#19 魔界に輝く光 前編
大陸から離れ、魔界全土を覆う結界の内側限界の場所まで来て、ネクリスが止まった。
それを確認して、私は彼の鬣を掴み下を覗き込む。
「…!」
そこには、先程の波のような闇が大陸に直撃する光景が見えた。
けれど大陸に張られた結界により、闇は中まで入ることなく阻まれている事に私は安堵の息を吐いた。
だけどその下にはその波の大元だろう泥状の濃い闇が渦巻き、魔界とグランド・マリアの境界部分だろう結界の姿が見えず、ゾッとする。
《思ったよりも、穢れが酷いな。》
ネクリスも顔をしかめ、闇の渦巻く中心を凝視していた。
「ネ、ネクリス、どうしたらいい!?」
《落ち着いて、まず……!!》
ネクリスが何かを言いかけたとき、霧が上昇してきた。
彼は咄嗟にそれに気づき、闇から少し距離を取り上を見上げた。
《見たところ魔界は今、中と外…両方から闇が迫っている状態みたいだね。この状態だと、魔界を覆う結界が外の闇の重圧に耐えられず、壊れてしまう……そうしたら中と外の闇が一つになり、魔界は崩壊する》
「そんなっ…!」
《だから、僕達の力があるんだよ?》
不適な笑みを浮かべると、ネクリスは一度目を閉じる。
《…方法は簡単。中と外…両方の闇を一度に『浄化』すればいいんだ。だが、それには僕達が繋がれなければいけない。》
「…?」
こんな時に難しい話をしてる場合なの?と思いつつ、私は首を傾げた。
《大切なことだよ。…繋ぐというのは、心を繋ぐこと。親愛、信じる事。》
「……信じる」
《そうだよ…僕は君を信じている。》
「…どうして?」
ネクリスが驚いたように、目を開け、私を見ようと首を捻る。
「私のこと、信じているって。どうして言い切れるの?」
何故そう聞いてしまったのか、自分でも分からなかった。
だけど、ネクリスは笑って答えてくれた。
《それはね、アオイのことが好きだから。
僕はね、決してアリルに頼まれたから君の眷属になったわけじゃないよ?自分の意志で、君に従う事を決めたんだ。
それに簡単に信じていると、口にした覚えはない。
初めて会ったのに、なんて関係ない。
僕の心が、君を信じたいと訴えているんだ。
それだけじゃ……理由にならないかな?》
「…っ。」
虹色の瞳が、私を見つめる。
それだけで、ネクリスが真剣に訴えかけているのが伝わってきた。
突然現れた彼に、助けを求めたのは私。
求めておいて、今更信用できないなどと思うわけが無い。
だけど…迷っている自分が、心に居る。
(それはネクリスを信じることに対してではなく。力に対しての…恐怖なんだ)
決意したはずなのに、まだ力が怖い。あの闇が、怖い。
考えが嫌な方向ばかりに行ってしまって、目の前のネクリスのことが見えていないんだと思う。
だから、ネクリスに「どうして?」と聞いてしまったのだ。
私は手を握り締め、ネクリスに自分の気持ちを打ち明ける。
「ネクリス…私、ユウ兄やイオさんの前では強気で居られたけど…本当は怖くてしょうがないの。決意したと思ってたのに…。私って、弱いね…」
《そんなこと無いよ》
ネクリスは即答した。そして一呼吸置くと、口を開く。
《………恐れっていうのはさ、誰もが持っているものだと思うんだ。
大切な何かを無くすのが怖かったり、今のアオイのように目の前の事が怖かったり…様々だと思う。
だけど、それを必ず乗り越えられる強さもまた、人はそれぞれ持っていて…それが人間の持つ魅力の一つだと僕は思っている。
だからさ、恐れる事は弱さじゃないんだよ。…アオイは弱くない。
大丈夫、僕が傍にいるよ。
君の不安ごと『僕』がこの闇を、光で照らしてあげる!》
君の気持ちは分かっているよ。
そう語るような瞳で、落ち着かせるように優しく頷いてくれるネクリスに、私はぎゅっと抱きつく。
「うん、ありがとう…。ありがとう、ネクリスッ。……よし!やろう!」
「うん!!」
ネクリスの言葉に励まされ、私は本当の意味で決意を固めた。
(そうだよ、私は大丈夫。ネクリスを信じるよ!)
その瞬間、光が溢れる。
体を纏うように、ネクリスと私の周りが白く輝き始めた。
それに驚く私とは対照的に、ネクリスは嬉しそうにした後真剣な表情に戻った。
《アオイ、僕に続いて詠唱して!》
「え…あ、うん!!」
戸惑いながらもネクリスの言葉に耳を傾ける。
《我が身に纏いし、光の化身よ》
「わ、我が身に纏いし、光の化身よ」
言葉を紡ぐと同時に、纏うようにしていた光の動きが変わった。
光は輪の形を作り、先程よりも輝きを増すとその輪は私達の周りを囲い始めた。
(何だろう…ネクリスの次の言葉が…分かる?)
