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吸血鬼(仮)  作者:
2/11

永遠と転校生

「別れただぁ!?」

「あー、うっさい」

 だからこいつに話すのは嫌だったんだ。

「いや待て待て待て、アオ。彼女と別れたってのは何か──学園で最も聖母に近く、信徒を増やし続け、今尚天使と慕われ、卑賤の輩に拐かされたと噂される、例の彼女とか?」

「聖母なのか、天使なのか──はっきりして欲しいものだな」

「オマエな……」

「わーってるよ──あー、何でと言われてもな、よくある話さ。価値観の違いってやつだろ」

 理由なんて真実それ一つだ。

「ありきたりなツッコミはしないぞ」

「別に望んでいない──まぁ、俺が全面的に悪いのは自覚している。そういう訳だ、協力しろ」

 そして俺が一方的に悪いというのもまた真実。

「オマエな……、今の説明だけで協力しろと?」

「時間があまりない。このクラスに限って言えば、新年度の有難味なんて望めないからな」

「春休みの間に何があったか知らないが、こうなることくらい分かってたろ?」

「上手く立ち回る予定だったんだがな。それ以前の、」


「青鹿くん、おはよう」


「あ、ああ」

 詰まる所は、コレである──俺達は確かに別れた。これはお互いが事実として齟齬なく確認した事であるし、事実、恋人関係と呼ばれる関係は解消された。

 一年目は同じ教室で過ごし友情を育み、二年目はそこに恋慕の情が加わった。三年目の今日からは、一年目とも二年目とも違う距離感をもって、互いに過ごしていく──それこそが、当初想定していた恋人関係の解消という結末であった。

「澤村くんも」

「お、お早う、佐藤──おい、アオ。どういうことだ?」

「いやだから協力しろって、」

 佐藤の挨拶には些かの悲壮感も、嫌味ですらも窺えない。

 傍目には依然、恋人同士の日常的な挨拶だと受け取られるだろうだが、それは望むところではない。別れるという事実に後悔など欠片もなかったが──この状態はどうだ? 後に悔いを残しそうな、望まない結末に届きそうな、そんな予感がしてしまう。

「それは何か、オマエは別れた──別れたつもりでいるが、佐藤がそれを認めてくれないといった類のものか?」

「いやそうでもないから問題であって、」

「澤村くん、違うの。青鹿くんとは別れたよ──でもね、それで友達じゃなくなってしまうのは違うでしょ」

「いや、それはそうだけど。短くない付き合いだ、少しは分かる──常識的に第三者が見た場合、悪かったのはこのアオだろ?」

「そうかもしれない。でもそれが青鹿くんだから……付いていけなかったのはわたしで、無理をさせていたのもわたしだから。だからね、青鹿くんには言ったんだけど、また新学期から友達として隣でいさせてねって、それがわたしの気持ち」

「なぁ佐藤、少し狡くないか」

 あの時あの瞬間には、その選択をしていた──変わらず俺の隣でいたいと。

「ずるくないよ。ずるいのは青鹿くん、早速わたしのことで澤村くんと悪巧みしてたでしょ」

「はぁ……」

 こういう所は敵わない。

 元々、どうして俺なんかにこんな恋人が出来たのか不思議なほどだった。特別極まった容姿であるとか、特別な才能を持っているとか、そんな特別性は彼女には一切ない。それでも彼女は一定の評価を得ていた筈だ。葵──その名の示す向日性をもって、他を太陽として錯覚させるような、そんな人懐さ。彼女との会話は心地いい──きっと誰もがそう感じ得ると、確信を持って言えるのが彼女だ。

「一応確認させてくれ、新しい段階に進んだ痴話喧嘩って訳じゃあないよな?」

「馬鹿。字面通り、額面通りに受け取れ」

 その葉と花がこちらを向く機会が多くなったのはいつからか……。

「心配させてごめんね」

「それならいい。オレに出来ることは少ないみたいだ」

「はぁ……。なぁ佐藤、今日は少し早くないか?」

 いつもならもう五分くらいは後に来る筈で、その計算で澤村に話を持ちかけていたんだが失敗だったらしい。

「うん、青鹿くんが悪さをしないか早めに来たの」

「お、おう?」

 少しの違和感、果たして彼女はそういった理由で行動するような人物であったか……。  

「ふふ、青鹿くんにはバレちゃうか──朝にね、部活動の集まりがあったの」

「ああ、それなら」

 腑に落ちる。

 ボランティア部の──彼女の所属する部活動の活動か、少し前までの俺達であればその情報を共有していたかもしれない。関係が続いていれば必要としない情報で、続かなくなったからこそ必要な情報か──儘ならないな。

