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二、宝刀 その2


 驚異的な回復速度でほとんど元通りになりつつあるミラー。それでもまだ身体は痛むのか、まともに動くことは出来なかった。もりもり回復して、もりもり食べるミラーの様子に、食事を作るアリサも腕の振るいがいがあると喜んだ。

 陽気な日差しがポカポカと暖かい。そよ風にのって、華の街の香りがしたように感じた。川のせせらぎの中、魚が跳ね波紋が広がる。非常に平和だった。拾った男が刃傷沙汰の渦中に居るとは思えないほどの。




 ――夜。


 あと半日も行けば【花の街 カーシャ】に着くだろう。既に街道はタイルで舗装されている。その脇には点々と花が植えられていた。誰かが常に整備しているのだろう、非常に華やかだ。闇夜の火明かりに照らされていても、なおその美しさを損なわない。むしろ昼とは違った趣がある。

 その横で食事を終えた行商人一行は焚き火を囲み、酔ったバフィンのコレクション自慢を聞いていた。いや、聞かされていた。アリサはまた始まったと、さっさと眠りに入っている。酒が入り、興が乗るといつもこうだった。 



「いいだろう? 俺の自慢だ。お、そうだ。とっておきがあったんだった。……あった、これを見てくれ」


「短刀、ですか……?」



 バフィンが取り出したのは鞘に収められた質素な短刀だった。長さは指先から肘くらいだろう。はじめはナタかとも思ったが、柄や鞘に施された装飾を見て違うことがわかった。バフィンは勿体つけながら短刀を抜き放つと、その瞬間ひやりとしたものをミラーは感じた。刀身は微かに濡れているように光り、ひと目で名刀と分かる。寒気はその刃から放たれていた。



「これはな、前の遠征の時に手に入れたんだ。見ろ……」



 刀身を上に向け、手に持った木の枝をそっと落とす。



「おお……!」



 刀身に落とした枝がスッパリと両断されている。これが逆ならば普通なのだが、枝の自重だけで自然に切れるほどとなると話しが違ってくる。それ程までに凄まじい切れ味を誇るのだろう。童心に帰ったようにバフィンが笑う。目をキラキラさせていた。

 興奮したように説明してきた。



「これはな、さる神職がとある騎士のために作り上げたという伝説がある聖遺物なんだそうだ。その話を聞いた俺はビビッときたね! それで、これを持ってたヤツからなんとか頼み込んで買い取ったってわけだな。そのせいで娘に怒られっちまったが、後悔はしてねえ」



 チラリと背後で眠る娘に目を向けた。寝ているのか反応はない。



「伝承では強力な祝福が施されているらしい。俺はこれを家宝にすると決めたね! そしてこの無骨で肉厚なデザイン! 俺好みだ」


「強力な祝福? それはどういった……」


「これの前の持ち主から教えて貰った伝承では、折れても鞘に入れとけば直ったとか、呪いから持ち主を護ったとか、そういったものらしい。あいにく俺は冒険者じゃないからな。荒事とは無縁で、本当かどうかはわからん。試したこともないしな」



 ケケケとイタズラっぽく笑う。言葉とは裏腹に幾度と無く死線をくぐり抜けてきた古強者なのだ。その半分以上が自分で背負い込んだ厄介事だったのだが。しかし、本当に危険なことには首を突っ込むことはしてこなかった。冒険者達のように一攫千金を狙ってダンジョンへ挑んだり、傭兵のように戦場を駆け巡ったり、武功のために怪物たちに戦いを挑む騎士たちのようなことは行なってこなかった。生か死の二者択一の世界には絶対に足を踏み入れてこなかった。厄介事にしても、必ず自分が生き残れる算段を立ててから首を突っ込んでいる。そういった勘は非常に良かったのだ。



「おっと、話しすぎたな。明日も早い、さっさと寝るか」



 残りの酒をガブリと飲み干し、のしのしとつくった寝床に歩いて行った。



 明朝、出発してから半日ほどで街へ到着した。

 バフィンは街に着くと真っ先に男を入院させた。もちろん経費は自分が持つという。男は何故ここまでしてくれるのかと疑問に思ったが、それ以上に感謝の念で一杯になった。

 回復していく肉体とは裏腹に、ミラーの記憶は一向に戻らなかった。だが、彼はそれでもいいと思った。見ず知らずの自分に親身になってに接してくれるバフィン。怪しく、傷ついた記憶喪失の男に物怖じせず気遣ってくれるアリサ。

