表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/24

#2 大切な人達

 ベッドから体を起こし、側のカーテンに手をかけ開け放つ。

眩しくて目が開けられない程の朝の光が、窓から体に降り注ぐ。

その光に背を向けるように手を伸ばし、ベッド脇の目覚まし時計を止める。


「……朝、か」


時計の針は六時を指していた。


(早く…着替えなきゃ)


ベッドから抜け出すと、真っ直ぐクローゼットに向かい、掛けてあった制服に手を伸ばした。

だが、その手は制服を掴むことなく、空中で止まる。

「っ……」


ポロポロと、頬を涙が伝う。

嗚咽が漏れるのを止めようと、口を押さえる。

だが、涙は止まることなく流れ続ける。


(まただ、夢の…筈なのに…。なんで、こんなに悲しいの…?)


──小さい頃から見ている夢。今日もまた、その夢を見た。

男の人と女の人の夢。知らない人達なのに、とても大切な人たちな気がしてならない。

そして目が覚めると、いつも涙が溢れて止まらないでいた。

それは小さい頃も同じだった、ただ違うのは恐怖に泣いていたということ。

でも、今思えばそれも分かると思う。


あれは、人の死…。


「葵?…まだ寝てるのか?」


昔の事を考えていると、不意にドアがノックされた。

心配そうに聞いてくるこの声は、二歳年上の悠磨お兄ちゃんだ。

私は『ユウ兄』と呼んでいる。


「お、起きてるよ!今、着替えているから!」


泣いているのを悟られないよう、元気に言ったつもりだったが、少し声が震えてしまった。


「………。わかった、先に行ってるぞ」


少しの沈黙の後、ユウ兄の気配がドアの向こうから消えた。

少しして階段を下りる音が聞こえ、それに安堵するも、悲しい気持ちは未だ心に残っていた。


(気づかれた…かな?とにかく、心配させないように早く着替えて、下に行かなきゃ!)


頬を伝う涙を拭い、気持ちを切り替えると、早々にパジャマを脱ぎ捨て、制服に着替えた。


ボタンを止めていないコートを羽織り、パタパタと音をたてて、階段を駆け下りる。

すると、目の前に洗面所に通じるドアが見え、そのドアを勢いよく開ける。

中に入り、左側にある洗濯機にパジャマを放り込むと、今度は右側にある洗面台の鏡を覗き込む。


「わっ…やっぱり、赤くなってる…」


そこに映ったのは、目の周りが少し赤くなったのを、嫌々しく覗き込む自分の姿だった。

しかし時間がないので、少し寝癖がついている髪をとかし、顔を荒うだけで朝の準備を済ませる。


「あおい~?もう、六時半過ぎたけど、いいのかー?」


タオルで顔を拭いていると、洗面所の隣にあるリビングから、ユウ兄の声が聞こえてきた。

そこでハッとなり、腕時計を見て青ざめる。


(いけない!…『ヒロ』との約束、六時半だった!)


階段を下りる時と同様に洗面所を出ると、リビングに顔を出し、玄関まで駆け抜ける。


「私、もう行くね!」


「なっ!?おい、葵!朝飯は!?」


リビングの入り口に一瞬で現れ、一瞬で消えた葵の姿に、茶碗にご飯を盛っていた悠磨は一瞬呆気に取られたが、葵を追いかけ玄関に駆け寄る。


「朝ご飯はいいや、途中で何か買うよ!じゃ、行ってきま~す!」


言うが早いか扉を開けると、葵は駆け出したのだった。


─── パタリと、玄関の扉が閉まる。

持ったままだったしゃもじと一緒に、呆然とその場に立ち尽くす悠磨。

そしてうなだれたまま、リビングに戻るとため息を吐く。


「まったく…今日は俺が朝飯当番だから、気合い入れたのにな…」


悠磨の視線の先、ダイニングテーブルには、まだ湯気の立つ豆腐とワカメのお味噌汁に、お皿に盛られた綺麗な形の焦げ目のないオムレツ。その上にはケチャップで星の形が描かれていた。

