宿と露店と商人
ギルドから出たマキナ達四人は宿を取るべく近場の宿屋へ向かっていた
「あのアースワームってやっぱりカーディの仕業だと思う?」
マキナが歩きながら問いかけた。
ギルドマスターの説明ではアースワームはこの地域には生息しておらず、カーディ周辺でしか生息していないということだ。
それなのに何故スペルチェの土地に居るのかと。
「前例がある。しかしアースワームはWSの魔物よ。」
「そうなりますと、カーディはWSさえも脅かす何かがあるということです。」
「でも何が有っても私達の敵じゃないよね!」
「アリス。過度な自信は身を滅ぼすわよ。」
「わかってるよミルフィー。どんな時でも気を抜かないよ。」
そんな事を話していると店が立ち並ぶ中に大きな宿屋が有った。
「…宿?(どっちかというとホテルに見える…。)」
「宿よ。まぁ、ここの宿は外の大陸人も泊まる事もあるからしっかりしているのよ。高いけどね。」
「ちなみにお幾ら?」
「一泊30銀貨よ。」
「「たっか!」」
マキナとアリスは同時に声を出した。
一般的な宿に比べて10倍近く高いのだ。
しかし、それを聞いても何も言わずに"どうしたの?”っとした顔をしているネザリア。
「え?あの、どうしました?」
「どうしたって…高すぎるでしょ…。」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。普通の冒険者はこんな場所には泊まらないわ。」
「でも私達お金あるよー?止まってみる?」
「別にいいわよ。どうせアースワーム討伐が確認されれば元は取れるから。」
「この宿の食事に期待!」
マキナ達はこの高級宿へ泊まることにした。
扉を開き、中へ入るとまるでホテルの様なフロントが有り、端にはテーブルを囲むようにソファーが置かれている。
上を見ると魔道具のシャンデリアが光り輝いていた。
「わー、すっご。今まで見た中で一番すごいかも。」
「私の国のお城より凄いかもしれません。」
「この宿は元々はこんな感じじゃなかったらしいのよ。なんでも外の大陸の技術も使っているとか。」
「へー。凄いんだね。」
「そんなことよりご飯食べたい。」
アリスは建築に興味が無さそうだ。
四人は受付へと向った。
受付の人は笑顔で挨拶をしてくる。
「こんにちは。ようこそ御いでくださいました。」
「あ、そうだ。何日泊まる?」
「二日でいいんじゃないかしら。」
「じゃ、二日四人で泊まりたいのですが。」
「二日、四人ですね。お一人様三十銀貨になり、合計二百四十銀貨になります。」
「三百銀貨でお願いします。」
「はい。六十銀貨のお返しになります。支配人がお部屋まで案内させて頂きます。…部屋は八番になります。」
そう言うと隣に立っていた年配の男性が話しかけてきた。
「八番のお部屋までご案内させて頂きます。」
「よろしくおねがいします。」
そう言うと老人の支配人はマキナ達を八番の部屋へと案内して行く。
「ここでございます。こちらはお部屋の鍵になります。御無くしにならぬようお願い致します。」
「はい。わかりました。ありがとうございます。」
支配人は軽く会釈をするとフロントへ戻っていった。
部屋の中に入ると、ふかふかなダブルベッドが二つ、そしてテーブルとソファーが置かれ、床にはカーペットが部屋全体に敷かれている。
照明には魔道具が使われており、部屋を明るく照らす。
窓には他の宿とは比べ物にならない程の透明なガラスが使われている。
「おー!綺麗だね~。」
「本当ですね。まるでお城に戻ってきたようです。」
「やはり中も綺麗なものね。」
「私初めてこんな宿に入ったよ。」
四人は部屋の中を見ながら荷物を置いている。
そうするとアリスが騒ぎ出した。
「荷物置いたし、とりあえず食事!食堂行こう!食堂!」
「そうね。」
ミルフィーはこの状態のアリスに慣れたので反応はそっけないものだった。
部屋の扉に鍵を掛けるとマキナ達は食堂へ向かって行く。
少し宿の廊下を進むと美味しそうな匂いが漂ってきた。
その美味しそうな匂いに誘われ、アリスの足が早くなる。
「アリス。落ち着きなさい。食堂は逃げないわよ。」
「そうですよ。食堂は逃げません。」
「だって!こんなに美味しそうな匂いがするんだよ!こんなの…耐えられるわけ無いじゃん!」
「いつもどおりだなー。」
そんな話をしながら四人は食堂へたどり着いた。
食堂は今まで見てきたどんな宿の食堂とも違っていた。
「おお!」
マキナが声を漏らした。
食堂は清潔感のある白で統一されていた。