「それでね、先輩達が卒業して所帯が寂しくなったの。規定の人数的には問題はないけど、今年入部希望者がいないと来年は本当に困るから──その作戦会議っ」

「俺達の学年が三人で、下が二人だったっけ?」

「……そうなの。もし今年の入部希望者がいなくて私達が卒業したら、残される二人に迷惑をかけるから──……そうだ! 澤村くんも入ってよ、青鹿くんも誘っていいからっ」

「いやまたその話で、澤村を巻き込むなよ。それに、今更三年の俺達が入っても仕方ないだろ?」

 今のは少し、自意識過剰が過ぎるか。今でもまだ、彼女は俺に入部して欲しいと願っていると? その思い込みは恥ずべきことであり、こうしている筈ではなかったという思惑もある。

「それはそうかもだけど、生徒会の役員さんがいれば一つのステータスだし、男子が二人いれば男の子の入部希望者だって増えるかもしれない。ね?」

「悪い案じゃないし、見合った効果も得られるかもしれない。まぁ、それでも色々加味した上で難しいとしか」

「あっ、ごめんね、……えと青鹿くんのついでみたいな言い方をして。でもね、澤村くんに入ってもらいたい気持ちも嘘じゃないよ。わたしだって部員が増えるのは嬉しいし、他の二人はきっともっと喜ぶと思うから」

「佐藤の言いたいことは分かるよ。でも、そんな所じゃないんだ。アオも生徒会も関係なく、個人的に合わないってだけなんだ。危機迫るのが今でと言うのなら、名前くらいは貸してもいいかもしれない。それもきっと褒められたものじゃないと思うし──まぁ、それがオレの本心だよ」

「お前って、意外とノーと言える人材だったのな」

 正直少し驚いた。

 クラス委員やら生徒会やら、面倒事とも言える役職を嫌な顔一つせずこなし、俺なんかとも分け隔てなく接するお節介焼き。そんな認識が無いでもなかったが、そう言えばこいつは、俺にその面倒事を割り振る奴だった──今一、測りかねる奴。

「そっか、それは仕方ないね──では、青鹿くんに心境の変化はあったかな?」

「ない。澤村の言う所の、合わないってやつだ──勧誘、頑張れよ」

「うん!」

 俺は少し覚悟が足りなかったのかもしれない。

 今もこうして彼女に優しい言葉を掛けている。これじゃあ何も変わっていないし、何も変わらない。澤村の助けが借りられないのなら、自分だけで何とかするしかないが、どうしたものか……。

 答えも続く言葉も出ず──その先の思考すら、今学期を迎える鐘と、担当教諭の乱入によって遮られることとなった。


「ほら席に着けー、ホームルームを始めるぞー」


 変わらないことは、嫌いじゃない。

 何人かが興醒めだと冷やかしを飛ばすが、その気安さこそが不変の恩恵と言えるだろう。この進学クラスではクラスメイトも、担当教諭の多くも変わらない。その役目を果たす為の最大効率をもって三年間を過ごしていく──それでも三年間という制限がある。そこから先は不変である訳にはいかず、この共同体はそういう約束の元で形成されている。

 結局は同じなんだよな、何もかも。

「では、転校生を紹介する。クラス移動ではなく、転校生だ。この学園ですごす時間は残り僅かだし、何よりお前らは今年受験だ。そして、それは彼女も同じだ。だから一人一人が出来る協力をしてやってくれ」

 早速、学期初めの挨拶を終えた担任の言葉に、今更の思考を乱された──転校生という変化。

「センセー、このクラスにそんな心配いらないでしょう。早く紹介して下さーい」

 あの馬鹿は……、女と分かればすぐこれだ。

「はぁ──まぁ、最悪お前みたいな委員長もいるし、任せてもいいと心配はしていないがな。入って来い」


「──早乙女玲杏です。宜しくお願いします」


 その一挙手一投足に無駄なく、霜烈と怜悧の間を地で行く感じと言えばいいのか。些か取っつきにくい印象を与えるが、そこは俺が関与する所ではないし、本当に最悪の場合は澤村の馬鹿もいる。

「えーと、軽い自己紹介も言ってみようか」

「そうですね──……少しの期間ですが、家庭の事情で日本の学園生活から離れていました。ですので、多少のご迷惑をかけるかもしれませんが、大目に見て頂ければと思います」

