#15 漆黒の狼と白銀の蛇
悠磨を、大きな銀色の瞳が捕らえる。
その瞳に怖さは感じないものの、圧倒される何かがあり悠磨は無意識に後ずさった。
そんな悠磨を見ながら狼が口を開いたかと思った瞬間、頭に直接響くように声が聞こえた。
《…何を呆けている、今更驚く事は無いだろう》
(……は!?この声あの男と同じ…。ま、まさか!!)
「もしかしなくても、召喚融合!?」
悠磨が思わずそう叫ぶと、狼は大きな前足を持ち上げ飛翔する体制をとった。
《時間は限られている、手短に言うぞ。此処に結界を張れ、俺でも此処を気にしながらでは力が出せない。…そして、絶対にアオイを助けだせ。分かったか?》
「あ、ああ…」
未だ驚きに目を見開く悠磨だったが、イオゼリクの言葉はちゃんと伝わっていた。
それが分かったからだろう、狼は頷く仕草をすると天高く舞い、白銀の蛇…マゼルのもとに風を巻き起こし突進していった。
―――漆黒の狼と白銀の蛇が衝突する。
空気が震え、上空にあった小さな大陸や岩は一瞬にして砕け散った。
その破片が悠磨たちを襲うも、寸前で何かに当たり地に落ちる。
(すごい……いくら召喚融合をしているからといって、こんなに強いマリアは初めて感じた。破片とかなら俺の結界で防げるけど、あんなに強いマリアの衝撃波がもしこっちにきたら……)
そこまで考えて悠磨は首を振り、自分に言い聞かせる。
「今は考えるな。俺は自分の出来る事をするだけだ……それに」
悠磨は上空で戦う二つの影に目を向ける。
(俺の知っている召喚融合の使い手。…それを消去法で考えたら、あいつは多分……。だから、大丈夫だな!)
少しの不安を振り払い、悠磨は氷柱に向き直った。そして目を閉じると、氷柱に手を添えた。
「これは…心に直接語りかける魔法。本当は政稀…天界人のほうが得意とする魔法だけど、俺頑張るからさ……答えてくれよ、葵」
一呼吸置いてから、呪文の言葉を紡ぐ悠磨。
氷柱に触れた手の先からは青黒い光が放たれ、それはまるで植物の蔓のように氷柱全体へと伸びていき、飲み込んでいった。
やがて全てが青黒い光に包まれると、悠磨は瞼を開いた。
「お願いだ、葵!俺の声に気づいてくれ……俺は、お前ともっと一緒にいたいんだ。だから、ちゃんと謝らせてくれ…っ…あおい!!葵!!!」
葵に意識が通じるように、自分の気持ちを吐き出すように…悠磨は叫び続けた。
―――――グワッと口を開き正面から襲ってくるマゼルを、軽く上に跳躍し華麗に避けるイオゼリク。
だが蛇のクネクネとした柔軟な身体をうまく使い、マゼルは次の攻撃を仕掛ける。
それに負けじとイオゼリクも鋭く尖った爪で応戦する。
《クッ…!》
一瞬の隙だった。身体を円のような形にしイオゼリクの攻撃を避けると、その円の中に入ってきたイオゼリクの前足から滑り込むようにしてマゼルがイオゼリクの身体に巻きついたのだ。
《貴方様の召喚融合を見るのは、久しぶりですね。あの方と同じ、黒き狼とは……やはり“親子”だからでしょうかね?》
クククッという笑い声が直接頭に響き、イオゼリクはピクッと反射的に耳を動かす。
巻きつく圧迫感が強くなり、動けない身体を捻り牙を見せる。
《あの男を“父”だと思ったことは一度も無い!!》
巻きつく胴にガッと牙を立てられ、蛇は悲鳴にも似た声を上げ、素早くイオゼリクから離れた。
血が滴り落ち、マゼルがイオゼリクを睨みつける。
その瞳からは、憎しみ、悲しみ、怒り…。…強い憎悪が感じ取れた。
《そんな目もできるんだな…。それは今まで…俺の前では見せていなかった、本当のお前か?それとも…》
そこで言葉を切ったイオゼリクの身体が黒い光を放つ。
やがて光が消え、その場にいたのは、漆黒の剣を持つ人型のイオゼリクだった。
《融合を止めるなど、死ぬ気ですか?それとも…私を馬鹿にしているのですか?…あの方と同じように、私を!!》
舌をシュルリと動かし狂乱するマゼルに、イオゼリクは哀れみの目を向けた。
「これは、自身の憎悪に心を食われた哀れなお前に解らせるためだ。」
《…何を。……!!》
何かを言いかけたマゼルの目が、僅かに見開かれる。
その目に映るのは、漆黒の翼を広げ、銀色の光に包まれるイオゼリク。
