半フェンリル化
王都へ転移後、マキナ達はアリスを寝かすために宿へ向かっていた。
さすがに疲労しているのか、通りのいい匂いに釣られることはなかった。
しばらく歩くと宿に到着した。
マキナ達は自室へ入るとアリスをベッドに寝かせた。
「ふぅ。」
「私もつかれたわ…。」
「それはそうだ。たくさん魔法使って、疲れなわけがないね。」
「そうですよ。明後日は闘技大会なんですからほどほどにしないといけませんよ。」
「あれ?ネザリア出る気まんまん?」
「決まってしまったものはしょうがないです。出るからには全力を尽くします!」
「いい心がけね…私は寝るわ。」
「りょーかい。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
そう言うとミルフィーはベッドの中へ入っていった。
マキナとネザリアは部屋から出ると食堂へ向かっていった。
「さて私達はどうしようか。」
「マキナさん。少し私の魔法の練習を手伝ってくれませんか?」
「よーし!この私にまっかせなさーい!」
「ありがとうございます。マキナさんとなら新しい発見がありそうです!」
「ふふふ。じゃ、食べたら行こうか。」
「はい!」
昼食を食べたマキナ達は王都の外へ出ると適当な場所で練習を始めた。
周りにはちらほら剣を振るったり、魔法の練習をしている冒険者が見受けられた。
「みんな明後日に備えて練習してるのかな?」
「たぶんそうじゃないでしょうか。」
「それじゃ私達もやろうか。」
「はい。」
「見てるから魔法二、三発放ってくれるかな?」
「まかせてください!」
"スキャンモード”
マキナは魔法を発動するネザリアを調べ始めた。
ディスプレイにはネザリアの魔力の流れやエネルギー値、変換効率が表示されている。
「…ふむ。変換効率78%か。魔力の流れに癖があるのかな?」
詳しく調べていくと、杖と人体の間で魔力の損失が起きていることが表された。
「むむむ。これは…うん。改善すれば魔法の威力が上がりそう。」
「どうでしたか?」
「うん。杖と人体の間で損失が起きてるみたい。」
「損失…ですか?」
「そう。損失。杖に魔力を流す際に杖自体の抵抗のせいで起きてるみたい。」
「一応最高級の杖なのですが…。」
「どんなものも100%はないよ。ちょっと貸してみて。」
「どうぞ。杖をどうするんですか?」
「私の魔剣知ってるでしょ?」
「ノワール…でしたでしょうか。持ち主を狂わす呪いの剣。」
「そそ。その魔力吸収を使うの。…ではさっそく。」
マキナは何も書かれていない杖に魔術式を書き込みはじめた。
杖に青いラインが走り始める。
「(杖の抵抗が変換効率を下げるんだから杖が直接魔力を受け取るようにすればいいのよ。うん。)」
マキナは杖に設定を始めた。
設定はこうだ。
杖に魔力を流すと流した魔力だけ魔力吸収が発動し、損失を無くす。
杖自体の魔術式発動魔力は外気から取り込む方式にする。
魔鉱石で出来ていなくとも魔力消費の少ない魔術式であれば初回だけ魔力を流せば外気に含まれる魔力を消費して魔術式を維持することができる。
「こんなかんじかな。ちょっと使ってみてー。」
「わかりました。」
ネザリアはマキナから少し離れると杖を握りしめた。
「<炎よ!火球となりて爆ぜよ!ファイア・ボール!>…!」
「どうだった?」
「なんかこう…魔力を込めたらそれを吸われるような感覚がしました。」
「魔力の消費量はどうかな?」
「大丈夫です。魔力消費の割りには威力が上がっていました。」
「うん。成功してるね。」
「何をしたのですか?」
「えっとね。魔力をそのまま流すと杖で損失が発生しちゃうから、魔力を流すと杖が魔力を吸収するようにしたの。杖の素材が良いから魔術式も連続運用きるよ。」
「ええっと、その魔術式の補佐で損失分を補ったっということですか?」
「うん。そうだよ。先端の魔石と接続してあるから100%の効率で魔法放てるんだよ。」
「おぉ!マキナさんすごいです!」
「いやーははは!もっと褒めてもいいのよ!」
「すごいです!すごいです!尊敬しちゃいます!」
「はっはっは!」
「何やってるんだあの子たちは?」
「さぁ。ただの子どもの遊びだろう。」
マキナとネザリアを遠目に見ていた他の冒険者は、子供が遊んでいるようにしか見えなかったようだ。
「そんなネザリアにいいことを教えてあげよう!」
「え?なんでしょうか?」
「科学のお勉強のお時間です。」
そう言うとマキナは小石を拾い上げた。
「なぜこの石は下に向かって落ちるのでしょうか?」
