イレギュラー
マキナが皆の元に向けて空を飛んでいると今まで空間跳躍した時には及ばないものの、とんでもない魔力の変動を計測した。
計測したポイントに向かうとそこは一面雪と砕けた氷で覆い尽くされていた。
そして中心にはアリスが倒れている。
「アリス!」
マキナは倒れているアリスを起こすとすかさずスキャンを始めた。
命の維持には問題ない結果が出たが、その中で一つだけが極端に下がっていた。
それは魔力だ。
生き物には少なからず絶対に魔力が備わっている。
しかしアリスにはその最低限の魔力さえ下回る数値が出ているのだ。
「【フェンリル!アリスはどうしたの!…?フェンリル!】」
アリスがフェンリルに呼びかけてもフェンリルさえ反応を示さない。
「一体どういうこと…?考えてもしょうがない。アリスを船まで運ぼう。」
マキナはアリスを抱きかかえると船まで飛んでいった。
「ネザリア!」
「はい!<星に宿りし万物を縛る力よ。その力全てに等しく与えられん。星よ!全てを圧し潰す力をここに!グラビティ・エリア!>」
アリスが戦っている間にもこちらでも戦闘が繰り広げられていた。
アリスはライオンの様な魔物だったが、こちらは帆船程度の大きさの黒いドラゴンだ。
ネザリアの魔法により重力が増したエリアに居る黒いドラゴンは重力に耐え切れず地面へと降りてきた。
「<ハイ・アース・ニードル!>」
ミルフィーの魔法がドラゴンの着地地点で発動し、ドラゴンを串刺しにしようと円錐形の土の槍が地面から伸びる。
が、ドラゴンは翼を羽ばたかせると着地地点をずらしたのだ。
「避けたわね。」
地に降りたドラゴンは一番近くに居るネザリアに向けてドラゴンブレスを放った。
その色は黒。全てを飲み込みそうな漆黒だ。
「<大いなる光よ!我を災厄から守り給え!ハイ・シャイニング・シールド!>」
ネザリアの光の上級結界が展開される。
漆黒のドラゴンブレスは結界に当たると激しい爆発を起こした。
「くぅ…結構辛いですね。」
「ネザリア!」
「大丈夫です!強いの叩きこんでください!<全てを照らす大いなる光よ!彼の者に束縛を与えよ!ハイ・シャイニング・バインド!>」
ネザリアが詠唱するとドラゴンの足元から光の縄が出てきたのだ。
それはドラゴンに絡みつき動きを封じる。
束縛から必死に逃げようとしているが光の拘束からはなかなか逃げられず、もがくだけであった。
「よくやったわ!<万物に宿りし大いなる力よ。すべてを切り裂く刃となり、敵を討ち滅ぼす斬撃となれ。我ハイエルフミルフィーが命ず。その力を今ここに体現せよ。エン・ボイド・スラッシング>」
ミルフィーの魔法がドラゴンへ振り下ろされる。
ドラゴンは渾身の力を込めると光の拘束を一部断ち切ることに成功した。
そして体をずらすと直撃を防いだ。
が、片翼を根本から切られ、大量の黒い血液が吹き出す。
「黒い…血?」
ネザリアが疑問に思った瞬間血が急に止まったのだ。
不思議に思い注意深く切断面を見るとボコボコと切断面が泡立っているのだ。
「ひっ!」
そしてそこから触手の様な物と翼といえるかわからない翼が現れた。
「ネザリア!来るわよ!<シャイニング・エンチャント!>」
「あ、はい!」
ミルフィーは弓でドラゴンの目を狙い放った。
光属性の魔力が付加されている矢は威力も上がり、光り輝いている。
そしてミルフィーの放った矢は寸分の狂いもなくドラゴンの目に突き刺さった。
「ギャサアアアアアアアアア!!」
片目を潰され、片翼を失いドラゴンは悲鳴を上げた。
そしてドラゴンはミルフィーの方へ目を向けた。その目は血走っている。
すると突然ドラゴンの腹の鱗が剥がれ始めた。
ミルフィーは何事かと思ったが防御力が下がるならチャンスと魔法を撃ち込もうとした。
しかし、次の瞬間に予想もしなかった出来事が起こり、詠唱を始められなかった。
腹の鱗が落ちたとおもいきや、そこに口が出来たのだ。
あまりに非常識で、ミルフィーでも一瞬動きを止めてしまった。
その隙を狙い、ドラゴンがジャンプしてのしかかってくる。
「!?しまっ―」
「ミルフィーさん!」
腹についた口がミルフィーを飲み込もうとした時、ドラゴンに横から体当たりする存在が現れた。
「っ!マキナ!!」
「ミルフィー大丈夫だった?」
「ええ、寸前で助かったわ。」
「それにしても…ね。」
マキナのディスプレイにはUnknownと表示されている。
そのUnknownはクォーツィ王城で遭遇したUnknownよりもはるかに魔力が高い。
しかし、知性は低いようだ。
「よし。後は任せて!」
「でも、マキナさん!」
「皆は船に戻ってアリスを見てあげて。」
「アリスさんに何か有ったのですか?」
「わからない…だから見てあげて。」
「ネザリア、ここはマキナに任せて行くわよ。」
