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ショート作品集

神サマ…?

作者: 大塚めいと

短めです。

挿絵(By みてみん)





 俺は会社でヘマをやらかした。

 ちょっとした電話の取次ぎミスにより、大きな損失が生じた。





 上司にのどが擦り切れるかと思うほどにボロクソに叱られ、手元に拳銃があったら間違いなく上司の心臓か自分の頭にぶっ放していた、というほど心に致命傷を負っていた。そんな自分を見るに見かねて、直属のやさしい先輩が「後は俺らがやっとくから、もう今日は帰っていいよ、ゆっくり休んで気持ちをきりかえな、困ったときはお互い様だ」と気を使っていただいた。そのまま居酒屋にてヤケ酒を浴び、のぼせたように火照った体を夜風でクールダウンさせるべく、繁華街を外れた川沿いを心電図を描くようにふらつき歩き、今に至る。





 「ちくしょー、そもそもあの客の滑舌の悪さがいけねぇんだくそったれ!」





 もう夜10時くらいは回っている時間だろうか?先輩のありがたき気遣いも有効に活用できたとは思えない有様に自分に腹を立てつつ、罵声を放ちながらフラフラ歩く。





 「もういっそよぉ…ドデカイ隕石でも落ちて終わってくんねーかなー、世界」





 自分でも信じられない暴言が呼吸をするように飛び出してくる。





 「地球温暖化、貧富の格差、終わらない内戦に…もう終わってるようなもんじゃねぇか、人類」





 これ以上続くと太陽系をも暴言の的になりかねない。しかしそんな愚痴に、もう聞いてられん!とばかりにストップをかけた出来事に俺は遭遇してしまった。





 「えぇ!キモチワルぃーんだよてめー!ジジイよぉ!?」





 一瞬で酔いが覚めた。言葉の語尾に必ず疑問符のアクセントがつく独特のしゃべり方の声が聞こえた。しまった、関わってはいけないタイプの人間が近くにいる。





 「クセーよてめー!?公害だよ公害!」





 どうやらその声は近くの高架橋下から聞こえる。あそこはホームレスが大勢住居を構えている場所だ。おそらく誰かが遊び半分でホームレスをおちょくり散らしているに違いない。





 「…すいません、…すいません」





 被害を受けている老人の声も聞こえてきた。「かわいそうに…」とは思ったものの、やっぱり自分が一番可愛い。ドラマや漫画の主人公よろしく勇猛果敢に救助に向かう力も勇気もないのだ。





 「すいませーん…だってよ、やべぇコイツさっきからすいません、しか言わねぇ!」





 「あーあるよな、こーゆーオモチャ!?」





 くそう、なんて非道!外道!ゴメン俺は助けに行けない、どうやらその暴漢達、少なくとも3人はいる、これは多勢に無勢だ。でもちょっと待っていてくれよ!ちょっと離れてからちゃんと警察を携帯で呼んでやるからな!

 俺はポケットに手を突っ込み愛用のスマートフォンを取り出そうとする。が。





 「アレ?」





 なんてこった!さっきまで飲んでいた居酒屋に置いて来てしまったようだ。ヤバイ!あのスマホにはアレな画像や動画がワンサカ保存されて…いや、今は違う。俺の性癖が公衆の面前にさらされてしまうことは二の次だ…マズイ、ここは人通りも少ないし、近くに民家も無い!助けをスグに呼ぶことが出来ない!





 「おーし!オレ最近ボクシングやってからよぉ?ちょっと練習の成果?試してみっか」





 非道集団の一人がとんでもないことを口にした。ボクシングだと!やめろ!これじゃ俺一人で助けにいってもヤツらのサンドバックにされること請け合いじゃないか!





 どうする?





 電話も無いし、力も無い…





 どうする!?















 『困ったときはお互い様だ』





 悩みに悩んで頭の中を廻らせている内、突然やさしい先輩の一言が天からの声となって俺の脳内に直接響いた。





 困ったときはお互い様…





 俺は今日、一人の人間の一つの言葉に救われている。救助されている。





 それなら





 俺も誰かを助けなければ、気持ちがつりあわないでしょうが!