そんな光景を目の端で確認すると、私はスッと染み込むように聞こえてきたネクリスの言葉に目を閉じる。
「《今、繋ぎし者と共に闇を払いたまえ》」
私とネクリスの声が重なり、光の輪が波紋のように私達を中心にして広がり始めた。そして―――
《我、光を司りし神獣にして…光の王――ネクリス・マリア・グランド!!》
ネクリスが最後の言葉を高らかに叫ぶ。
その瞬間、パンッと大きな音を立てて光が弾けた。
それは波紋のように広がっていた光の波も同様で、そこから弾けた光が小さな粒となり雨のように闇へと降り注いだ。
「…綺麗」
目をゆっくりと開き、目にした光景に、私は思わずそう呟いていた。
光の雨は、一つ一つの小さな粒が自ら輝きを放ち、闇を浄化していく。
そして浄化された闇もまた、光となり降り注ぐ。
すぐ側まで迫っていた闇の霧も光の粒に触れると、浄化され光の霧になった。
その霧は私達を通り過ぎると、魔界を覆うようにしてあった闇を浄化し始め、魔界外の闇は全て浄化する事が出来そうだった。
そんな幻想的な光景に見入っていると、ネクリスが驚愕の声を上げた。
《なっ!》
「え…。きゃあっ!!?」
グンッといきなり反転したネクリスの首にしっかりとしがみつき、私は声を上げる。
「何!?どうしたのネクリ…」
私が言い終わらないうちに、凄い速さで黒い何かが横切った。
(今の…何?)
《駄目だ、光が…飲み込まれてる》
「え…」
ネクリスは体制を元に戻すと、険しい顔つきで下を睨みつけた。
その視線を追い、私も下を覗き込む。
そこには黒い塊が、尚も蠢いていた。
見れば光の雨は闇に当たると、飲み込まれるようにして消えていた。
いくつもの光が闇に飲まれ、闇の塊は大きさを増しているようにも見えた。
「どうしよう…。外の闇は浄化できたけれど、あの闇があったら移動できないよ」
《っ!…アオイ、しっかり掴まっていて!!》
「…っ!!」
私が声にならない悲鳴を上げると同時に、ネクリスが右に素早く跳躍する。
先程までいた場所を見れば、大きな黒い球体がいくつも浮いていた。
それは闇の塊から雫のように浮上しており、正確な丸い形になると私達に向かって襲ってきた。
(もしかして、さっき横切ったのも…!?)
《アオイ、とりあえずアレから逃げるよ。魔法でなるべく圧は抑えるけれど、かなり揺れるから手を離すな!!》
コクッと私が頷くと同時に、ネクリスは一気に上昇した。
本当ならば息も出来ないほどの風圧があるのだろうが、ネクリスのおかげで苦しくは無かった。
右、左、上、下と四方八方から襲いかかってくる球体を、華麗に次々と避けていくネクリス。
(だけど…数が多いよ!!)
ぎゅっとしがみついて瞑っていた瞼を開き、振り返って目にしたのは追いかけてくる何十もの黒い球体。
そのどれもが闇の気配を漂わせ、それは近づけば気持ちが悪くなるほど濃いものだった。
(何か…いい方法は無いの?……このままじゃ、ネクリスや私だけじゃなくて…ユウ兄やイオさん達まで闇に飲まれちゃう!)
結界に護られているから大丈夫だろうと、今まで目を向けていなかった大陸に目を向けて、私は目を見張る。
(大陸には…あの球体が行っていない?)
眼中に無い。と言いたげに球体は塊から作り出された後は、全て私達に向かってきていた。
そこで私は辺りを見渡した。
見れば光の雨のおかげで闇の霧は無くなり、外の闇もいつの間にか無くなっていた。
残るは真下に広がる闇の塊だけ。
そして“あれ”をどうにかしないと!と行動を起こしたのは私とネクリスで、大陸は移動のための魔法と結界の魔法しか使っていない。
(もしかして…!)