レタスとミニトマトのサラダも脇に添えられていて、一見和と洋の組み合わせに見えるが──ただ、悠磨が作れるものを並べただけである。


(せっかく、葵が元気ないなと思ったから、葵の大好きなオムレツ作ったのに…。星付きの…)


葵の分のオムレツだけ、星が三つ描かれていた。

それは、悠磨なりの励まし方だった。


「う~ん…やっぱり、星は無いんじゃないか?星は…。」


「そうだよな…。葵も、もう十六歳だし、星はまずかったかな…───って!?」


突然後ろから聞こえた声に、悠磨は振り返りながら距離を取ると、その声の主にしゃもじを向ける。


「……人を化け物でも見たような目で見るな。それに、しゃもじをそんな風に扱うな…行儀が悪いぞ、悠磨。」


その言葉にムッとした悠磨だったが、正論なので言い返すことができず、しゃもじを下ろす。

そして、憎々しげに口を開く。


「今日仕事は、お昼からじゃなかったっけ…政稀兄」


悠磨の声に耳を傾けながら、政稀は冷蔵庫に手をかけ、中から牛乳を取り出すと、コップに注ぎ一口飲む。


「ああ、そのはずだったんだが、急遽変更になってな…八時には、出るよ」


言い終わると、残っていた牛乳を飲み干し、政稀は自分の席に着く。

悠磨も、二人分のご飯を茶碗に盛ると、自分の席に着いた。

差し出された茶碗を「ありがとう」と言って受け取ると、政稀は見るからに機嫌の悪い悠磨に問いかける。


「それで?…また、葵に振られたのか?」


「ぶはっ!?な、なな!?」


お味噌汁を飲んでいた悠磨は、核心を突かれ吹き出した。

どんどん顔が赤くなっていく悠磨を見て、「図星だな」と政稀は不適に笑い、テーブルに零れた、味噌汁を拭く。


「まあ、葵も少しは悠磨の気持ちを考えてやればいいのに…。毎回、悠磨が当番の時だけ、朝早いよな」


「……それ、今言うなよ。泣くぞ」


「…悪かったよ」


キッと睨んでくる悠磨に、大袈裟に肩を竦めると、政稀は自分の味噌汁に口をつける。

毎度飲んでいる味噌汁だが、その美味しさにいつも顔を和らげている。

そして政稀も考えるのは、いない妹のこと。


(悠磨も可哀想だと思うが、葵は毎回朝早くに何をしているんだ?…顔くらい見せてから行けばいいのに…。)


いきなり黙り込んだ政稀に、悠磨は先程の葵の様子を思い出し、口を開く。

その表情は、さっきまでとはまるで別人のような真剣な表情だった。


「そんな事より、葵…今日も泣いていた。多分、またあの夢を見たんだと思う」


「それは…本当か?」


悠磨が頷くと、政稀は考えるように顎に手を添え、俯く。

部屋の空気が緊張に震え、堪えきれないとばかりに悠磨が声を上げる。


「なあ、もしかして葵は…もう──」


そこで言葉を切った悠磨に、政稀が顔を上げる。


「いや、まだ知らないだろう。だが、もう事は起きているかもしれない……──悠磨」


悠磨と政稀の視線が絡み合う。


「出来るだけ…いや、一秒でも長く葵の側に居ろ。そして──奴等から護れ」


政稀の言葉に、悠磨の手は震えていた。そして、聞かねばならないと思った。

答えを知っていても、言葉で確認したかった。


「……『どっち』から護るんだ…?」


「…両方だ。」


きっぱりと、そしてはっきりと政稀は告げた。

その言葉に悠磨は改めて、自分のやるべき事を肝に銘じたのだった。


──その頃葵は、待ち合わせ場所へと息を切らせながら駆けていた。

冬の寒さに吐く息は白く、手は悴んで、少し赤くなるくらい、外は冷え込んでいた。


数分後…小さな公園が目の前に見えてきた。

その入り口には、私と同じ学校の制服の上に、黒いコートを羽織った黒髪の男の子が立っていた。

私はその男の子を見て、笑みを浮かべると、走る速度を早めた。


「ヒロッ!」


名前を呼ばれ、振り向いた幼馴染みの彼『片倉紘斗』は、少し怒っているようだった。


(当たり前だよね…六時半って言ったのに、もう、四十分だもんね…。素直に謝ろう)


