#11 世界の現状
肌寒い風が私と彼の間に吹き抜けた。
「…戦争……って」
その単語に、顔から血の気が引いていく感じがした。
「……大丈夫だ。今は、落ち着いている」
私を安心させるように頭を撫でる彼の手に、少し肩の力を抜いた。
「でも…戦争が起きているということは、今世界は交わっている…ってことですか?」
「…察しがいいな、その通りだ。」
彼は空を見上げ、また語り出した。
「元々、宙に浮くように大陸が幾つもあり、それら全てが天界と呼ばれる世界だった。そして、その下に広がっていた世界がグランド・マリア。さらにその下に天界とは逆の、宙に浮く大陸らが魔界と呼ばれる世界だったんだ。」
(えっと……簡単に言うと、一列に世界と言う名の団子が三つ並んでいる…三色団子みたいな感じかな?)
彼の話を自分なりに解釈し、彼の声に耳を傾ける。
「だが、ある日突然…天界と魔界がグランド・マリアに向かって落ちてきたんだ…」
「落ちてきた…?」
「そう……グランド・マリアの端に天界の一部の大陸が、その反対の端に魔界の中心部ともいえる王都…つまり城がある大陸が、それぞれ宙に浮く事が出来ずに…落下した。」
「…落下した、原因は……」
「…何も、分かっていない。ただ、天界も魔界も一部の大陸が落ちたにすぎない。現に俺達は天界の……宙に浮いていた処刑所にいたからな」
「あ……」
政稀兄さんに抱えられる形で見下ろした景色から、私達は確かに空の上にいた事を思い出す。
処刑所に向かう途中、幾つもの大陸があり、その上には家のような建物もあった。…きっと、天界人が暮らしている場所だったんだと思う。
「だが、天界や魔界にとっては『一部』でも、グランド・マリアにとっては落ちてきた大陸による被害が大きいものだった。グランド・マリアには、人はあまり住んでいなかったようだが……それでも、大陸に潰された自然や動物もいた。…そして、生きていた者達は…皆…っ!」
彼は悔しそうに拳を握り俯いた。
「グランド・マリアに降り立った天界人と魔界人に捕らわれ…酷い仕打ちを受けた者もいたっ!領土を手にするがために、その地に住むもの達を…捕まえ、拒むものは容赦なく切り捨てた…っ!」
「…っ!!」
彼の目の色が変わり、冷静さを失ったように彼の声がどんどん荒くなる。
「グランド・マリアという別世界があることは、俺達も知っていた。あちらも魔界や天界という別世界の存在を認識し、平和の意を込めて『魔法』という力をグランド・マリアが天と魔に平等にと、与えてくれた力だった!…それを天界と魔界の王は力に目がくらみ、いつかグランド・マリアに攻め入ろうとしていた!その直後だ…大陸が次々と落下して…っ!」
「…もう、やめてっ!!」
「…っ!アオイ…」
私は思わず彼の背に腕を回し、抱きしめた。
真実を知りたかっただけだった。快く教えてくれる彼の心が嬉しかった。
だけど、話していくうちに…彼の気持ちを知った。
理由は分からなくても、この世界で起きた出来事に彼は……とても後悔している。そんな気持ちが、見て取れた。
悲痛に顔を歪めていく彼が、とても痛々しかった。
「ごめんなさい…っ…辛いことを話させて、ごめんなさい…っ。知りたいなんて、言って…ごめんなさ…っ!」
彼の悲しげなあの瞳に、私は彼の胸にしがみついて泣きじゃくった。
「っ!…すまなかった、取り乱したりして。……アオイ、お前は悪くない。」
彼は私を抱きしめ返し、背中をさすった。
「あの時の事は、俺の中でずっと消えずに、心に焼き付いて離れない。だから…感情が押さえられないんだ…すまない。」
私を抱きしめる手に力を込めて、彼が寂しげに言った。
「暴走しそうになったら、また止めてくれないか?…続きを話さないと、アオイの知りたいこと…全部話せないからな」
そう言って腕を離し、私の顔を覗き込んだ彼に、私は涙を拭い、精一杯の笑顔を見せた。
「……はい!……でも、無理しないで下さいね、辛かったら言って下さい」
「ああ……ありがとう」
優しげな、先程の激しさのない瞳が私を見つめ、彼は語り出す。
「…グランド・マリアが天界と魔界に支配され始めた頃、まだ天界と魔界は戦争に発展していなかった…交わっていなかったからだ」
「えっと…グランド・マリアという世界が、どれだけの広さがあるのか私は分かりませんが、普通に考えても…逆にある世界が交わるなんて、出来るんですか?」
彼が暴走しないように、どんどん質問していこうと思った私は、早速疑問をぶつける。
少し考える素振りを見せたあと、彼は口を開いた。
「そうだな……。最初に、戦争と言ったが……アオイ」
「は、はい…」
「お前は戦争には、何が一番必要か分かるか?」
「えっと…戦争に…ですか?」
うーんと唸りながら、考える。
(いきなり言われても…。学校で教科書を見て思ったのは……やっぱり、銃や戦車みたいな…)
「……“戦力”でしょうか?」
「ああ、その通りだ。」
(…あ、当たった!)