そう言うとマキナは小石を手放した。
小石は当然のごとく地面へ落下していった。
「え?それは当たり前なことじゃないですか。」
「じゃ、その当たり前って何かな?」
「それは…。」
「説明できないよね。」
「すみません。」
「きにしなーい!落ちる理由はこの星に関係しているんだよ。」
「星…ですか?」
「うん。」
「星。惑星は核に向ってすべての物質が引き寄せられる。ソレは重力があるからなんだ。」
「重力?」
「うん。」
「すべての物質はこの重力に引かれる性質を持つ。そしてとてつもなく強い重力は光さえ吸い込む物となる。」
「だから石は地面に落ちたのですね。でも、魔法とどのような関係があるのでしょうか。」
「そこなんだけど、強い重力は吸い込んだ物、影響下の物を押しつぶすんだ。
ソレを魔法で再現すればどうなると思う?相手の動きが鈍り、更にはダメージを与えることができる。」
「ソレってもしかして新しい属性の誕生…。」
「そうなるね~。」
「…す、すごいです!早速詠唱を考えてみます!」
「頑張れ。私が教えられるのはこのくらいだからね。重力はまたの名をグラビティっていうよ。」
「(星にある重力…。)・・・<星に宿りし万物を縛る力よ。(小石が落ちるイメージ。)その力全てに等しく与えられん。(そして強い重力で押しつぶす!)星よ!全てを圧し潰す力をここに!グラビティ・エリア!>」
ネザリアの魔法が発動したと同時にあたり一帯に重力のフィールドが形成された。
「お?成功してるね。」
「本当ですか!」
「うん。あ、消えた。」
「あれ、もしかして魔力流し続けないと消えちゃうのでしょうか。」
「かもしれないね。よし!ネザリア!魔法を維持しながら魔法を使う練習をしよう!」
「え?は、初めてやります…。できるでしょうか。」
「練習あるのみ!」
「は、はい。ではやります。<星に宿りし万物を縛る力よ。その力全てに等しく与えられん。星よ!全てを圧し潰す力をここに!グラビティ・エリア!>」
「いいよいいよー。次簡単なファイア・ボール行ってみよう。焦らずにね。」
「(魔法を維持しながら…)<炎よ!火球となりて爆ぜよ!ファイア・ボール!>・・・あれ?」
「あちゃー。魔法も切れちゃったしファイアボールもでてないね。魔法維持に失敗と言うか、魔力の供給不足って感じかな?」
「供給不足…。」
「二つの魔法を使うんだから1つの魔法維持魔力ともう一つの魔力を出さないと出力不足で維持できないよ。あと、魔力の供給先をわけないとどちらにも魔力が流れて結局供給不足になっちゃう。」
「む、難しいですね。」
「ここは詠唱で明確に宣言してわかりやすくしてみるのはどうかな?魔力ライン1、2とか。」
「うーん。やってみます。」
「<魔力ライン1 星に宿りし万物を縛る力よ。その力全てに等しく与えられん。星よ!全てを圧し潰す力をここに!グラビティ・エリア!><魔力ライン2 炎よ!火球となりて爆ぜよ!ファイア・ボール!>」
「お?…あー。」
「失敗ですね。」
「だね。ファイア・ボール発現時にグラビティ・エリアが消滅しちゃってる。」
「練習あるのみです!」
この後魔力が切れるまで練習を続けたネザリアは無事に二つ同時に魔法が使えるようになった。
「それじゃ、そろそろ帰ろうか」
「は、はい…。」
「…しょうがないにゃぁ。」
「わわ!マキナさん!」
「歩けないほど疲れてるんだししょうがないでしょ。」
マキナはネザリアを抱えると宿に向けて歩き出した。
途中ネザリアは顔を赤くし、俯いていた。
マキナはそれに全く気づかずに普通に歩いていたのだった。
「たっだいまー?」
マキナとネザリアが部屋にはいるとふたりともまだ寝ているようだった。
朝の戦闘で相当疲れたようだ。
ベッドにネザリアを寝かすとマキナもベッドに入っていった。
「ありがとうございます。マキナさん。」
「ん~?別にいいのよ。」
「今日は最高でした。新しい属性に並行魔法。新しいことだらけでした。」
「まぁ、ちょこっと私の知識を教えただけだし、何よりもネザリアの努力と才能が可能にしたんだよ。」
「ありがとうございます。嬉しいです。」
「それじゃ、ネザリアもつかれているだろうしもう寝ようか。」
「はい。おやすみなさい。」
「おやすみー」
深夜皆が寝静まった頃。
一人の女声が目を覚ました。
「【体にわるいぞ。】」
「【知ってる。】」
そう話をかわすと外へ出て行った。
扉が閉まりしばらくするともう一人起きだした。
「アリス?」
アリスは半フェンリル化し、屋根伝いに王都の外へ飛び出した。