「そうだな。じゃあ皆もよろしくなー──席は後ろに……、どの道席替えがしたいと、お前たちは言うんだろうな。十一時までだ、委員長任せた」

 歓迎の拍手も一入のうちに終わり、次なる催しにまた別の拍手が起こる。

「では任されたのでとっとと進めていくか──まずいつも通りにいくと、アオと佐藤がココと、」

「お、おいっ」

 これだよ……、これもまた一つ阻止したかったことの一つだ。

 葵の葉と花がこちらを向く機会がと、その切っ掛けの一つとしてあった事実。俺と彼女は何故か席替えという催しにおいて席を近くにすることが多かった。二人の関係が変わった二年目に、どこぞの馬鹿がそれを確率のものではなく確立したものとした。クラスメイト達は、俺みたいな奴の相手をしなくて済むし、最前列が自動的に埋まるという条件で納得していた。

「なんだぁ、アオ? ──佐藤はこれでいいんだよな」

「うん、お願い」

「あー、もういい」

 朝の内に話を纏められなかった俺が悪い……のか、どの道ここで騒ぎ立てても面倒なだけだ。

「あ、転校生の早乙女は訳が分からないよな? 席替えはちゃんとくじ引きで決めるんだけど、希望があれば時と場合にはよるって話なんだ──そうだ。学校、不慣れなんだろ? アオはともかく佐藤はいいヤツだし、俺も委員長として隣でサポート出来なくもない、ココ、どうだ?」


「委員長の職権乱用だー」

「そうだー、狡いぞー」


「いや、オマエ等な……、あー、ゴメンな騒がしいクラスで。まぁ今の言い方じゃ断りにくいわな、スマン。善意だったと理解してくれると助かる」

「いえ──お願いします。皆に慕われている、委員長としての貴方を信頼します」

 未だ担任の横で所在を持て余す転校生の返答は、どちらかと言えば好感が持てるものだった。

「お、おう、任せとけ──慣れないな、こういうのは」

「何照れてるんだよ、馬鹿」

 俺の呟き以外にも、非難と嘲笑が姦しく飛び交うが、結局こういう所がこいつの人徳ってことなんだろうな。

 表面的に批判が出ているだけなのかもしれないが、それは気安さであり激励でもある筈だ。それを誰もが分かっているから、誰もが澤村を支持する。二年をほぼ同じメンバーで過ごした、このクラスならではの特徴であり──その不変が、やはり嫌いではなかった。

「ウルセッ! えーと、他に希望者はいないかー?」


「わたしは佐藤葵。よろしくね、早乙女さん」

「ええ、宜しく」

「ほら、青鹿くんも」

「ん、ああ。あの馬鹿にともかくと置かれた青鹿だ、宜しく」

 催しは幕が下りるのを待つだけの状態であり、その結果を受け入れる余韻で教室中が賑わいを見せていた。

「ああ、ごめんね。えと、青鹿黎一くん──こんなだけど、悪気はないの。早乙女さんにじゃなくて、澤村くんに思う所があるから今は……」

「二人はお付き合いをと、考えていいのでしょうか?」

「え、えっと」

「残念ながら春休みの間に別れた。去年まではクラスで公認だったからこの扱いで、今の所、クラスでこの事実を知っているのはあの馬鹿と君だけだ」

 何にせよ、この状況の責任を取るべき人物がここにいないのが腹立たしい。まさかとは思うが、他の諸々みたいに俺に割り振るつもりじゃないだろうな……。

「……成程、朧げながらですが、状況は理解しました。私に出来ることが少ないというのは確かみたいですね」

「はん、どこかで聞いたようなことを──それに何を理解したのやら」

「あ、青鹿くんっ」

「失礼しました──……良ければですが、今後の相互理解のためにも、私の認識への批評をお願いできますか?」

「面白い、少なくとも時間潰しくらいにはなる」

「では失礼して──少なくとも私は、私がこの教室に入ってからの貴方達しか知り得ません。ですから予測が多分に含まれ、貴方達の言動の全て真とする仮定までもが必要となりますがご了承下さい。まず第一に、関係の解消は滞りなく行われた筈です。次いで各々の今後の在り方等を話した時、互いの意見に齟齬があり保留に近い形で話を終えたのでしょう。その根本的な要因は図りかねますが、佐藤さんとしては距離を置くようなことはしたくない、青鹿さんとしては反対に置いておきたい。明けた春休みの今日──委員長には相談したものの、比較的佐藤さんに肩入れされ、青鹿さんとしてはどうしたものか、と」

「評価しよう──少なくとも俺に関する考察は満点だ。どこぞの馬鹿もこれくらい察してくれれば助かる」

 と言ったところでしょうか──と、そう締めた考察は言葉にした通り満点だ。

 情報を見極め、他人のものでしかない感情の機微を測る洞察力、考察の深度──同じ状況で俺が答えられたかと言うと否だ。前者はまだしも、後者二つが致命的に欠ける。他人から見れば、所詮は色恋沙汰の内輪揉め、俺の興味はそこにない。

