#13 闇の戦い
草を乱暴に踏みしめ、二つの影は「ネクリスの森」を駆け回っていた。
「あおいー!!葵っ!!」
辺りは夜の闇が支配し、月明かりを頼りに息を乱しながら、政稀と悠磨は葵を捜していた。
「くそっ!…どこにもいない」
そう吐き捨てると、悠磨は近くの木に寄りかかる。
政稀や悠磨が捜したところで、当の葵は魔界に連れて行かれてしまった為見つかるはずがない。
だが二人はそれを知らないので、焦りが募るばかりだった。
「……こうなったら、俺が…」
そう言った政稀が息を整えると、静かに目を閉じ、言葉を紡ぐ。
それを見た悠磨が、慌てて止める。
「待てよ、政稀!」
「っ…!?邪魔をするな、悠磨。詠唱が途切れて…」
「ここは魔界に近いんだぞ!?お前の魔法は“光”が素なんだから、魔界の奴らに天界の奴らが仕掛けてきたと思われちまうだろ!」
「う……すまん」
いつも冷静な政稀からは考えられないミスに、それだけ葵が心配なのだと思い、悠磨もそこで怒るのを止めた。
「とりあえず、魔法を使うなら俺がやるから……『追跡』の魔法だろ?」
「いや……召喚の魔法だ」
「へぁ…?」
悠磨は、微量ながらも葵が発しているマリアを追跡する為に政稀が魔法を使おうとしていたと思い込んでいたため、素っ頓狂な声を上げる。
「何で、召喚…?確かに政稀の“あれ”は凄いけど……今は、葵のマリアの欠片を追えばいいだろ!夜は俺ら“闇”の力が強くなる時間帯なんだから、俺が葵を捜し出して……」
そこまで言って、悠磨は空を見上げたまま固まった。
「悠磨…?」
固まる悠磨の視線を追った政稀も、ハッと動きを止める。
黒き翼に、月明かりに光る漆黒の剣を持つ人影。
それは悠磨達の前から、葵を追いかけて消えた男…イオゼリクだった。
「あいつ…!」
イオゼリクを見上げたまま、悠磨は拳を握ると、自身も翼を出現させ飛び立った。
「悠磨!」
政稀の制止の声も聞かずに、悠磨はイオゼリクとの距離を縮める。
同じく悠磨達に気付いたイオゼリクだったが、振り返ることなくその場に止まると、剣を持っていない方の左手を真っ直ぐ前に突き出した。
すると、銀色に輝く丸い図形が彼の前に広がり、その図形が自身とほぼ同じ大きさに広がると、彼はその図形に突っ込んでいった。
「あ…!」
悠磨が追いついた時には、イオゼリクの姿も図形もなく、ただただ夜の闇が広がっていた。
「悠磨ぁー!」
走って追いかけてきたらしい政稀を見下ろし、悠磨は渋い顔のまま地に足を下ろした。
「あの、男は…?」
少し息を切らしながら政稀が問うも、悠磨は考え込むように地面を見つめたまま動かなかった。
だが、直ぐに顔上げると、決意に満ちた瞳で政稀を見た。
「俺……魔界に行く」
「なっ……急に何を…」
驚きに目を見開き、悠磨の真意を確かめようと同じく見つめ返す政稀に、悠磨は確信を持ったように言った。
「葵は、魔界にいる。あの男が使ったのはゲートの魔法、それも特別な……魔界人だけが使える、魔界に直接転移できる魔法だった。だから、葵は魔界に連れて行かれたんだ」
「いや、だが…その魔法だけで葵が魔界にいるとは、限らないんじゃないか?」
明らかに悠磨の言葉を信用していない政稀に、悠磨は苛立ちを隠すことなく政稀に言葉をぶつける。
「いいや、絶対そうだって!葵を捜してる時に同じように魔界に通じる“ゲートの痕跡”を見つけたし!あの男だって、きっと葵を追って魔界に行ったに違いな…っ」