「ここら辺ならいいかな。【フェンリル。】」
「【今深めれば体に影響が出るぞ。それでもいいのか?】」
「【大丈夫。私の頑丈さなめちゃだめだよ!】」
「【それじゃやるよ。】」
アリスは徐々にフェンリルを取り込み始めた。
次第にアリスの額に汗がにじみ出てくる。
「はぁはぁ…【今どれくらい?】」
「【73%といったところか。】」
「【後10上げるよ。】」
次第にアリスからにじみ出る気配がフェンリルと同じものになっていく。
周りからは動物や魔物が気配を感じ逃げ出していく。
「ハァ…ハァ…【今イクツ?】」
「【七十九%だ。もうよさないか?】」
「【後一%上ゲテ十分維持する…ソレで終わりニスるよ】」
アリスの体からは気配が白い魔力となり溢れ出し始めている。
「【八十だ。】」
「ハァ…ハァ…十分維持シナクチャね」
ザザっ。アリスの背後から音が聞こえた。
アリスが振り返るとそこにはマキナが立っていた。
「何してるの?」
「ナンダ…マキナ…か。ハァハァ…」
「ナンダじゃないよ。朝アレほど力使ったのにまたやってるの?」
「練習できるトキニシておかナイと鈍っちゃうからネ」
「だからって今やるの?」
「ソウ。今やる。」
アリスの口調が徐々に単調になっていく。
半フェンリル化がそろそろ限界に近いのであろう。
「もう限界なんじゃないの?解きなよ。」
「私。マダイケル!ジャマシナイデ!」
そう言うとアリスはマキナに襲いかかってきた。
マキナはソレを咄嗟に避けるとアリスの背中を突き飛ばした。
マキナに突き飛ばされたアリスは数メートルの距離を吹き飛んだあと地面に転がった。
「もう意識ほとんどないじゃない。もうやめてもらうよ。」
吹き飛んだアリスに近づいたマキナは手を頭に当てた。
「【フェンリルだっけ?いるんでしょ。】」
「【あの状態のアリスの攻撃を避けるとは大した女よ。】」
「【ソレはいいとしてこれ解除して。】」
「【スマヌがソレはできないな。我は取り込まれる形で融合している上、無理やりとこうとすればアリスがおかしくなるやもしれん。】」
「【じゃ、どうすればいい?】」
「【気絶させればいいだろう。】」
「ガアアアアアアア」
アリスの拳がマキナの鳩尾に食い込んだ。
その衝撃で吹き飛んだが空中で綺麗に体制を立て直し、地面に着地した。
「さて、どうしようかな。」
アリスは爪を構成して突っ込んできた。
ATS -ノワール-
魔剣を転送し、アリスと対峙したマキナ。
アリスの爪をノワールで弾きつつ、アリスを追い詰めていく。
「アアアアアアアアア」
「む。」
アリスが突然叫んだ。
ソレと同時にアリスの足に爪が構成され、尻尾が構成されていく。
「…」
アリスの力は先程とは比べ物にならないほど強く、マキナの攻めを返していく。
「む。これは…」
「ツイン・アサシン。」
アリスがそうつぶやくと爪を左右振り切った。
それが白い斬撃となりてマキナを襲う。
「ノワール!」
マキナはノワールに魔力を流すと魔剣に書き込まれた魔術式を起動させた。
衝撃魔術とツイン・アサシンが衝突し、衝撃波があたりに広がった。
「ダイダロスブレード。」
それは朝の試合で使った大剣。
朝ほど大きくないがそれでも膨大なエネルギーがあふれている。
「アリス…。」
"シールド展開 距離100m”
「エクス!炎よ!風よ!土よ!水よ!雷よ!光よ!闇よ!発現せよ!カタストロフィー!」
マキナの複合魔法とアリスの大剣が衝突した。
その衝撃波は木を吹き飛ばし、地面を抉った。
幸いな事にマキナのシールドのお陰で轟音や被害が最小限に収まっている。
衝突した影響で土煙が上がっているがアリスが突撃してくる気配もない。
「今の一撃でダウンしたかな?」
"赤外線センサー起動”
「ん?立ってるなぁ。これ以上やるとアリスが持ちそうも無さそうだし…。」
アリスは煙の中からよろよろとした足取りで出てきた。
衝撃波の影響で体中に切り傷があった。
「アリス…。」
マキナはアリスに近寄ると首筋に手刀を入れ気絶させた。
ソレと同時にアリスの半フェンリル化が解けいつものアリスに戻った。
「やれやれ。これじゃ今日も寝たきりだな。【そう思わない?フェンリル?】」
「【そうだな。…念話覚えるの早いな。】」
「【魔力を一定の形にして送信するだけだし簡単な事。】」
「【さすが神か。】」
「【もっと褒めてもいいのよ?…さて、アリスを運びますか。】」
マキナはアリスを抱えると宿へ戻っていった。
「うーん。皆無理しすぎだなぁ…。」
重力の説明は超簡潔にした物です。




