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吸血鬼(仮)  作者:
1/11

決着から始まるプロローグ

「ちょ、ちょっとっ、二人とも──!?」


 驚きと微かな制止を伴った声が、その場を震わせていた。


「いやいや、別に反撃するなとは言わない──……この世界が消えるまでの間なら、アンタも遠慮なくあたしを殴れるだろ?」

「お前、……それは」

 俗に言う喧嘩というヤツじゃないだろうか。

「そうだよ、喧嘩だ、喧嘩。あたしは──一人の女を争う、男と男の喧嘩をしようと言っている」

「ふん……──日頃、お前がどれだけ猫を被っていたか分かったよ」

 お前は女だろうと、野暮な指摘はすまい──彼女の想いは尊敬し得るものだと、証明されたばかりなのだから。

「アンタだって、事なかれ主義の昼行燈を気取ってんだろ?」

「心外だ」

 古臭い青春漫画のようなやり取りに、浮かぶ苦笑がむず痒い。

「──そうなのか?」

「この際において、俺の認識の修正はよそう──こんなにも男気溢れる君に、手加減は不要だな」

「ああ、よろしく頼むよ」

 俺の全てだったモノに、救いの手を差し出した吸血鬼が──この短いやり取りで、微笑んでいたように見えた。


「成り立ての吸血鬼なんだ──怪我の一つや二つは、許せよ」

「アンタこそ、終わりかけの狼少女なんだ。火事場ってヤツかな──また腕を飛ばしてやるよ」


 だから、だろうか──彼女の微笑みが失われないなら、このふざけた喧嘩も微笑みの内に終わらせることが出来そうなのだ。

「まず、はぁっ──真っすぐっ!!」

「チッ──案外余裕ですね、センパイ」

 そんな乙女染みた夢想を振り切った迷いない拳だった筈だが──人狼には容易く見えているらしい。

「時間がないんだろ、受け身でいては不利だと思うが?」

「よく言ったぁ、右ぃ!」

 挑発に二重の覚悟を乗せて、相対す──吸血鬼となった自身の体を試す最良の機会だ、色々と試させて貰う。

「痛みは……、多少、鈍感になったか……?」

「アンタはぁ」

 こちらから見て左側面より、狙いは心臓──流石にいきなり心臓をくれてやる勇気はないが、左腕一本くらいならという判断だ。

 狙い違わず、人狼の爪は掌を突きぬけ前腕部分にて停止していた。

「いいのか、血は吸血鬼の力だぞ?」

「──クソッ」

 先程は腕を跳ばされた──血は力だと、語った彼女の言葉を思い出す。

「──吸血鬼の眷族と言えば、やはり蝙蝠か?」

「そう都合よくいく訳が、」

「行けっ!」

「──チィッ、……アンタは、やっぱり」

 滴る血液を掌大の蝙蝠へ──先の魔眼と同じく、どうとでもなるらしい。

「何がやっぱりなんだ?」

「それだけの力があって何故っ、あたしに屈しようとしたぁっ?」

 されど、放たれた蝙蝠は、難なくといった具合で人狼の爪にて裂き落とされていた──力は五分と、見ていいのだろうか?

「個人的な主義だ。話せば長くなる上、理解もされないと思うが?」

「そんな言葉で……」

 言葉を交わすための彼我の距離は、人であった時程の意味を持たず、

「いや待て。君の心を蔑む思惑はない──だが、これだけは言わせてくれ。互いに譲れなかったからこそ、こうなったんだろ? ならっ、っと」

「言葉ではなく、この拳で語れと?」

 であるからと言って、人外に至った今──然したる問題がある訳でもなかった。

「いつか君と、言葉でも語り合える時が来ると信じている」

「アンタがここで生き残れたら、そんな可能性があるかもなぁっ──」

 言葉さえ裂き割ったその爪を、再び空へと投げ出す人狼──

「そんな言葉が君から聞けるとは、なかなかの僥倖──偶になら、こうした喧嘩も悪くないっ!」

「チッ……、女々しい野郎の癖に」

 往なして返す新米の吸血鬼──果たして、自分にこれ程の技術があっただろうか?

