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#12 魔界に捕らわた“氷”

「ねえ、イオ」


「なんだ、アリル」


すぐ近くにある彼の手に、彼女がそっと触れる。


「私ね…あなたと出逢えて、幸せよ」


「はは…急にどうしたんだ?熱でもあるのか?」


「もう!…熱なんかないわ!」


可笑しそうに笑う彼に、彼女はプクッと怒ったように頬を膨らませる。

だけど直ぐに笑みを浮かべ、愛おしそうに彼を見つめた。


「ふと、ね…伝えたくなったの。私の想いを、素直な気持ちを。……たとえ種族は違えど、私がイオを……その……愛しているってこと…」


頬を赤く染め、自分の手を強く握りしめる彼女に、彼は照れくさそうに微笑んだ。


「不意打ちとは中々やるようになったな、アリル」


「べ、別に…不意打ちなんかじゃないわ!ただ…」


「…ただ?」


俯く彼女の顔を覗き込むように、彼が近づいてくると、彼女はますます顔を赤く染めた。


「最近…イオがよく笑うようになったから、それが嬉しかったの」


その言葉に彼は目を丸くし、驚きの表情で固まった。

だが直ぐにその顔は、嬉しそうに緩められる。


「そうか……俺も笑えるんだな。……ありがとう、アリル」


「…私は何もしてないわ。イオが自分で心を開いたから、きっと自然と笑えているのよ…ふふ」


そう言って笑う彼女の手を引き、バランスを崩した彼女を受け止め、彼は彼女を抱きしめた。

 

「だとしたら尚更だ、俺が心を開く者などアリル以外にいない。だから、笑えるのはお前の前だけだ」


「ふふ…それは、光栄ね」


彼の背に手を回し、お互いに強く抱きしめ合う二人。


晴れ渡る青空の下、花々が咲き乱れる草原に

座り込む二人を、悪いとは思いつつも見つめる薄く透けている人影があった。


(違う種族……ということは、この人達も人間じゃないんだ。というか、私が夢に見る場面って、どうしていつもラブシーンなんでしょうか?…こういうのはプライバシーの問題とか色々…。…私の精神年齢低いんですよ!?恋愛面に関しては!)


ブツブツと文句を言っても、彼らには聞こえていない。

何故ならここは夢の中だから。


(夢なのに……夢に慣れる私って…。)


少し頭を抱えたい衝動にかられるも、グッと我慢し、また彼らを見つめる。


「そうだわ、イオ!」


ガバッと抱きしめていた手を離し、彼女は立ち上がった。


「ア、アリル…?」


突然の彼女の行動に呆気に取られている彼の手を掴むと、彼女は彼を立ち上がらせニコッと微笑んだ。


「貴方に会わせたい子がいるの!…ふふ、とっても可愛いのよ?これから会いに行きましょう、ね?イオ!」


「いや、会いに行くのは構わない…がっ!?」


彼の了承は得たとばかりに、グイグイと腕を引いて歩いていく彼女は、嬉しそうに彼を振り返った。


「あの子は、私の大切なお友達なの!ネクリスの森に住んでいて……─────」


彼女の声がどんどん遠くなり、夢の終わりを告げる。

辺りが白くなり、やがて黒に染まっていく。


─────「……あ」


ゆっくりと目を開けると、そこは見知らぬ部屋で、黒い天蓋付きのフカフカなベッドの上に私はいた。


「アリルさんって……以外に強引な人なのかな?」


夢をたどりながら、とりあえずベッドから起き上がる。


(ネクリスの森って、先刻私がいたところだよね?……って、そんな場合じゃなくて!)


「此処は……どこ?」


改めて状況を確認しようと周りを見渡す。


どこかのホテルのように豪華なチェストやドレッサー、窓には黒がかった灰色のカーテンといった、全体的に黒で統一されたとても豪華な部屋だ。


「……何で全部、黒色?」


とりあえずベッドから抜けだした私は、自分の服装に目を見張る。


「!?…な、なんで…ネグリジェ!?」


黒一色という、シンプルかつ簡易な出来のネグリジェを身につけていた。

学校から連れて来られた為、私は制服を着ていたはずだ。

着替えた記憶もない…はずなのですが…。


───…ガチャッ


その時、部屋の黒く重そうな扉が音を立てて開いた。

「あ?…なんだ、起きてたのか?…全然起きねぇから死んでんのかと思っ…た!?」


ボフッと音を立て、部屋に入ってきた人の顔に枕が当たる。


(はっ!…つい、ユウ兄が入って来るときの癖で!)