 「うおおおおおおお!!」





 迷いはなかった、恐れもなかった。俺はただただ一直線に悪漢達の元へと走った。





 大丈夫だ!俺はセガールの映画を全部観ている!





 沈黙の知識だけを武器に俺は突っ込んだ!





 「うわ!なんだ!?」




 まず不意打ちのタックルだ!右肩を下から上にロケットのようにお見舞いした。





 「ぐぇ!」





 成功だ!悪漢の一人を地面に叩きつけた!このまま手首をとって逆方向に曲げてやる!





 「痛っ!いててて!」





 よし!いいぞ!痛がっているぞ!よーしこのまま…





 「ふぐっ!」





 残り二人の悪漢が俺を踏みつけるように蹴っている。おかしい、映画じゃこんなハズでは…





 「んだぁ!コイツ!」





 「誰だよ!てめーはよぉ!」





 マズイ…蹴りの一発一発がまるでドッジボールを渾身の力で投げ当てられたように重い。遠くからだと暗くてよく分からなかったけど、こいつらみんな、かなり体格がいい、キャッチャー体型だ。





 「うぼぉ!」





 とうとう痛みに耐えかねて手首を曲げて押さえ込んでいた男を解放させてしまった。





 「死ね!てめー!手首痛ぇじゃねーか!?セガールかよてめーは!?」





 図星。悪漢達は倒れこんだ俺によってたかって踏みつけ攻撃の雨。色んな意味で痛い。





 ああ…馬鹿だなぁ…俺、そのまま急いで場を離れてどこかで電話を借りるなりして警察を呼べば良かったんだ…ヒロイックな雰囲気に酔いしれて思わず飛び出してしまっただなんて…ああ…死ぬのかなぁ俺…そういえばスマホを居酒屋に置きっぱなしだったなぁ…こんなことならセキュリティロックを掛けておけばよかった。…俺、このまま死んだら中のデータとか全部家族に見られちゃうんだよなぁ…あぁ…だんだんと意識が遠のいていく…もはや踏みつけられている感触すら感じられない…逝くのか…このまま…さようなら皆さん…ユニークな性癖の持ち主、この俺、黒崎シゲルはもうすぐこの世とお別れです。





 さようなら…





 「…お兄さん…お兄さん…」





 老いた男性の声が聞こえる…これが…神の声か…





 「…すいません…お兄さん…すいません…」





 すいません?





 俺は恐怖で閉じていた両目をゆっくりと開いた。





 「…おじいさん?」





 俺の目の前には申し訳なさそうな顔のボサボサに伸ばしきった白いヒゲと髪の毛の老人が見下ろしていた。おそらく、今まであの悪漢達に暴行されかけていた老人だろう。





 「あいつら…行ったよ」





 「え?あいつら…」





 さっきまで俺を踏みつけ、辱めていた悪漢達が霧のように消え去っていた。どういうことだ?と辺りを見渡してみると、土手上の路上に赤ランプが回転しながら光を放っていて、車が二台停車している。そしてなにやら口論しているような声が微かに聞こえた。





 「…あいつらパトカー着たら逃げたよ」





 なるほど。どうやら、俺が痛めつけられている最中、たまたまパトカーがスピード違反か何かでもう一台の車をここまで追跡していた所、悪漢達は自分達を捕まえにきたものと勘違いしたらしく、一目散に逃走したということらしい。





 「…お兄さん、どうもありがとうね」





 老人は80代近い年齢に見えた。いや、ひょっとしたら白髪の髪やボロボロの服装で老けて見えるけど本当はもっと若いのかもしれない。





 「いや…困ったときはお互い様…ですから」





 実際俺はこの老人の役に立てたかどうかは不明だ、だって俺が立ち向かって行かなくてもパトカーは通りかかったワケだから、俺がいようがいまいがどっちみち助かっていた。だけどちょっとカッコつけたかった気持ちがあって、やさしい先輩の言葉を拝借して少しいい気分に浸ってしまった。俺ってばとことん情けない。