当たったことに少し喜びを感じていると、そんな私を見つめ、彼は優しげに微笑んだ後、真剣な表情に戻った。
「だが、この世界では…アオイが前いた世界と、考え方が違う」
「え、えっと…??」
首を傾げた私に、彼は続ける。
「アオイはきっと今、銃……武器を想像しただろう?」
「はい…そうです。銃や戦闘機…実際に見たことはないですけど…」
「この世界に、銃や武器はあっても使う者はいないんだ。使う物といったら、剣くらいだな…」
そう言った彼は徐に立ち上がり、右手を胸の前に掲げた。
すると、握る形にしていた手の平から黒い光が放たれた。
その光は上に伸びていき、やがて剣の形になった。
「わぁ……それも、マリアですか?」
「ああ。俺のは剣その物を俺自身に流れるマリアと同化させ、今やったように出したい時にすぐ出せるようにしている…。簡単に言えば剣を細かく砕き、その欠片を一瞬にして剣の形に戻すみたいな事だ」
「なるほど…。でも、マリアがある事以外は、地球と考え方は同じじゃないですか?……日本の戦国時代とかでは、普通に刀、剣を使って………あっ!」
私は思い当たった答えを確かめようと、彼を見つめた。
「……魔法ですか?」
私の答えに、彼はその通りだと言わんばかりに深く頷いた。
「そう、この世界にはマリアがある。剣を形成させなくとも、所謂“攻撃系”のマリアを使えば、相手が何万の兵士だろうと二、三人のマリアが使える兵がいれば……いとも簡単に、戦場は火の海となる。そして、攻撃以外にも魔法はある。移動するための『転移魔法』などが…。だから、戦場範囲は凄い速さで拡大していき…すぐに交わったんだ。」
その情景を思い浮かべ、私は身震いをする。
何万もの命が、“魔法”という名の武器で一瞬にして奪われる。
私のいたあの世界が、どれほど平和だったのか……否が応でも考えさせられた。
「だが……同等の力を持つ『光』と『闇』が戦ったところで、勝敗が着くわけがない。それをわかっていながらも、天界と魔界は戦争を止めない。……だから、あいつ等はアオイをこの世界に連れてきた」
「……え?」
(わ、私…?)
驚きに、彼を見上げた。
そんな私を見下ろし、彼は一瞬言いよどんだが静かに口を開き…教えてくれた。
「……アオイ、お前は『繋ぐ者』なんだ」
「繋ぐ…者?」
「闇と光…二つの力をその身に宿し、天界と魔界…どちらをも倒せる程の力を持っている者」
「……それが、私…?」
半信半疑に問う私に、彼は深く頷く。
私は拳を強く握る。
(…なんだ、私はやっぱり……)
「ふふ……ユウ兄達に言ったこと、間違いじゃなかったですね…。………私が、人間じゃないかもしれないって…こと。しかも、なんか凄いですね!…繋ぐ者だなんて………。」
元気に笑い飛ばそうと試みる。
この世界のこと、今起きている現状のことも、彼が嘘を言うとは思っていない。
でも……どうせなら聞きたくなんてなかった。
私が、人間じゃないという……真実は。
「……アオイ」
私の名を呼んだあと、しゃがみ込んだ彼は私の両頬を包み込むようにして触れ、上に向かせた。
その瞬間、彼の温かい手に私の涙が伝っていく。
(泣かないようにしてたのに……っ!)
