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#24 これからの道 後編

久しぶりの更新です!


夜になり、淡い光を放つ月が夜空で輝く。

グランド・マリアは天界の下にある世界。天界と同じように朝も昼も夜もある。私はまだ修復しきっていない魔界の城の一角にある部屋で寝泊まりしている。

そこは初めて魔界に来た時、寝ていた部屋だった。魔法で輝く明りを消し、窓際に近づき黒いカーテンを開け、外を眺める。

屋根や壁が壊れた家を直す作業を未だしている魔界人たちのランプの明りは、まるで夜空の星のようだった。

『闇は私たちの魔力の源』だと、魔界人たちは言っていたから…たぶん夜の方が活動しやすいのかもしれない。


「私が…救った人たちなんだよね」


実感なんてない。けれど目の前の光景が証拠だと言いたげに、命の光を輝かせている。


(あの時何が起きたのか、覚えてない。でも…)


闇に呑まれ、必死に願ったのは…『生きたい』という気持ちだったのは覚えている。

自分が死ぬが嫌だから。そうじゃなく、私は私が死んで悲しむユウ兄やイオさんの姿を見たくないと思った。

私はアリルさんの死の悲しみを知っているし、その悲しみを今でも抱えている人も知っている。


「救いたいって思ったから、ネクリスの力を借りた。そしてその力を使うことが出来て、魔界を救った。……私は、やっぱり“繋ぐ者”なんだ、よね」


(でも私は…まだ)


―――自分は『人間』だと思いたい。


天界や魔界だなんて言われて、初めは絵空事のように思っていた。けれど魔法や戦いをこの目で見た以上、これは現実なんだと受け入れるしかない。

前までは気配すら感じられなかったのに、今では自分にも否定できない力を自分の中に感じる。


「私は…どうしたらいいのかな」


小さく呟いた言葉に、返事は無い。

それは自問自答のように言ったけれど、既に答えの決まっている問いでもあった。


『アオイが決めればいいんだよ』


後ろから声が聞こえ振り返れば、子猫の姿でネクリスが座っていた。


「ネクリス…」


『僕には聞こえているよ、君の心が。……アオイは迷っているんだよね?』


トコトコと歩み寄ってきたネクリスは軽く跳ぶと私の肩に乗り、顔を覗き込むように寄せた。


『天界と魔界の戦いを止めたい。という気持ちと、元の…地球という世界に帰りたいという気持ち。』


確信を持った色違いの双眸に、私は小さく頷いた。

―――魔界に来て、マゼルさんに捕まった後見た…天界人と魔界人の戦い。

流れる血はどんどん溢れ、魔界に闇を齎した。闇を力の源とする魔界人さえも死に追いやる闇は、結果として浄化でき魔界も救われたが…何十人という人が亡くなった。

グランド・マリアに着いてから、死した人達を埋葬するということで立ち会ったのだけれど、遺体があったのはほんの数人で、多くの人が剣や服などの遺品しかなかった。

墓石のない土の山を前に、泣きもしない遺族の人たち。それは泣く涙が無いというよりは、悲し過ぎて泣くことを忘れてしまっているようだった。


「多くの天界人も亡くなったって聞いた。でも考えてみたら確かにあの闇は殆どが天界人の血や、魔界人へ向けての憎しみや怒りだった」


『天界は魔界に攻め入るために、兵の全てと言ってしまってもいいほど、何十万、何億もの兵を差し向けていた。その全てが死に絶えた。そんな戦いだったよ、あれは。』


汚らわしいものを見るように、ネクリスは私から視線を外すと窓の外を見た。

その先にあるのはきっと天界だと思った。


「私はヴァールさんとシックさんに連れられて此処に来たの。初めは怖くて、ただただ地球に…日本に帰りたかった。でも……」


そこで言葉を切って、私は窓に手を掛け開け放つ。強くも弱くもない夜風が肌を撫でた。


「今は此処にいたいって気持ちもあるの。…ネクリスの言うように戦争を止めたいって、大きなことは出来ないかもしれないけれど……少しでもこの力が役に立つのなら、私は助けたい!