「すごーい、私もだよ。えへへ、なんだか恥ずかしいね」

「笑い事でもないがな。こちらこそ失礼した、確かに八つ当たりに近いものだった。この一年間、そうして上手く立ち回れればいいな」

 まぁそれでも、もう少しでも上手く他人の感情の機微が測れて、理解出来ていれば、佐藤とも上手くやれていたのかもしれない。正直に言えば、羨ましいと思ってしまったんだろう、俺は──人をここまで素直に評価したのは、久しいことの筈だ。

「嫌味……ではないみたいですね。朧げながらですが、佐藤さんの言う貴方というものが理解出来てきました」

「おう、それは有り難い」


「なぁアオ、今年の学級目標は何にする?」


「だからなぁ……」

「いや、少し時間があるから決めてしまえるならってな」

「……はぁ、じゃあ永遠不変で」

「永、遠……」

「なっ、」

 このありふれた日常で、それもこんな学園で出遭う筈もないと、……そう思っていただけに少しばかりか驚いた。だがそれでも、俺がソレを見逃すことだけはあり得ない。今まで、色々な形でこの言葉を表現してきた。それでも皆一様に、慣用句であり熟語であるという以上の感情を持ち合わせていなかった。問い掛けたなら三者三様の答えが返ってきたのかもしれない──だが、求めていたのはそれではない。

「おっ、今年は分かり易いな。じゃあ今年は『永遠不変の絆』で決定だな──あっ、早乙女悪い。また置いてけぼりだったな」

「い、いえ」

 後ろに陣取った彼女を窺い見て確信した。


 求めていたのはきっと、この言葉に感情を震わせる者──滲み出たその抑揚は、俺の心をも震わせていた。


 何をもって、その激情を催すのか……知りたいっ。

「オレ等が一年の時くらいに、『絆』って流行ってたろ? 学級目標もそれに決まりかけてたんだが、他のクラスと被っちまってな。そこで頭に言葉を足したのがアオって訳だ。一年目が『天地長久の絆』で、一年目で変わらないって意味になったなら二年目もそうじゃなきゃってな訳で『天壌無窮の絆』、なら今年もアオのヤツに意見をとねと──アイツ、好きなんだよそういうの」

「誤解を招く言い方をするな。もういいだろう、次に行け次に」

 それでも……ああ、少なくともきっと、彼女にとっては触れて欲しくない部分なんだと推し測る程度は出来る。そう分かっていても尚、聞かない訳にはいかない──今までになかったのだ、その言葉に特別な感情を抱く者が。

 その言葉に込められた意味は至極単純──一般的な生活を営む上では不必要で益体無いモノ。もしも、一般的に聞く家族や友人との別離であれば、素直に謝罪しよう。

 それでも彼女は、どこか違うように思うのだ。

 三度見た彼女は、既に平時の彼女なのだろう──名状し難い感情を再び沈めた彼女は、この時をもって俺が関与すべき一つの対象となった。


「早乙女、ちょっと待っててな──なぁ、アオ、佐藤。これからどうするんだ」

「それは当然、放課後の予定について聞いてるんだよな?」

 放課を迎えた俺達に、意味深な言葉を掛ける馬鹿を戒める。これについては昨年までと変わらない、だが今はそこに新たな隣人がいる。澤村の意図が朧げに理解出来て、今回に限っては感謝してやってもいいと思えた。

「悪かったよ。で、どうだ?」

「ごめんね、わたしはこれから部活」

「となれば、オマエは暇なんだな?」

「まぁ、比較的」

「てな訳で、早乙女の学校案内を頼む。昼飯は持って来てないだろうから最低限のものでもいいし、どこかで昼飯を一緒に食べて親睦を深めてでもいい──我らが進学クラスは、明日の昼から通常営業に入る。となると、早乙女さんにはある程度学校に馴染んでおかないと不便だ、だから頼む」