「…はい。気をつけてくださいね。」
ネザリアとミルフィーがこの場から離れたのを確認すると吹き飛んだドラゴンに向けて突進して行く。
ATS -高周波ブレード-
瞬時に剣を出すと吹き飛んだドラゴンへすれ違いざまに切り裂いた。
しかし、切り裂いた場所は修復され触手が飛び出るという不可思議な事になっている。
「なんだこれ。これもUnknownの特徴?」
ドラゴンはその歪な翼でマキナに襲いかかってきた。
マキナはそれを難なく躱すと歪な翼を斬り落とした。
ドラゴンはそのまま地上へ落ちていく。
が、落ちていく間にも翼は再生をはじめているのがわかった。
「厄介だな…オーバードライブ発動。」
“オーバードライブ発動 制限時間20分スタート”
マキナは再び歪な翼を生やし飛んでくるドラゴンを躱し、ドラゴンの下に回り込んだ。
「これでも喰らえ!」
マキナはドラゴンに手を向け衝撃魔術を行使した。
オーバードライブにより強化されている衝撃魔術は大気を震わせ、大きな体を持つドラゴンを打ち上げて行く。
マキナもそれに続き離れないように衝撃魔術を連続して叩き込んでいく。
次第にドラゴンの骨は砕け、関節や体はあらぬ方向へ曲がり肉塊になっていく。
しかしそれでもマキナは辞めなかった。
完全に原型がなくなった所でマキナは上に回りこむと最大出力で真下に向けて衝撃魔術を放った。
余波の衝撃波により雲は吹き飛び、肉塊となったドラゴンは地面へ激突したのだった。
マキナが地面近くまで降りると木はなぎ倒され、辺り一面黒い血で染まっていた。
普通の生き物なら死んでいるだろう。しかしマキナのディスプレイには未だにUnknownの表示が残っている。
肉塊が着弾した場所をズームすると何か黒い塊が蠢いているのが見えた。
「あれはUnknown?今ので死なないとなると、完全消滅させるほかないということかな。」
マキナは黒いスライムのようなUnknownの真上まで来ると魔術を発動した。
「エクス!炎よ!風よ!土よ!水よ!雷よ!光よ!闇よ!発現せよ!カタストロフィー!」
魔力をいつもより多く込めたマキナの魔砲は直径五メートル程の太さとなり、Unknownへ直撃した。
地面付近では魔力濃度が上がり始め徐々に光り出した。
そして光が限界まで達すると大爆発を起こしたのだ。
飽和魔力と魔砲の魔力が反応したためだ。
粉塵爆発と同じようなものと思ってくれれば良い。
爆発の影響で魔力を使ったレーダーは使用できず、視界も煙で遮られていた。
しばらくシールドの中で待っていると煙が晴れてきた。
そこには大きなクレーターが有った。
Unknownは何処にも見当たらず、ディスプレイからも表示が消えている。
「ふぅ…やったね。」
クレーターの上に浮かんでいるマキナは自分が開けた穴を見ないようにしていた。
「あー。いい運動だったなー。下に穴空いてるように見えるけど気のせいだよねー。」
マキナが現実逃避しているとレーダーに突如反応が現れた。
すぐさま後ろを振り向くと羽の生えた人が飛んでいるのだ。
「は?」
マキナは先程の遺跡の中でのことを思い出した。
壁画の中に羽の生えた人間が描かれていたことを。
「…貴方は誰?」
「……まさか二体も倒されるとは思っていなかったな。さすがイレギュラーだ。」
「この魔物…Unknownは貴方が送り込んだと言うことか?」
「そう。嘗て人々が世界を歪ませ創りだしてしまった災厄の化け物。貴様はUnknownと呼んでいるようだが、これは言わば世界の歪みだ。」
「歪み…?」
「そうだ。我々の祖先は人間と結託し、これを次元の狭間へ葬り去った。なんともったいないことをしたんだ。」
「もったいない…?」
「そうだ。機械の神よ。貴様がこの世界に入り込んだせいで本来生まれるはずもなかったイレギュラーが三人も生まれてしまった。」
「何を…。」
その時だった魔力反応が新たに出現した。
羽の生えている男の隣に羽の生えた女がいきなり出てきたのだ。
「おっにいさまー。こんな所で何をしているの?」
「世間話といった所だ。」
「へぇ。…あんたとは一回会ってるよね?」
「?…あぁ、あの時の。」
「そそ、殺気飛ばしたらバレて死にそうになったわ。」
羽の生えた女が睨む。
「それは今は置いておけ。話を戻すぞ。貴様のせいで世界が分岐し、計画が遅れてしまったがそれは完成した。」
「計画?」
「そうだ。この世界を滅ぼすと言う計画がな。」
「なっ!?なんでそんなことを!」
「…いいだろう教えてやる。我々の祖先は人間と結託したが人間は我々を危険分子とみなし皆殺しにしたのだ。俺たちはその生き残り。長い長い年月を経てやっとここまで来たのだ。こんな腐った世界など滅ぼしてやる。」
「そんな事させない!」
