#23 これからの道 前編
久しぶりの投稿です…汗
──アリルの消えた場所から、ネクリスの案内で イオゼリクたちは魔界の大陸が無事転移出来た場所へと辿り着いた。
そこは葵が最初にこの世界に来た所『ゲートの荒れ地』と呼ばれていた場所だった。
「イッくん!」
「葵!!」
眠る葵を胸の前に抱えたイオゼリクをセイリーンと悠磨が出迎えた。
葵に目を向けた悠磨は青ざめたが、イオゼリクが大丈夫だと一言声を掛けると安心したようだった。
そしてイオゼリクと話があるというセイリーンの言葉に、悠磨は葵をイオゼリクからそのままの形で受け取ると、城へと向けて歩き出した。
「イッく……イオゼリク、よくぞ戻りました」
「ああ。…だが、此処は」
イオゼリクの疑問に答えるようにセイリーンが城を見上げる。
転移後、シックとヴァールが所属しているマゼル直属部隊が空から見下ろしたところ、不思議なことに“最初からそこにあったかのように”大陸はすっぽりとゲートの荒れ地に収まっていた。
誰もがその言葉に驚き、それと同時に何故か不思議なことに皆懐かしさを感じていたのだった。とセイリーンはイオゼリクに伝えた。
「…ゲートの荒れ地と言われていたこの場所は、位置からして魔界と逆の同じ位置にあったと思われます。
それが何を意味するのか、それは分かりませんが…降り立った今、私達は此処で生きていくしかないでしょう。」
「そうだな…」
セイリーンの話を聞きながらも、イオゼリクは目の前の光景に、今一度自分の立場を考えた。
助かったことに喜ぶ者。家を無くし泣き崩れる者や、天界人との戦いで負傷した者やその者達を手当する者。
改めて、魔界にはこれだけの者達が住んでいたのかと、イオゼリクは静かに目を閉じた。
(俺は魔王として、この魔界に住んでいた者達を守るということを放棄した。
それは俺個人の想い、アリルとアオイを想う心から。…だからこそ、俺は…既に魔王としてこの者達の上に立つ資格はない)
ゆっくりと目を開けると、イオゼリクはセイリーンの方に体を向けた。
「セイリーン…いや、母上」
「!…イッくん?」
突然の「母上」という呼び方に戸惑うも、セイリーンはイオゼリクの顔を見てハッとする。
「此処での新たな生活の指揮は、現魔王である貴女様にお任せする。」
「!?…な、何を言っているの?私はアナタが帰ってくるまでの間と思い、今まで仮の魔王として君臨していたに過ぎません。
魔王に相応しいのは…いいえ、魔王はアナタで―――」
「いや、既に魔界の者たちは…母上に忠誠を誓っている。周りを見てみろ…」
イオゼリクに促されるままセイリーンが周りを見れば、壊れた家々を直すものや瓦礫の撤去など、全てセイリーンの指示を受け、動いた魔界人だった。
誰もがその表情を真剣なものに変え、魔界を元に…いや、より良いものにしようと懸命に活動していた。
それは間違いなく、セイリーンという統治者がいてこそだと語っていた。
「イオゼリク様の言う通りです、セイリーン様」
そこへヴァールとシックを連れたマゼルが歩み寄ってきた。
「イオゼリク様は確かに我々にとって、仕えるべき主なのかもしれません。しかし今、我ら魔界人が本当に忠誠を誓いたい、この人のお役に立ちたいと思っているのは…セイリーン様。貴女様以外にいらっしゃいません」
「マゼル…」
マゼルに言葉に口元を手で覆ったセイリーンに、近くで話を聞いていた魔界人たちが集まり始める。
彼らはセイリーンの名を呼び「彼女を王に!」「我らが女王に忠誠を!」と何度も声を張り上げた。
「ありがとう…」
セイリーンは皆の声を胸に、涙を流すと笑みを浮かべ自身に忠誠を誓う者たちに頭を下げたのだった。
(これで魔界は大丈夫だろう。後は…)
イオゼリクはセイリーンたちを見届けた後、葵と悠磨の消えた城の中に向かった。
―――――揺れる心地よさに、私はそっと目を開ける。
すると一番最初に目に飛び込んできたのは、悲痛な面持ちのユウ兄の顔だった。
「ユウ、兄?」
「あおい…」
ユウ兄がピタッと足を止めれば、心地よい揺れも止まり、私はお姫様抱っこされているのだと気付き顔を赤くする。
「あ、のっユウ兄!と、とりあえず下ろして…」
「嫌だ」
「え…?」
恥ずかしさのあまり反らしていた視線をユウ兄に戻せば、そこには今にも泣きだしそうな表情が視界いっぱいに入る。
「もう、二度と放したりしない。葵が嫌だって言っても、俺はもう絶対に葵を放さないから」
少しでも動けば触れてしまいそうな距離にあるユウ兄の顔。
抱き上げられたまま強く抱きしめられ、私は何も言えなくなる。
(ユウ兄、怒ってるのかな…。そうだよね、無茶しないって言ったのにあんな…―――あれ?…何が、あったんだっけ?)