濃い黒色の髪は風に靡き、手に持つ漆黒の剣は銀の光を反射し、瞳と同じ色をしていた。
光はまるで、太陽のように後ろからイオゼリクを包み込んでいた。
その神々しい姿に、マゼルは息を飲む。
「俺は、あの人ではない。俺は…第二代魔王 『銀黒の剣』……“イオゼリク・ウェイズ・セイリーン・ナイトアモン”だ!!!」
高らかに響く声。その声が紡いだ言葉は、正式な名乗りの宣誓。
自分がこの世界、『魔界』の王である事を誓う言葉だった。
「一時は此処を出た身だが、俺が王だ…あの人ではない。
お前が従うべき相手は俺だろう…マゼル・バルローグス。
お前の恨みの相手はもう、此処にはいない。それは、お前がよく解っているだろう?」
イオゼリクの声が聞こえ、マゼルの脳裏にある人物が浮かんだ。
《解っていますよ…。私があの方と貴方様を重ね、あの方の代わりに貴方様を殺そうとしたことを…。
憎悪に駆られても、自我はちゃんと残っているのですから。》
そこまで言ったマゼルの身体が、淡く白い光を帯びる。
「いつ…お気づきになったのですか、イオゼリク王」
光が消えた場所には、長い黒髪を靡かせ、今にも泣き出しそうな、けれど何か憑き物が落ちたように穏やかな笑みを浮かべた人の姿をしたマゼルがいた。
「……。最初に気づいたのは、俺の攻撃をお前が避けたときだ。
俺の攻撃をお前はいつも避けることなく受け止めるのに対し、あの時は攻撃を受け流す魔法で避けた。
だから…お前は『本気』じゃないのだと…気づいた」
「そうですね…私もそこで気づかれたと思っておりました。
当たり前ですよね…私に剣を教えたのは貴方様の父であり先王様……ウェイズ・ナイトアモンで、貴方に剣を教えたのもあの方。
同じ剣術なのですから…違和感にも気づくというものですね。」
血が流れ、力なく垂れ下がっていた左腕に右手を添えるとマゼルは俯いた。
「本気…ではあったんですよ、ただ…愚かだったということでしょう。
亡き主への恨みを今の主である貴方様に向けるなど…」
自分の愚かさを恥、拳を握り締めながら話すマゼルの言葉に、イオゼリクは悲痛に顔を歪めた。
「人を憎む気持ちは、時に人格までも変えてしまう。
そして、一番人を変えるのは……大切な誰かを失くしたときだと俺は思う。
お前が大切な誰かの命をを先王の手によって奪われた事は…俺が一番よく知っている」
イオゼリクの最後の一文に、マゼルは驚きに顔を上げた。
「何故…貴方様がそれを…っ!」
「お前の“息子”の事だろう?」
「!!」
迷いなく、イオゼリクは『息子』と言った。
それはマゼルとウェイズ王、そしてその王妃であるセイリーンしか知り得ない情報だったからだ。
「俺が何故知っているかは、後で『当人』に聞くんだな」
「当人…?それは、いったい…!」
「“それより”もだ。貴様はそんな復讐に、なぜあの子を巻き込んだ?
あの子は此方よりは平和だろうあの世界でずっと生きるはずだった…それを、何故だ?」
話を逸らされ一瞬言い返そうとするも、マゼルはイオゼリクに答える。
「それは…貴方様も分かっておいでなのでしょう?
彼女は『繋ぐ者』、天界と魔界…そしてグランド・マリアを統べることの出来る唯一の存在。
そこで私は、今の王座に座るセイリーン様に相談することなく、アオナシエル様の力で世界を統一しようと考えました。
天界は魔界を目の敵にし、いつ襲ってきてもおかしくない状況。
挙句、世界が混ざり合った事で、徐々にバランスは崩れ出している。
今動かずして、いつ動くのかと―――」
「それが巻き込んだ理由だと?!!」
いつの間にか目の前に現れたイオゼリクに、マゼルは胸倉を掴まれ「うぐっ」と声を漏らす。
「お、王は、いつも、気が短いで、すっ!!」
バシッとイオゼリクの手を振り払い、マゼルはキッと睨みつける。
「話は最後まで聞いてください!!」
「……。」
「毎回っあれ程!人の話は最後まで聞くようにと、教えたではありませんか!
王になってからも私の話やセイリーン様のお話もろくに聞かずにいて…―――」
いきなり説教を始めたマゼル。
これが本来の彼なのだろうか、生徒に熱心に教育を叩き込む教師のような姿に
(先程までの殺伐とした戦いは何処にいったんだ?)
