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一、出会い

そんなに長くないので、完結までお付き合い下さい

 ――ガラガラガラガラ……



 巨漢が御す大きな馬車が街道を行く。

 大きな顔にもじゃもじゃのヒゲ、小山のような体躯に丸太のような手足。だが目は丸々と優しそうに輝いている。街道はよく整備され、馬車の車輪も快適に回る。ここ数日感じたことのない快適さだった。

 彼らは旅を続ける流れの商い人、つまるところ行商人で、物品をあちこちで仕入れ、またあちこちで売り歩いている。今も新たに仕入れた品物を、次の街である【華の街 カーシャ】で売ろうとしてこの道を進んでいた。



「さすが大都市に続く道だけあって、足元も快適だあな」



 巨漢の名はバフィンと言った。この道数十年のベテラン商人だった。

 彼は自分の足で品物を探し、自分の目で品物を鑑定するのが好きだった。世界中の珍品を見定め、いつかどこかに店を構えて商いをするのが夢の男だ。しかし十数年も歩き続けているのにその機会は一向に訪れない。まあそれも行商の醍醐味だな、と楽しんでいるふしがある。ロマン多きヒゲオヤジなのだ。



「おお? ありゃあ……」



 バフィンが何かを見つけ馬車を止めた。突然止まったことに驚いたのか、荷台から利発そうな少女が顔を出す。年は十三、十四程だろうか。まだあどけなさが顔に残っている。

 少女はバフィンの娘でアリサと言った。早くに母親を亡くし、以後ずっと父と二人で商いを続けている。非常に愛らしく、しかし芯がしっかりとした子で度々父親であるバフィンを尻に敷いている。幼いながらも度に同行しているため、旅の知識や経験は冒険者たちに引けをとらない。その上生き残るための訓練を父から受けており、見た目以上に強く度胸もある。

 見た目は母親に生き写しであり、父をたしなめるときの表情はそっくりだと、良く言われている。



「父上、どうかしましたか?」


「あれ、見ろよ。誰か倒れてら」



 父が指差す方をアリサは見た。指の先を見ると、何か大きく黒い塊が道に転がっていた。目を凝らしてよく見てみると、それは血まみれの人間だと分かった。人間が街道のど真ん中で倒れているのだ。



「あっ。し、死体……?」


「わからん。生きてるかもしれん。ちょっと見てくる。馬車から離れるなよ」



 大きさに見合わぬ身軽さで御者台を飛び降りた。周囲を警戒しつつ巨躯を揺らして近づいて行く。

 どうやら危険は無さそうだ。安全を確認した巨漢は改めて男を見た。身の丈一八〇にも届くだろうか、体格も筋骨隆々でかなりがっしりしている。戦いに巻き込まれたのか、刃物で傷つけられたような痕が見て取れた。

 うつ伏せに倒れている男の肩に手を置き、空いた手で首筋の脈を取る。



「生きているか。あんたぁ……運が良かったな」



 馬車に居るアリサに声をかけた。



「おーい! 緊急医療パック持って来い! まだ生きてる!」



 はい! と返事をして、急いで医療パックを手に駆け寄った。この父娘にとって、このようなことは日常茶飯事だった。特に父であるバフィンがいろいろと無茶をする人で、医療パックの備蓄を欠かしたことはない。そのため、意図しない内に父娘ともども医療知識に明るくなっていった。



「ハイ、父上。……うわぁ、凄い出血……」



 緊急医療パックを受け取ったバフィンは水筒で傷を洗い流し、慣れた手つきで傷に軟膏と包帯を施していく。

 


「こりゃあ……ひでぇ。一息で死なねえように、執拗にいたぶられたな……」


 

 全身に無数の切り傷がついていた。だが、どれも致命傷には至っていない。急所を外しているのだ。 見せしめかと、そう思うほどに彼はズタズタだった。それでもまだ生きているのは、彼自身の強健さにあったのだろう。



「大丈夫……なんでしょうか」


「さあな。だがこいつは運がいい。俺達に出会えたんだからな」



 バフィンは男を優しく、そして軽々と抱きかかえた。



「今日はここで野宿だ。野営の準備をするぞ」


「ハイ!」


 のしのしと男を担いで馬車へ歩いて行く。その後ろを小柄な少女がトコトコとついていった。荷台に作った簡易ベッドに男を寝かせ、父娘は野営の準備に取り掛かった。





◇◇◆◆◇◇








――おおおおおッ! やめろォォ!!