朝のまだ着替えていない時、ユウ兄が勝手に部屋に入ってくることがある。

そのたびに私は側にある枕や、目覚まし時計を投げつけてしまうんです。


「あの!ご、ごめんなさい!」


扉の所に駆け寄り頭を下げる。怒られるのを覚悟した私の耳に届いたのは…


「…まあ、いいよ。急に入った俺が悪かったよな。俺はイルクだ。」


「え…?」


拍子抜けするほど、怒気のない声だった。


普通は知らない人にいきなり枕を投げつけられたら怒るだろう。

だが、目の前に立つ人は怒りもせず、あっさり許してくれた。

それに丁寧に名前まで教えてくれた。

驚きに顔を上げる私に、彼、イルクは綺麗に畳まれた洋服を差し出した。


「これ、着替えな。…終わったら声かけろよ?外で待ってるから」


「え、あの…!?」


私が洋服を受け取ると、イルクは間髪入れずに扉を閉め、外に出て行ってしまった。


(……何がどうなってるの??)


分からないことだらけの中、とりあえず受け取った洋服を広げてみる。


「こ、これって…!」


黒の生地に、所々白のレースがあしらわれたドレス風ワンピース。

それは、テレビなどでしか見たことがない『あれ』だった。


「………。…ゴスロリ?」


部屋の中に、しばらく私の沈黙が続いた…。



────「あの……どこに行くんですか?」


コツコツと足音を響かせ、前を歩いていく先程の枕を当ててしまった人…イルク。


一応ゴスロリ風ドレスを着た私は、部屋の外にいたイルクに声をかけると「お前を待っている方がいる」とだけ言ってスタスタと歩き出してしまったのだ。

慌てて追いかけたが、先程からお城の廊下の様な同じ風景のところを歩いていて、聞かずにはいられなかった。


「もうすぐだ、黙ってついて来い。」


「は、はい…」


背を向けたままでも感じる威圧感に、少し圧倒されながらもついて行く。


私と同じくらいの年だと思われるイルクの髪は黒髪で、瞳は金色をしていた。


(どこかで会った気がするけど……気のせいかな?)


そんな事を考えていると、一つの扉の前で彼は止まった。


「失礼します『マゼル』様。…例の女をつれて参りました。」


扉を二、三回ノックし、そう声をかけると少しの間の後、部屋の中から男性の「入れ」という声がした。

イルクは素早く扉を開けると、私を入るように促し、自分は扉の前で頭を下げた。

私が部屋へ入ると、イルクは扉を閉め立ち去って行った。


「…………。」


書斎なのだろうか、壁が全部本で埋め尽くされ、窓際にだけある机に一人の男が座っていた。

つかの間の沈黙。それを破ったのは、部屋にいた男だった。


「初めまして、アオナシエル様。私はマゼル、此処魔界の現王である“セイリーン”様の側近でございます。我々が用意した服を気に入っていただけたようでなによりで…」 


「……アオナシエル?」


男…マゼルの話を遮るように、話の中の聞き慣れない名前に首を傾げる私を、愉快そうに笑い、マゼルは此方に歩み寄ってきた。


(そういえば、処刑所でも同じ名前を聞いたような…?)


「そうでした、貴女は何も知らないのでしたね。」


考え込んでいた私の耳に届いたその言葉に少しムッとしながらも、私は冷静に目の前に立つマゼルを見上げた。


黒く長い髪を後ろで緩く結び、私を可笑しそうに見つめる金色の瞳。


(あ…!この人も、黒髪に金色の瞳だ!)


先程の少年を思い出す。

イルクも短く整えられた黒髪に、金色の瞳をしていたのだ。


(そういえば、最初に会ったあの二人…!確か……)


「シックとヴァール…」


「!?」


まるで私の心を読んだかのように、マゼルは言った。

驚く私を見つめ、マゼルは冷徹に笑う。


「あの二人に貴女をここへ連れてくるように言ったのは私なんですよ。ですが、貴女を天界に奪われてしまった、と報告を受けた時はあの者達に処罰を与えようとおもっていました。……まあ、結果として、貴女を此処へ連れてくることが出来ましたから、彼等の『処刑』は止めにする事にしましょう」


「…!!」


簡単に処刑という言葉を発するマゼル。

その冷徹な笑みに、他人の命などどうでもいいという意志を感じ、私はきつく男を睨みつける。

 

「おや、どうかなされましたか?」


「……簡単に処刑して、命を奪うことが許せないんです」


「……。貴女は不思議な人ですね…自分を連れ去ろうとした者達の命を、殺すことが許せないと?」 


心の底から分からないというように、マゼルは目を見開く。

あの人に戦争のことを聞いた今だから分かる。

この人達は、人を殺し過ぎているのだと思う。

だから、命の重みを忘れてしまったんだ…自分の命も、他人の命も……どれだけ大切か。


(私も、命についてよく分かっていないと思う。でも、大切な人が亡くなる辛さは……『あの夢』で知っている。だから…!)


