気になるが、それがここ数日で出せた結論であり、これ以上は本人──又は近親者にでも聞かなければ、確かなことは言えない。

「青鹿くんが言うのならきっとそうなんだよ──でもね、どうしようもないなんて、わたしはそんな風には思わないけどな」

「何故だ? 無闇矢鱈な詮索は心地いいものではない筈だ」

 この無邪気な信仰と優しい忠言──彼女は、矛盾すら抱えそうな感情を向けてくる。以前から享受していたものだが、別れて以降その頻度も精度すらも増したように思う。

「そんなことないよ。無闇でも矢鱈でもない、彼女のことをそうやって考えてあげた結果でしょう? 最初こそ疎ましく思われるかもしれないけれど、わたしたちに遠慮して馴染めないなら、その詮索はきっと意味のあるものになるよ」

「俺の考察が正しいという根拠は?」

 でもだからこそ、信じてもいいと思ってしまう。

「ないよ、私が信じてるだけ──それでもきっと間違いじゃないと思うから。だから青鹿くん、行ってあげて。早乙女さんは、待ってるのかもしれないよ」

「ならば、俺も佐藤を信じよう──骨くらいは拾ってくれ」

 決してこのままでいいとは思っていないが、せめて彼女の深層に至るまでは許して欲しい。

「うん、行ってらっしゃい」


 立ち上がる俺にいつかと変わらない彼女の声が掛けられる。『佐藤はそれでいいのか?』と──そう問い掛けかけて止めた。

 今は、背中を押してくれた佐藤の言葉に甘えよう。



 実はこれまでも、何度かこうして早乙女を追いかけたことがある。佐藤に送り出されたのは今日が初めてだったが、あの様子だと気付かれていたのかもしれない──いや気付いていたからこその今日、なんだろうな。

 いずれにせよ、結果は芳しくない。昼休みの初動、中頃、間際、いずれも彼女を捕まえることは出来なかった。唯、俺も馬鹿ではない。後一か所だけ心当たりがある訳だ。

「よっと、」

 非常階段も兼ねた校舎外の階段、その四階──この場所にはハッチ型の扉があり、天窓を開くような形で屋上へ出られる。当然、鉄鎖と古臭い鍵で侵入できないようにされているが、その古臭い鍵は細く固いものを適当に突っ込み、適度に動かせば、開いてしまうという欠陥があった。


「どこか遠い感じがする、か」


 空を見上げる様が、これ程儚いと感じることがあるのだろうか。事あれば、そのまま昇っていく事すら出来そうで──あぁ、確かにこの場所は立入禁止であるべき場所だ。

「え、え、青鹿さんっ!?」

「よう、邪魔したな」

「何故ここに……?」

「誰もいない場所で、気分転換?」

 あー、色々と考えてなかった。いるかもしれないとは思ってはいたが、まさか本当にいるとは──そもそも鍵は開いていなかった訳だから、彼女は一体どうやってこの場所に来た?