テーブルは建物と一体になっており、大理石のような建材を使っているのがわかる。
壁にも大理石が使われており、魔道具の照明が大理石の美しさを引き立てている。
そして中央にはこの世界にはとても場違いに見える噴水があった。
「なんかここだけ文明が違うような。」
「そんなことよりご飯食べたい。」
「四名でしょうかお客様。」
「そそ。」
「ではこちらの席へお座りください。」
そう言うと四人を席に案内した。
四人が座ったことを確認すると支配人は注文は何かと聞いてくる。
「お料理一覧でございます。ご注文がお決まり次第言いつけてください。」
「どれどれ…」
アリスが羊皮紙のメニューを受け取ると、テーブルの真ん中へ置いた。
それを四人が覗き込む形になる。
「あ、これ食べたことあります。お肉がとても柔らかく、美味しかった記憶があります。」
「ん。ビーテ?」
「はい。以前お城に外の大陸の料理人が来ましてその時に食べたのです。ビーテとはこの大陸には居ない動物でして、ウルスより栄養価が高く歯ごたえも良いと聞いてます。」
「ほほう。それは美味しそうだね。」
「よし。私はこの厚切り熟成ビーテステーキにしよう。」
「私ももう一度食べてみたいのでアリスさんと同じものにします。」
「そうね…私はこのパンとスープもらえるかしら。」
「じゃ、私は…ルドって何かな?」
「ルドは沖合にしか居ない魚だよ!ルドはとても柔らかくて焼いてもそんなに固くならないんだ。だから口に入れた途端とろけるような感じの食感。」
「焼いてもあまり固くならない?(タンパク質は熱が加わると熱凝固起こすはずなんだけどなぁ。)」
「うん。食べてみるといいよ!」
「そうだね。私はルドの照り焼きでお願いします。」
「かしこまりました。内容を読み上げます。厚切り熟成ビーテステーキが二点、パンとスープが一点、ルドの照り焼きが一点。以上でございますか?」
「はい。」
「かしこまりました。出来上がり次第お持ちします。少々お待ちください。」
そう言うと支配人は厨房の方へ歩いて行った。
「うーん。やはり料理とか食材に関してはよくわからないなぁ。」
「大丈夫です。私もよくわかりません。」
「ネザリアは…ねぇ?」
「…うん。あれは強烈だった。」
「それはもう言わないでください!」
「何か有ったのかしら?」
「それがさ―むぐぅ!」
「なんでもありません!」
ネザリアは顔を赤くし、マキナの口を手で抑えている。
ミルフィーは何がなんだかわからず、ネザリアが何かしでかしたのだろう程度にしか思わなかった。
こうして名状しがたい冒涜的な料理、神殺しX情報流出は止められたのだった。
しばらく話していると先ほどの支配人が配膳カートに料理を乗せて戻っていた。
それを見たアリスは今にも飛びかかりそうな程料理を凝視している。
さすがに支配人も引いている。
しかし、それを悟られないように振る舞う姿はプロとしか言えないだろう。
「大変お待たせしました。では失礼致します。」
そう言うと支配人は元の位置へと戻っていった。
「おぉ…見た目がブリだ…。」
「ブリ…ですか?」
「うん。私の世界に居た魚なんだけどね―」
ネザリアとマキナが話しているとアリスは料理を勢い良くかつ、味わいながら食べ進めていく。
ミルフィーはそれを横目にパンを千切りながら一口ずつ食べている。
パンはパン、スープはスープ。
この世界でもパンをスープに浸す行為はマナー違反である。
「おいしかったぁ…もっと食べたいなぁ。」
アリスが蕩けそうな表情を浮かべる。
「食べるの早っ!」
「早食いはよくありませんよ。」
マキナとネザリアはまだ半分ほど料理が余っている。
同時に食べ始めたミルフィーでさえまだ残っているのだ。
「だってぇ…美味しいんだもん…。」
相変わらず蕩けそうな表情をしながら座っているアリス。
もっと食べたそうにしているが本人もマナーは分かっているらしく、おとなしくしている。
その後三人とも食べ終わり町中を歩きまわることにした。
マキナの観光とマッピング、アリスの食材漁りである。
「さてさて、街中回ってみますか!きっと美味しい食材も…。」
「はいはい。」
そう言いながら歩き出した。
貿易国家だけあり、港には沢山の船が停泊している。
それも様々な形をしている。
恐らく外の大陸でも国や文化が違うのだろう。
露店を開いている露店を覗きこむと、そこには見慣れないものが置いてあった。
「お?クロスボウがあるね。」
「クロスボウ?」
