#7 光との出会いと平手打ち
私は、政稀兄さんの言葉をじっと待つ。
「……葵。確かに、俺達はこうなるかもしれないと知っていた。……すまない」
開口早々に軽く頭を下げる政稀兄さんに、ユウ兄が言葉を引き継ぐ。
「本当は、葵に伝えようと思った。だけど……それを伝えると、俺達の事も話さなくちゃいけないのかと思ったら、怖くて言えなかった」
「……ユウ兄達のこと?」
どういう意味か分からず首を傾げると、政稀兄さんが頭を上げ答えてくれた。
「葵……。…っ…俺達は人間じゃないんだ」
「…!!」
政稀兄さんのいきなりの発言に驚くも、どこか納得している自分がいた。
何故なら、自分を此処に連れてきたあの人達も人間ではないから。
そんな人達の行動を予測するなんて、同じ人達でないと有り得ないこと……つまり、異界の人。
(……兄さんたちは、人間じゃないんだ)
だが、頭ではそう理解しても、心はそれを拒絶するように震える。
黙り込んだ私にユウ兄が、今にも泣き出しそうな表情で手を伸ばし、私の肩に手を置いた。
「葵……。俺達のこと、直ぐに理解しろなんて言わない。ただ……俺は葵と政稀と一緒にいられる関係を壊したくなかった。葵に…嫌われたくなかったんだ…」
(……ユウ兄)
いつも明るいユウ兄の悲痛な言葉に、私の胸が痛んだ。
(何を迷ってるのよ…私のバカ!)
私は微笑みを浮かべ、ユウ兄と政稀兄さんに手を伸ばし、思いっきり抱きしめた。
「あ、あおい!?」
ユウ兄は赤面し慌てて腕から逃げようとし、政稀兄さんは黙ったまま固まっていた。
それには構わず、私は口を開く。
「ごめんね…二人に悲しい顔させて…。私…二人が人間じゃなくても気にしない」
「……!!」
驚きに目を見開く彼らに、私は腕を離し言葉を続ける。
「だって、ユウ兄も政稀兄さんも……私の大事な家族に変わりないもの。……助けに来てくれて、ありがとう……お兄ちゃん」
「!!!」
伝われとばかりに、微笑みかける。
そんな私の言葉に、ユウ兄と政稀兄さんは顔を赤らめた後、優しく手を握ってくれた。
「ありがとう、葵は…優しいな……」
「ああ…最高の……妹だ」
「えぇ?…な、何いきなり」
政稀兄さんが握っていない方の手で頭を撫で、ユウ兄もその後に続く。
そんな二人を照れながら見上げると、政稀兄さんが一瞬悲しそうな表情をした。
「そんな葵だから……」
「え…?」
政稀兄さんは私の声にハッと元に戻ると「何でもない」と首を振り、私に笑いかけた。
そこでふと『彼』の存在を思い出し、私は後ろを振り返った。
すると私の目に飛び込んできたのは、優しげな笑みを浮かべ私を見つめる彼だった。
「っ!?……あ!」
彼と視線が絡み合い、一気に顔を赤く染め一歩後ろに下がった私は、落ちていた木の枝を踏んでしまい転びそうになった。
「おっと!……大丈夫か、葵?」
「う、うん…ありが…っ!?」
私を受け止めてくれたユウ兄に、感謝を伝えようと見上げた私は目を見張る。
枯れた木々よりも高い上空。曇る灰色の空に五つの白い光が、私達の上を円を描くように飛んでいた。
「ユウ兄!政稀兄さん!…空に何か! 」
ユウ兄から離れ、空を指差す私の声に、そこにいる誰もが空を見上げた。
「あれは…!…天界の兵士か!?」
政稀兄さんの驚く声が響いた瞬間、空の光が一直線に私達目掛けて落ちてきた。
「きゃあっ!!」
その余りにも早い速度に風が巻き起こり、辺りの霧は完全に晴れ、その強風に私は目を閉じた。
そして次に目を開けると、銀の甲冑に身を包み、白い翼が背中にある人が、私達を取り囲むように五人いた。
その中の一人、他とは違う金色の甲冑に身を包んだ男が前へ出た。
「此処は、闇の者が使うと言われる『ゲートの荒れ地』……貴様ら、魔界の者か!!」
シャッと腰にある金色の剣を抜き、男は私達に詰め寄る。
それが合図だとばかりに、周りに立つ他の者も剣を抜き放つ。
それに素早く反応した政稀兄さんとユウ兄が、私を庇うように立った。
そして彼も私の隣で剣の柄を握りながら、側に立つ。
「待ってくれ、俺達は闇の者ではない…!」
「黙れ!!この荒れ地に居ることこそが魔界の者の証拠!…もし貴様らが魔界の者でないのなら、既に息が出来ず死しているはずだ!」
(あ……!)
男の言ったことに、私は先程のことを思い出した。
『人間の所と、此処の空気は違うからね…』
そう言ったシックは、何か呪文のような言葉を私に言ったのだ。
(あれは、空気のせいだったんだ。じゃあ、シックが言った言葉は魔法みたいなものだったのかな…?)