 「…お兄さん」





 「…なんスカ?」





 「なんか…お礼させて…」





 「いや、いいですよ別に…」





 最初から相手はホームレスなので見返りなんて期待してはいない。それより俺の頭の中は居酒屋に置き去りにしたスマホの中身のことでいっぱいだった。





 「それじゃ…おじいさん、俺はこれで…」





 「…ちょっと待って!」





 「ああ…もう…」





 あぁ、もうこうしている間に心無い誰かにスマホの中身を覗き見されているかもしれない。俺はしつこい老人に若干のイラつきを感じ始めていた。





 「なんですか!?おじいさん!」





 「ワシ…神様なの…」





 「へ?」





 「ワシ…神様だから…お兄さんのお願い、一つだけ叶える」





 なんてこった…この人、面倒くさい人だ…ここは適当な事を言ってやり過ごそう。





 「そーですか!それじゃいっそ世界をキレイにしてくれ!環境を破壊してこんな七面倒で小汚い世界を作った人間達を洗浄しちゃってくれよ!隕石でも落とせよ!」





 俺は今までのイラつきを吐き出すように少し怒りを込めて自称神様に無茶な願い事をぶちまけた。





 「…それでいいの?」





 「いいよ!」





自称神様は数秒間を置いてから、息を大きく吐き出し、言った。





 「…そうか、分かった叶えよう」





 自称神様は両手を合掌の形に合わせ、何やらよく聞き取れない謎の言葉を呪文のようにボソボソと唱え始めた。





 「…おじいさん?」





 自称神様の顔は真剣だった。唱え続ける呪文の語気も段々と強みを帯びる。





 「…え?…これって」





 俺と自称神様の周りの空気だけが、性能のいい炊飯器のイメージ画像でよく見る暖かい対流が起きているような錯覚に陥った。





 自称神様の声は今まででは信じられないほどに激しく、大きくなっていった。だんだんとその雰囲気に圧倒されて、俺は全身に鳥肌が立つような緊張感が走った。





 「ちょっと!ちょっと!まって!」





 ヤバイ!この人、ひょっとしてホンモノかもしれない!俺はスグに前言を撤回しようとするも、その瞬間…





 「ハアァァァーーーーーッッ!!!!」





 神様は合わせた両手を大きく天に広げて奇声を上げた。それと同時に激しい圧の風が吹き、空気が乱れる。





 俺は激しく後悔した。まさかこんなファンタジーな出来事が現実に起こりうるとは…神様は本当に俺の言うとおりに隕石を呼び寄せたに違いない…あぁ…なんてこった。申し訳ありません、人類。そもそも俺が仕事でミスをしたばっかりに…客の滑舌が悪かったばっかりに…こんな事態に陥るなんて…キレイサッパリ世界が消滅してしまうなんて。ごめんなさい。俺と世界中の皆は…居酒屋に置き忘れたスマホの秘蔵フォルダ 「 変 態 こ れ く し ょ ん 」 と共に今日で終わりを遂げます。今までありがとうございました、さようなら…





 「お兄さん、終わったよ」





 「え?」





 神様の声に我を取り戻す。気がつくと突風は止み、辺りは夜の静けさを取り戻している。





 「…何も変わってないじゃないですか…?」





 「そう、何も変わってない」





 だまされた!やっぱりこの人、神様なんかじゃなく、ただのおじいさんじゃないか!いや待て、人類に危機は訪れなかった…ここは安心するべきなのか。





 「お兄さん、この世界は初めからキレイなんじゃ」





 「え?」





 突然おじいさんは語りだした。





 「環境破壊なんて初めからこの世に無いんじゃ、この大きな地球からみれば、人間が大気を汚染してオゾン層を破壊することも自然なんじゃ。人間がビルをあちこちに建てることも、シロアリがアリ塚をそこら中に作ることも、同じようなモノじゃ。人間達が空気を汚そうが、水を濁らせようが、それも自然と言っていいんじゃないか?」





 おじいさんは今までとは打って変わって真剣な表情だった。さっきまでホームレス狩りにあっていた老人と同一人物とは思えないほどに。





 「…なるほどね、見方を変えれば、世界も違って見えるってことか…」





 俺はおじいさんの言葉によって、自分がいかにチンケな存在かを思い知らされた。そう、見方を変えれば俺はなんて幸せ者なんだろう。重大な過ちを犯した俺に対し、社長は散々怒鳴り散らしたが、解雇されたワケでも、ましてやそれで命を失ったワケでもないし。さらにそんな俺に助け舟をだしてくれたやさしい先輩だっている。そうだよ、俺は今、とても恵まれた存在なんだ。





