ここから始まるエピローグ
「つぁー──まだ節々が痛む気がするな」
早乙女と連れ立って歩く帰路は、どこか心安くいられる。
「私は一応、止めましたよ」
「いや、でもあれは断われないだろ。こう──男と男の友情、みたいな?」
色々と思い煩う日々が続いた中で、彼女だけには全ての真実を伝えていたからだろうか……。
「分かりませんよ、私には。芝居は安いのに、演技が本気過ぎて、普通の女の子は引いてしまいます」
「あの後輩、本気だったからな──本当に腕を持っていきやがった」
友情を誓う言葉はなかったが、
「貴方も充分に応えていたように見えましたが……?」
「ああいう古臭い青春が、意外と嫌いじゃなかったらしい──自分でも驚きだ」
同時に膝を突いたという事実は──あぁ、確かに安いのかもしれない。
「それで、そろそろ話してくれてもいいんじゃないですか?」
「何の事だろう?」
「昨日の今日で『放課後付き合ってくれ』なんて────わ、私が今日一日、どれだけ心砕いたか分かりますかっ?」
「お、おう、余計な心労を与えたみたいで済まない」
確かに少し、配慮が足りなかったのかもしれない。
「いえ、それはもういいんですが、……この進路はどこを目指しているんです?」
「君の家だと言ったら?」
それでも、この件だけは早々に片付けるべきだと判断したから。
「事と次第によっては、貴方を糾弾しなくてはなりません」
「おぉ、怖い──約束しただろ、この一年間は二人で協力して古臭い青春をしようと」
「いえ、私は別に古臭くなくていいんですが……、でもそれとこれとに何の関係があるんです?」
「君は卒業まで、屋上で飯を食べ続けるつもりか?」
昨日までの彼女を見ていれば、一つの事柄については整理がついたように見える。
「いえ、それは……」
「あの時の話の続きだ。心苦しい思いを一人で抱え込む必要はないと──伝えた筈だぞ、協力者」
だからこそ、今の俺に出来るだけの──恩義への報いをしたいと思った。
「まさか貴方は、もう……」
「その様子じゃ、抱えたままらしいな」
「それは……もう、今更、私が顔を出せる筈がないじゃないですかっ──」
「一度でもあの人と話したのか?」
初めは、家族構成の把握程度の心積もりだった──だがどう見繕っても、男所帯の独り暮らしという解答がチラつく。少なくとも女性が、件の早乙女さえ住んでいるようには思えなかった。
そして、その心の動揺が隙を生じさせた。
「い、いえ、ですが私はっ──叔父さんの家にっ、本来ならあの家に住んでいた筈なんですっ! それを勝手に逃げ出して、三十年もの間の抛擲を良しとして、叔母さんが死んでしまっていて、私には……そんな資格、」
「心配してた、俺の目に狂いがなければ、心から──」
端的に言ってしまえば、早乙女の言う叔父さんに見付かった──唯、邪険にされるようなことがなかったから、探りを入れながら会話をする内に、色々な事が聞けた。
その昔、弟夫婦が事故で亡くなったと。
その娘を家で引き取ることになったのに、行方不明としてしまったと。
その娘のための部屋と、養育費だけが取り残されて、もう三十年が過ぎてしまったと……──確かに、去年の内に嫁が逝ってしまって、少し寂しくなったとも言っていた。
「そんな、どうやって……」
「これは君と協力者となる前の行動だから、少し心苦しい部分があるのは、お互い様ということで許して欲しい──君が永遠に向けた感情を見ていた。まさか吸血鬼とまでは思わなかったが、どこか惹かれてな。身辺調査、紛いのことをした」
彼女という存在への疑問は、確信へと変わっていた。
「え──っえ?」
「澤村の奴に住所を調べて貰った、そういうのが得意なんだ、あいつは。後はあの日、黒板に俺の所業が書かれたあの日、君の家に行ったよ。適当に挨拶を済ませて、早乙女玲杏さんにお世話になっていると──その一言告げたら、物凄い勢いで迫られた」
──うん、嘘は言っていないな。
「それは、……そうでしょう」
「違う、そんなに思い詰めたような顔をしてくれるな──良い意味でだ。あの人は、いや、あの家は、素晴らしい人格者ばかりだったらしい。妙だとは思わなかったか? 君のための部屋が未だにあって、君の両親が残した財産まで残してくれているんだろう? 君だって、どこかで気付いた筈だ」
だからこそ──彼女の吸血鬼宣言に、過剰に驚くことなく、同時に一つの回答を得ていた。
「それは、ですが……私は吸血鬼で、」
「君は臆病に過ぎる──見た目に問題があるなら、それのみに力を使えば良かった。せめて一度は、あの人と言葉を交わすべきだった」
如何に吸血鬼であったとしても、学校に通おうと言うのなら、踏むべき手続きと準備すべき要具がある──では、彼女はそれ等をどのように解決したのか?