「させない?ククク…。遅いんだよ。手始めにお前たちの大陸から侵攻を始める。…いや、始めているの間違いだな。」
「!」
「まて、そう焦るな。Unknownは使っていないさ。人間を滅ぼすなど人間同士でやらせれば良い。」
「まさか…カーディを使って…?」
「ククク…そうだな。カーディを使っているのは確かだ。しかしそれだけでは駒が足りない。そこで冒険者を使うわけだ。」
「あたしがギルド職員、騎士の一部に洗脳を掛けてそう仕向けたんだよ!」
「ならあの時の侵攻ももしかして!」
「そうだ。王を洗脳し、やらせたにすぎん。」
「き、貴様らああああ!」
マキナは衝撃魔術を手加減なしに放つ。
しかし男は手を前に出すと結界を張りそれを防いだ。
「なっ!」
「結構辛いな、さすが神と言ったところか。」
「私達はカーディ王城で待っている。ただし気をつけるようだな、お前たちを本気で殺しにかかる。お前の言うUnknownでな。」
その時魔力が跳ね上がるのを観測した。
「あ!待て!」
マキナが男を捕まえようとするが、近くに居た女共々逃げられてしまった。
「今の話が本当なら…!すぐに戻らないと!」
マキナは大急ぎで船に戻っていった。
船に戻ったネザリアとミルフィーは休憩室に入るとアリスがベッドで横になっているのが目に入った。
そのとなりには布を濡らし、額に乗せているダンリックの姿があった。
「ダンリックさん!アリスさんは大丈夫ですか?」
「ああ、皆さん。アリスさんは大丈夫ですが、熱が少し有るようです。ここに運ばれてきた時には熱は無かったのですが。」
「ちょっと失礼するわ。」
ミルフィーがアリスの胸当たりに手を置いた。
目を瞑り集中する。
「これは…。」
「ミルフィーさん。どうしたのですか?」
「アリスの魔力がほぼ空なのよ。後フェンリルから感じる魔力も微量にしか感じられない。何をどうしたらこうなるわけ!?」
「み、ミルフィーさん落ち着いてください。」
「そうだ、マキナ!マキナはなんて言ってたのかしら?」
「マキナさんですか?アリスさんは魔力を使い過ぎちゃっただけだから寝かせておいてっと…。」
「そんなわけ無いじゃない…生命を維持するには最低限の魔力が必要なのよ。今のアリスはそれさえも下回っているのよ。」
「え!それじゃ、アリスさんは…。」
「大丈夫。マキナが戻ってくれば解決する。アリスの魔力が戻れば自然とフェンリルも回復するでしょうね。」
その時だった外から割れる様な爆音が響いてきたのは。
三人が外に出るとマキナが空にドラゴンを打ち上げている光景を見たのだ。
何度も何度も爆音を轟かせ、ドラゴンを打ち上げて行く。
そして最後は地面に向けて今まで以上の爆音を轟かせ叩きつけたのだった。
さすがにこれにはネザリアやミルフィーも空いた口が塞がらなかった。
ダンリックに至っては何が起きているのか把握出来ずにいた。
そして大きな魔力を感じた二人は次の瞬間極太の魔砲がドラゴンの落ちた場所に撃ち込まれるのを見た。
これには三人とも唖然とした。
しばらくするとマキナが戻ってきた。
「おまたせ!アリスの状態は?」
「え、あ、アリスね?マキナ、アリスに魔力を分けてあげて!」
「え?」
「いいから早く!」
マキナはミルフィーに背を押されながら船の休憩室に入っていく。
そこには額に濡れた布を乗せたアリスが横になっていた。
改めてスキャンすると先ほどより心拍数が下がっているのが確認できた。
「ちょ!アリスどうしたの!?」
「いいよく聞いて。生命維持には最低限の魔力が必要なの。それを使ってしまったのが今のアリスの状態。言いたいことわかる?」
「把握。前ミルフィーにやったように魔力を流せばいいんだね?」
「そう。わかったら早くやる!」
「了解。あの時とは少し勝手が違うからちょっと時間かかるよ。」
マキナはアリスの胸に手を置くとアリスの魔力と同調を始めた。
「アリスとの魔力の同調開始…誤差修正……同調完了。魔力パイプライン形成…完了。魔力供給開始。」
アリスと同調した魔力がマキナの手を通しアリスへ流れこんでいく。
それは連続した針に糸を通す作業だ。
流す魔力が多すぎればアリスは耐え切れず死んでしまう。
そして少しでも気を見出そうものならパイプラインの形成が阻害され魔力が逆に放出されかねない。
「魔力測定、スキャン開始…対象魔力基準値まで回復、しかし減少が見られるため続行。魔力供給を少量へ。」
マキナは機械的な喋り方でアリスに処置を施している。
アリスの魔力が減少するのはフェンリルの回復にアリスの魔力が使われているからだ。
故にフェンリルが最低限回復しない限りアリスの魔力は吸われ続けることとなる。
マキナがアリスの治療を始めてから一時間後。
アリスの魔力が安定し、フェンリルが気を取り戻したのだった。




