#4 運命の予兆
「ま、間に合った~…」
教室の窓際、一番後ろの自分の机に突っ伏して、アオが息を吐く。
その前の席で、同じく夏輝が椅子に寄りかかるようにして息を吐いていた。
(まあ、ギリギリだけどな…)
アオの隣の席で、俺は苦笑する。
「おい!席つけー!」
すると、同じタイミングで担任の山瀬……先生が、教卓まで歩み寄る。
三十代後半の先生は、そうは見えない端正な顔つきと、波立つ黒髪からか、女子の間で人気が高い。
なので、逆に男子からは疎まれている……かと思うがそういう訳でもない。
(山瀬って見た目はああだけど、よく相談に乗ってくれるからか、男子からも人気あるんだよな……)
そこで、ふと、アオの方を見た。
アオは、山瀬のことは見ず、窓の外を眺めていた。
その横顔は、どこか遠い所を見ている感じで、何故か俺の中に不安が広がった。
その時…──
「えー最後に…『─────』…。」
あまり聴いていなかった山瀬の話に、聞いたことのない言葉が聞こえた。
それが言葉なのかも分からない。
だが、クラスの連中は気づいていないのか、何ら変わらない様子で話に耳を傾けている。
(誰も…気づいてないのか?)
俺の聞き間違いかと思ったとき、隣でガタッと席を立つ音が聞こえた。
皆の視線がその音のした方へ……アオへと向けられる。
「どうした?……神童?」
「あ、あの……」
立ち尽くすアオの表情は、困惑したもので、言葉がでないといった様子だ。
そんなアオに、山瀬は不気味なほど恐ろしい笑みを浮かべた。
(な、んだ…?)
まるで別人のようなその笑顔に、俺の背筋が凍った。
だが、それは一瞬で、山瀬はすぐにいつもの顔つきに戻った。
「用がないなら座れよ~神童」
「は、はい…すみません」
山瀬の言葉にアオが素直に座ると、教室で笑いが起きた。
だが、座ったアオの表情は堅いままで、何かに脅えているようだった。
───その後も、アオの表情が頭から離れず、俺は時々アオのことを見ていた。
移動教室の時は、上の空で教室を間違えたり、教科書も数学の時間に国語の文章を読み上げたりしていて…いつものアオらしくない行動が多く、勝手に目が追いかけてしまっていたのだ。
そして、時間が過ぎるのは早く、授業も終わり、放課後…───
帰宅する人や、部活に行く人で、廊下に人が混雑し始めた。
俺と夏輝も勿論、部室に向かっている。
二階の一番端、『異世界研究部』と書かれた
プレートが掛けられた小さな教室…そこが俺達の部室だ。
室内には、パイプ式の長方形のテーブルと四人分の椅子がある。
壁には、今まで調べた色々な図形(春華はミステリーサークルだ!と言ってるもの)の絵があったり、資料として使っている、図書館から借りた本が積み上げてあったりと、かなり散らかっている。
だが今、ここにアオの姿はない。
「あれ、葵は?」
部室に入ってきた俺達に、今朝の図形の絵を描いた紙を、机に広げていた春華が不思議そうに聞いてきた。
「先に行ってて…って言ってた…よ」
真っ直ぐに春華の隣の椅子に向かい、腰を掛けると夏輝が答えた。
すると春華は「そう…」とだけ言うと、何か考え込むように腕を組み、俺に視線を向けた。
「ねえ、今日の葵…何か変じゃなかった?廊下ですれ違った時、全然私のこと気づかないし…。声を掛けてもどこか上の空だったし…」
春華もアオの様子がおかしいことに気づいていたらしく、同じクラスの俺や夏輝なら何か知っているのではと考えたんだろう。
だが、俺も何も分からないので、言いようがない。
それは夏輝も同じだったようで、部室がしんと、静まり返る。
(やっぱり、何か悩みでもあるのか…?それとも……──)
だがその沈黙は、俺の声で破られる。
「あっ!!」
「な、何!?もう…いきなり大声出さないでよね!」
俺の声に驚き、怒る春華と目を見開いたまま俺を見る夏輝。
そんな二人には構わず、俺は背を向ける。
「俺、葵の所に行ってくる!」
「えっ…?ちょ、ちょっと!?」
慌てる春華を尻目に、俺は駆けだしていた。
───「なに…あれ?」
紘斗が出て行ったドアを見つめ、呆れたように座り直すと、春華は夏輝に問う。
「さあ……何か思い当たる事があるんじゃない?…二人は、幼馴染みだし」
椅子の背に体を預け、伸びをしながら夏輝は眠たげに答える。
それを見た春華は、思い出したように机に広げた図形を手で叩いた。
「そういえば!このサークルに書かれた文字が解読できたのよ!」
「へぇ~…凄いね、春。で、どういう意味なの?」
「それはね……」
春華は、図形の文字を差しながら、解読した文の書かれたメモを読み上げた。