「うん。クロスボウはまったく弓矢を扱ったことがない初心者でもある程度使えるし、威力も弓より高くブレがない武器なんだ。」
「お?お姉さん詳しいね!どうだい?冒険者だろ?一丁買ってかないかい?」
「でも連射力が絶望敵で弓の十分の一ぐらいしか無いんだ。」
「…詳しいね。お姉さん。でも騎士の甲冑ぐらいなら容易く貫けますよ!」
「ふーん。私の弓と同じような物ね。残念だけど結構よ。」
「そ、そんなこと言わずに試し撃ちでも…。」
「私の銃より強くなったらまた声かけてね!」
「は、はぁ?銃?」
そう言いながらマキナ達は覗き込んでいた露店から離れた。
「マキナ。それは無理よ。」
「うん。知ってる。」
その他の露店も回っていると、国ごとに武器の形や重点が違うものが多かった。
更に食料関連の露店には香辛料などが置かれ、割高な値段で取引されている。
それを見たアリスが香辛料を購入したりしていたのだった。
一通り街を回った所で宿に戻ろうとした時に以前見たことがある姿の人物が露店を出している事に気がついた。
「あれ?あの人って確かあの時の…。」
「ん。誰々?」
「えぇ。確か…ダンリックって言ったかしら。」
「ダンリック?…あぁ!あの時の馬車の人!」
「お知り合いですか?」
マキナ達が騒いでいると、ちょうど接客が終わったダンリックと目があった。
ダンリックは考えこむ仕草をすると、思い出したかのようにこちらを見なおした。
「やぁ!何時ぞやの冒険者さん。お元気でしたか?」
「ダンリックさんこんにちは。元気でやっていますよ。」
「いやはや。お元気で何よりです。…おや?後ろの方は…確か……いえ。こんな所にまさかお姫様が居るはずが無いですよね。」
「察してくれて有難いわ。」
「ええっと。はじめまして。ネザリアと申します。家名はご察しのとおりです。」
「よろしくお願いします。私はダンリック・エドソンと申します。」
「ダンリックさんですね。よろしくお願いします。」
「さて、どうですか?何か欲しいものでも有りましたら買っていってください。」
「さすが商人。切り替えが早いわね。」
「商売柄ですから。それにしても様相…結構変わりましたね。」
「えぇ。私達も色々有ったからね。」
「そうですか。深くは詮索しません。」
「あ、この砥石ください。」
「ありがとうございます。一銀貨二百銅貨になります。」
「はいどうぞ。」
「確かに受け取りました。お品をどうぞ。」
アリスは店先に置いてあった砥石を購入していた。
ダンリックの露店は雑貨店のようだ。
砥石の他にも色々な道具などが売りに出ている。
「あ、そうだ。少しお話いいですかね?」
「何かしら?」
「実はスペルチェから少し沖合に出た所に無人島があるのですが、そこにしか無い薬草を仕入れようとしてまして、護衛の冒険者を募集しようとしていたのです。良かったらこの依頼を受けてもらえないかと思いまして。」
「私は良いよ~。」
「マキナがそう言うなら良いわよ。」
「私もいいよ。」
「私もです。」
「おお!受けてくださいますか!」
「えぇ。受けますわ。」
「私達が受けるんだから大船に乗った気持ちでいいよ!」
「それはそれは頼もしい限りです。ではギルドの方には私から推薦依頼として依頼させて頂きます。出発は明日の朝と言うことで宜しいですか?」
「いいわ。皆もいいわよね?」
「うん。」
「大丈夫です。」
「賛成だよ。」
「ではそのようにさせて頂きます。明日はよろしくお願いします。」
「えぇ。こちらこそ。」
ダンリックとの会話を終え、一通り街を回ったマキナ達は宿へ戻ろうとしていた。
既に日が傾き始め、露店も店じまいを始めている。
ギルドの前を通りかかろうとした時だ。
ちょうどギルドから職員が出てくるのを見た。
その職員はこちらに気がつくと声をかけてきたのだ。
「すみません。チーム戦女神様のマキナ様ですね?」
「そうですが何か有りましたか?」
「先ほどの件について確認が出来ました為、報酬をお支払い致します。」
「なるほど。了解です。」
「ではこちらに。」
そう言うと職員と共にギルドへ入っていった。
ギルドの中は時間帯的に食事をしている人も多かったが、次の日の計画を立てているパーティもあるようだ。
受付でアースワームの報酬を受け取ると同時に羊皮紙が手渡された。
「これは…。」
「宿にお帰りになりましたらお開けください。差出人はギルドマスターです。」
「わかりました。では失礼します。」
そう言うとマキナ達はギルドから出た。
そして用事も何もない四人はそのまま宿に向かうのであった。