と、思わざるおえないイオゼリクだったが、元のマゼルを久々に見ることができて良かったと思うのだった。
「だいたい私がアオナシエル様を此処に連れてきたのは、天界人に『接触』させないためで…」
「?…接触させないため?」
「そうですよ…ですがシックとヴァールの失敗で、アオナシエル様は天界に連れていかれてしまい…難を逃れるも、また……ってなんですか??」
神妙な面持ちのまま手を顎に当てたまま考え込むイオゼリクに、マゼルの顔も引きつる。
「ならば、結界を破り大勢の天界人を送り込んだのは…誰だ?」
「何を言うんですか…結界に穴が開いたのは貴方様のせいでしょう?天界人はその隙をついて…」
「馬鹿マゼル!!俺の『転移魔法』で、俺とウェイズが作った結界が容易く壊れる筈無いだろう!」
「ばっ…!?」
ピクッと眉が動くも、冷静にイオゼリクの言葉の意味を考え、マゼルも異変に気づく。
(確かに…シック達には天界人の排除を頼んだが、そう言われてみれば…『結界』は容易く壊れるほど簡単な作りをしていない。)
「……。手引きした者がいると?」
「…ああ。最初は、お前が手引きしたのかと思ったがな」
「!!……まあ、疑われてもおかしくは無いですね」
少し落ち込んだ仕草をするマゼルに、イオゼリクは背を叩く。
「痛ッ…!?」
「落ち込む暇があったら、アオイを戻せ。
それから、天界人と戦っている奴らに援軍を送れ。
“今の王”の許可がいるのなら、セイリーン…母上に俺の『願い』だと伝えればイチコロだろ?」
「……分かりました、そうお伝えいたします。…親バカですからね、あの御方は」
納得したくはないが、イオゼリクの母『セイリーン』は息子を溺愛しているので…『イチコロ』はあながち間違いではないのだ。と思うマゼルだった。
「それに、貴様が自分達(天界人)にアオイを近づけさせないようにしていた…という事が洩れていた場合……一番に狙うのは多分アオイだ。
狙っていた獲物を横取りされたら、まず奪い返すのが妥当だろう?
今アオイのことは『ユーマ』に任せてある。奴のマリアなら、雑魚程度は弾き返すくらいの結界も張れているだろうから大丈夫だろう。」
そう言ったイオゼリクの顔に不適な笑みが浮かぶ。
その姿に、マゼルはギョッと二度見した。
(この方が他人を名前で呼ぶこと自体珍しいのに、その誰かに大事なアオナシエル様を任せてきた?…というより、笑ってらっしゃる!?これは………天変地異の前触れか!?)
マゼルの考えはお見通しだったようで、イオゼリクは不機嫌な無表情で葵と悠磨のいる“魔精大陸”へと体を向けた。
どうやら戦っているうちに、大陸から距離が離れた場所に二人は来てしまっていたらしい。
素早く移動し始めたイオゼリクの後を慌てて追いかけたマゼルは、ふと先程から気になっていたことを聞いてみた。
「あの、イオゼリク王」
「…なんだ」
「“アオイ”……という名が、アオナシエル様の『真名』なのですか?」
「………………そうだ。」
長い沈黙の後、ボソッと聞こえた返答に、マゼルは笑みを浮かべた。
(アオイ様…。やはり…アリル殿と似た、とても素敵な名ですね)
「言っておくが、お前は二度とその名を口にするなよ」
「えっ!?何故ですか!?」
「腹が立つ。」
「………。」
自分勝手な方。と思ったが、それを自分の主である上の存在に言える訳もなく、マゼルは渋々呼ばないよう心掛けようと思ったのだった。
(……マゼルでないとすると、残りは『アイツ』……だな。)
ぶつぶつと文句を言っているマゼルを構うことなく、イオゼリクは先程の『結界』について考える。
(そうだとしか、思えない。……とことん目障りだな、あの“裏切り者”)
「まだ手引きしたのがアイツだと決まった訳じゃないが……いつか、必ず」
「…!?」
ビリッと、マゼルは今まで感じた事のない『殺気』を感じた。
その出所が、数人分の隙間を開けて、前を飛んでいるイオゼリクからだと気づき、マゼルは改めて自分がした行為に責任を感じた。
(そうだ。まだ、許された訳じゃない。いつか…この殺気が、私へ向けられたなら……私は快くその罰を受けましょう。……我が主)
────新たに忠誠の意を固めたマゼル。
イオゼリクと共に向かうは…葵と悠磨のいる魔精大陸。
此処まで読んで下さり、ありがとうございます!
物語も進み、矛盾点などがありましたら、お知らせ下さると嬉しいです…。
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