「否定はしないな」

「なお、悪いっ──!」

 想像した全てが形になると言えばいいのか……、夢想家の俺には丁度馴染んだのかもしれない。

「っと、そう言われてもな──自覚は更生の一歩だと思わないか?」

「アンタにその気があるなら、ねっ──……く、ぅ」

 流暢に交わす言葉と、幾重に交わされた拳の比は如何許りか──差異がないようにも、倍以上にも感じられていた。

「どうした?」

「チッ──……あーあ、」

 だがこの瞬間、無限に続くかとも思われた攻防に差異が生まれた。先の距離の更に倍──人狼が鮮やかな跳躍で跳び、嘆息を吐き出す意図は未だ掴めない。

「なんだ、終わりか──呆気ないと、そう評することになりそうだが?」

「どこぞの吸血鬼に噛まれたせいで、正真正銘の人狼でいられなくなった──それだけのコト。ゲームの続きをしようか、センパイ?」

 そのゲームに於いて、人狼は吸血鬼を噛み殺せない。

「些か分が悪いと思うが?」

「確かに、勝ちはなくなった──」

「く、──くくっ」

「だが……──何が、おかしい?」

「いや、その何だ──随分と可愛らしい姿になったなと」

「は? どういうことです?」

 俺の言葉が余程に場違いだったのか、言葉使いが普段のソレに戻っている。

「あー、半人半妖的な?」

「何が、言いたいんです?」

 本人は気付いてないらしいが、嘆息から後──徐々にではあるが、変化があった。

「俗に言えば、コスプレに近いか」

「え……?」

 先までの姿を狼人間と断ずるのは容易い。なら、今は──

「犬耳と犬尻尾着けた人間」

「くぅぅーーーー────…………死ねっ!!」

「つぉっ、いて、いたぁ──おま、照れ隠しで腕飛ばすとか、」

「うるさいっ──!」

 雄か雌かも判断しかねた獣人の姿は遠く、照れ隠しに励む後輩の姿に微笑む状況なのかもしれないが──その割に、諸々の能力に一切の減退が見られない。

「っと、おい」

「やっぱりアンタは、先輩のそばにいるべきじゃないっ!」

 故に、逃げ回るだけの余裕がない。

「ならっ──ここらで終わりにするか!」

「そうですねっ──」

 そして彼女にも、追い続けるだけの余力が限られている筈だ。


「シッ──」

「──オラァッ」


 だからこそ、ここで全力を振るった。

 交わった拳に一切の遠慮はない──ただ一つ、互いに謀ったかのように握られた掌だけが、和解の証明。

「少女が『オラァッ』ってのはどうよ?」

「雌とはそういうものですよ──センパイ」

 攻め入った拳と、迎い打つ拳が両者の頬こそを到達点としたのはいい。

「それは佐藤もか?」

「彼女は聖女です、もしくは天使とも言えます」

 だが今日ここまでの全てが、一方的な排斥ではなく喧嘩という手法で解決を見出すのであれば、未だ決着は着いていないのだ。

「……彼女もまた人外、という訳か」

「もう、一度殴りますよ」

 冗談混じりの言葉も、一種の虚勢であり、各々の意地でしかしかない筈だ。

「そりゃ、……もう勘弁願いたいね、正直、色々と限界だ」

「あたしにはどうも、……堪え性が足りないみたいで、」

 互いにあった気持ちは確かめるまでもなく同じもの──互いに一歩後ずさったこの位置で、これ以上進まぬ足で、対する同胞よりも長く地上の人でいること。


「あ、──青鹿さんっ! 犬迫さんっ!」


 それもどうやらここまでらしく──……今はもう、吸血鬼の呼び掛けが遠く聞こえるだけだった。

(ああ……、どうしてこうなったんだかな…………)



 この世に生まれ出て以来の感情だと言うしかない。

 病煩が恐ろしいと、厄災から護ってくれと、加齢すら退けてくれと──啼き叫んだ。

 命の終わりを知っていた。

 連綿と続く──それはなんて素晴らしいこと。

 半永久に──半分だけであっても叶うのかと。

 


 夢を見た。

 死地より投げ出された少女を。


 夢を見た。

 旅立つ少女の足取りを。


 夢を見た。

 異国の地にて涙する少女を。


 夢を見た。

 爪立に似た少女の成長を。


 夢を見た。

 故郷であっても一人だった少女を。


 夢を見た。

 大人びた少女の諦観を。


 夢を見た。

 悔悟に囚われた少女を。


 夢を見た。

 永遠という──命の在り方を。



「夢見てたんだ──人外れたモノの世界を」


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