「ふふっ、何ですかそれ」

「いや、誰かがいると思ってなかったから」

「──青鹿さんは、よくここに来るのですか?」

「いや、馬鹿から入り方は聞いていたが特に必要なかったからな」

 あ……、

「では私を探してと、自惚れてしまっても構わないんですかね」

「否定できないのが辛いな」

 まぁ、嘘を吐く程のことでもないか。

「佐藤さんでしょうか、それとも澤村さん? 他の方は、──ちょっと思い浮かびませんね」

「おいっ、俺の意思はどうした」

「青鹿さんは素敵な距離感をお持ちですから──自発的に、とは思えませんでした。どうなのです?」

「……早乙女には言い当てられてばかりだな」

 それ程までに周りが見えていて何故? と、佐藤でなくとも気にはなる。

「どうにか頑張っているつもりなのですが、儘ならないものです」

「別に頑張ってるならいいんじゃないか、別に責めるつもりはない──期限を区切るなら一年、その間で結果を出せばいい。もし出せそうになければ、その二人を頼ればいい」

「青鹿さんは含まれないのですか?」

「適材適所ってやつだ。俺は俺で気には掛けているつもりだが、視点が少し違うのかもしれない」

「視点の違い……ですか?」

「例えばそうだな──その言葉使い。単純に育ちがいいのかもしれないが、純粋に自分のそれと比べて利便性に勝るなと」

「えーと、」

「あー、何て言うかな──二人の相談役的な立ち位置なんだよ。自分の考えを伝えられる程度には観察していると言えばいいか。俺の意見は、斬新で合理に沿ったものらしい」

 今は、それに加え自身の興味故。

「確かにそんな風に指摘されたのは初めてです……生まれも育ちも、間違いなくこの地である筈なのに、不思議ですね」

「何だ、気味悪がらないのか?」

「困惑しています。こんなにも感情を──とは違いますね、親身とも言える距離感をもっての言葉は久しぶりだったので。少し、違った意味でも自惚れてしまいそうです」

「残念ながら──少なくとも今は考えなくていい」

 嫌いじゃない──そんな感情から始まった恋は、既に終わりを迎えている。

「可能性は残しておこうと?」

「何とでも言え」

「──私もいつか誰かと、そんな可能性を紡げるでしょうか」

「生きていれば、きっと」

「そう……でしょうね」

 彼女にとって、これは必要のない言葉だ。それでも佐藤が──彼女が待っているかもしれないと言うのなら、俺は佐藤を信じよう。

「その気があるならの話だが、佐藤の奴の希望でもあるしな、一つだけ忠告しよう。ここに来るまでに何があったか? なんて他人の事情を真実知りたい、理解したい奴、なんてのは数少ない。口から出任せでもいい、時には口を噤むことだって正解となり得る。唯、他人行儀の極端へと走るような真似は止めておいた方がいい。気付く奴は深く踏み込もうと思わないし、気付かない奴はノリが合わないと離れていく──結果、残るのは一握りの人間と、こうなる訳だ」

「…………私にも正直分からないのです。上手く誤魔化して、取り繕って──今ならばきっと、大きな失敗はしないでしょう。それでも私は、そうして手に入れたモノに責任を持てない、母のようにはいられないっ」

 母親、か──それこそが、俺が求める核心なのかもしれない。

「……そいつは、難儀だな──ああ、知った口を利いてすまない。唯、それを共感して許容してくれる人間なんてのは、そうはいないって話だ」

「貴方は、貴方はどうでしょう? 『ずっと一緒ではいられない』と言った貴方は、今どうやって佐藤さんと向き合っているのです?」

「おぉ、……そこで佐藤の話に繋がるか」

 佐藤への責任……か。

「別に責めるつもりはないんです、ただ聞いてみたかった。同じ気持ちを抱いた者として、先を進む貴方に」

「えらく買い被られてしまったな──向き合うも何も、早乙女も見てるだろ? 振り回されてばかりだ」

「佐藤さんの気持ちに何も感じないと?」

「そうじゃない。どこに落ち着くか未だに分からないが、あいつはいい奴で出来るだけのことはしてやりたい。極端に俺の未来を阻害しないのであれば、少なくともこの一年は付きあうつもりだ」

「随分と気を持たせるのですね」

「既に俺の気持ちは伝えてある。その俺の想いすら越えて届くモノがあるかもしれない、が──少なくとも俺からスタンスを変えようとは思わない」

 この一年で決着を──それは澤村の積極的な協力が得られないことが確定してから決めたこと。

「酷い男ですね、そして何より心が強い」

「そうでもない──……こんな状況を作ってしまって、多少後悔している所だ」


「──貴方の心を支えるモノが、どのようなモノなのか? いつか聞いてみたいと思います」

「なら俺は──君の母親の話を聞いてみたいかな」


 それが一つの境界線──感性がどこか似ているかもしれない、俺と早乙女の決定的な違い。

 そのたった一つを聞いていしまえば、今のままではいられない。

「青鹿さん、昼はもう済んでいるのでしょうか?」

「いや」

 互いがそれを察し──少なくとも彼女は、それを求めていないらしいのが少し歯痒い。

「もう時間があまりありませんね」

「そうだな、邪魔をした。今の話はここだけの話で頼む」

 それでも充分すぎる進展だ。今日はここまでいい、後で佐藤には礼と、掻い摘んだ報告をしよう。

「大丈夫です、佐藤さんには言いませんよ」

「ちが、まぁいい」


「──青鹿さんっ!」


「あ?」

 振り返り去る俺を止めたのは、どこか緊張感を伴う声。

「──貴方であれば、私も気を置くことなくいられるかもしれません。佐藤さんに恨まれる形になるかもしれませんが、少しでいいんです……貴方を頼ってもいいでしょうか?」

「あ……ああ、構わない──言ったろ? 相談しろって。それに、佐藤はそんな事で恨んだりしないさ」

 突然で、俺だけの決断では決して引き出せなかった言葉に大いに驚いたが、都合が悪いという事だけはない筈だ。

「いえ、……貴方はこの一年をかける覚悟があると言いました。私の介入によって、貴方にとって好ましくない、別れを産んでしまうかもしれません」

「ああ、例の約束か──別にこの一年をかけて円満な解決を、なんてのは考えてない。明日喧嘩別れするも、三百六十五日をかけた破局であってもいいと、そういう意味の覚悟だ。それよりも、その約束のためにそんな事を言い出したのか?」

「それは違いますっ──少なくとも今、貴方以上に私に近い人間はいません。あまり褒められた感性だとは思えませんが、貴方はこの場所で上手くやっているように見えます。ならば私も、そこから学ぶことがあると思うのです」

「ならいい。俺も同じだ──大きな期待はするなよ、人付き合いは苦手なんだよ」


「ええ、私には充分です」


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