#9 葵の魔法(マリア)
「こっちだ、葵。足下に気をつけるんだぞ…」
「うん…」
小声で話す私達は今、兵士や誰にも見つかることなく、処刑所に潜入できていた。
中は暗く、明かりは灯っておらず、視界が悪いなか、私達は出来るだけ足音を立てないように進んでいた。
「あ!…明かりが!」
少し進んだ先に、光が漏れる扉があった。
その扉に近づくと、政稀兄さんが隙間から外の様子を窺い、誰もいないことを確認すると、ゆっくりとその扉を開けた。
「っ…!」
一瞬光に目が眩む。
そして目が光に慣れた所で、辺りを見回すと、一点に目を止め驚愕する。
「なに…これ……」
闘技場のように周りを石造りの観覧席で囲まれ、大きな円の形になっているそこの中央。
白い羽が背中にある五、六人の兵士に腕を捕られ、地面に膝を着くユウ兄と彼。
その彼らを見下すように立つ、三人の男。
一人は金色の、もう二人は銀色の剣を持ち、ユウ兄達にそれを向けていた。
そして…その後ろでは、本でしか見たことのない、薪の積み上げられた処刑台のような物がゴオッと音を立て、激しく燃えていた。光の正体はその炎だった。
私達が出た場所は、彼らが居るところから少し離れた観覧席のような場所だった。
「ユウにっ…!」
「待つんだ、葵!」
飛び降りて行こうとした私を、政稀兄さんが慌てて止める。
「今は状況を把握してから動いた方がいい。それに、悠磨達なら隙をつけばきっと逃げられる……だから、今は我慢してくれ」
そう言った政稀兄さんを不安な眼差しで見上げながら、私はじっと待つ事にした。
そんな私の頭をポンポンと撫でると、政稀兄さんもユウ兄達の方をじっと見つめた。
「我らが光、闇への裁きを!今、ここに!」
「俺達が何をしたって言うんだよ!」
金の剣を持つ男が剣を振り上げると、ユウ兄が声を上げる。
よく見ると剣を持つ男は、私が平手打ちをしてしまった男だった。
その男は、ユウ兄の剣幕に一瞬怯むと答えだした。
「…貴様等は我等が光に剣を向けた。それは宣戦布告と問われても言い逃れ出来ぬ事…それこそが罪だ。」
(それって…私があの人に平手打ちしちゃったから?)
一人落ち込みそうになったとき、彼が口を開いた。
「だからなんだ。…戦いなら既に始まっている…そんな事も分からないのか?…俺達を捕まえて裁いている暇があるのなら、警備に兵を回した方がいい……天界人」
「アンタ……」
彼の言葉にユウ兄も、兵士達も呆気にとられる。
(戦いって…どういうこと?)
私も何の話か分からず首を傾げた。
だが、その言葉に答える人物がその場に現れるまで…。
「魔界人ごときが、我らが光にたいして口ごたえする事こそ不愉快だ。」
「!!!……貴様は!」
「あ、暴れるな!」
その現れた人物に彼が飛びかかろうとした。だが、それは腕を掴む兵士により阻まれ、地面に強く押し付けられる。
それでも彼は現れた男に飛び掛ろうとするのを止めようとはしなかった。
そんな彼を愉快そうに口元に笑みを浮かべ、その男は優雅に歩き、ユウ兄達の前までやってくる。
「お前たちは、裁かれるに値する罪を犯したのだ。」
「なに…?」
ユウ兄と彼が、睨むようにしてその男を見上げる。
「我等の王…『グランツェル』様の娘である…『アオナシエル』様の誘拐。という重罪をだ!」
「ぐはっ…!?」
ユウ兄の腹部に強烈な蹴りを入れ、そのユウ兄を捕らえていた兵士ごと後ろに蹴り飛ばした。
「ユウ兄!!」
その光景を目にした瞬間、私は石造りの縁に手をかけ観覧席から飛び降りようとした。
「あ、葵!?」
だがそれに気づいた政稀兄さんが私の手を取り止める。
「危ないだろ!?ここから飛び降りようとするなんて!」
「でもっ!…ユウ兄が!」
私の肩を押さえる政稀兄さんを見上げたその時────
「うわああぁ…!?」
叫び声が聞こえた。
そう──あの炎の上がるあの台の中、人影が二つ。そこから確かに聞こえた。
ユウ兄の声が…──
(ユウ…兄…)
まるでスローモーションのようにユウ兄達の体が炎に包まれていく。
(いや……いや、嫌…いや!!)