 彼らには返せないほどの恩を受けた。自分が誰かもわからない今、この親子のために生きてもいいとさえ思った。

 恩を返したいと、強く心に思った。



 ちゃんとした治療を受け、持ち前の回復力と相まって、医者も驚くほどの驚異的な速さで治っていった。

 あっという間に退院し、今は父娘がとっている宿に来ている。

 今後のことについて話し合っているのだ。



「なああんた、記憶の方はどうなんだい?」



 すっかり元気になり、後遺症もない。肉体は壮健でも精神の方はどうなのだろうか。そう思いバフィンは気遣って声をかけた。



「いや、まだ何も……」


「そうか……なあ、あんたさえ良ければ俺達と旅を続けねえか?」


「――えっ?」



 唐突な話に面食らう。アリサはポカンとした顔のミラーを、物珍しいものでも見るように、まじまじと眺めている。

 返事が出来ないままでいると、バフィンは一声つけたした。



「なに、記憶が戻るまででもいいんだ。乗りかかった船だし、このままここで 「ハイサヨウナラ」 ってのも後味悪いしな。無理にとは言わねぇが」



 ミラーは混乱した頭で答えを絞り出そうとした。この得体のしれない自分を仲間に加える彼の真意は何だと。彼らのメリットなどあるのだろうか、と考えた。だが、その申し出はミラーにとって願ってもない事だった。

 ――彼には記憶も行く先もない。なにを頼りに生きてゆけばいいのか分からないのだ。記憶が無いということは、心の拠り所がないということで、辛い時、苦しい時にどう心を落ち着け、励ますのか、それすらも分からない。もし一人でいたのであれば、絶望が彼を押しつぶすだろう。

 ミラーは、声を震わせて言った。



「……いいんですか? こんな得体の知れない人間を……」



 しかし、それを一笑に付しドンッと胸を叩いてみせ、

 


「ホ! 気にすんな! それに俺がそうしたくて言ってんだ。なあに、娘とはちゃんと話しあったさ、遠慮すんない!」



 まるでそうする事こそが自分の使命だと言わんばかりだった。底抜けの善意。それが、商人バフィンが進んできた道なのだ。



「ありがとう……」



 ただ、そのただ一言を絞り出した。

 なにかもっと言うべき言葉があったかもしれないが、それ以上は言葉が詰まって出てこなかった。

 バフィンにもそれが伝わったのか、おう、とだけ返した。

 ミラーの握った手が震えていた。




 こうして、行商一向に一人の男が加わった。

 ミラーが入院している間に、ここでの商売は終わったらしく、既に次の街へ行くことが決まっていた。後は彼の傷の具合を見てから出発することなっている。



「次の行き先は東の国パウロン領の港町メイトンに向かう。それまでいくつかの街を経由するな」



 テーブルに置かれた地図をなぞりながら、道を確認していく。

 現在は帝国アバロン領の南に位置する大都市、花の街カーシャにいる。そこから丁度真東に進むと東国パウロンだ。

 東国パウロンは水産資源で成り立つ国で、大陸【ウインドガルド】の玄関口だ。また、四岳と称される巨大な峰の一つがあり、そこから流れる魔気が魔術研究に使われるため、魔術・魔導も発展している魔導国家でもある。魔術大学アルジェノンがあることでも有名だ。

 大抵高名な魔術師というのはこの地から輩出されており、そのほとんどがこの大学を卒業したものなのだ。




「え~っと、今いるのがここだから……三つ経由しますね」


「そういや、お前を連れてはこっち方面は初めてだったな。途中にある水上都市は凄いぞぉ! 街一つが水の上に立ってるんだ!」


「本当ですか!!」


「それに上手く日程が合えば丁度祭りに間に合うかもしれんな……」



 父の言葉に狂喜乱舞するアリサ。よっぽど嬉しいのかピョンピョン飛び跳ねている。落ち着いた大人しい少女と思っていた為に、歳相応にはしゃぐ姿を見てやや安心したミラーだった。



(水上都市か……)



 街が水の上にあるなんて想像できず、イメージしたのは巨大な船が寄り合わさって出来た街だった。



(本当に生活できるのか? 揺れて不便そうだが)


「浮かれるのはまだ早いぞ。ドゴス山脈を迂回しないといかん。まだまだ先だ」


「それでもいいんです! ああ、久しぶりに遊べるのね! 普段は埃っぽいところばっかりで、全然綺麗じゃないんですもの!」


「あー……ハハハ、まいったね」



 自覚はあるのかごまかすように笑った。確かに娘を連れて旅をするようになってから、父として遊ばせてやるような事はほとんどなかった。亡き妻との約束が一つとして守れていないと、冷や汗が流れる。



「ん、ゴホン! じゃあ、出発についてだが、ミラーの調子も大分良くなってきているようだ。あと二、三日もすれば行けるだろう。それに合わせて出発する。それまで自由行動、つまり休暇だ」


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