「ユウ兄、私…」
「ごめん…。」
問いかけようとした私の声を遮り、ユウ兄の口から謝罪の言葉が紡がれる。
「これじゃあ只の我が儘だよな。だけど…あの一瞬、葵が闇に飲み込まれた時、葵がいなくなってしまうんじゃないかと思って、俺は凄く怖かったんだ。
葵が自分でやると決めて、魔界を救った。本当なら喜ぶべき事なんだろうけど、俺は…」
「待って、ユウ兄!」
「…?」
「私…何も、覚えてないの。」
「え…?」
ユウ兄が目を丸くして私を見る。
けれど私は何度思い出そうとしても、闇に飲まれた後の出来事を一切覚えていなかった。
(ネクリスと一緒に闇に飲まれた後、私はいったいどうしたんだっけ?
どうして…魔界は救われたの?此処は…?)
「そうだ…ユウ兄!ネクリスは!?イオさんは!?」
「お、落ち着け!葵!」
「アオイ」
ユウ兄の腕の中で暴れるように床に足を下ろそうともがいていると、後ろから聞き慣れた低く優しい声が響く。その声に反応すれば、ユウ兄も私を静かに下ろしてくれた。
「イオさん…。イオさん!!」
私は振り返り彼の姿を見た途端、何故か胸の奥が熱くなり…気付いた時には駆け出しイオさんの胸の中にいた。
「イオ、さん…っ…イオさんっ!」
「……。」
私がギュッと抱きつけば、イオさんも私の背中に手を回し優しく抱きしめ返してくれた。
(なんでかな…。今は、とてもイオさんの側にいたい。イオさんと一緒にいたい…っ。)
心の奥から気持ちが堰を切ったように溢れ出る。
まるで大切な何かに気付いた。けれどそれをまた“忘れてしまった”かの如く、胸の中にぽっかりと穴が空いたように悲しさが胸を埋め尽くす。
思い出せたのに…何も思い出していない。
そんな錯覚を生むくらいに、何故か今はイオさんと共にいたいと思った。
「イオさん、私…っ」
「何も言わなくていい。アオイの御陰で魔界は救われた。皆を代表して礼を言わせてほしい…ありがとう」
「っ!…わた、し…っ――――」
イオさんが優しく頭を撫でてくれた。
その温かさに、私は彼と初めて会った時と同じように、彼の胸に顔を埋め声を上げて泣いた。
魔界を救うことが出来たことへの喜び。イオさんやユウ兄が無事だったことへの安堵。今まで体験した全ての出来事への恐怖。
それら全てからくる涙だと思うのに…もう一つ。
何か大切なものを無くしてしまったことへの『悲しみ』からでもあると、私は思った。
そしてその気持ちの答えを、イオさんは知っている気がしたけど…何故か聞けなかった。――――
その後、私とネクリスによる浄化で魔界の大陸は転移することが出来、グランド・マリアにあるゲートの荒れ地へと無事に不時着したということをイオさんとユウ兄から聞かされた。
魔界の在った空間は浄化と共に消滅した為、もう「魔界」として一世界は無くなったが、魔界人たちに幸いにも怪我はなかった。ただ大陸に存在していた家々は被害が大きく、少しの間は天界との戦争も休戦となった。
復興に勤しむ間、天界が攻めいる事を心配したのだけれど…
「天界もまた多くの兵をこの戦いで失った。今しばらくは彼方も動かないだろう」
とイオさんが言っていたので、しばらくは心配ないとのこと。
魔界人達はこのグランド・マリアでセイリーンさんを筆頭に暮らしていくことを既に決意しているらしく、皆の表情に不安の色は無かった。
三世界が存在していたこの世界は、このグランド・マリアと天界という二つになったのだった。