ヒロの前に立つと、私は膝に手を置きながら、荒い息遣いで頭を下げる。


「ご…ごめんね…はあ、はあ…遅くなって……怒ってる?」


少し顔を上げ、ヒロを見つめると、彼は先程より顔をしかめていた。


「ああ、怒ってる……」


(うう…やっぱり…)


「…何かあったんじゃないかって、すごく心配した。だから、怒ってる」


「え…?」


息を整えて頭を上げると、ヒロは心配そうに、私を見つめていた。

そして私の頭に手を置くと、優しく撫でる。

身長が私より、数センチ高いヒロは、最近やたらと頭を撫でてくる。

別に嫌ではないけど…恥ずかしい。


「遅れるときは、メールか電話。これは絶対守れよ、約束だ……『アオ』」


これは、幼馴染みである私達だけの「名前」の約束。

私はヒロと呼び、紘斗はアオと呼ぶ。

小さい頃から変わらない、二人でいるときだけの愛称。

それが嬉しくて、私は自然と笑みを深める。


「アオ?聞いてるのか?」


「あっ…ごめん、聞いてるよ。メールか電話、ね!わかった、約束する…!」


不意に顔を覗き込まれ、咄嗟に視線を逸らし、了解したとばかりに何度も頷く。

それを訝しげに鋭い視線を送るヒロに堪えきれず、私は逃れるように歩きだした。


「ほ、ほら!遅れちゃうから、早く行こう!」


少し早足で歩いていると、後ろで盛大なため息を吐いて、仕方ないとばかりにヒロは私の隣に並んで歩く。

そして、思い出したかのようにコートのポケットに手を入れると、携帯を取り出し、私に見せる。


「さっき、夏輝からメールがきた……でも、俺には解読できなかった…」


「え、夏輝くんが?珍しいね、ヒロにメールくれるなんて…」


そう言いながら、ヒロの携帯を受け取り、メールを開く。

夏輝くんは、私達と同じクラスで、部活も一緒のヒロの友達だ。

でも、クセのある人で、毎回メールがヘンテコなので私が解読している。


──件名 寒い

本文 早く、春、水、来て───


それだけが書かれたメールを見て、私は納得した。


「えっと…寒いから、早く待ち合わせの噴水公園に来て、春が怒ってるから…って言いたいみたいだよ?」


「よく分かるな…この暗号みたいなメールで…」


私が携帯をヒロに返しながら、メールの内容を言うと、ヒロが感心したように携帯を見つめる。


「まあ…春華に教えてもらったからね」


私が言った「春華」という名前に、ヒロは納得したようだった。

春華は、クラスは違うが同じ部活なので、私の親友とも言える人だ。

そして、夏輝くんとは、双子の姉弟なのだ。


「おい、さっき春華が怒ってるって言わなかったか…?」


少し、青ざめて私を見るヒロに、私も恐る恐るヒロを見上げ、頷く。


「そう、言ったよ……。ま、まずいよ!急がなきゃ!!」


「あ、ああ!」


駆け出した私に続き、ヒロも駆け出す。


(春華が怒ると、すっごく怖いんだよー!もっと早く走れ~!私の足ー!!)


凄い速さで駆け抜ける二人の姿が、道の先に消えていった。


──だが、そんな二人を見下ろすように、二つの怪しい影が、空に浮かんでいた。

その影は、二人が消えた方向に目を向けると、後を追うように飛んでいった。





此処まで読んで下さり、ありがとうございます!


この後から、盛り上げていきたいと思います…!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