私がそう考えていると、政稀兄さんが声を荒げた。
「それは、言いがかりだ!この霧を晴らせば、闇の者でなくても息は出来る筈だ…!現に今も霧が晴れているから、貴方方も息が出来ているではないですか!」
政稀兄さんの話は正論だったのか、皆、剣を持つ手を下ろし動揺していた……一人を除いて。
「くだらん!そんなもの、魔法を使えばどうとでもなる!!」
どうしても、私達を魔界の者としたいのか、引くに引けなくなったのか、男は剣を握り直すと剣先を政稀兄さんに向けた。
「貴様のような者は、魔界の者の中でも一番汚い奴らであろう!この私が直々に裁きの光をくれてやろう!!」
───カチンッ……
その言葉がスイッチだったのかもしれない。
「いい加減にして……」
「な、なんだと?」
「葵…?」
政稀兄さんが驚いたように私を振り返る。だが、それに構わず私は政稀兄さんの前に出た。
「完全な証拠もないくせに、一方的に私達を責めて…汚い奴らですって?…政稀兄さんや私達のこと何も知らないくせに、勝手なこと言わないでよ!このっ…金色頑固オヤジ!」
「き、キンイロガンコ…オ、オヤジ!?」
私の言葉に、剣を落としそうになる男。
そんな男に私は怒りが収まらず歩み寄る。
「あ、あおい!?待てっ!」
ユウ兄の静止を無視した私は…
──パシンッ…!
「「!!!?」」
男の頬に思いっきり平手打ちを喰らわす。
そこにいる誰もが呆然と立ち尽くし、私と頬を叩かれた男を見つめる。
「それにね…人を疑う前に、自分のことを名乗るのが礼儀ってものよ!知らないの!?」
「……っ~~~!」
私の言葉に、男の顔に見る見る血が上っていく。
それを見たユウ兄が、慌てたように私に駆け寄り、腕を掴むと政稀兄さんの所まで引っ張っていった。
「バカ!…平手打ちとか、まずいだろ!?」
小声でそう言ったユウ兄の顔は顔面蒼白。
そして私も小声で怒鳴る。
「だって、あの人が酷いこと言うから!」
「それは…!…俺もムカついたけど…」
反論しようとしたユウ兄がググッと言葉を飲み込む。
そんな私達のやり取りに我慢の限界だとばかりに、金色の……頑固オヤジが爆発した。
「えーい!黙れ黙れ!!…お、お前達!この者達を…天界に連行しろ!」
まるで茹でたタコのような顔で、男は周りで未だ呆然としている人達に命令を下した。
その言葉を聞いた瞬間、兵士達は我に返ると剣を構え、私達に近づく。
「くっ…武器の無い状態では、逃げられないか…」
政稀兄さんが悔しそうに呟く。
その言葉に罪悪感を覚え、私は俯いた。
(どうしよう……私が余計なことをしたばかりに…)
「大丈夫だ……必ず、逃がす」
俯く私の頭に優しく手を置く人物がいた。
その言葉に、その手の温かさに、顔を上げると…黒き剣と、真っ直ぐに私を見つめる銀色の瞳があった。
(何だろう……この人の言葉は素直に信じられる。でも、胸が痛い…?)
チクリと胸の痛みを感じながらも、私は彼に向かって頷いた。
「おい。俺が道を開く、だからアオイを連れてお前らは逃げろ…」
政稀兄さん達にそう言うが早いか、彼は剣を片手で握り、兵士の一人に突っ込んでいった。
「ぐわあぁ!?」
兵士は一瞬で目の前に現れた彼に為す術が無く、後方に吹っ飛ばされた。
「今だ!!」
私達に合図を送ると、黒いマントをはためかせ、彼は次の兵士に狙いを定める。
「行くぞ!葵!」
「…でもっ!」
彼が最初に倒した兵士が塞いでいた逃げ道に、一気に駆け出す政稀兄さんとユウ兄。
その後に続こうとしたものの、私は彼が気になり足を止め振り返った。
───『彼を…助けて……』───
「え……」
その時だった、私の頭に女の人の声が直接響いた。その悲しげな声に、私は頭をおさえる。
(ナ、ナニ……頭が痛い!)
キーンという音が頭の中に鳴り響き、割れるような激痛が走る。私は、痛みに堪えきれずしゃがみ込んだ。
「葵!?……どうしたんだ、葵!!」
「頭…がっ……!」
私の異変に気づいたユウ兄が駆け寄ると、私を支えるように手を伸ばした。
その手に支えられた瞬間、私はユウ兄の腕に倒れ込み、そのまま意識は闇に呑まれていった。
「あおい?……葵!!…しっか…しろ!…あお……葵!!!」
薄れ行く意識の中、私はユウ兄の必死な声と…駆け寄る彼を見た気がした。
此処まで読んで下さり、ありがとうございます!
悠磨と政稀は人間ではなかったと知った葵。
ですが、いきなり平手打ちを喰らわすとは、葵もやりますね~。(男が少し可哀想だけど…?)
それに倒れた葵が気になります…。
と、とにかく!
次回は、葵たちが天界に行きます!そこで待っている者とは!?。