「私には、逆に怖かったんです。私のために誂えられた部屋があって、お金も──……そんな時、叔父さんと鉢合わせてしまって、……耐えられなかった」
「そうか……」
「そのすぐ後に、叔母さんがいないことに気付いて……取り返しのつかないことをしてしまったと、自分を恥じました」
「三十年の放浪と、魔眼をかけたことを──か?」
「ええ──……この場所にはいられないと、家を出ようとしたんです。それを止めたのが、魔眼に縛られた筈の叔父さんでした」
「そんな……ことも、あるんだな」
「きっと、過去と現在を混在させてしまった──その手には、古びれた学校のパンフレットと、それ等に必要なお金が握られていました──……私は、どうすれば良かったと思いますかっ?」
「──なら聞くが、久々の学校はどうだった?」
それが、あの人が語ることが出来なかった、彼女が学校にいる理由。
勿論、吸血鬼の力を非人道的に使えば出来ないことを探す方が難しい筈だ──だが、心が伴わない。彼女が時折見せた苦悩には、人の心があった。
「えっ、……それは」
「俺の面倒事に巻き込んでしまったが、それ以外の日常は楽しくなかったか? 楽しめそうにもないか?」
だからこそ、彼女を信頼できたし、助力程度ならと──思うことも出来た。
「それは、決して──」
「なら、それが答えでいいと俺は思うが?」
彼女の人間臭さを、嫌いになれない。
「ですがっ!」
「──だから今日、謝りに行こう。そんなモノを抱えたまま、君は青春を楽しめない──……始めの一歩には、丁度いい」
この一年が、俺の人生で最も重要で、掛け替えのない時間となりそうで……少し憂鬱だ。
「私には途轍もなく……スンッ、大きな一歩ですよぉ……──っ、ぅうー──」
「またか、またなのか──いや、流石にこんな往来で泣かないでくれ」
「青鹿さんがぁ……ぅ、スンッ」
「待て待て、謝りに行くと言っても、こう幾つかパターンがあるだろ? それを考えないと──」
「ッ、ぅぇーーーーん」
俺はこの時初めて──愛しいという意味を知ったのかもしれない。
ここまでお付き合い頂き有難う御座いました。
ここに、この作品について少し語ります。端的に言えば、作者の趣味丸出しの内容ですね。元々、某新人賞に投稿したのですが落選しましたので感想やらご意見をどこかで頂きながら、この作品を世に出させてあげたく急遽なろうに登録した次第です。
とっかかりは世間に溢れる吸血鬼ものを自身が書いたらというものでした。内容はご覧頂いた通り、素人の劣化何某になってしまったのかなと思います。当然、物語は以降続いて行きます。自身の中では完結までの道筋が立ててありますが、既に別作品の制作に取り掛かっています。もしこちらで反響が大きければ、この作品の続きも書いていきたいと思います。
忌憚のない短い言葉でも構いません。感想等頂ければ、次回作に反映していきたいと思います。
改めて、このような後書き部分にまで目を通して頂いた事に礼を述べながら末尾の文としたいと思います。