「…私っ…本当は、気づいてたんです。政稀兄さんやユウ兄が人間じゃないなら、妹の私も人間じゃないんだって…!でも…信じたくなかった…」
頬にある彼の手が、涙を拭う。
だが、涙はポロポロと止まることはない。
「日本で…あの世界で過ごした事が…っ…全部、偽りだったのかもしれないって…思ってしまったから!…っ…大切な人と違うんだって…っ…わたしは…っ!」
その時、頭に浮かんだのは…ヒロの顔だった。
いつも傍にいてくれた、私を見ていてくれる、慰めてくれる…ヒロ。
(ああ…なんだ。……こんなに泣くのは、ヒロと違うことを知ったから……)
この世界に来て、私は泣いてばかりだ。
「そんなに……人間ではないことが嫌か?」
その言葉に一瞬、涙が止まる。
そっと、涙でぼやけながらも見上げると、彼が辛そうに顔を歪めているのが見えた。
「俺はアオイを守ると、大切な約束をした……だが、俺は泣かせてばかりだな…」
今にも泣き出しそうな悲痛な表情に、私は声を上げる。
「それは違います!……私は、貴方の前だから…感情が素直に出てしまうんだと思います…だから!」
私が言い終わる前に、頬から離した手を彼は私の背に回し、抱きしめた。
「アオイ、俺は魔界人で人間じゃない。こんな俺は嫌か?」
耳元でそう囁く声に、首を横に振る。
「嫌なわけありません……。何故かは分からないけれど、初めて会った時から貴方のことは……嫌じゃなかったです」
言っていて恥ずかしさが込み上げ、さっきまでの悲しさはどこかに行ってしまった。
「そうか……。アオイ、ならばあいつ等のことはどうだ?…お前の兄と名乗るあいつ等も人間ではないが…嫌いか?」
「……嫌いじゃないです。寧ろ……大好きです」
「……ならば、種族など関係ないんじゃないか?」
「え…?」
体を離した彼は、私の頬に残る涙を拭い、微笑んだ。
「俺は、アオイが人間だろうと繋ぐ者だろうと…『アオイ』という一人の存在が好きだ。……この気持ちに嘘はない。」
目を見開いたまま、呆然と彼を見つめる。
すると、ゆっくりと彼の言葉が心に染み込んできた。
(そうだ……ユウ兄達が人間じゃないと知った時…私もそんなの関係ないって思った。だって、ユウ兄と政稀兄さんのことが大好きだから。……家族として、大切で…好きだから、気にしなかった。)
今もそうだ。私が人間じゃなくても、政稀兄さん、ユウ兄…ヒロのことを大切に想う気持ちは変わらないんだ。
「……ありがとうございます、おかげで落ち着きました。…すみません、暴走したら止めるって言ったのに、私のほうが取り乱してしまって…ふふ」
「…笑ったな。…アオイは笑顔のほうが……」
そこで言葉を切って、ポンポンと私の頭を撫でると、彼は立ち上がった。
その背中を見つめ、胸に手をあてる。
(この人は、私がいつも欲しい言葉をくれる…って、そういえばさっき好きって言われなかった!?)
ボンッと音が出そうな程顔が熱くなるのが分かった。───が、その瞬間
「え!?」
浮遊感が襲い、私の座る下、地面に大きな黒い穴が空いた。
そして、まるで吸い込まれるようにして、為す術もなく私は穴に落ちていった。
「アオイッ!!」
何か最近こんなのばっかりだな…と思いながら最後に見たのは、私に手を伸ばす必死な彼の姿だった。
─────閉まっていく穴を見つめ、佇む彼に、木々の影から一人の男が現れた。
「お久しぶりです、イオゼリク様……いえ、イオ様とお呼びしたほうが宜しいか?」
「アオイをどこへやった?」
振り向くやいなや黒く輝く剣先を、突然現れた黒いローブを羽織った男に向けた。
だが男は微動だにせず、笑みを浮かべた。
「ふっ…その殺気の籠もった瞳、相変わらずで嬉しい限りですよ……我らが王『イオゼリク・ナイトアモン』様」
「……そうか」
剣を自身のマリアの中に戻した彼──イオゼリクは踵を返した。
「……なんです?殺して行かないのですか?貴方様の大切な“アオナシエル様”を消して差し上げた私を放置してないくと?…魔王ともあろうお方が生ぬるくなったものですね」
大袈裟にため息を吐く男に、背を向けたままイオゼリクは歩いていく。
「はあ……無視ですか。では、後ほど…魔界にてお待ちしておりますよ……我らが王」
綺麗なお辞儀をすると、男は闇に消えていった。
「俺を呼び戻すためにアオイを攫ったのか……『あの人』も少しは頭を使うようになったな。いや、アイツの単独か?……どちらにせよ」
バサッとイオゼリクの背に黒い翼が現れた。
「アオイに何かしようものなら……全て切り捨ててやる。……たとえ、生まれ育った故郷だろうと」
彼の瞳と同じように月が輝く夜、そう吐き捨てると、漆黒の翼と剣を身につけたイオゼリクは…魔界へと飛び立ったのだった。────
此処まで読んで下さり、ありがとうございます!
この世界について色々と詰め込み過ぎてすみません…。
ですがやっと、彼の名前が出せました!
11話目で?……と思ってらっしゃいますよね、すみません…。
えと、次回は…
魔界に連れてこられた葵は、そこで衝撃を受ける!?(精神面で…です)
そして、新たな出会いも?
新キャラ登場です!