「悠磨兄さぁんっ!!」
顔を青ざめ、涙を浮かべながら私は飛び出していた…ユウ兄に手を伸ばして。
「!!…あおいっ!!」
叫ぶ政稀兄さんの声が遠くに聞こえた。
体が傾き、落下していく感覚が襲い目を閉じる…。
(ダメ…だめっ…!もう…目の前で誰かが死ぬのは嫌なの!!)
そう強く想い目を開けた瞬間、私の体が白く輝いた。
目の前が真っ白の光に染まり、体中に力が溢れる感覚と、地面すれすれで浮く感覚がした。
その白き光は辺りを全て飲み込み、誰もが驚愕な表情を浮かべる。
「アオイ!!」
だが、私の名を叫ぶ彼だけは…驚いた顔をしていなかった。
───…一瞬だった。
腹部に強烈な痛みを感じ、次の瞬間には目の前になだれ込んでくる炎の赤。
熱さに、焼ける。もう、死ぬのだと思った。
(ごめんな…葵。お前の知らない場所にお前をおいて、俺は……護ってあげられなくて…)
死を覚悟し、目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは…いつものように優しく笑いかける葵の姿だった。
『ユウ兄……悠磨…さん…』
(え……?)
死の直前だからだろうか、はたまた会いたいと想ったからだろうか…今、一番聞きたかった声が聞こえた。
『悠磨…にい……ユウ兄!!』
「っ!?」
だが、幻聴でもなく、幻影でもなく……葵は俺の目の前に立っていた。
「な、んで…?葵!?…何してるんだ、早く離れろ!お前まで焼けて……あれ?」
そこまで言って俺は違和感に気づく。
激しい熱さ、呼吸すらできないくらいの煙、それらが全て消えて無くなっていた。
──いや、全てが白い光に包まれていたのだ。
『ユウ兄…良かった……生きてたぁ!』
双眸に涙を溜めていた葵が、俺に抱きつく。
その肩は小刻みに震え、不安でいっぱいだったことを知る。
「……ごめんな、葵。俺は…生きてるよ」
葵の背中に手を回し、優しく撫でる。
すると、葵の体から力が抜け俺にもたれかかる。
「葵…?」
少し体を離し顔を覗き込むと、葵は安心したように眠っていた。
その瞬間、辺りを包んでいた白い光が、葵に集まってきた。
(なんだ!?)
訳が分からないまま、俺は光に堪えきれず目を閉じる。
そして───次に目を開けるとそこは…
「……森?…あ!此処は…『ネクリスの森』か!?」
緑が生い茂るそこは、鳥がさえずり、花は咲き誇り、空気がとても澄んだ場所だった。
「悠磨!…葵!!」
木々の合間から政稀が駆け寄ってくる。その隣には、黒い衣服に身を包むあの男がいた。
「良かった…。二人とも無事だったんだな…」
ホッと安堵の息を吐く政稀を見上げ、俺は何が起こったのかを問う。
「なあ、いったい何が起こったんだ?…俺は、あの炎の中で死ぬんだと思った。だけど、目を開けたら葵がいて……気がついたら此処にいた。……此処ってネクリスの森だよな?」
俺の問いに静かに頷き、政稀は辺りを見回し口を開いた。
「俺も気がついたら此処にいた。…多分、瞬間的に移動する魔法を使ったんだと思う…」
「……誰が?」
「……葵がだよ」
「…!!」
政稀の答えに俺は腕の中で眠る葵を見つめる。
規則正しい寝息をたてる葵から、小さくも確かに魔法の気配を感じた。
「そっか……葵が俺達を助けてくれたのか…ありがとうな」
驚きよりも嬉しさが上回り、俺は葵を抱きしめる。
そんな俺を見ていた男が不機嫌そうに近づいてきた。
「いい加減、アオイを放したらどうだ?」
「はあ?何でだよ…」
「お前に触れられるのは不愉快だと言っている」
「はあ!?何でそんなこと言われなきゃいけないんだよ!」