もう…誰も、大切な人が死ぬ悲しみを知ってほしくない。」


『……。アオイはやっぱり…優しくて、温かいね』


「え?…わっ!」


前を見据えてハッキリ自分の考えを告げれば、肩でネクリスがフッと微笑む気配がした。次の瞬間、窓から強い風が吹き、咄嗟に目を瞑る。


『君が望むべき道を進めば良い。僕はアオイと共に行くよ。君を護り、君の力となり、君とずっと共にいる』


声がまた後ろから聞こえ、ハッとしたように振り向けば、そこには元の大きな獣の姿をしたネクリスが立っていた。

ネクリスは白き翼を畳み、顔を私の顔に近づけると…ちゅっと小さく音を立て頬にキスをした。


「え……。…え?ええ!?」


何が起きたのか分からず呆然としてから、私は大きな声を上げてしまう。

だけどそれには構わず、ネクリスは眼前で大きな瞳を細めると私の頬に顔をすり寄せた。柔らかな体毛が頬を擽り私もそれを受け止める。


『人の人生なんて僕らからしたらほんの一瞬だ。けれどその時間を生きている者たちにとって、それは永く、尊きものなんだと思う。

だからさ、アオイ…悩んでいいんだよ。自分の道だ。“人生”という自分で切り開き歩いていく道なんだ、君の望むままの未来を描いて。』


「ネクリス…」


スッ…と言葉が心に染み入る。さっきまで悶々としていたものが浄化されていくように、私の中にネクリスの体温のように温かいものが広がる。

その温かさ包まれていると、窓の外で声が聞こえた。それはとても聞きなれた大切な人達の声。


「ユウ兄…イオさんも?」


庭で何やら言い合いをしているようにも見える二人の姿を見た瞬間、私の考えを読み取ったのかネクリスがまた子猫の姿に戻った。

そんなネクリスを腕に抱き、私は部屋から駆け出たのだった。


 * *  * *


「アオイに何で記憶が無いのかって聞いてんだよ」


外に出て二人を見かけた場所まで駆け、聞こえてきた二人の声の近さに慌てて私は城壁の陰に隠れる。部屋から見えた二人の姿は言い合いをしているように見えたけど、どうやらユウ兄が一方的に言葉をぶつけているようだった。


「その方が良いと、俺が判断した」


覗くように陰から顔を出して見えたのは、イオさんの静かな背と対峙する少し怒気を含んだ真剣な表情のユウ兄の姿。


「やっと答えたかと思えば…お前の独断で決めたのか。」


イオさんの返答にユウ兄は拳を強く握るとイオさんに詰め寄る。


「あの闇の中で何があったんだ」


「お前は知らなくていい事だ。」


―――ドンッ!!


ユウ兄が側の壁に強く拳を打ち付ける。


「そうやって何もかも自分で決めて、周りの人間がどう思っているのかってこと考えたことあんのかよ!嫌な記憶だとしても、葵にとってそれは一つだって要らないものは無いんだ!」


「……。」


凄い剣幕で睨み付けるユウ兄に対し、背中しか見えないイオさんは何も言い返さなかった。しばらく二人の間に沈黙が続く。

するとイオさんが小さく溜めていた息を吐いたが分かった。


「…悪かった」


「…!」


イオさんが謝ったことに対してか、それとも私からは見えないイオさんの表情が動いたからか。ユウ兄は驚いたように目を見張った。それでもイオさんは続けた。


「俺にとってアオイは特別な存在だ。大切で、愛おしい存在なんだ。だから…アオイを彼女の傷つく全ての事から護ってやりたいと…それで記憶を消した。」


「そんなの…俺だって同じだ」


ユウ兄は拳を解くと、天を仰いだ。


「俺も葵が何よりも大切だ。だからこそ、嬉しかったことも、悲しかったことも、例え辛く苦しかったことでも…覚えていて欲しいと思うんだ。それが葵の為になると俺は信じてる」


視線をイオさんに戻したユウ兄の瞳には、今まで見たことの無い真剣な光が宿っていた。


「俺は魔界人で人間じゃない。でも何年も人間と一緒に過ごしてきたから分かるんだ。記憶ってのは誰にとっても大切で忘れちゃいけないものなんだ。

だって…覚えている全てが大切な人と過ごしたものだろ?」


(…ユウ兄)


ひしひしと伝わるユウ兄の想いに胸が温かくなる。


(私もそう思う。だって辛くても、その人の事を覚えていたいって思うもの。きっとアリルさんだって…)