一か八かの考え。上手くいくかは分からない。
けれど私はネクリスの鬣を少し引っ張り、意識を私に移してもらう。
《いてて!?何?どうしたの、アオイ?》
「ネクリス、あの闇の中心に行って!」
《へ?…ええ!?》
驚きに動きが止まったネクリスに、四方から球体が迫る。
「お願い!ネクリス!!」
《…っ!…了解!!》
そう言った瞬間、勢いよくネクリスが降下した。
後ろで球がぶつかり合い破裂する音を聞きながら、私達は真っ直ぐ渦巻く闇の中心に向かった。
『何やってるんだ、葵!!』
「…ユウ兄っ!?」
その時、突然ネクリスとは別の声が頭に響いた。
それは怒りを滲ませたユウ兄の声で、私は風圧に瞑ったままだった目を薄く開いた。
けれど目の前にはどんどん近づく闇の塊と、ネクリスの白い鬣しかなかった。
『悪いとは思ったけど、さっきアオイに触れたとき…魔法を掛けさせて貰ったんだ。
これは相手の意識に直接話しかける魔法。だから俺は大陸に居ながら葵に話しかけてる。』
「そんな魔法もあるんだ…」
『そんなのはどうでもいい!葵、お前どうして闇に突っ込もうとしているんだ!?』
「突っ込むわけじゃないよ。
ただ、あの闇の狙いが私達みたいだから、私達があの闇を引き付けて、グランド・マリアの結界が見えるようにする。
そこでユウ兄達が移動する魔法を使えばって思って…」
私の説明に返事を返してくれたのは、ネクリスだった。
《ああ、そういう考えだったのか!》
「うん、どうかな?」
《いい考えだよ、アオイ!》
『馬鹿……じゃないのか』
小さくもハッキリと聞こえたユウ兄の言葉と同時に、ネクリスが止まる。
前を見れば多くの黒い球体が私達を阻むようにして幾つも浮かんでいた。
『自分を犠牲にするようなことはしないんだろ…。今、お前がやろうとしてることは“違う”って言い切れるのか!!』
ユウ兄の悲痛な叫びが、私に直接響く。
それをしっかりと受け止め、私は口を開いた。
「うん、言い切れるよ。」
『…!!』
私の言葉に、ネクリスが球体の群れに突っ込む。
するとネクリスの翼が白く輝き、私達が通った場所の球を次々と破裂させていくと、それは光の粒に変わった。
「だって、私…自分を犠牲にするつもりなんて無い…。
私はただ脱出するための手助けをしてるだけ、そして私自身も…ちゃんと脱出する事を考えてる。
犠牲だなんて思ってない…ううん、思わないよ!」
『葵…』
私の中で、またも光の温かさを感じた。
その瞬間、宙を漂うだけだった光の粒がネクリスと私の周りに集まり、光の結界を作った。
(今…解った。私がユウ兄達の前で強気で居られたのは…アリルさんの言うとおりだったんだ。
『大切な人を守りたいって思えば、不安なんてすぐ無くなっちゃうから』ってあの言葉。
…だって今も、ユウ兄のことを思ったら、不安は無い!)
私の気持ちと呼応するように、ネクリスの真っ白な翼が光を放つ。
その光に照らされた闇の球体は見る見る浄化されていった。
《アオイ…やっぱり君は、弱くなんか無いよ。凄く眩しい存在だ!》
嬉しそうに口角を上げたネクリスに、私は照れを含んだ微笑みを返す。
そして一直線に闇の渦に降下していった。
『……わかった。もう、迷わせるような事は言わない。だから……絶対、帰って来てくれ、葵!!』
「うん、絶対に戻るよ!ユウ兄の所に!!」
私の返事を聞いた瞬間、ユウ兄の声は途切れた。
けれど最後に聞いた声は、怒りも無く、ただただ私を信じる気持ちが伝わってきた。
《闇が少しでも動きを見せたら大陸とは反対の上空に誘導する…それでいい?》
「うん、お願い!」
だんだんと大陸と闇の中心部に近づいていく。
色んな気持ちが胸を占め、鼓動が早くなる。闇の濃さとは関係なく、吐きそうなほど気持ちが悪くなっっていた。
(緊張…しないで……大丈夫!!)
そう、自分に言い聞かせた時…大陸を私達は横切った。
期待、心配、不安…色々な視線が私を射抜く。
けれど私は強い意志を持ち、ネクリスと共に中心部に突っ込んだ。
「…っ…闇さん此方ぁ!此処までおいでー!!!」
闇との距離あと数メートル…。
その場所でネクリスが止まると、私は思いっきり叫んでいた。
自分で考えておいてなんだが、小学生レベルの誘い文句に…本当に引っかかるか不安になっていた矢先…
―――ゴゴゴゴゴオオォォーー!!!
闇は上げるはずの無い唸りを上げ、渦状の形から巨大な球体に形を変え、私達に襲い掛かってきた。
《(掛かった!!)》
ネクリスと気持ちが同調した瞬間、想像していたよりも追いかけてくる闇のスピードは速く、ネクリスが今までよりも速度を速めたため、私は落ちないようにしがみついた。
(まだ…離れないの?)
《アオイ!!》
どれくらい逃げたのか分からなかった。
けれどハッキリと聞こえたネクリスの声に、私はまだ繋がっていると信じて、ユウ兄の顔を思い浮かべ叫んだ。
「今だよ!!ゆうにぃーー!!!」
ありったけの声で私は叫んだ。
その声に反応するように、大陸を包むように張られた丸い結界が光を帯びる。
その下には色とりどりの魔法陣が幾つも連なった、虹のようなものがあった。
その虹に乗るようにして、光に包まれた大陸が移動すると、虹の先…闇が無くなり露わになったグランド・マリアに向けて、大陸は滑り台のように流れていった。
(やった!これで後は…)
“闇をどうにかするだけ”…そう、私は甘く考えていた。
だから気づかなかった。
闇が形を変え、私達の真下に大きく広がり、覆い尽くす機会を伺っていたことに――――
此処まで読んで下さり、ありがとうございます!
やっと、更新出来ました!
魔界での物語も、最終話目前です!
次回も読んで頂けると、嬉しいです…!!