「まあ、落ち着け。」
男の言動に俺が声を荒げると、政稀が俺を制し、男を鋭く睨む。
「本当は、葵と合流したときから気になっていたが…天界の者に邪魔された。だが、此処まで一緒に来たのだから……何より、葵が警戒していなかった。だからあえて聞きはしなかったが……」
政稀が何を言おうとしているのか、俺は固唾を呑んで見守る。
「貴方は、何者だ?」
「………。」
政稀の問いに、男は沈黙する。
だがそれに構わず、政稀は言葉を続ける。
「葵を“あの世界”から連れ去ったのは魔界の者、二人…。そいつ等が使った『ゲート』の魔法の痕跡を辿り、俺達が葵を見つけ出すのにそう時間は掛からなかった…。」
政稀の言葉に、俺は葵がいなくなった時の事を思い出す。
学校の裏から、魔の気配を感じた俺達は、ゲートがあったと思われる場所に方陣を描きゲートの魔法を使った。
こうすることで、先に描かれていた方陣の繋がっている場所に出ることが出来るからだ。
「だが……俺達が葵を見つけたとき、連れ去ったと思われる二人の魔界人は既に倒されていた。……何故、葵を助けたんだ?」
政稀は真っ直ぐに、男の月のような銀色の瞳を見つめる。
真実が知りたい。そう、政稀の目が語っていた。
(俺も……不思議に思っていた。だって…この人は───)
「貴方は『魔界人』なのに、何故仲間を倒して、葵を助けたのか……教えて欲しい」
そう…“俺と同じ”魔界人───
男は呆れたように息を吐くと、一瞬葵に穏やかな目を向けてから政稀を鋭く見た。
「……確かに、俺は魔界人だ。だが何故アオイを助けたのか…その質問に答える気はない。お前たちにはな…」
「なに…?」
その言葉に少し苛立ちを見せた政稀だが、すぐにいつもの落ち着いた表情に戻る。
「では、名前くらいは教えて貰えないだろうか?」
「何故、お前などに教えなければならない。」
「……。」
男の素っ気ない態度に政稀が極上の笑みを浮かべる。
(ま、政稀の目が笑ってない!もう一度言う、目が笑ってないって!!)
焦る俺に対し、政稀が気を落ち着かせるように息を吐くと、男が聞こえるか聞こえないかの声で何かを呟いた。
「俺は……アオイを守ると約束しただけだ……大切な人との、約束を…──」
「何…?」
何を言ったのか確認するように、政稀が男に問うと、彼は目を閉じた。
そして目を開けると葵を見つめ、やがてその視線を俺達に向けると、彼は口を開いた。
「俺は、アオイを守る為に此処にいる。…少なくとも葵がお前たちを慕っている間は、どうこうしようとは思っていない。だが───」
そこまで言って、男は目つきを変える。
まるで、人を殺すような殺気を放つ視線を、俺達に向けた。
「先程、俺は何者かと聞いた。ならば、俺も問おう。お前たちの方こそ何者だ?……アオイに“兄弟はいない”」
「「!!」」
男の言葉に、俺と政稀は沈黙する。
───分かってはいたのに、解っていなかったこと。
それを告げられ、俺達は何も言えなかった。
……言いたくなかった。
「…もう一度言う。偽りはもうたくさんだ。……お前たちは何者だ!」
男の怒気を含んだ声に、俺達はこの瞬間が来なければよかったと、思うことしか出来なかったのだった…────
此処まで読んで下さり、ありがとうございます!
途中、悠磨目線にしてみたのですが…。
遂に葵が魔法を使いましたね!よかった~(笑)
次回は、悠磨達と葵は兄妹ではない!?彼が明かす天界と魔界の戦いとは…!
──前回から時間が空いてしまい申し訳ありません。
これからも、読んで貰えたら幸いです!