亡くなってもイオさんの事を想っていたアリルさん。それはイオさんとの記憶が溢れているからだ。


「そう…だな。俺も…アオイの記憶が無くなってしまうと考えるだけで恐ろしい」


「だろ?…だったら、今度からはむやみに記憶を消そうとするなよ」


「ああ。」


最後にイオさんを睨み付け、ユウ兄はすぐに口元に笑みを浮かべた。後姿のイオさんもふっと柔らかな気配に変わった。


「それと…これからのことだけど」


ユウ兄は少し思いつめた表情で城を見上げた。その視線の先を追いかけると、其処は私が今泊めてもらっている部屋だった。


「魔界と天界の休戦は決定事項だよな?」


「ああ。天界にもそのような動きがあると、とある筋から入手済みだ」


「そうか…。なあ、葵は…」


「アオイは自分でそれを決められる。」


「っ!」


ユウ兄が息を呑みイオを振り返る。すると今度はイオさんが私の部屋を見上げた。その横顔はとても優しげなのに、真剣さも混じっていた。


「俺はアオイが決めた道を共に行く。どんな選択をしようと、アオイの側にいる。それが―――俺の選択だ」


「側に側に…ってお前だけの葵じゃねえっつーの!…俺だって、葵を護るって決めてるんだ。絶対にそばをはなれねえよ!例え嫌がられようとな!」


「それこそ自重したらどうなんだ?」


「んだと!?」


ぎゃいぎゃいと騒ぎ出してしまったユウ兄とイオさんの言葉を聞きながら、私は口元を両手で押さえ必死に笑うのを堪えた。


(ユウ兄もイオさんもネクリスと同じことを言ってるよ…っ。でも…嬉しいな)


自分の事を想ってくれている。それだけで心が温かくなる。けれどそれは決して好意だけでは無い。


(信頼してくれてるんだ…。それが何より嬉しい!)


この時、私の中で決意が固まった。ううん、既に決まっていたのかもしれない。


「え?葵…!?」


壁の陰から現れた私にユウ兄が驚いて目を見開き、イオさんも振り返ると少し目を丸くした。

そんな二人に私は一度深呼吸すると口を開く。


「私ね、決めたんだ」


その言葉の意味が分かったのか、ユウ兄とイオさんは表情を改めると真剣な双眸を私に向けてくれた。


「私は――――此処に残って戦争を止める」


「「!!」」


息を呑む二人といつの間にか肩に移動していたネクリスが小さく微笑んだ。でも私は視線を逸らすことなく続けた。


「魔界の人たちが、天界の人たちが…たくさん亡くなったのを見て、とても怖かった。これが戦争なんだって、私は…全然“戦争”という意味が分かってなかったんだって。

だから決めるの…ううん、決めたの。

誰かの大切な人が亡くなるのはもう嫌だから。皆を…魔界の人も天界の人も、誰もが傷つかない世界にしたいから!“止めたい”じゃダメ、絶対に止めてみせる!!」


(自分が『繋ぐ者』という存在なら、私はその力を全ての人を『護る』為に使いたい。破壊になんかに使わせない!)


「魔法とか、何もわかっていない非力な私だけど…それでも護りたいの」


気づけば必死に訴えかけていた。それを受け、ユウ兄とイオさんは俯いていた。

こんな考え幻想的だと呆れられた?それとも…私には無理だって諭されちゃうかな?色んな考えが脳を過ぎる。けど返ってきたのは笑い声だった。


「あはは!ホント、葵は期待を裏切らないな!」


「え?え??」


「ああ、裏切らなかったな」


「イオさんまで!?」


笑顔になっている二人に私はおろおろするしかない。でもユウ兄がひとしきり笑った後、私に近づき頭を撫でてくれた。


「どうせ聞かれてたんだと思うけど、もう一度言っとくな。俺は葵の選択を否定したりしない。俺はいつでもお前の側にいてお前を護る。だから…お前はその選択を最後まで成し遂げろ。

俺も成し遂げられるまで、全力でサポートするぜ」


「ユウ兄…」


そこへユウ兄の手を退かし、自分の手を私に頭に乗せようとイオさんが近づく。


「俺もだ。アオイの隣にいつもいる、だから俺を頼ってくれ。」


「イオさん…。」


なでなでと優しく撫でてくれるイオさんの温かさとそれを見て文句を言うユウ兄。他愛無いこのやり取りがいつも傍にあることがとても大事なことのように思えた。


「ありがとう、二人とも…。これからも宜しくお願いします!」


「おう!」


「ああ。」


「僕もいるよ!」


頭を下げた私にユウ兄、イオさん、そしてネクリスが笑って答えてくれる。それだけで強くなれる気がした。

これから何が起こるのかは分からない。それでも前へ進むための一歩を、私は踏み出した。

理想の未来に向かって―――――





ここまで読んで下さり、ありがとうございます!


誤字脱字などありましたら、お知らせ下さい。


この話で「魔界編」は終了です。


ご愛読、ありがとうこざいました!

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