――あああ! 子供に手を出さないで……アァッ――――!!



――かあちゃ……ぁ……



――ハハハハハハハハ……



――き、貴様ァァ――――ッ!






◆◆◇◇◆◆





「――ハッ!」



 頭の中に誰かの断末魔が響き、怒りの叫びがこだました。

 最悪の目覚めだった。身体は痛み、熱に浮かされ、更に頭痛が止まらなかった。 



「っ! ……ここは」



 身体を起こそうとしてみるも動かない。力が入らないのだ。

 


「動かないで下さい。傷が開いてしまいますよ」



 声がした方に僅かに動く首を動かして目を向ける。声の主はタオルを絞り今まで乗っていたタオルと取替え、新しいタオルを額にあてがった。恐らく十代前半ほどの少女だろう――がこちらを見つめていた。



「……君は? ここは……どこだ。俺はどうして……」


「私はアリサといいます。ここは私達の馬車の中です。街道を通っている時に、倒れているあなたを見つけたんです。何か事情がおありとは思います。差し出がましいですが、私達で手当させてもらいました」


「そう、か。あ、いや……その、助かった」



 取り替えたタオルをすすいでで絞り、畳みながら少女は続ける。



「そうだ、気がついたら貴方の名前と出身地を聞くように言われてるんだった」


「名前、俺の……名前は……くっ!」



 頭に鈍痛が走る。ギリギリと締め付けられるように痛みに、それ以上考えることが出来なかった。頭にモヤが掛かったように、自分に関した記憶がごっそり抜け落ち、思い出せなかった。



「……思い出せない。何も……分からない……」


「あの、大丈夫ですか……?」



 馬車が軋み、僅かに沈んだような気がした。誰かが荷台に入ってきたのだ。



「おお、あんちゃん! 目が覚めたか?」


「父上」



 小山の様な巨漢だ。体の半分は馬車に入りきらずにいる。そのため縁に腰掛けていた。

 アリサが小声で父親に告げる。



「そうか、あんた記憶が……。場所がわかればあんたの故郷まで乗せてってやろうと思ったんだが……。名前までわからないとはな」



 困ったように腕組みをする。ただそれだけの動作なのに、腕の筋肉が盛り上がり、胸筋が膨らんだ。服がはちきれんばかりだ。



「俺はバフィンってんだ。まあ、その傷だ。一応応急手当はしたが、早く大きな街でちゃんとした治療を受けたほうがいい。乗りかかった船だ、俺達に任せてゆっくりしてってくんな」


「なんと言っていいのか……とにかく、感謝します……」


「なに、情けは人の為ならずってな。いつかこの善行が自分に帰ってくるって信じてんのさ」



 そう言って豪快に笑いながら馬車から出て行った。その後姿を眺めてるアリサが、男に話しかける。



「父上はあんな見た目だけど、底抜けのお人好しなんです。困っている人を見ると見捨てておけないんですよ」



 呆れたように笑っている。 

 


「……良い人なんだな」


「自慢の父です!」



 呆れながらも闊達な笑顔を見せる。その笑顔を見た男は、胸の奥底で何かがうごめいたのを感じた。懐かしいような、悲しいような、なんとも言いがたい感覚だった。

 思考はめぐるも、男は負傷の身だ。そのうち頭が回らなくなり、疲労のためか男はすぐに眠りに落ちた。




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