「許せません、簡単に奪っていい命なんてない。」


「………。貴女はやはり、何も知らないようだ」


私の言葉に、マゼルは苛立ちを滲ませた表情になった……次の瞬間。


「なっ…!?」


突然手首を掴まれ、私は壁に押しつけられた。

強く押さえつけられた私の背中に本が食い込み、鋭い痛みが走る。


「この世界はもう、狂っている。命に重みなどない。貴女はあの“女”と同じ事を言う。……止められもしなかった、無力なあの女と!」


「っ!!」


ギリッと音がしそうなほど、手首を強く握られる。

まるで、私ではない誰かを私に重ね、その怒りをぶつけているように見えた。


「……だが、貴女は違う。」


怒りに顔を歪めていたマゼルが突然、不適な笑みを浮かべた。


「!?……やっ…!」


忘れていた…いや、気付いたのだ。私は此処へは攫われてきたということを…。

今になって恐怖に震える私に、マゼルは更に笑みを深めた。


「貴女の力は、強大だ。そして、利用する価値もある」


そう言うと私から手を離し、片方の手を自身の胸に当て、マゼルは呪文のようなものを唱え始めた。

すると、周りの空気が氷のような冷たさを帯びた。そして、異変はすぐに起きた。


「…なっ……うごか…ない?」


急激に凍えるような寒さを感じると、マゼルに掴まれていた手から感覚がなくなり、だらんと垂れ下がる。


────パキパキ…パキンッ!


その瞬間、足先を氷が纏う。それは徐々に体を覆い尽くしていく。


(こおり…?……ダメ、寒さで眠く……)

  

動かそうと試みるも、微動だにしない体。だんだんと瞼が閉じていく。

詠唱を終えた、マゼルが私を見つめ呟いた。


「……イオゼリク様の怒りの力を、天界にぶつける事こそが私の計画。

くくっ…貴女には、イオゼリク様を誘き出す為の餌になっていただきます。

勿論、貴女の『繋ぐ者』としての力も使わせてもらいますが……今は必要ありませんので、眠っていて下さい。

ああ、ちゃんと目覚めさせるときは、解凍しますから…ね?」


(誘き出す…?あの人を?……なんで、私を)


胸の近くまで凍ってきた所で、私は完全に目を閉じる。


「貴女は…特別なんですよ、アオナシエル。……そして、貴女のせいで世界は破滅する事でしょう」


(私の…せいで……)


男の声が遠くに聞こえる。


「勝のは我々魔界…いえ、この私です。

……世界は一つで十分なんですよ、天界もグランド・マリアもいらない。…全てを我が手に……ふふ…はは!はははは!」


狂ったように笑う男の声を最後に、私の意識は闇へと深く沈んでいった。



─────パキンと音を立て、完全に氷の中に閉じ込められた少女の頬には、流れた涙が雫の形でその体と共に凍っていた。


それを見つめ、先程までの笑みはどこかに消え、悲しそうな……寂しそうな表情をしたマゼルは、氷に手を触れた。


「私は全てを支配する。魔法(マリア)という名の力を手に入れた今、全てを奪ったこの不安定な世界を変える為ならば、多少の犠牲など気にはしない。だが……巻き込まない為とはいえ、嘘をつき、氷結の魔法を使うことは少しやり過ぎだったかも知れないな…」


王の許可のなく、事を起こそうとすることと、邪魔する者は現王セイリーンであろうとも切り捨てようとするのは裏切りと同じ。そして先王であるイオゼリクをも手駒にし、世界を手に入れるために感情を捨てようとしているマゼル。


彼の真意はどこにあるのか…───


マゼルは、何か強い決意を秘めた瞳を氷の中にいる葵に向けると、悲しげな微笑みを浮かべる。

 

「やはり、似ているな……『アリル』殿に。自らの名を奪われ、偽りの名を与えられるところなど……。そういえば、アオナシエル殿の“真名”は聞いていなかったな。……きっと、素敵な名なのだろうな。」


そう呟くと、葵が閉じ込められた氷の柱と、マゼルの足下に、紫色に輝く図形が現れた。


「魔界中心部 魔法の間へ!」


マゼルがそう叫んだ瞬間、図形は眩い光を放った。


「私は、貴女との『約束』を果たします」


マゼルの囁きと共に光が消えると、そこにはマゼルも氷の柱も無くなっていたのだった…────





此処まで読んで下さり、ありがとうございます!


マゼルの秘めた想いと、氷の中に閉じ込められた葵はどうなるのか…。


次回は、皆で魔界に殴り込み!?……政稀はお留守番かもしれないです…。


(あれ…そしたら皆じゃなくて、二人…か?)


と、とにかく…読んで頂けたら、嬉しいです!

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