「ちょっと、待て。」
悠磨の言葉を遮り、今度は政稀が怒りを露わにした。
「ゲートの痕跡を見つけたって?……なんで、それを早く言わないんだ!!」
「し、しょうがないだろう!?此処は他にたくさん魔法の気配を感じるし、どれがゲートの魔法か分からなかったんだ!あの男が使ったから、分かったようなもんなんだよ!」
「っ!…はぁ。わかった、俺は天界人だから此処で待機。だから、お前を信じるから、葵を助け出してこい。いいな?」
言い争っても時間の無駄だと思った政稀は、一つ息を吐くと困ったような笑顔を見せた。
「……おう!任せとけ!絶対に、葵を助けて戻ってくる!」
親指を突き立て笑顔を見せて飛び立とうと、翼を広げた悠磨は「あ!」と声を上げ政稀を見た。
「政稀、一つ頼みがあるんだけど……」
「?…なんだ?」
─────「じゃ、よろしくな!」
「わかった。任せておけ…気をつけてな」
政稀の声を聞きながら、悠磨は空に向かって手を広げる。
そこから青黒い図形が現れ、悠磨はそこに吸い込まれるようにして消えていった。
「さて、俺も…頼まれたからにはしっかり役目を果たそう」
先程悠磨に“頼まれた事”への準備に取りかかる政稀の顔に不安はなく、悠磨を信じ、葵は必ず帰ってくるという自信に満ちた顔だった。
────魔界は漆黒の城を中心に、いくつかの大陸が上空に浮いている。
しかし、戦争が起こる前と比べると、城のある大陸は小さくなり、元々小さな大陸だった所はその数を減らし続けていた。
今の魔界を大きく分けるとするならば、王都・元城下町・荒れた大地(訓練場として使っていた開けた場所のこと)・魔界人居住区…そして『魔法の間』と称される教会のような造りをした巨大な建物がある『魔精大陸』…この五つに分けられるだろう。
(何年ぶり……いや、何百年ぶりか?)
魔界を覆うようにしてある黒き結界をすり抜け、銀色の光が魔界のある一角に輝いた。
そこから一瞬にして現れたのは『イオゼリク・ナイトアモン』だ。
彼は辺りを探るように眺めると、一つの大陸に目を留めた。───魔精大陸に。
「……あそこか。」
鋭く銀色の瞳を光らせると、グンッと勢いをつけて真っ直ぐにその大陸に向けて飛んでいく。
周りの小さな大陸や、黒煙のような雲はまるで、彼の意に従うように道を開けていく。
「おっと!…お待ち下さい、我等が王」
「…!!」
バッと二つの影がイオゼリクの前に立ちはだかった。
「ふん…一度やられた分際で、よく俺の前に出てこられたものだな?」
その二人の顔を見たイオゼリクが見下したように笑うと、立ちはだかった影…シックとヴァールは徐に剣を取り出した。
「あの時は驚きましたよ、“数百年前に姿を消した王”が繋ぐ者を助けるがために現れたのですから。我々も予測出来ない事態でした」
「そうそう。俺達が目を覚ましたときには誰もいないし、マゼル様には怒られるしで……」
「……茶番はもういい」
黒く輝く剣を構え、イオゼリクは二人を睨む。
「お前らは俺の足止めだろう?……だったら、お前らを切り捨てて、俺はマゼルのところに行く。」
イオゼリクの言葉に、シックとヴァールは顔を見合わせる。
「違いますよ?…我々がマゼル様に頼まれたのは、王以外の排除です。」
「……何?」
イオゼリクが訝しげに二人を見た瞬間、ヴァールがイオゼリクとの距離を詰め、彼に剣を振り下ろした……かに思えた。
────ガキンッ!!!