「ここに書かれていたのは、古代ローマ語に近い文字だったの。だから、正確な文かは分からないけど、こう書かれているの……
『闇と光 天を退く魔の道よ 我らは闇と共にありし者』
…この後にもまだ文字が書いてあったんだけど、そこは消されてて読めなかったのよ…」
残念そうに肩を落とす春華に、夏輝は疑問をぶつける。
「じゃあ、そのサークル自体の意味は分からないってこと?」
夏輝の問いに、コクンと頷いた春華は、頭を抱えて声を上げる。
「あーもう!今日一日の時間全て、これに注いだのに全部解けないなんてー!」
「一日の時間全て?」
夏輝の低い声に、春華がしまったと気付く時にはすでに遅し。夏輝は春華に顔を近づけると、ニコッと微笑む。
「まさか……授業中に解読してたんじゃないよね?…姉さん?」
その笑顔に青ざめると、春華は土下座する勢いで頭を下げる。
「…ご、ごめんなさい!!もう、しません!」
普段あまり笑わない夏輝の微笑みと、姉さんという単語は、春華に恐怖を植え付けたのだった。───
人を避けながら廊下を駆け抜ける。
突き当たりの右側にある階段を上って、上って、上る。
すると目の前に、屋上へ通じる扉が現れた。
…俺は躊躇なくその扉を開けると、その瞬間に風が吹き抜け、冬の寒さを肌で感じた。
(なんで、気づかなかったんだ…。アオが悩む事、一つだけ確実なことがあったのに…!)
黒く艶やかな長い髪を風に靡かせ、アオは一人、佇んでいた。
「…アオ」
俺の声に、アオの肩がビクッと震えた。
だが、振り向くことなく声を出す。
「ヒロ…?どうしてここに?」
「………。」
それには答えず無言のまま、俺はアオの隣に並ぶ。
「っ!?」
そしてアオの肩を掴み、強引に俺の方に体を向かせた。
戸惑いに、俺を見上げるアオの目からは、涙が流れていた。
「アオの行動くらい簡単に分かる。──また、見たんだろ?……あの夢。」
「!!…ち、ちがっ!」
「じゃあ、なんで泣いてるんだよ!」
つい、声を強めてしまった。
気づけなかった自分への苛立ちと、自分を頼ろうとしないアオへの怒りが、表にでてしまったのだ。
「…ごめん。……だって、ヒロに心配かけたくなかったから…。」
それだけ言うと、アオは黙り込んだ。
──俺は、アオが見ている夢の事は知っていた。
小さい頃から、その夢を見ると、次の日は決まって泣いていて、それを何時も側で慰めていた。
初めは、夢なのだから気にしなければいいと思っていた。だが、中学の時…
『夢、とは違う感じがするの…。ニオイや体感、全てがまるで実際に、そこに私がいるような感覚がするの…。変だよね、夢なのにね……』
そう言って、悲しそうに微笑んだアオの顔は、今でも忘れられない。
(アオは優しい。…だから、俺を頼らない。でも…!)
俺は肩を掴んでいた手を離すと、そのまま下に伸ばし、アオの手を握る。
「…だったら、一人で泣くなよ」
「…っ!」
アオは握られた手を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。
その顔を見つめ、俺は握る手に力を込める。
「俺をもっと頼れよ…。夢の事も、他の悩みも全部聞くから…」
「ヒロ……。」
俺の名を呼び、アオはまた俯いた。
だが、直ぐに顔を上げると、優しく笑いかけた。
「ありがとう、ヒロ。…っ…聞いてくれるかな?」
「ああ、勿論だ」
答えるように俺も笑いかけると、アオは嬉しそうに目を細めた。
その表情からは、少し不安が消えたように見えた。────その時
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォ…!───
地響きと共に、いきなり地面が大きく揺れた。
「きゃっ!?」
「アオ!」
その揺れに堪えきれず、よろめくアオの手を強く引き、そのまま抱き寄せる。
しばらく揺れが続き、やがて揺れが収まった頃、俺達は安堵の息を吐いた。
「地震…だったのか?」
アオを抱きしめていた手を離し、校庭や周辺を見渡していると、アオが校舎に続く扉の方へ、突然走り出した。
「どうしたんだ!?アオ!」
「行かないとっ……行かないと皆が!!」
それだけ言うと、アオは校舎の中に消えていく。
それを慌てて追いかけた俺の中に、どんどん不安が広がっていく。
(何か……何か嫌な予感がする。アオ!!)
───この時の俺は何も知らなかった。その予感が当たる事、そしてアオに迫る運命を……。
此処まで読んで下さり、ありがとうございます!
次は、葵たちに何かが起きます!
そして、今回紘斗目線にしましたが…。
紘斗は葵のこと、どう思っているんでしょうね?
感想など、お待ちしております。