 俺は悪漢達の暴行により痛みを負った全身をゆっくりと動かし、立ち上がった。





 「おじいさん」





 「ん?」





 今の気持ちは晴れ晴れしく、神々しい。俺は内ポケットから財布を取り出して中から一万円札を取り出した。





 「面白い話だった、ホラ、これで焼き鳥でも食ってくれよ」





 「え?お兄さん?」





 おじいさんは目を丸くして驚いた。





 「いいっていいって、いいからもらってくれよ」





 俺は半ば強引に一万円札をおじいさんの手に握らせ、足早にその場を去った。





 「じゃあな、おじいさん、元気でな」





 俺は走った。ほぼ全力疾走だった。こんなに気持ちよく走っているなんて、一体いつぐらいぶりだろう?俺の心を蝕んでいた鉛のような気持ち悪さは吹っ飛んでいた。気持ちいい、夜の空気を切り裂きながら走ることがこんなに気持ち良かっただなんて…




 あのおじいさんはやっぱりただのホームレスの老人だったのか、それとも本当の神様が、へこたれた自分に渇を入れるために地上に出向いてくれたのか?それは分からない。ただ一つ言えることはあのおじいさんは今日の俺にとって確実な「救いの神」だった。やさしい先輩だって、こんなしょぼくれた俺に黙って料理と酒を運んでくれた居酒屋のおっちゃんだってみんな何かしらの神様なんだ。





 この世に神も仏もいないなんて嘘だ!この世の皆が神様であり、仏様なんだ!





 そして俺は今、例の居酒屋に爽やかに到着、店員に確認をとって、愛用のスマートフォンは我が手中にと舞い戻った。





 「ありがとうございました!」





 俺は朗らかに例の言葉を残し、店を出た。





 大丈夫さ、あの店はみんな教育が行き届いている。滅多やたらに他人のプライバシーを覗き見するなんてありえないさ。誠実の神様を信じようじゃないか。





 俺はスマホをポケットにしまいこもうとした。





 「あら?」





 何か違和感があった、それはいつもスマホと同じポケットに潜めている名刺の入ったケースが無かったということ。





 おかしいな…ひょっとして名刺も居酒屋に置き忘れちゃったのか?





 俺は回れ右して再び居酒屋へと戻り、その入り口の引き扉を開けるべく引き手に手を掛けた、その時だった。店内から若い店員の声が扉越しに聞こえてきた。





 「アレ?せんぱーい、さっき来たんですか? 変態これくしょん 」





 前言撤回…










 やっぱりこの世に神も仏もいやしねぇ!










~エピローグ~






 「会長!会長!こんなところにいたんですか?」





 「おう、もう見つけやがったのか」





 「もういい加減にしてくださいよ、ホームレスのふりをして神様ごっこだなんて」





 「いいんじゃよ!ワシのライフワークじゃ!」





 「周りの人間はたまったもんじゃないですよ!」





 「フン!どうせワシなんてもう老い先短いんじゃから好きにさせろい!」





 「はぁ…」





 「迷える若者達に神様だと偽ってそれっぽい言葉を残して去る。わからんじゃろうなぁこの面白さは…ホームレスの格好も人間観察をするにはうってつけじゃ」





 「私にはよく分かりません、さぁ、帰りましょう。車に乗って下さい」





 「まぁ落ち着け、さっきワシは面白いヤツと知り合ったんじゃ」





 「面白い?」





 「ワシの命の恩人じゃて、さらに一万円も寄付してくれた。だがそそっかしくてのう、ホレ、名刺入れを落として行きよったぞ」





 「命の恩人?一万円…って…何があったんですか?」





 「それは後で話す。ほぉ…黒崎シゲルと言うのか、XY商事営業課…!?」





 「会長、XY商事ってまさか?」





 「ワシのせがれがやっとる会社じゃないか」





 「どんなことがあったかは知りませんが、何かお礼をしないといけませんね」






 「そうじゃな、神も仏もいるかは分からんが、偶然の女神は確かにいたようじゃわい」










終わり


私はスマホにそんなタイトルのフォルダを作ったりはしていません。

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