剣と剣が激しくぶつかり合う音が響いた。
「ぐあっ…!」
その数秒後、イオゼリクの背後から、苦しげな呻き声聞こえた。
その声に振り向いたイオゼリクが見たものは……『白い翼』が背にある人物が、ヴァールの剣に貫かれている姿だった。
「はぁ…。王が入ってきたことにより、結界に亀裂が生じ“奴ら”が入ってくると、マゼル様から聞き及んでいたのですが…。まさか、本当に入ってくるとは……」
剣の血を払うヴァールを見ながら、シックが呆れたように息を吐く。
「……俺が此処に来たのは、マゼルの策だ。結界に亀裂を入れたくないのなら、初めからこんな事をしなければ良かったんだ。」
俺は一つも悪くない。…という態度に、ヴァールもシックも少しムッとした顔をする。
「いくら王だろうと、俺達の主…マゼル様の侮辱はやめろ。」
ヴァールは気が短いのか、今にも飛びかかりそうな勢いだ。
それをシックが肩に手を置き止める。
「ヴァール、落ち着け。」
「止めるなよ!シック!」
「……イオゼリク王」
「…何だ」
「無視かよ!?」
「………。マゼル様をお願い致します」
長い沈黙の後、シックは恭しく頭を垂れるとそう言った。
そして、不満を隠さず唇を尖らせるヴァールの襟元を引き、浮上した。
その先には五、六人の天界人。
その後ろには、裂け目が少しずつ大きくなっている結界があった。
普段は目に見えないよう、周りと同化しているのだが、今ははっきりと目に見えていた。
(……俺の力も入っている結界が、ああも容易く壊れるか?…いや、今はアオイだ。)
シック達と天界人の戦いが始まったのか、激しい剣撃の音を背に、イオゼリクは魔精大陸へと一気に加速した。
───魔法の間
清浄な見た目とは裏腹に、邪悪な気配が漂う建物には、目に見えない結界が張ってあった。
「はあぁあ!!」
剣を構え勢いよく振り下ろし、扉と共に建物に施された結界を断ち切った。
その瞬間、中から冷気が漏れだし、イオゼリクの不安が募る。
「アオイッ!!!」
建物の中、白に近い灰色の壁は全て凍りつき、床は凍らぬよう魔法がかけてあるのか、黒いタイルが天井の硝子装飾を写し出していた。
吐く息は白く、普通の人間ならば立っているのがやっとのような寒さだった。
「…遅かったですね、イオゼリク王」
「マゼ…ッ…!!?」
イオゼリクの視線の先、一段高くなっている場所に、不適な笑みを浮かべてイオゼリクを見下ろすマゼルはいた。
だがイオゼリクが目に留めたのは、その隣……氷柱の中の『アオイ』だった。
氷の中で瞼を閉じたまま、まるで眠っているかのようなアオイの姿に、イオゼリクはマリアの気配を探る。
マリアは、この世界において“生きている”証……生気と同じだ。
もし、それが感じられなかった場合……それは“死”を意味する。
(………。…微かだが、感じるな。だが、長く氷の中にいたら…!!)
怒りが沸々と込み上げ、イオゼリクは剣を握り直しマゼルとの距離を一気に縮め、剣を振り下ろす。
「…!?」
だが、鋭い太刀筋はマゼルから反れ、黒きタイルに突き刺さった。
その一瞬の隙をつき、いつの間にか出現させたマゼルの“紫紺の剣”がイオゼリク目掛け
振り下ろされる。
「っ!」
───キィィン…!!
「ほう……詠唱無しの防御魔法ですか」
イオゼリクの左手首に黒い図形が現れ、それは盾のようにマゼルの剣を受け止めていた。
「さすが…ですね」
イオゼリクの魔法に、笑みを浮かべるマゼル。
冷徹な、しかし怒りの満ちた瞳で睨み付けるイオゼリクは、そんなマゼルの笑みが不快でならなかった。
「……アオイを返してもらう。」
タイルにめり込んでいた剣を引き抜き、真っ直ぐにマゼルへと突き立てる。
「くっ…!」
マゼルはそれを後ろに跳躍し避けるも、イオゼリクはその間に剣を構え、次の攻撃を繰り出した。
「ぐあぁ!!」
マゼルの肩に、剣が深く刺さる。
「終わりだ、マゼル。……アオイを戻せ、氷結の魔法は魔法をかけた者にしか溶くことは出来ない。溶かないというならば、お前が溶くと思うまで死なない程度に遊んでやる。」
肩から滴り落ちる血と同じ赤い液体がついた剣先を向けてくるイオゼリクに、マゼルは笑みを深めた。
まるで痛みなど感じていないような素振りに、イオゼリクは不快感と共に疑問も抱いた。
「何を笑っている?お前は……いったい」
「私は……約束を果たすだけだ!」
「な、に!?」
狂乱したかの如く、突然見開かれたマゼルの金の瞳には、妖しく輝く紫紺の図形が浮かんでいた。
それは光を増していき、やがて建物全てを飲み込んでいった。────
此処まで読んで下さり、ありがとうございます!
マゼルとイオゼリクの戦いは、次回激しくなっていく……かもです。
感想や指摘等ありましたら、書いて頂けると嬉しいです…。