――――それから一週間が過ぎた。
それなりに復興の進んだ「新魔界」で、私は一つの修理中の家の前にいた。
相変わらず服はゴスロリワンピな訳で、最初こそ少し気恥ずかしくもあったけれど魔界人の大半がゴスロリ風の服なので最近では気にならなくなった。
(慣れって怖いよね…)
「よいっしょ…っと」
私でも持てそうな軽めの木材を担いでいると、慌てたように魔界人の男性が掛け寄ってきた。
「アオナシエル様!そのようなことは我々が…!」
「いいんです。私がやりたくてしていることですから。…それと、私に様なんて付けなくていいですよ?それに私は『葵』です!」
「いえ、それは…っ」
私ではなく、後ろに視線を向け青ざめる魔界人さんを不思議に思い視線の先を追えば、そこには仁王立ちしたイオさんの姿があった。
「あ、イオさん!」
「アオイ。」
私の声に近寄ってきたイオさんはさり気なく私の担ぐ木材を奪うと、青ざめる魔界人を睨みつけた。
その鋭い視線に「ひっ!」と小さく悲鳴を上げると、魔界人さんは恭しく一礼し素早く立ち去ったのだった。
「あ、あれ?」
(どうして行っちゃったんだろう?)
訳が分からず首を首を傾げていると、イオさんが木材を家の外壁に立てかけ私の手を取った。
「あまり不用意に近づくな。…名前を呼ばれたらどうする」
「え?名前をって…私はどちらかというと皆さんには『アオイ』って呼んでもらいたいなって思っているんですけど…」
「ダメだ。」
「えっ…どうしてですか?」
(もしかして名前で呼び合うのはいけない事なのかな…)
悪魔や妖怪には「真名」つまり本当の名を知られると、呼んだものに「名」で縛られ動けなくなったり、操られるように言うことを聞かないといけなくなってしまうということを書いた本を読んだことがあった。
もしやそれか!?と思い焦っていると、イオさんの口からボソッと…。
「名で呼んでいいのは…俺だけだ」
「え?」
「!…なんでもない。」
聞き返した私の頭をポンポンッと優しく撫でると、イオさんは少し赤くなった頬を隠すように横を向いたのだった。
何を言ったのか聞き逃したけれど、その仕草がまるで子供みたいで私は可愛いと思ってしまった。
「ふふっ」
「…?」
つい笑みが零れた私を、イオさんが不思議そうに凝視する。
けれどすぐにその表情を崩し、握っていた手を引いて歩き出した。私もその後に続き歩き出すと周りを見渡した。
魔界人達が笑い合いながら修理に励む中、子供から大人まで誰一人弱音は吐いていなかった。
黒髪金眼が特徴だという魔界人たち。「悪魔」とも呼ばれる彼らは、私の知る恐ろしい者たちではなく…人と同じ、家族を持つ温かな人たちだった。
だからこそ…戦争をしているということに胸が締め付けられた。
「あれからまだ一週間しか経っていないのに…魔界人たちの皆さんは明るいですね」
「アオイは平気か?」
「私、ですか?…はい!元気です!」
「無理しなくていい」
「無理なんかしてないですよ?それよりも!イオさん、修理のお手伝いに行きましょう!」
私はイオさんと繋ぐ手を放し、重そうに荷物を運ぶ魔界人に駆け寄った。
後ろで離れた手を名残惜しそうに見つめたまま動かないイオさんを残して…。
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