「まぁ、仕方ないわな」

 予想の範疇だ──これから先、機会は幾らでもある。それでも行動が早いことに悪いことはないと信じている。

「お、なんだぁ、妙にやる気じゃないか? いつもなら文句の一つでもあるだろうに」

「今日はもう諦めたんだよ」

「──あの、すみません。折角の誘いなんですが、先生方に用件がありまして。時間は然程かからないとは思うのですが、青鹿さんに待ってもらう形になるのは少し……」

「いやいや、そんなのいいって。そんなにかからないんだろ?」

「お前がそれを言うか」

「心配すんなって、早乙女が帰ってくるまでの話し相手くらいにはなってやるよ」

「あの、」

「ああ、別に少々時間がかかっても構わない。癪だが、確かに予定もないし、実際不便だろうからな」

 遠慮がちに断わりを入れそうな彼女の言葉を遮る。少なくとも案内自体を拒んでいるように見えないのなら、強気ででも誘う価値がある。

「そうですか、では甘えましょう──それでは少し席を外します」

「あっ、なら途中まで一緒に行こ、早乙女さん──えと、今日はごめんね。また何かあれば手伝うから。じゃあね、青鹿くん、佐藤くん」


「あれ、行っちゃった?」

「ズルイぜー、委員長」

「私たちも少しは早乙女さんと話したかったー」


 転校初日の転校生に群がるクラスメイト達──一つの定番、ってやつだろうがこの場合は如何なものかとも思う。

「仕方ないだろ、先生方がお呼びなんだ。それに転校生の立場にもなれって、慣れてないって言うんだから大勢で囲むようなことは控えてやるんだな──どうしてもってなら、アオのヤツと学校案内だ」

「おいっ」

 様子を窺っていた同級生達が言葉少なに、三々五々と散っていく。

 俺の気持ちを自然と代弁出来るという意味では、隣人として有難いことだと理解している。それでも、余計なことにまで気を回すのは遠慮して欲しいと常々思う。

「なぁ、オマエだってそう思ってたろ?」

「否定はしない」

 そして、そんなこちらの心情を理解して尚行動に移すきらいが見受けられる故、質も悪い。

「含みがあるのは……オレのせいだわな。まぁ些細なことはいい。で、明日からどうしたいんだ、オマエは?」

「は? どうしたいって何がだ……」

 まさか、早速バレたのか……。

「何がって佐藤とのことだよ。佐藤がいた手前、ああ言ったし佐藤の希望にも沿う形で席替えも進めた。なら、出来る範囲でオマエの希望も聞いとかないとな」

「ああ……そうだな」

 だから俺は碌でもないと、改めて自身を省みる。

「そうだなって、オマエ──朝はああいったが、協力はしてやる。経緯は時間がある時にでも聞いてやる、ある程度想像がつくのが悲しいがな」

「今となっては難しい話さ。それに、俺の見通しが甘かったのもある」

「だから、何だってんだ。説明をしろ、説明を」

「心も体も、自然と離れていくと──そう思っていただけさ。特に佐藤の場合は」

 佐藤は俺みたいな変人と比べれば、極々平凡な奴だ。色々と迷惑というか、価値観の違いがぶつかったこともあった筈だ。そんな中での別れ話──また隣でいたいと、そう言われるなんて思いもしなかった。

「いい子だと思うけどな、オレは」

「だからこそ困る」

「──あぁ、何となく分かったよ、オマエの希望が。要は未来性、いつものオマエの言葉を借りれば不変性が望めなかったと。それにふと気付いたオマエは、今更ながらに距離を置こうとした訳だな」

「……うるせぇよ」

 大まか……というかほぼ百点満点だよ、この野郎。

「少しはマシになるかと思えば……、オマエのソレだけは救えない」

「自覚はしている」

「だが改めるつもりもないと?」

「そう簡単に変われるものなら、ここまで拗らせない」

「──約一年という期間を恋人として過ごした、その事実は変わらない。そうだな?」

「俺も、そこまで否定するつもりはない」

 言葉尻を強くしたその言葉に、真正面から答える。

 それもまた一つの不変の形、そこに疑いはない──その積み重ねこそと言う者もいるかもしれないが、俺はそれを認めることが出来ない。

「ならいい。少なくともこの一年、何も言わないで様子を見守ってやる──その代わり今年も色々とヨロシク頼む」

「それはどうも」

 結果的にそここそが、俺の到達点になったとしても、求めたモノは違うがと、笑って宣言していたい。

「怒るなって。どうしてもって時は手を貸すし、佐藤の言動に行き過ぎを感じたら窘めることも約束する、な?」

「言いたいことは多分にあるが、当面はそれでいい。幾らかは、こちらの落ち度でもある」

「いや、全体的にオマエが悪いだろ」

「そうであったとしても、お前に付き合う義理はなさそうだが?」

「すいませんでした」

「──まぁいい。とりあえずは学校案内だ」

 廊下から人の足音が近づき、俺達以外誰もいなくなった教室の戸に手がかかる。


「すいません、お待たせしました」


 どこか、喜色に染まったような声が、我がクラスを震わせた。


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